出会いの命③
出会いの命③
────対ポルム組織ジズ プリップ・チャップの食堂
「ミナスよ!」
「そんな名前はカッコ良くねえ! やっぱここはアピロ!」
「叉焼ダ!」
「ぼぼぼ、僕はネライダが良いと思います!」
みんな必死に話している。
何に必死になっているかというと、ウサギの名前を考えることだ。
僕はその様子を少し離れた席からウサギと一緒に見ている。
昨日連れてきたこのウサギは特に問題なく、ジズで暮らすことがステダリー博士によって許された。
ちなみに僕とカインさんの部屋で飼うことになった。
あれほどウサギを離さなかったニアースさんだったが、自分の部屋にまでは連れて行かなかった。
でもそれで良いよね。
僕が可愛がってあげるよ・・・えっと、ウサギさん。
「おお、食堂が珍しく賑やかだな」
「ドドさん。歩けるようになったんですね!」
「ああ。体は平気だ」
負傷から復帰したドドさんの見た目は今までと変わらない。
長い髪の毛がまた少し伸びたくらいだ。
でもそのコートの中の肉体にはきっと傷がある。一生消えない傷が。
膝の下まであるそのコートはそれらを隠すつもりなんだろうけど、心を隠しているようにも見える。
「それよりエイド、そのウサギはどうし──」
「待ちなさいドド! まだ食堂の食事はダメよ」
コツンコツンとヒールを履いた足が音を立ててやってきた。ケア・ハントさんだ。
白衣を着た彼女はドドさんにアルミ色の丸い玉を手渡す。
ドドさんはそれを受け取らない。
「お前から貰うその栄養ゼリーは食った気がしねえんだよ」
「だからって──えっ、やだ!それってもしかして」
「ウサギですよ。ハントさんも抱きますか?」
彼女はうさぎを見るなり、ドドさんのことはどうでもよくなったようだ。
しゃがんでウサギと同じ目線になる。
ウサギを見るとみんなこういう風にすごい興味を持つ。
見つけた時のカインさんもそうだった。
「本物ね。よく見つけたわね」
「た、たまたまですよ」
ハントさんはウサギではなく僕の頭を撫でていた。
「名前はあるの?」
「それが~。あんな感じです」
僕が指差した食堂中央の席ではニアースさんカインさんはもちろん、チャップさんやダクさんが立ったまま自分が考えた名前をアピールしている。
「ネライダはまだ良いとして、アピロなんて付けたらアホになるわ。チャーシューなんて論外。よってここは私のミナスで決まりね!」
「いいや! ぜったいぜったいぜったいアピロだ!」
「麻婆豆腐だヨ!」
「チャップさん。そそそ、それも食べ物の名前ですよね」
この様子をさっきから見ていて思っていたが──
「ここから聞いてる限りどれも微妙だな」
そう。ドドさんが今言ったように微妙だ。
チャップさんに関しては何の料理に使うかを考えているんじゃないかな……。
「そう言うドドは何か言えるの?」
「俺が言ってもこのウサギが納得しねえよ」
「何よそれ。あんたウサギと話せるの?」
ハントさんに笑ってからかわれたドドさんは、黙って中央のアピール合戦の場へ参加した。
けれど自分の考えた名前を言いに行ったわけではなかった。
「お前らこのウサギを見つけたのは誰なんだ?」
「見つけたのはエイドです!」
「ならエイド、お前が付けるんだ」
ドドさんは振り返ると目で僕を指名した。
「ぼ、僕がですか?でも僕なんかが付けるのは、何だか皆さんに申し訳ないというか」
「第一発見者がつけたその名前には、文句があっても誰も言えないだろ。なあ?」
さっきまでみんなあんなに騒いでいたのに、急に静かになって僕に注目している。
「エイド。実はもう頭の中で浮かんでるんじゃないのか?」
「えっ!?」
「やっぱりか」
顔を赤くしてウサギを見た少年を、ドドは鼻で笑って椅子に座った。
「そうだったの!?」
「なら早く言えよ!」
何でドドさんは分かったんだ!?
そう、僕はもうこのウサギの名前を決めているんだ。
「決めた」というよりは「見た瞬間分かった」って感じだった。
そう言ったら「ウサギと話せるのか?」って、からかわれそうだけど、僕は分かったんだ。
もちろんウサギと話せはしない。
だから名前が「分かった」なんてことを言える根拠はない。
それでもこの子の顔を見た時に、頭の中に浮かんでいたんだ。
このウサギの名前は──
「ピキ」
少年の声は食堂全体をゆっくりと包んだ。
包まれた食堂は無音の空間。
人々はエイドとその膝の上にいるウサギを黙って見ている。
各々が頭の中で彼が言った名前を繰り返していた。
(あれっ、どうしよう。みんな無反応だ。ピキって変だったかな? でもふざけたつもりなんてないんだ。これが浮かんだんだ)
心が焦りだした少年はウサギを見ていた。
周りの顔を見るのが恥ずかしかったのだ。
この沈黙の間に耐えきれなかった少年は、ウサギを抱いたままとうとう立ち上がった。
「おかしいですか!? おかしいなら変え──」
「いいえ、私はその〝ピキ〟良いと思うわ」
ニアースさんがそう言い出すと、さっきまで言ってることがバラバラだった人たちが1つになった。
「良いんじゃね! ピキって2文字だから覚えやすいし!」
「確かに誰でも覚えられる名前は良いわね」
「ピキ! うんうん美味しそうダ!」
「チャップさん!? いいい、今なんて?」
この反応に安心したのか少年は一息ついて椅子に座った。
ウサギはその少年の鼻を、ヒクヒクと動いている鼻でつついていた。
「君の名前はピキだよ。ピキ!」
こうしてピキは僕らジズの一員になった。
あっ、ちなみにピキという名前に意味はないんだ。
「意味はない」っていうかそもそもこれは僕が考えた名前じゃないから正しくは意味を「知らない」。
もしもピキと話せたら聞いてみたい。
どうして君はピキなの?って。
────ジズ領土外 草原
「バモンさっきのやつは!」
「今はいい。考えるな! 帰還することを考えろ!」
砂煙を上げながら走る青年たち。
バモンの背中には白い制服が赤く染まっているイラ・アマウの姿があった。
走る3人の背中を2本の足で立っている生物が見ている。
その生き物は立ったまま全身を氷漬けにされていた。
しかし紫色の目玉は左右上下にぎょろぎょろと動く。
そして人間によく似たシルエットをしていた。