36話 新手①
36話 新手①
ピキがジズにやってきてからみんなの笑顔が増えてきた。
こんな風に外の世界も少しずつ良くなっていく、そんな気がしていた。
しかしそんな時に僕らを不安の暗闇に落とす情報が入ってきた。
三幻鳥クラスのイラ・アマウさんが血だらけでジズに帰還したのだ。
頭の中にこの前の戦いの記憶が蘇ってまたアレが始まるのかと思った。
三幻鳥クラスはジズ最強の戦闘クラス。
なのにそのうちの1人があんな血だらけにされた。
それだけの情報でジズにいる人々を怖がらせるのには十分。
だからまだ、僕らのような一部の人々にしかそれは知らされていない。
******
廊下のベンチで少年は膝にウサギを乗せて座っていた。
ウサギの方は彼に話しかけているように顔を当てているが、彼の魂はそこにないように無反応を続けている。
手でウサギを撫でてはいるが彼は廊下の白い壁と向かい合っている。
そんな彼の元に少女が書類を持ってやってきた。
書類は強く握られたのか、水に濡らして無理やり乾かしたのか、シワがついている。
「カインは?」
ニアースさんの声は単純に怒っていた。
カインさんがまた何かやらかしたのかと思った。
けれど彼女はさっきまで会議に呼ばれていた。
分かった。きっと会議で嫌なことがあったんだ。
「カインさんは多分訓練場にいます。……そういえばアマウさんは」
「彼女なら大丈夫。ハントさんのアースの能力で、大抵の傷は生きていれば治せるからね」
「良かっ──」
「エイドはずっと前に戦った人間のドミーを覚えてる?」
唐突な質問。でもその質問に何かしらの意味があることは、立ったままのニアースさんを見れば分かった。
「えっと……村Aに行った時の大きな男のことですよね?」
「そう、結局あれは正式に報告されることはなかった──と思う」
「ウインさんが報告するなって」
「それがさっきの緊急会議で報告されたの。人型の生命体がいたってね」
「ヒトガタ・・・人型の生命体? それは、僕らが見たあの時のあの大男と同じなんですか?」
人型の生命体って何だろう。
人間のドミーじゃなくて人型の生命体って言い方が気になる。
「分からない。だからそれを調査するってことになったわ」
「もしかしてその生命体がアマウさんを?」
「ハッキリと説明はなかったけど、流れ的に多分そうでしょうね」
「三幻鳥でも敵わないそんな生命体に、僕らが近づくようなことをしても良いんですか?」
「もちろんそう言ったわよ」
ニアースさんはため息をついて隣に座った。
同時に僕からピキを奪って膝に乗せる。
「そしたら私たちと三幻鳥クラスで合同調査ですって」
ニアースさんが不機嫌だった理由はきっとこれのせいだ。
「三幻鳥クラスと一緒になったところで自分たちが危険なのは変わらないじゃないか」っていうのは、僕でも分かる。
「ニアースさん」
「ピキのこと?」
「は、はい」
「あんた1人で守れるなら連れて行けば?」
自分とは関係ないような彼女のその態度は冷たかった。
いくらなんでも少年1人の責任にしなくても良いだろう。
だがそれは厳しくも親切に当たり前を言ったのだった。
「……考えます」
隣で見てはっきり分かるくらいに落ち込んだ少年を見て、ニアースは自分の発言を反省した。
悪いと思ったのだろう。
抱いていたウサギを彼の膝に乗せてあげた。
その時無意識にウサギを撫でた少年の手を、少女の手が握った。
「ねえエイド。私たちっていつ誰かに会えなくなってもおかしくないのよ?」
そう言った彼女の目は少年を見つめていた。
握っていた少年の手を離すと彼と一緒にウサギを撫でていた。
「・・・えっ?」
この言葉の意味を彼は理解できていなかった──わけではない。
久々に見た彼女の正面からの顔に、エイドは意識を取られていた。
「じゃ、また何かあったら連絡するから」
彼女は握っていた書類を丁寧に2回、半分に折りたたむとそのベンチを去った。