グズグズに壊れたシナリオ
リリアナちゃんは作業着だった。
私たちのとは違い、上は普通のシャツで軍手をつけていた。
旋盤で軍手をつけると軍手が巻き込まれて死ぬので、私たちはつけない。
髪の毛も作業時の私は、後ろで縛ってまとめてしまう。さらに作業用の帽子もかぶっている。
髪の毛が巻き込まれて頭の皮がでろりんというのは避けたい。死ぬから。
リリアナちゃんはショートカットにしている。バッサリ。
ゲームの中では見なかった髪型だ。
あの髪型からして、たぶん機械系じゃない。いやおそらく異臭の原因。
職人の私たちは、その姿に違和感がない。
でも貴族学院では珍しい格好だ。リリアナちゃんだけ孤立している。
だって四人席なのに誰も座ってないもの。
アーサー……なぜこの状態で放置した。まったく、あの男は人間の心がわかってない。
私は席を立つ。
「お久しぶり!」
ボケッと一人でランチをもしょもしょ食べていたリリアナちゃんが私を見る。
「え? レイラさん!?」
「お久しぶりね」
お嬢さまっぽくあいさつをする。
同時にウィルがむせたのは聞き逃さない。
あとでなにかおごらせよう。
「あ、あのお久しぶりです。わ、私もレイラさんみたいになりたくて! がんばりました!」
やはりだ。あのイベントのせいでシナリオが崩壊した。
「ねえ、リリアナちゃん。もしかして製鉄やってた」
「はい。家が鍛冶士なので、錬金術の先生と新しい鉄を作る実験をしてます」
そういやそういう設定あったな。一行しか出てないような。
そして孤立している原因もわかった。
原作だと常に偉そうにしている私が率先して嫌みを言っていたせいで、リリアナちゃんに同情が集まっていた。どんだけ私嫌われてるんだよ。
でも、転生後の世界に私はいない。平民の特待生であるリリアナちゃんにヘイトが集まってしまったわけなのだ。
ただでさえ貴族社会はストレスフル。はけ口にされた方はたまったものではない。
それで、アーサーの方だが、私という頭がいればたたきつぶして終わりだ。
だけど貴族学院の総意としてのいじめなので、黙って傍観していたに違いない。アーサーの取り巻きやってる他の攻略対象も同じく傍観と。それでボロボロになった所をアタックして落とすつもりだったと。打算的すぎる! せこいぞ!
私の中でまたもやアーサーの評価が下がった。修道院育ちのウィルだったら、空気を読まずに止めただろう。ホントあいつ一回ぶん殴って性根をたたき直してやろうかな。
「ねえ、リリアナちゃん。ゆっくりお話しできるところに行きません」
メシがうまいところに行きたいでゴザル。
「う、うん。そちらの男の人は?」
「みんな産業学校のお友だち。一緒に情報交換しよ」
私はリリアナちゃんを強引に連れ出す。
さらばメシマズ。こんにちは下町の味。
外に出ると、リリアナちゃんも積極的になって、店まで案内してくれる。
5分ほど歩くと、商業地区に出る。
「なんの料理がいいかな?」
「肉!」
私たち産業学校組の心が一つになった。
先ほどの鳥のエサでは腹が納得しない。
とにかく量が少ないのだ。
「じゃあ、そこの大空亭かな。おしくて、量が多くて、安い店だけど……あのリリアナさん大丈夫」
「ふふふふ。下町の食堂大好き」
下町の野蛮人4人と光の乙女が店になだれ込む。
「いらっしゃーい。今日の日替わりは焼き肉定食だよ」
「日替わりで!」
こういう店では、日替わりを頼んでおけば外すことは少ない。
なぜなら、冷蔵庫のないこの世界では食材を保存することは不可能。
なのでメニューの大半は日持ちするものが占めている。
ところが日替わりはその日市場で仕入れた新鮮な食材を使っている。
つまり一番おいしいのだ。
「日替わりの4つ。そこの姉さんは?」
「私も日替わり」
くくく。やりおるな。
すぐに焼き肉定食がやって来る。
「いっただきまーす♪」
伯爵令嬢の気品などもはや忘れた。
今の私は下町のビースト!
ひたすら肉を食らう。
「レイラ、やる」
ウィルがニンジンを私の皿に置く。
「あ、ニンジン置いたな! ウィル、タマネギ食べて」
嫌いじゃないけど量は食べられない。
ウィルにお裾分け。
するとリリアナちゃんが笑う。
「やだー♪ もう、みんな下町のノリ……うくくくく」
「だってみんなウラヤーの街の悪ガキだもんね」
「だって、そこのかっこいい人。ウィリアム殿下でしょ」
「おう、言ってなかったっけ?」
ウィリアムはそう言うと麦茶をすする。
「そういや自己紹介してなかったっけ。レイラでしょ、第二王子のウィルでしょ。その護衛騎士のまーくん。ウラヤー鍛冶士ギルドの次期会頭のジョセフね。よろしくーっす♪」
「なんだその雑な説明は」
「いいのいいの。それでさあ、私たちさ、今壁にぶつかってるんだ」
「壁って?」
「火薬で弾を飛ばす武器と、馬のいらない馬車を作ったんだけど、強度が足りないのよ」
「馬のいらない馬車ってあの大騒ぎになった」
「そう、それで鉄の合金を調べてるんだけど、ほら、ウラヤーって港町じゃない。製鉄は微妙なんだよね」
微妙というか、その手の技術はたいてい秘匿されている。秘伝だものね。
なるべくオープンにしている私たちが異端なのだ。
ウラヤーは一応、砂鉄がとれるのでたたら製鉄がごく少量作られている。
ただウラヤーのは漂砂鉱床ってやつ。つまり海から漂流した鉄なので、不純物多め。近代製鉄には不向きだったと思う。
まあミスリル銀混ぜちゃえば、あまり関係はないんだけどね。
でも全土で作るには生産量が足りないし、私が死んだらロストテクノロジーになってしまう。できればダマスカス鋼みたいに、技術が失われるのは避けたいな。
「それで技術者を探してるんだ」
「そうなんだ」
「そう。それでさ、相談なんだけど。リリアナちゃん、産業学校に来ない? 先生も一緒に」
「え……あのレイラさん」
「『さん』はいらないよ。実家は家出中だし」
「え、ええ……でもどうしよう……」
「貴族学院に席は残すよ。学生の交流っていうことになってるから」
「うん……でも」
たしかに奨学生だと難しい決断だよね。
するとジョセフが珍しく口を開く。
「俺からも……頼む。君が必要なんだ」
するとリリアナちゃんの顔が真っ赤に。
あんれー? あれれー?
なんかフラグ立ったぞ。あんれー?
「う、うん。あの……ジョセフさん。ありがとう……ござい……ます」
たぶん、もう一回くらい説得すれば落ちるんじゃないかな?
そんな気がする。
「ねえねえ、ウィル」
「どうした?」
「私、アーサーに恨みを買ったかも」
あのアーサーは私を許さないかもしれない。
できれば死にたくないな。ようやく原作シナリオがグズグズに壊れたのだから。
「もうあきらめろ」
まーくんを見た。
一人だけ一心不乱に肉を食べている。とても幸せそうだ。
そうか魚より肉派だったのか……残念美形め。
いつか、まーくんにも、かわいい女性を紹介してやろう。
私は現実逃避しつつもそう誓った。




