秘密の食堂②
秘密の食堂②
荷物を降ろす時ドドさんと顔を合わせなかったチャップさん。
それでも僕らを出迎えてくれた人を見た瞬間笑顔になった。
料理が出来ない僕とドドさんは食器の用意をした。
ここは廃墟と言っても旧市街地とは違くて穴が空いている建物が少ない。
それに意外とみんな綺麗な服を着ている。
明かりも火だけど一応ある。
「ドドさん! あの女の人のお腹! 凄いですよ!」
お腹が膨らんでる。破裂しそうだ。
病気? なんだ?
チャップさんのようにただ太ってるだけ?
「……エイドお前、あのお腹の中に何が入ってるか分かってるのか?」
「チャップさんと同じ余計な──」
「バカやろう!!」
その声と一緒にドドさんの握りしめた手が頭に落ちた。
「あの中には命が入ってるんだ」
「いのち──え? ええ!?」
頭を打たれて自分がおかしくなったのか?
ドドさんが何を言っているのか理解できない。
「人間はああやって生まれてくるんだぞ。って、知らなかったのか?」
ああやって生まれてくる。
ああやってって、どういうこと?
知らない。そんなの教えてもらったことない。
「はい。初めて知りました」
「お前いくつだっけ?」
「多分ニアースさんたちと同じくらいです」
「ならしゃーないな。誰も教えてくれないはずだ」
「どうしてですか?」
「・・・ん?そりゃ~。お前らには色々と難しくてな、お子様には分からんのよ」
ドドさんの声は不安定だった。
僕の方を見ていないしこれは何か隠している。
「へ~。帰ったらダクさんに聞いてみます」
「やめとけ! てかあいつの部屋にもそういう勉強の本はねえよ」
「え、なんでですか?」
「だからお前それは~。とにかく難しいんだよ」
「は、はあ……」
「お~いドドー! エイドー! 配膳手伝えヨ~!」
******
スープが入ったお皿を先ほどのお腹が膨れている女の人に持っていく。
「ありがとう僕。偉いわねこんな時間にお手伝いなんて」
「いえ。それよりもお腹、重くないですか?」
目の前で見ると凄い大きさだ。
丸まったカインさんなら入りそう。
この中に命が、人間が入っているのか。
不思議だし信じられない。
「重いわ。でもこの子が産まれてくるって想像するとワクワクして、頑張れるの」
「いつ、うまれてくるんですか?」
「もう少しだと思うわ。この子もお腹を蹴って早く出たいって言ってるもの」
「……」
「どうしたの坊や?」
「──すいません。ちょっと眠くなって」
「そう。無理しない方が良いわ。美味しいスープをありがとう」
「い、いえ」
エイドはその場から逃げるように走った。
乗ってきた車の方へと、顔を見せないようにして向かった。
「ドド? どこに行くんダ! 手伝エ!」
チャップはその場からこっそりと抜け出そうとしたドドに、スープを掬いながら気がついた。
けれど彼がエイドの方へ向かっているのを知ってそれ以上呼び戻しはしなかった。
それに自分の前には小さな子供がたくさん集まっている。
「どうしたのチャップさん?」
「なんでもねえダ! そんなことより今日のスープはどうダ?」
「最高! 温かい食べ物はやっぱ良いね!」
チャップは食器を掲げる子供達にアイドルのように囲まれていた。
******
車に身を隠すようにしてエイドはうずくまっていた。
丸いその背中にドドがゆっくりと近づく。
「どうしたんだエイド」
「ドドさんは聞きましたか?」
「何をだ?」
「ポルムやドミーが活発化しているってことです」
「もちろんだ。それよりも何急に泣き出して──」
「もう直ぐ子供がうまれるってあの女の人が言ったんです」
その言葉よりも先ず、エイドが泣くのを堪えて自分を睨む顔がドドには辛かった。
彼がその顔でそう言ったことがよりドドを考えさせる。
彼は同時にエイドのその心に頭を下げたくなった。
だからまだ話そうとする少年を止めなかった。
「こんな場所でもあの人はあんなに幸せそうな顔をして生きている。ポルムたちが活性化しているのに子供と会えるのを楽しみにしているから、僕はつらくなって」
ドドはエイドのことを見るのが苦しかった。
10代前半くらいの子が親を亡くして泣いているような顔をしてまで、なぜ喋ろうとするんだと思った。
彼は「もう喋るなエイド」と言いたかった。
無理矢理にでも止めて少年を落ち着かせたかった。
だが少年の心への敬意を示すためドドは最後まで聞いた。
「・・・僕はもう、いやですよ」
(これがエイドの本音か。そりゃあそうだよな。お前のように他人のことで泣けるようなやつに、この厳しい世界は向いていない)
「それを顔に出すなよエイド。チャップだってポルムの活性化のことは知っている。なのにあんなに笑って話をしているんだ」
エイドにはその場しのぎの慰めなどしても意味がないと知っていた。
だからドドはあえて怒る時のような口調でそう言った。
「一番辛いのはずっと世話をしてきたチャップだろうよ。ジズでは不味いと言われる自分の料理を残さず食べてくれる人たちに、もうすぐ生活が良くなると嘘を付き続けたあげく、見殺しにしようとしてるんだからな」
「い、言いましょうよ。せめてあの女の人だけにでも!言いましょ──」
「ダメだ!!」
その一声は、まるで獣が吠えたかのような怒鳴り声だった。