37話 決心①
37話 決心①
「ドドさん?」
「なんでこんな時間にここいる?」
やっぱりドドさんだった。
・・・信じられない。
だってあのドドさんが僕に長銃を当てていたんだ。
でも、撃たなかった。
銃も下ろして背中にかけてる。ってことは一応セーフ?
「ほ、星を見たくて」
「ああ、光石か。ま、教えたのは俺だしな。なんも言わねえよ」
さっきまで僕に銃を向けていた人が隣に座った。
一瞬、刺されるかと思ってしまった。
「どうして銃を僕に……」
「消灯後にチャップが何をしているか。お前、知らないだろ?」
少年は唾を飲み込むと、横にいる男以外には聞き取れないほどの声で尋ねた。
「チャップさんはこんな時間に何をしているんですか?」
「これは本当に誰にも言うなよ」
「はい。言いません」
その目は冗談とか、決まり文句とかじゃなくて本物だった。
本当に他の人には話すなよと、話したらどうなるか考えろよ。と、僕を脅迫した。
そんな目をして何を言うのだろう。
もしかしてチャップさんはジズを裏切ることをしているのだろうか?
だとしたらドドさんもってことになる。
けれどそれ以外に「誰にも言うなよ」って脅して言うようなことはないんじゃ──
「チャップは外で暮らす者たちに飯を作ってやってるんだ」
「アステゴイって外の人たちですよね? その人たちにご飯をですか?」
思っていたのとは少し違った。でもそれって多分……。
「察しの通りそれはやっちゃいけねえことだ」
「ジズの生活区の人たちにだって食料は足りていませんよね」
「だけどアステゴイのやつらはもっと足りてない」
「バレたら大問題じゃないですか?」
やっていることは良いことかもしれない。
いや、きっと良いことだ。
でもそれをやっているのがバレたら──僕はあることに気がついてしまった。
「もしかしてドドさんは」
「勘がいいなエイド。俺は光石を見るためにここにいるんじゃねえ、チャプの護衛だ」
「もしかしてあの時も?」
「あの時お前に光石を教えたのは、お前を元気付けたかったってのもある。でもお前なら俺たちに協力してくれるんじゃないかってことも視野に入れていた」
なるほど。
確かに今考えればこの光石のことを他の人たちに教えないのにも納得がいく。
「ドドさんもチャップさんのやっていることを許しているんですね」
「あれを許さなきゃ、鬼だろ」
「お、おに?」
「……酷い人間ってことだよ。外のやつらは〝今日は何を食おう〟じゃなくて、〝今日は食べれるのか〟ってやつらなんだぜ?」
その考えは新しいものだった。
きっとこうして誰かに言われなけば気がつけない。
それくらい僕にとってその考えは見えていないものだった。
「今日は何を食べようか」っていう人と「今日は食べれるのか」っていう人。
僕は多分、選択肢がある方の人間だ。
今までそれ以外の人なんていないと、選択肢がある人間が当たり前だと思っていた。
けれどそれは特別だったんだ。
外の世界の人々には選択肢どころか食べ物すらないのだから。
知らなかった。
というより彼らのことを考えさえしなかった。
「それだけじゃない。明日生きていられるかも分からない。いつドミーやポルムに襲われるかも分からないやつらなんだ」
「でもドドさん。食べられる料理が作れるんでしょうか?」
そう聞くとドドさんは僕を見たまま動かなくなってしまった。
変なこと言ったかな?と、自分の質問を再生して、誤解される言い方だったと気がつく。
「あっ、その! チャップさんの料理が下手というわけではなくて、材料とか道具とか!」
「あ~。その辺は問題ない。ついでだが、お前はチャップの料理をどう思う?」
「えっと・・・普通ですけど、恵まれていると思います」
この状況では「不味い」はもちろん「あまり美味しくない」すら言えない。
けれど「恵まれている」と思っているのは本当だ。
僕らが食べている物は生活区の人よりは良いものだって知っているから。
「あいつの料理を食ったアステゴイのやつらは全員な〝不味い〟って言うんだぜ?面白いだろ」
ドドさんが笑ってそう言ったもんだから肩の力が抜けて「え?」って、声に出していた。
「そんで笑ってるんだよ。不味いもん食ってるのに笑ってるんだ。普通怒るか吐くよな」
怒るか吐くかは置いておいてどうしてだ?
どうして?
不味いものを食べてどうして
「ど、どうして笑っているんですか?」
「あいつらにとってはそれだけ食事ってもんが楽しいもんなんだよ」
食事が楽しみ。
なんだか懐かしい響きだな。
僕もここに来たばかりの時はそうだったような気がする。
いつしかそれを忘れていた。
毎日毎日当たり前のように食事をしてきてその感覚を僕は忘れていた。
「チャップのやつもな〝俺は料理じゃなくて、楽しみを作ってるんダ!〟って、自分で言いやがる」
「凄いですねチャップさん。アースに適合していないのに外に行って、人々に楽しみを届けるなんて、アースを持っている僕が情けないです」
「んなもん適材適所。お前はお前にしかできないことがあるだろ?」
「でも、チャップさんのように素敵なことではないです」
僕はアースと 刀で殺すことを繰り返している。
それが世界を良くすることだと知っていても、それが素晴らしいとは──
「俺たちやお前が、ポルムやドミーを全滅させて元通りの暮らしを取り戻して、その生活の中で笑えるようになれば、それは素晴らしいことだろ」
「そ、そうかもしれませんね」
少年は隣の男とは温度に差がある返事をした。
「いつかよ、こんな石ころじゃない本物の星を見せてくれよエイド」
「本物は見れますかね?」
「お前が大人になるまでには見れるさ」
「ドドさんがステダリー博士くらいになった頃ですか?」
「バカ。俺はあの人ほど老けねえよ」
結局チャップさんは話をしている間にどこかに消えていた。
今度この場で会ったらその時は僕も、チャップさんの手伝いをしたいと思う。
もちろんこのことは誰にも言わないでおこう。僕はチャップさんの活動を応援したい。
あっ、あとこの天井で輝く石のことも残念だけど、みんなには内緒のままだ。