和解
謎は解けた。
なぜ戦争が起こるのか。
なんとなく理解したつもりだったが、本当の意味で理解してなかった。
隣国は焼かれ、すでに限界だった。
種籾までなくし民の命を繋ぐことすらままならない。
たぶん、食料の援助などの交渉もしているのだろう。だけど、どの国も食料はひっ迫している。ドラゴンの侵攻で次に焼かれるのは自分の国かもしれないのだ。食料を国内に分散して保存せねばならず、援助もそう多くはできないだろう。
だとしたら……最後の賭けで略奪するしかない。まだ元気なうちに。
我が国との戦争は本当に最後の手だったのだ。
そしてドラゴンを倒す方法が問題だった。
光の巫女の寿命を消費してドラゴンを倒す。よって次の光の巫女が生まれるまで聖剣は使えない。
つまり侵略者相手に聖剣を使うことはできない。
『ドラゴン相手に消耗したみたいだし。今だったらいけるんじゃね?』
ヤンキーと同じ発想である。
彼らを黙らせるにはシンプルな方法しかない。
ぶんなぐる。
とは言っても、彼ら自身を殴る必要はない。
光の巫女を死なせずにドラゴンを倒せばいい。
それだけで外国はビビる。
陛下はインテリだ。話し合いを尊び、論理的で、常に民を優先している。
だけど外から見れば、弱腰で、脅せば言うことを聞き、軍閥を軽んじている。
だから攻めてくる。今こそ武闘派であることを印象づけるのだ。
それだけが戦争を止める手段なのだ。
それと……もう一つ。
私は城の廊下で人を待っていた。陛下にチャット機能の報告をするついでだ。どうせ片道一時間だし。
私が待っていたその男は、三人の騎士を連れて廊下を歩いてきた。
「レイラ嬢、どうしたのかな? ウィルは一緒ではないのか?」
「ウィリアム殿下は少しはずされていまして……今は待っていますの」
「女性を廊下に待たせるとはしかたのないやつだ。では私と一緒に部屋で待とう」
私が話している相手、それはアーサーだ。
我々の話は言葉通りではない。ではわかりやすく翻訳してみよう。
『ああん? 一人かてめえ』
『ウィルはいねえ。サシで話そうぜ』
『いいぜ来いよ』
三人の騎士はなぜか私を取り囲むようにポジションを取る。
どうやら、お互いヤンキーサイドの人間のようなので言葉が少なくとも意思疎通ができるようだ。
「無駄だ。お前らではメスドラゴンには勝てん。怪我するだけだ。部屋の外で待っていろ」
アーサーの言葉で騎士たちは包囲をやめ、部屋の外に待機する。
私はそのまま城の一室に通された。
「そう警戒するな。どうせお前には勝てん。これ以上恥をかくわけにはいかぬ。……まったく、お前なんかに関わったばかりに俺は踏んだり蹴ったりだ」
「それについて誤解を解いておきたいんです。ドラゴンとの戦いが近いのに婚約者の兄上と敵対してるってのもつまりませんし」
「ああ、よかろう。異論はない。感情的な行き違いがあったようだ。お互い水に流そう」
「ありがとうございます。それで……質問しても? あとこのままだと舌を噛みそうなので口調を変えても? 具体的には下町風に」
「許す。下町風でもなんでも好きにしろ。なんだ? なにが知りたい?」
「じゃあ聞くね。お兄ちゃんさ、王になる気ないでしょ?」
次の瞬間、アーサーの目が点になった。
「いやさ、おかしいなあって思ってたのよ。公の場でみっともなく弟と張り合うわ、平民に粉かけるわ、弟の女を人前でバカにするわ。貴族とか王様ってさ、高潔なイメージで食ってる商売だよ。もちろん昔は野蛮なのがいっぱいいたけどさ、今の陛下は違うじゃん。そんなことやってたら、お兄ちゃんの支持者だって離れちゃうでしょ? ウィルは騎士じゃないんだから黙ってたら王になれるのに。なんでそんな余計な事をしたの? そこから導かれる結論は『アーサーは王になる気がない』じゃないのかな? どう、お兄ちゃん」
「ふ、妄想だな。少し焦って判断を誤っただけだ。普通の人間はお前のように壊れてはおらん」
おうお、強がっちゃって。
こっちは証拠を固めてきてるんよ。
「ビアンカ・フラナガン侯爵夫人」
