32話 スラフ・ジシス①
32話 スラフ・ジシス①
────ジズから数十キロ先
その荒野はおかしかった。
凍った地面の上で黒い炎が細い草のようにゆらゆらと燃え続けている。
その地面の上で黒い羽を生やした青年はかつての仲間に炎を向け続ける。
「黒き息!」
翼を羽ばたかせたコペルトの顔には汗の川が出来ていた。
彼は熱かった。
けれどそれは自身の炎のせいではない。単純に動いて出た汗だ。
彼は先ほどから休むことなくバモンに炎を放ち続けている。
しかしバモンのクールな顔を見る限り、彼はもっと汗をかくことになるだろう。
「お前の能力を知っている俺に能力戦では敵わないぞ! 来るなら格闘でこい!」
「ずいぶん余裕だな! お前の大事な教え子は心配じゃないのか!」
「アマウとウインのことなら心配ない」
実際、彼は余裕だった。
遠くから来る炎を避けるだけ。
これはコペルト本人の肉体的な強さが関係していないただの能力の攻撃。
しかもその攻撃をバモンは昔行った訓練で予習済みである。
コペルトとしてはそうやって過去を思い出させて、バモンの心を揺さぶり隙を作ろうとした。
けれどその男の目は、目の前の黒鳥から1秒も離れなかった。
「確かにあの2人にはドミーじゃ勝てない。でもな! 俺の狙いはジズそのものだ! 今頃入り口の洞窟は、ジズにお似合いの真っ赤な赤で染まってるぜ!」
「……さっきのお前の最高傑作のことか」
バモンは先ほど一瞬見た金髪の子供を頭に浮かべた。
そしてその子供と自分が指導してきた少年たちを比べた。
「なら心配ない。入り口には私の一番の教え子たちがいる」
自分をずっと見つめる氷鳥に対して舌打ちをした。
だが、あまりにも強く力を入れ過ぎていて音が出ない。
「……それを失うんだよ! あんたは!」
────ジズ入り口前の洞窟
バモンが頭に金髪の子供を浮かべた時、ちょうどその子供が目的地へと着いていた。
どこから現れたのかも分からない、瞬間移動でもしてきたのかと疑いたくなるその子供。
彼はそのまま歩いて誰にも気がつかれないままジズの洞窟を進んでいけそうだった。
唯一の違和感はその服装。
周りの少年たちとは違う短パンと茎のように細い腕を見せる半袖。綺麗なままの裸足。
子供はしばらくその場に立っていた。
けれどやはり、周りにいる十数人の少年少女の誰1人でさえ彼に気がつかない。
なのに彼はわざわざ自分から話しかけた。
「初めまして。ここがジズの入り口ですか?」
「ん? 誰だこの小さいの。誰か知ってる班いる?」
気がついて近づいたこの少年は運が悪すぎた。
いや、口がもう少し悪くなければもう数秒は生きていた。かもしれない。
「小さいの──ではありません。僕はスラフ・ジジスです」
ジシスは近づいて来た彼を素手で八つ裂きにした。
それをちょうどエイドは目撃してしまった。