お別れの命③
お別れの命③
「コペルトさん! 早く来てください!」
「エイド・レリフ。お前は何のつもりだ!」
(こいつはいつの間に意識を取り戻したんだ? さっき殴ったはずだろ!)
コペルトは鼻血を垂らすエイドの顔を見て怒鳴りつけた。
聞きたいことはたくさんあったがそのエイドが刀でステダリーを脅し、ジシスを助ける状況を作っている。
助けられるそのチャンスをコペルトは優先した。
「コペルトさん。あなたはきっといい人です」
近くに行ったエイドにそう言い返されて彼は何も言えなかった。
コペルトは狼男のままのジシスを背中に担ぐと、その人間離れした脚力で走った。
「ブラック! あの盗賊を殺しなさい!」
地面で寝ている黒い布に唾を飛ばしながら男は命令した。
脳天に足を落とされて、起きないかと思われた黒装束の者はなんと起き上がった。
しかし盗賊を追うほど動けはしない。
「コペルトさんの目は少なくともマダー・ステダリーさん! あなたよりも人を助けたいという目をしていた!」
エイドは黒装束の者に刀を向けて足止めをした。
黒装束の者はどうすれば良いのか分からない。
疲れているのかその紅い刀より先に進もうとはしない。
誰もコペルトたちに追いつけないと思った。
だが、ステダリーは立ち上がり逃げるコペルトにメスを向けた。
「とっくに狙っているのでしょうニアース・レミ! 早く撃ちなさい!」
「──ニアースさん!? ダメだ! 撃ったらダメだ!」
壁にもたれながらもニアースは意識を回復していた。
彼女は緑色の瞳で逃げるコペルトを見据えている。
銃口はもちろん、その瞳と同じ的を見ていた。
「シュート」
彼女のハンドガンから撃ち出された弾は水に包まれ後、コペルトが担いでいる狼男の心臓を正確に撃ち抜いた。
水が通り抜けた後、そこからは血液が漏れ出す。
コペルトはそのことを徐々に濡れる背中で察していた。
だが彼は立ち止まらい。
口の中に入れていた何かを噛み砕くと自慢の足で遠く、遠く、遠くを目指した。彼の足跡には赤い水滴が染み込んでいく。
「よくやりましたニアース・レミ。あの狼男はやがて死ぬでしょう。アースの回収は出来ませんでしたが我々の勝ちです」
ステダリーは洞窟の入り口で銃を手にしたままの彼女の頭を撫でた。
そしてボロボロの黒装束の者に支えられながら洞窟内へと消えた。
「・・・どうしてですかニアースさん。どうして撃ったんですか!」
ニアースは刀を納めていないエイドに目の前まで迫られても動じなかった。
涙と怒鳴り声、2つの感情が飛び出ている彼を真正面から受け止める。
「何も言わないのは……悪いと分かっているから、罪悪感があるからですか?」
「──あんたは大馬鹿よエイド」
「今の僕なら、例えあなたでも斬りますよ」
エイドは刀をニアースの肩に向けた。
しかしその顔は人を斬る顔ではない。
エイドは涙で何も見えていないだろう。
その震え続ける刀を少女は片手で下げてあげた。
彼女はそのまま、エイドを抱き寄せる。
抱きしめて彼の声を自分の胸で受け止める。
そうするニアース自身も涙を流していた。
持っていた刀をいつの間にか落としたエイドは彼女にしがみついた。
「辛かったよね。エイドは立派だったよ。エイドは間違っていないよ」
静まった洞窟には少年たちの慟哭の声が暫く響いていた。
壁に寄りかかるカインはその泣き声で意識を戻した。
けれどその2人を見て起き上がることが出来なかった。
ただ、戦いが終わったことを理解して腕に装着していた盾を外した。
「・・・戦いはもう終わり。その刀、早くレンさんに見せてきなさい」
「ニアースさん凄いですね。僕はまだ、そんな切り替え出来ませんよ」
「何十人も死んだのに私たちは負けなかった。私たちは生きてる。ニアース班はみんな生きてる。それは最低限のことかもしれないけれど、私はその最低限が最大の戦果だと思っているの」
自分が生きている。他の人は死んだ。
でも、自分は生きているからそれで良い。
そうかもしれない。それで……良い。
「それに、たった数十人が死んだくらいでそんなに落ち込んでたら、この先生きていけないと思うし」
ニアースは励ますつもりでそう言った。
けれどエイドにはまだ時間が必要だった。
「起きているんでしょカイン。置いて行くわよ?」
「・・・俺はもうちょっとここで座ってるよ」
「そう。なら、エイドのことよろしくね」
ニアースはそのまま1人で洞窟へ進んでいった。