目覚め③
目覚め③
洞窟の穴は僕らを一口で食べてしまうほど大きな口を開けていた。その中からは冷たい風が流れてくる。すぐそこの荒野とは温度がまるで別世界。荒野は暑いのにここは寒いと感じてしまう。洞窟の穴の先は本当に別の世界へ行きそうな感じだ。真っ暗で先が見えない。
「じゃあ帰るか」
「私は警戒任務がありますから車に戻ります」
「おう、頼んだ」
ヤーニスさんだけ再び暑い世界へと戻って行く。警戒任務とは何のことなんだろう。なんだか物騒な気がするけど、何かに備えているのかな。
「ねえ、あなた名前は?」
洞窟へ入る前、ニアースさんとカインさんが僕の前に立った。彼女の顔に好意は感じられず何かを疑っているような目。〝なまえは、思い出せないんです〟とでも答えたらそのまま話を聞いてもらえないだろう。
でも、なまえはやっぱり思い出せない。けれどこうやって黙っていても彼女は──
「実はな、こいつは名前を思い出せないんだとよ」
それを聞いた2人は一瞬ドドさんを見てから僕を見る。そのまま見つめられる。じっと、僕だけを見てそのまま石にされたように動かない。
「──それって、記憶喪失ってやつっすか?」
「少し疑問だったんだけど、あなたは今までどうやって地上で生きていたの?しかも記憶喪失で」
昨日の自分を思い出そうとした。でも、何も浮かばない。頭の中も真っ暗で、何も見えない。だんだん考えることが怖くなってきた。僕って何者なんだろう。どこから来て、どこで育って、さっき目が覚めるまでは何をしていたんだ。
「まあ待てお前ら!そういっぺんに聞くな。もしかしたら明日思い出すかもしれないだろ?」
「でもドドさん。それまでの間俺たちはこいつを何て呼べば良いんすか?」
「確かにそうね。いつまでもあなたとかお前って呼ぶのは、自分が偉そうで嫌です」
「……いっつも偉そうじゃねえか」
「何か言った?」
「いいえ! なんにも!」
「じゃあ俺が名前を決めても良いか?」
「ドドさんが!?」
僕を含めた3人は一斉にドドさんを見る。彼は微笑んでいた。その笑顔に不安を感じたが僕は何よりも名前というものを欲していた。
ドドさん。ヤーニスさん。カインさん。ニアースさん。僕の名前は何になるんだろう。自分で考えた方が良いかなと思ったけど、自分で自分に与えるよりも誰から与えられた名前の方が、みんなに認められる名前って感じがした。
「決まったぜ────エイドだ。お前はエイド・レリフだ」
まるで元から決まっていたかのようにドドさんは数秒でそれを言った。エイド・レリフ。それが、僕の名前。エイド・レリフ。心の中で何度もそれを叫んだ。何度も言いたくなるその名前。直感的にこれが僕の忘れていた名前なんだと感じた。
だからさっきの彼女の質問に今度は自分で答えた。
「ニアースさん。僕の名前は、エイド・レリフです」
「私はニアース・レミ。よろしくねエイド」
「俺はカイン・ビレント! よろしくな!」
正面にいたニアースさんの顔からはやっと好意が感じられた。2人と握手を交わしたその時、壁みたいな物を超えて自分がこの世界の人間になれた気がした。
「ドドさん、名前をくれてありがとうございます」
「おう、よろしくなエイド。俺はファイン・ドドだ」
今度は僕の手でこの優しい大きな手にふれた。ドドさん。ニアースさん。カインさん。みんな全く知らない人たち。でも今は簡単に彼らと握手ができる。
エイド・レリフ:紅い髪の少年。一部の記憶がない。基本的には大人しい。