40話 決断する命①
40話 決断する命①
────数十分後
「エイドー!」
「ば、バモンさん!」
男は彼の名を呼んでからは体を気遣いながら走った。
その走り方は、走り方を知らないようでおかしい。
それでも男は彼らの元に少しでも早く着きたかった。
見るとバモンの制服は鋭利な物で乱暴に裂かれた跡ばかり。
熊などが縄張りの印として木につける傷に似ている。
制服はボロボロであったがその隙間から見える体は綺麗なままであった。
「エイドお前出血をしたのか?……すごい量だが、大丈夫なのか?」
「・・・はい。なんとか」
「みんなはあの中か!?」
「そうです」
バモンはその草原で明らかな違和感であるアーモンド型の岩を指差した。
彼はその時もう1つの違和感に気がついた。
「あの人型はどうした?」
「あいつは」
エイドは先ほど人型に言われた言葉を思い出した。
どう答えようか考えた。
出来れば嘘にならない答えを作ろうとしていた。
正直には言えない理由がいくつかあったのだろう。
「……逃げました」
「逃げた!?」
「はい」
エイドは落ち着いた声で答えた。
その姿は誰からも信頼を得ている生徒のリーダーのようである。
少年の日頃の行動、そしてエイドの見た目がそう思わせていた。
そんな彼に「本当に逃げたのか?」と諄く疑うことは3つ以上年上のバモンでも出来なかった。
「これは奴の腕か?」
バモンは草原に落ちていた烏賊のような透明性の触手を見つけてしゃがみ込む。
その時エイドは自分の口元を制服の生地で拭き、地面に吸収されている吐血に砂を足でかけていた。
しかしそんなことをしなくてもバモンの気をそらせる物があったことを思い出した。
「バモンさん! それよりもウインさんが!」
「……どうした」
エイドがアーモンド型の岩を指差しながらバモンの腕を掴んだ時、指された場所から2人を呼ぶニアースの声がした。
「バモン教官!……エイド。無事だったんですね」
岩の中から出てきたニアースもカインも普通の制服の姿に戻っていた。
その2人と同時に緑色の服が血に侵食されているウインもバモンの目に入った。
だが、バモンは大きな声も出さず尻を落とすこともなかった。
自分を落ち着かせながら彼に近づき、その赤い腹部に手を乗せた。
「氷鳥の羽」
血に濡れていた部分を薄い氷が覆い始め氷の包帯が出来上がる。
冷気で気がついたのだろう。
ウインは眠たそうな目を開けた。
「……おかえり」
「すまないウイン」
「バモン教官は平気でしたか?」
「ああ、ドミー5匹ごとき片手で十分だ」
「ま、まじか」
言葉をそのまま信じたのは素直に驚いたカインだけ。
引き裂かれた制服を見ればそうでないことを他の2人は分かっていただろう。
その時バモンはやっと気がついた。
エイドがなぜ無傷に等しいのかと。
「エイド・レリフ。よく1人で戦えたな」
「そうだぞ馬鹿野郎! 俺たちがどれだけ心配したと思ってんだ!」
エイドの胸元を両手で掴んだカインの反応が、バモンの疑問をより濃くした。
エイドはもう隠すのを諦めた。
正直に話そうと決めていた。
「止めてカイン」
エイドの首元をニアースの一言が楽にする。
カインは文句を言いたがった顔をしていたが、彼女の目がそれを決して許さなかった。
カインには自分よりも声を出したいはずの彼女が、エイドを守ったのが理解できない。
彼女を思っての行動を否定されたことに、少年はなによりも納得できなかった。
にも関わらず彼が大人しく黙ったのは、彼女の目元が少し赤く腫れかけていたからと言う理由である。
「バモン教官、私は無能でした。エイドが判断してくれなけば全員が助かっていたか分かりません」
「……詳しいことはジズで報告し合おう。とにかく今は急いで帰還だ!」
ニアースはその頭をバモンが口を開くまで下げ続けた。
彼女が頭を上げた時青年は、ウインを自分の背中に背負っていた。
この時、青年が彼女に何も追及しなかったのは彼女が自分と同じ班長だったからだろう。
────対ポルム組織ジズ 通信クラス ダク・ターリンの部屋(放送室)
ノックもせずいきなり扉を開けて入ってきたのは、手や顔に砂をつけたままのエイドである。
彼は入ってきた勢いのまま「ピキ~!」と、檻から出て部屋を探索している1羽のウサギを抱きかかえた。
「ダクさん! ありがとうございました!」
「いえ、またいつでも頼んでください」
「エイド。ピキも大事だけどよ~」
遅れて今部屋に入ってきたカインは部屋の入り口付近で壁に寄りかかった。
「なんですか?」
「お前もハントさんに診てもらってこいよ」
見慣れないカインの態度と聞きなれない低く強めの声。沈黙するエイド。
机の上で書類をめくっていたダクは不仲そうな2人を不思議に思った。
「・・・何かあったんですか?」
「平気ですよ。そんなこと言ってカインさんはピキを独り占め……っくしゅん!」
「ほら! くしゃみしてるし風邪かもしれないぞ!」
「風邪なら寝て治しますよ」
「ピキとか俺にうつったら困るだろ」
「そうですね。うつったらピキとダクさんが可哀想です」
「俺もな! 俺も!ほら行くぞエイド」
カインはエイドからピキを預かろうと歩み寄った。
しかしその横をエイドが通り過ぎる。
少年は通り過ぎてから彼らの方を振り返った。
「1人で行ってきます。その代りカインさんはピキを頼みますね」
エイドは部屋を出る手前でピキを床に降ろした。
「……分かったよ」
(この前までは俺のことを尊敬してる感じだったのに、エイドのやついつの間にかニアースみたいになりやがって。まあ、俺らに慣れたってことなら、少しは嬉しいんだけどな)