3話 6年前①
3話 6年前①
「ニアース、カイン。先に行ってくれ」
「了解です」
さっきまでドドさんに対して不満を言っていたニアースさんが急に礼儀正しい声で返事をした。彼女とカインさんは足音を立てずに僕らから離れて洞窟の奥へと進む。明るい雰囲気だった洞窟内が僕のせいで一気に暗くなってしまった。
でもまさかドドさんと2人だけになるとは予想していなかったんだ。4人でさっきのように楽しく話して歩きながら、この世界について教えてもらえると思っていた。
「あっあの!何かまずいことを聞いたなら謝りま──」
「6年前」
その低い声で僕の声をドドさんは押し潰す。何年も開けなかった扉を開けるように、ゆっくりと口を開く。
「6年前、ヤツらは世界のあちこちに突如現れた。ヤツらは半透明で手の平くらいの小さな生き物だった。
形が定まっていないアメーバのような姿で体の真ん中に目のような紫色の模様がある。パッと見は可愛く見えなくもねえ。小さいしな。そん時にヤツらを警戒してたのは誰一人としていなかっただろうよ。
だからヤツらが発見された数日後に、色んな生き物に寄生し始めた時人々は大パニック。政府も軍も対応できなかった。人が死んでやっとヤツらはこう呼ばれ始めた」
奥から吹く風がドドさんの長髪を揺らした。
「寄生するモノ──ポルム」
──ポルム。それは初めて聞いた生き物の名前。
「ポルムは生き物に寄生する。寄生じゃなくて支配や侵略って言うやつもいる」
「支配? 侵略?」
「なぜならポルムは寄生した生物の脳を乗っ取って、その生物の体を自分の物にするからだ。ポルムに寄生された生物はどうなると思う?」
思いがけないタイミングで飛んできた問い。どうなるって、どうなるんだろう。
「・・・体を操られながら生きる。とかですか?」
「それは間違っちゃいないが正確には──ポルムに寄生されたら死ぬ」
「し、死ぬんですか!? こ、殺されてはいないですよね?」
死ぬ。そんな言葉が出てくるなんて思わなかった。それじゃもし寄生されたらその人は助からないのか?
「確かに肉体は生きている。だが脳を支配されているからか意識がない。つまり死んだも同然」
「でも、体が生きているなら助かる道があるんじゃないですか!?」
僕は人を助ける人間ではない。ましてや今目の前に死にそうな人がいるわけでもない。なのになぜか気持ちが熱くなっていた。
「だがな、寄生したポルムは体内で成長し始める。放っておくとポルムに寄生された生き物は、〝ドミー〟っていう怪物になっちまうんだ」
「ドミー?」
これも僕が初めて聞いた名前。
「ドミーになった後はどうなるんですか? 意識は無くても、まだ体は生きてるんですよね!」
「ドミーになったらもう殺すしかない。というよりもポルムに寄生された時点で、今のところ殺す以外に寄生されたやつを助ける方法はねえ」
殺すしかない? 殺すのが助ける方法?──そんなの許せない。僕は納得できない。
「殺すことが助けることって、間違ってないですか?」
「エイドのその反応は正しい。だが現実はそうはいかない。ドミーになった生き物は我を忘れて暴れまわり、ポルムに寄生されていない他の生き物に襲いかかるんだ。そんでまずまず死者が増える。俺たちに出来るのは体が醜くなる前にドミーになったやつを止めてやることなんだ」
「 」
僕はまだ何か言おうとした。でも、言えなかった。ドミーのせいでさらに殺される人が増える。だから体が生きている寄生された生き物を、ドミーを、殺してもしょうがない────しょうがない、のかな?
僕の考えも現実のその判断も間違ってはいないと思う。どっちが正しいんだろう。そんなことを考えていたらいつの間にか視線はドドさんではなく、洞窟の地面を向いていた。
「辛い話だったな。もうやめとくか?」
ドドさんは人の気持ちが目で見えるのだろうか。確かに予想以上にこの世界は辛く僕が知らない世界だった。こんな世界で自分が生きていたなんて信じられない。それにどうしてこんな残酷な世界のことを僕は忘れていたのだろう。
とにかく今は、自分のことを知るためにも話を聞きたい。
「いえ!続きをお願いします」
僕はドドさんの目を睨んだ。
ポルム:見た目はクラゲに似ている。生き物の脳に寄生して体ごと支配する。ポルムに寄生された生物はドミーとなる。
ドミー:ポルムに寄生された生物の俗称。理性を失い生き物に襲いかかる。ゾンビのような見た目になっても活発に動き続ける。