34話 お別れの命①
34話 お別れの命①
────ジズ入り口の洞窟前
コペルトの「黒き世界」は地上に向けて放たれた。
黒い炎は空気を燃やして膨れながら徐々に彼らに迫る。
エイドはそれが来るのを待っているだけであった。
刀を握りしめている手は下がりながら緩んでいき、刀の鋒は地面を向いている。
しかしこの場においてその諦めるという姿勢は適当と言えるのかもしれない。
突如として空から現れた漆黒のどこまでも広がる闇。
その闇がどんどん広がり自分に近づいてくる。
圧倒的な物理的な差を見せつけられては、戦意どころか「生きる」という本能さえも失ってしまうのだろう。
(やっぱり逃げなくて正解だった。
だって逃げてもどうせこの黒い炎の範囲内。
ジズに逃げても洞窟ごと焼き消される。
このままだと炎は地下の本部まで来る。
どんなに遠くへ行ってもどんなに深くまで逃げてもこれからは逃げられない。
……熱い。じっくりと焼かれるのは嫌だな。
いっその事、自分から消されに行こうかな──って、僕が動こうとした時だった。
黒い幕が目の前に降りてきた。
そう、ブラックという人だった)
黒装束の者は炎が自分の衣服を溶かすほどの距離に来ているにもかかわらずその場で止まった。
なにをするかと思えば両手を前に突き出し「パン・ティエポータ」と唱えた。
するとその突き出した手を焼こうとしていた炎が後退し始める。
否、炎が消え始めた。
自然に消滅しているのではなく彼の手先から出ているであろう、見えない何かによって消されている。
エイドはそれを黒装束の者の次に、近い距離で見ていた。
(な、何をしたんだこの人は。
分からないけど炎が小さくなってる。
……凄い。
消せることに自信があったから炎の前に出てきたんだ。
焼かれようと近づいた僕とは違う。
僕なんて諦めていた。
刀さえも構えずに。ジズの力も使わずに。)
「・・・黒き世界が消えた? じゃあなぜあいつらは生きている! なぜ地面が残っているんだ!」
自分の目に映る現実が信じられないコペルトは地上に降り、地面に両手で触れている。落し物をしたわけでもないのにそうする彼の姿勢はとても滑稽。
「ありがとうブラック。あなたのおかげで無事です」
「やはり貴様の仕業か! お前は一体何者だ!」
マダー・ステダリーの声を聞いてからコペルトは現実を受け入れた。
しかし受け入れたがために、彼は頭を押さえて余計に混乱してしまう。
それならまだ、地面を触っている姿の方がましだったかもしれない。
「なんとか言え!」
ちっとも口を開こうとも顔を見せようともしない黒装束の者に、コペルトは目の前の光景全てを認識できないほど怒っていた。
逆に黒装束の者は怒れる彼を見ても動かない。
風にその黒い布が揺らされて動くぐらいである。
そんな黒装束の代わりに、隣にいる白衣を着た男が口を開く。
「イーサン・コペルト。あなたはブラックのおかげで助かったのですよ?」
「……何を言って」
頭にクエスチョンマークを浮かべたコペルトはやっと周りを見るようになった。
その男の言葉に感じた疑問を解決する答えを探すように彼は目を動かす。
やっと、彼の目にその答えが映った。
映った瞬間、それの元へ走り出した。
「ジシス!」
しかし、駆け出した足は2歩目で止まった。
ステダリーが狼男になっているジシスに触れたのである。
それは即ち「動けばこいつを殺す」という意味であった。
「これはあなたがあの時に盗んだアースで間違いないですね?」
「盗んだ?違うな。俺の左腕と交換したんだよ」
今すぐにでもジシスの元へ行きたい。
コペルトはその想いを悟られないよう殺して答えた。
だが、その殺したはずの想いはやはり殺しきれなかった。
「なるほど! しかしあなたの片腕とアースでは釣り合いませ──」
「ジシスを返せ!」
「いいでしょう。けれど、アースを回収してからです」
「それじゃあジシスが死ぬじゃねえか!」
マダー・ステダリーは彼を見て優しく微笑んだ。
コペルトはそれを見た途端、止めていた足を一度だけ素早く動かした。
地面を蹴ったその勢いのまま翼を使い超低空飛行。
地面に自分の顎が触れるすれすれでジシスの元へ迫る。
しかしその前に黒い布が立ちはだかった。
コペルトは回避するようにそのまま上へと飛んだが、黒装束の者はぴったりと離れぬ動きで彼を空中まで追い続け、ジシスから遠ざけていた。
「っ! だからてめえは何者なんだよブラック!」
黒装束の者はやはり答えない。
ただ彼の妨害をし続けるのみ。
コペルトは飛ぶのを諦めて地上に降り立った。
「さあエイドくんその刀でアースを回収してください」
「ぼ、僕がやるんですか!?」
「おや? まだ考えは変わらないのですか?」
この人は恐ろしい人だ。
僕がジシスくんを殺したくないと言ったことを、忘れてくれていた方がまだ良かった。
だってこの人は僕の言ったことを覚えていたんだ。
殺したくないということを覚えていて、それを無視してそう聞いてきた。
「当たり前です! この子を殺したくはありません!」
「殺すのではありませんよ。アースを回収するんです。その結果仕方なくこの子供は死ぬだけです」
「それは殺すのと同じじゃないですか!」
「なら、彼を殺してください。イーサン・コペルトは敵です。殺せますね?」
あの人はジシスくんを利用している人。
殺すかどうかは置いておいて、あの人になら刀を向けられる。
「その間にこの子のアースを取らないと約束しますか?」
「もちろんです」
信用していいものか悩んだ。
でもこの人はこういう約束はちゃんと守りそうな気がする。
だって、大人だから。