私がその名前を口にした瞬間、アーサーの顔が真っ赤になった。
「なぜそれを!」
「落ち着けお兄ちゃん。あたしはお兄ちゃんと和解しに来てんだ。なにもしねえって。フラナガン夫人。いとこで、幼なじみだってね。憧れのお姉さんか。侯爵は二年前に病死。婚姻期間はわずか半年。病床にあった侯爵を世話するために結婚したようなもんか」
「そうだ! ビアンカは不幸になってはいけない人だ!」
つまり、初恋の人をあきらめることができなかったのだ。アーサーは。かわいいやつだな。
「あたしさ、お兄ちゃん嫌いだったんだ。でもさ、周りを地獄に追い込んでも、好きな人を守ってやりたいって気持ちは評価するよ。私もウィルになにかあったら、相手の一族皆殺しにするし」
「……ふっ。私たちは似たもの同士ということか」
「かもね。お兄ちゃんは、ビアンカと結婚したいから、王座を捨てるつもりだったんだよね。王が未亡人とできちゃったら大問題だからね」
私たち女性は、旦那の所有物というよりは、家の所有物なのである。
貴族の財産を勝手に取ったら血が流れるし、解決には金がいる。仮に王がやらかしたら、強制的に別れさせられるだろう。あとは家柄だけで決めた女の子との愛のない結婚だ。30代後半になって地盤を固めたら、ようやくビアンカと暮らせるかなあ。反対したやつはたぶん粛正されて皆殺しだけど。怖い。
これがウィルと私だったら、私の家柄は譜代の大名なのでギリギリセーフ、王の許可もある。
私の気性と性格は最悪。王族向きじゃない。でも私は国にとって使える女だとわかっている。だからリスクを取っても欲しい人材だ。しかも私を使いこなせるのはウィルだけ。異議を挟むものは少ないだろう。うむ、次男最強。
たとえウィルがビアンカ狙いでも許される。次男だし、修道院に入れた弱みはあるし。「仕方ねえなこれが最後だぞ!」と侯爵家に賠償金払ってくっつけて、どこか遠いところに追い払うだろう。
王家の長男ってナイトメアモードかも。つらい人生だよね。
「お前は妖怪かなにかか? 俺の心を読みやがって!」
「お兄ちゃんひどい!」
「お前を手に入れなくてよかったよ。でもなぜだ? どうして俺を失脚まで追い込まなかった! お前ならできたはずだ!」
「は? なに言ってんの。最初から言ってんじゃん。旦那のお兄ちゃんと仲直りしたいだけだって。お兄ちゃんは証拠を突きつけて、頭を押さえつけて、はじめて心を開いてくれるタイプでしょ?」
もう、面倒な。
このものすっごい、人見知りっ子!
「……ここまで虚仮にされたのは初めてだ」
「対等の関係まで持っていくのに、とんでもなく苦労したんだから。多少の無礼は許してよ」
「ああ、俺の負けだ。お前を認めてやる」
「おう、じゃあ私たちこれから友だちね。それじゃあさ、次は友だちどうしの内緒話ね」
「……まだあるのか?」
「うん。あのさ、お兄ちゃんもハッピーエンド迎えたくない? 手を貸してくれたら最高のエンディングを用意してやんよ」
私はアーサーの胸に拳を置く。
「お前はなにを言ってる?」
「なんでもいいよ。裏も表もなし。ゴチャゴチャ言わず、ただ手を貸してくれればいい」
ふっ、とアーサーは笑う。
「いいだろう。手を貸してやる。お前の言うエンディングを見たくなった」
「だろ? じゃあ今から仲間ね。おーい、ウィル! アーサーの許可取ったぞー!」
私は端末からボイスチャットを飛ばす。音声圧縮しゅごい。
アーサーが驚きのあまり目を見開く。
まだ発表前の技術だ。そりゃそうなるよね。
「了解。陛下を連れてすぐに行く」
「どういうことだ妹よ」
アーサーの声がブチ切れている。
親に知られたら死にたくなるのはわかる。
でも全員は幸せになるには、全員が共犯になる必要があるのだ。
「私にまかせてって。お兄ちゃんの未来を悪いようにはしない」
「ふん、ひどい妹だ」
「まあね。自分、悪役令嬢ッスから」
よっしやるぞ!
私は気合を入れる。
ドラゴンが来るまではまだ猶予がある。
私は勝利をつかむために奔走していた。




