出会いの命②
出会いの命②
「ウサギだよ! 本物だぞこれ。ぬいぐるみじゃない!」
「あんたたち何してんの? 正気?」
「正気って、お前こそ正気かよ」
ニアースさんは2つの銃を両手に持って足元にいるウサギに向けていた。
でもその銃を見て彼女が正しいと思った。
だってここは地上。
地上にいるのはポルムかドミーのどちらかだからだ。
「カインさん危ない!」
「なんだよ2人とも! どうしたんだよ!」
いきなり服を引っ張ってうさぎから遠ざけたことを、カインさんは変に思うだろう。
それでもこれを言えば彼でも、僕とニアースさんの行動の意味が分かるはずだ。
「あれはドミーです!」
「いやいやいや・・・」
カインさんは最初は手を振って笑って否定した。
調子の良かった笑いも振っていた手と共に徐々に止まる。
「エイドの言う通り。正確には〝ポルムに寄生されている可能性がある〟だけどね」
「確かにそれは俺にも分かる。でも見た目は普通だぜ?」
確かにこのウサギの見た目は普通。
傷だらけの生き物じゃない。
黒いまん丸の瞳に綺麗な灰色の毛。
うん、普通だ。だから僕はそれを証明したい。
「僕がポルムアイを確かめます」
「良いわよ。じゃあカインはいつでもエイドを守れるようにしておいて」
「おう」
ニアースさんの目と銃はそう言っている間もウサギにくっついていた。
ウサギは鼻を上下にヒクヒクと動かしてこちらを見ている。
これだけでもこの生き物が可愛いと感じた。
こんな可愛い生き物がドミーだとは思えない。
「少し見るだけだから暴れないでね」
少年はうさぎの前にしゃがみ込むと、手の平でうさぎのお腹をすくうように抱き上げた。
(ウサギに初めて触った。触る前から分かっていたけれど、とても柔らかい。
いつも使っている布団よりも柔らかくて暖かい。
親指に「どん!」「どん!」って、とてもじゃないけど追いつけない速度で心臓が動いているのが伝わる。
そっか。僕は今、命を持っているんだ)
「どうなの?」
(そうだった。
ポルムアイがないかを確認しなきゃいけないんだ。
えっとポルムアイの特徴は紫色で瞳のような模様。
このウサギの顔にはない。
灰色の毛に覆われている背中にもない。
白いお腹にもない。丸い尻尾にもない。
うん、大丈夫。今度は確かに大丈夫!
ポルムアイはない。これは生きている)
「ニアースさんも持ってみてくださいよ!」
「ちょっと! ちゃんと確認したの!?」
「自分で確認するのが一番ですよ!」
「そ、それはそうだけど」
少女は銃を腰のケースに入れると手を服で拭いて、自分からウサギを抱きに行った。
(僕がニアースさんに確認して欲しかったのはポルムアイじゃなくて、このウサギという生き物のことだ)
「確かに平気ね。足の裏にも耳の中にもないわ」
「おお。ニアースが優しい表情をしている」
いつも冷たいニアースさんが、目をつむって微笑んでいる。
そしてこう言ったカインさんにも怒っていない。ウサギって凄い。
「エイドはこれをどうしたい?」
「えっ。ウサギをですか?」
そう言われても大事にウサギを抱いているニアースさんの姿を見たら「捨てる」なんて言えない。
今は3人とも同じ気持ちだと思う。
「ジズに連れて行って、ニアース班に入れてもらいましょう!」
そう言ったらなぜか2人に手を叩かれて笑われた。
同じ気持ちなはずなのにどこがおかしいんだろう。
「それって冗談だよな」
「ほんとね。笑っちゃうわ」
「どこがですか?僕は真面目に」
「班に入れるところまでは私も予想できなかったわ」
「そうだぜ。そこはウサギを飼うで良いんだよ」
「かう?」
「一緒に暮らすってことよ」
「……ニアースさんはそれに反対しないんですか?」
笑われた仕返しにわざと彼女に聞いた。
この人はかっこいい自分を演じているから、こういうのを受け入れるってことを自分から言えない。
だから言わせてやるんだ。
「当ったり前でしょ? こんな可愛いウサギちゃんを放っておけないわ!」
驚いた。だってニアースさんがあのニアースさんが、大人の男性を黙らせるニアースさんが・・・
「おいエイド。今、ニアースが〝ちゃん〟を使ったぞ」
少女は彼にそう言われてから顔を赤くした。
それは自分の制服の濃い赤ではなく水で薄めたような赤。
少女はウサギを抱いたまま彼らに背を向けると、わざと低い声で「帰るわよ」と言い先に進んだ。
「おい!俺はまだそのウサギちゃんを抱っこして──」
「カ~イ~ン?あなたは私がウサギを離して両手が空いた後のことを、今からしっかり想像しておきなさい?」
カインさんは顔を合わせて無言で助けを求めてきた。
それを見ないでこちらを向いているウサギと顔を合わせた。
しょうがない。
ニアースさんにそう言った彼が悪いんだ。
結局この帰り道の間にカインさんがウサギを抱くことは無かった。
だって、ニアースさんが一度もウサギを離さず胸に抱いたままだったから。
後ろを歩く僕たちを見るそのウサギの顔は、いつまでも見ていても飽きない可愛さだった。