スラフ・ジシス②
スラフ・ジシス②
「小さいの──ではありません。僕はスラフ・ジジスです」
(スラフ・ジシスというこの子供は僕らジズクラスの視線を一瞬にしてさらった。
この子は今、目の前にいたジズクラスの人をどういうわけか斬り裂いた。
こんな恐ろしい光景、普通はじっと見ていられない。
でも細部まで見てしまった。
切断面から流れ出る血液。脈動する臓器。
彼の白い手からジャムのようにドロドロと垂れる赤い塊。
こうやって見ることができたのは、僕が少し慣れていたからなんだと思う。
でも他のみんなはそうではなかったみたい)
「に、逃げろ! 全ての班は撤退だ!」
「ジズの中に入れば良い! 扉を開けられはしない!」
「誰か時間を稼げ!」
数名の少年たちが我先にと洞窟の中へ逃げて行った。
けれど彼らは洞窟に入ることすらできなかった。
なぜなら後ろから真っ赤な手の悪魔が追いかけてきたからである。
「追いかけっこですか? 皆さん遅いですね~」
悲鳴が聞こえた後にジシスは真っ赤な体で洞窟から歩いて出てきた。
そんな彼の足元には人の体の一部と分かるものが散らかっている。
転がる少年たちの頭の数からそれらは逃げようとしていた人数分あると分かる。
いや、1つ足りない。
助かったのかと思ったその1つは残念ながらジシスの前で腰を落としていた。
「・・・やだ! やめてくれよ! 他にもいるだろ! どうして俺なんだよ!」
「目の前にいたからですよ?はい、さような──」
ジシスの万歳をした手は目の前の少年に当たるはずだった。
だが、ジシスは手を下ろした時「冷たい」と感じた。
それは先ほどまで温かい肉、血液、臓器を触れてきた彼にしたら不思議だった。
もう一つ不思議な事があった。
それは、その冷たいものを裂く事が出来ないということ。
これはジシスが初めて触れたものだった。
彼の赤い手は紅い刀身の上に乗っている。
「・・・追いかけっこ。僕としませんか?多分この中で僕が一番速いですよ」
エイドの刀、日本刀紅ノ心こそジシスが感じた不思議の正体。
「その赤い羽はアースですね。君は誰ですか?」
「エイド・レリフって言います」
エイドは刀を強く握り、ジシスの手を押し返しながら話す。
子供はそれを素手で受け止めながら彼を見ていた。
「あかい髪の毛。コペルトさんと似てる。そして翼も生えて──」
「岩の果実!」
エイドはカインがそれを唱える直前にジシスから離れた。
操作された大地はジシスを閉じ込めるように飲み込む。
簡単に1つの岩の中に血だらけの悪魔を封印することに成功した。
けれどジズクラスたちはまだ慌てている。
自分たちが特別な存在であることを完全に忘れてパニック状態になっていた。
「ドーサ! ニアース班にここは任せて。みんなをジズの中に案内して」
「分かった! やるぞレイユ、ロイト!」
「おう!」
この時悩まずに「分かった」と言えたドーサの判断は見事だった。
彼はニアース班の実力を知っている。
そんな彼だからこそ一瞬でそう返事ができたのかもしれない。
彼らはすぐに全体に指示を出した。
「ニアース班以外はすぐにジズの中へ退避!」
「避難した人はすぐに本部に状況を伝えて!」
状況を理解できている者のみがこの時「早く!」「早く!」「早く行くんだ!」と思っていた。
それもそのはず、ジシスがいつ岩の中から出てくるか分からないからである。
岩の中にいるとしても、刀を裂けなかったとしても、人の体を葉っぱのように破いた一番最初の光景はそう簡単に忘れられない。
現にジシスは岩の中で座って頬杖をついていた。
「今度はかくれんぼですか?でも僕鼻が効くんですよ。この岩の中からでもどこに誰がいるのか・・・」
岩が砕けたり、爆発させられたような音はしなかった。
なのに岩の中から子供の「分かるんです!」という声が聞こえてきた。
岩の中から飛び出たジシスは洞窟内へと向かう。
「ドーサさん!」
(間に合わない! 今のは気が付けなかった! 間に合えよジズ!)
エイドはすぐに翼を羽ばたかせて、洞窟内で全員を誘導するドーサの元に向かった。
しかしジシスを閉じ込めていた岩は洞窟のほぼ目の前。
出てくるその時を狙っていたエイドでも、スタートラインが違えば物理的に追いつくのは厳しい。
だが、誰が狙われるかをじっと考え、守る気持ちが誰よりも強いこの男に対しては、ジシスは最初から遅れをとっていた。
ドーサを視界に捉えたジシスが振り上げた手は大きな金属の盾にぶつかった。
「おいちびっこ! まだ10秒数えてねえぞ!」
「なんで数えるんですか?」
「かくれる時間が必要だからだよ!」
両手を合わせて出来たカインの盾にジシスはまたしても不思議を感じた。
彼の手は冷めて、血で濡れていた腕も乾いてきていた。
「お前で最後だドーサ! 心配するなとっとと行け!」
「すまねえなカイン!」
目の前に壊せない強固な盾がある場合、どうやってそれを突破するか──飛び越えれば良い。
そう考えたジシスはカインを飛び越えた。
しかし彼は「なぜ自分が攻撃されないのか」をちっとも考えていなかった。
もしかしたら「痛い!」を経験したことがなかったのかもしれない。
「三百の眼!」
幾つもの水のレーザーがカインを飛び越えようとした瞬間のジシスの手足を射抜く。
自分の手足の穴から赤い血が吹き出してシャワーとなる。
簡単に地に落ちた悪魔は奇声をあげた。
「uaaaaaaaaa!!」
「ふぅ。これで動けないでしょ」
水を操るニアースは満足気に次の弾を用意していた。