魔道士との接触 2
私がインストールシートを配り終えると、一人の男が立ち上がった。
男は静かにそして怒りをこめて言った。
「これは……血盟をしろということでしょうか?」
「血盟ってなんですか?」
男がズコッとコケた。
「これは魔術結社に入れという意味なのでは?」
するとウィルがそれは冷たい声を出す。
「ウィルソン卿、魔術結社は違法のはずだが?」
「結社の違法規定は有名無実。力を持った魔道士は結社に所属しております」
「結社って学会みたいなもの?」
大学行ったことないからわからないが、すっげー怖いところなんでしょ。
「違う。技術を独占するための組合だ。国家に提供義務がある魔法まで自分たちで抱えているのだ」
「なるほど。えーっとウィルソン様。そのようなものではありません。だって私、魔道士じゃありませんから」
「は?」
ガタッと音がする。
その場に集まった魔道士たちが腰を浮かせている。思わず立ち上がってしまったのである。
「いやあ、実は実家が女子に魔術はいらないという方針でして。これは独学なんです」
「ど、ど、ど、独学?」
プログラムの世界あるある。
たまにいるのだ。
暗号化された、一見すると意味不明な文字列を眺めているだけで暗号が解けちゃう同級生とか。
「どうやって解いたの?」って聞いたら「暗算」っていうさらに意味不明な答えが返ってくる人が。
そんな彼はなぜか就職先を鉄道会社に絞っている。国家的な損失のような気がする。
「はい。なので皆様に検証していただきたいのです。中にプログラムの手引き書などが入っておりますので」
「……本当に魔術結社に入らなくていいのですな?」
「はい。ああ、でも訴訟対策であとで財団を作る予定です。でも加入や募金は任意ですし、あくまで合法的な団体です」
世の中には「自分の発明だ」と言い出したり、勝手に偽物を販売したりする輩がいる。
インターネットができて情報が遠くまで発信できるようにならない限りは、そういう詐欺師に対抗せねばならない。
「ずいぶんと現実的ですな」
「あくまで合法的に。表に出す団体ですので」
「では、しつこいようですが……」
「まったくしつこいぞウィルソン先生。結社に関係ない私がやればいいじゃないか」
そう言ってほほ笑んだのは白髪頭のおじいちゃん。
「マグレガー先生。いやでも危険が」
「結社のものだったら危険などと聞かないだろう? こういう新しい技術は、試してみなきゃわからんよ」
そう言ってマクレガーさんがパラパラとインストールシートを見る。
5分で全てに目を通すと目が痙攣する。
「あは♪ すごい! これはすごいよ! 脳の血管が沸騰しそうだ!」
痛みはないが動けないはず。それなのにマグレガーさんは楽しそうに実況をする。
ええっと、たぶん私の同類。
「あははははははは! これは期待できそうだ。さあ、触ってみよう。ほう、OS起動と書かれているな。かつてあった結社のものとは設計そのものが違うようだ」
マクレガーさんの目が爛々と輝いている。
「ほほう、声ではなく思念で操作するのか。レイラ嬢なぜこの方式にしたのですか?」
「経典のほとんど息継ぎなしの歌を、5分も10分も歌い続けたら酸欠になりますし、体力ももちません。思念操作なら速くて体への負担が少なくてすみます」
現に私は何回も酸欠で倒れたのだ。
本当にキツい。死ぬかと思う。
魔道士の肺活量は恐ろしい事になっているだろう。
あ、そうか。今わかった。
なんで貴族の子どもは歌を徹底的にやらされるのか。その謎が。
そうか経典を正確に歌うためだ。小さなころから歌を練習して、少しでも魔法を使うのに有利な体を作っているのだ。
さすが最低条件がカラオケの採点マシーン94点の世界。人材育成もかなり工夫している。
私はただ反発するだけで、なぜ社会がそうなっているか考えてなかった。これは大きな反省点だ。
この世界の仕組みを、ちゃんと別の視点から考えねばならない。
うーん、学問って難しい。わからないことだらけだ。私はまだ入り口すら立っていない。
「まずはどのように操作すればよろしいのでしょうか?」
「そうですね、【ライブラリ】を起動してください」
「これは……炎の矢、水柱、風刃、電撃。いやそれだけではなく中級魔術まで。これはいったい?」
「あらかじめ発動できる魔術がおさめられています。ショートカットを作って一瞬で呼び出すことも可能です」
産業学校に入学してから、私は貴族学院の教科書を取り寄せた。
本来なら生徒にしか売ってもらえないものなのだが、ウィルの自宅学習用として購入。
こちらは仕組みは知っているので、全部移植した。
本来ならセンサーから読み取るべき温度や湿度、天気などの数値が固定なので、そこはセンサーから入力した数値から自動調整するプログラムをつけ加えた。
雨が降ってる日の火加減は強にしたいし、雨の日に外で電撃使うと自分まで感電して高確率で死ぬのでエラーを返して止めたり。雪が降る中のスプラッシュは凍死するかもしれない。曇りの日の光属性の調整とか、昼間の闇属性なども同じだ。ぬかるんだ状態で土魔法使って生き埋めとか本当に笑えない。
これで安定して運用できる。
「なるほど試してもよろしいですかな?」
「ええ、もちろん」
私が手を挙げるとジョセフとまーくんが、木の土台に鎧を立てかける。ウラヤー名物。いつもの的だ。
マグレガーさんは的に向かい指をさす。
初回のヘルプを見ながら撃とうとしているのだ。
パンッ!
火が指先から放たれ、兜に命中。兜が大きく揺れた。
この程度でも脳震盪を起こせるので有効だ。
ただクマなどの肉食獣やモンスター相手には心許ない。
「……なんということだ」
マグレガーさんは真っ青な顔をしていた。
いやそれ以外の参加者の顔も真っ青だった。
「これは……誰にでも魔術を使えるようにするものなのかね」
「それは機能のほんの一部です。ありとあらゆる魔術を生み出し、アプリケーションによって生活を豊かにする装置です!」
「ありと……あらゆる……」
ごくりとつばを飲んだ。
「ええ、開発用のドキュメントもOS内に完備。いつでもどこでも、見ることができます」
「いつでも……どこでも……だと」
「ええ。いつでもどこでも。誰でも」
「我らは……滅び行くのか……」
なまじ頭がいいので破滅フラグと取ってしまったらしい。
違うって。
「使う方は【誰でも】ですが。開発は魔術の仕組み知らないとできません。仕事が減ることはないでしょう。いえ、これから大量の雇用が生み出されます。魔道士はありとあらゆる分野で必要になり、世界を股にかけ未来へ羽ばたくことでしょう!」
と、偉そうに言っているが、知っているから断言できることである。
前世の親の世代みたいに、社会がオタクを目の敵にさえしなければ、どこまでも延びるんじゃないかな。
実際ウラヤーでは、錬金術師の需要がかつてないほど高まっているし。
「……なぜ? 秘伝として隠しておかないのですかな?」
「私は自己の利益よりも新しい世界が見たいのです。民が飢えず、病気で死ぬ子どもは少なく、誰でも学ぶことができる社会を」
世界は狭くなり、情報は駆け巡る。
不満はあれど昔よりは世界はマシになっていく。
そういう希望が私たちには必要だ。
「ふ、ふははははははははは! なるほど、これは……実に惜しい。なぜこれほどの人物を産業学校に渡してしまったのか! いや、産業学校の方からしか生まれなかったのか。わかりました。私も使いましょう! いやありがたく使わせていただく!」
ウィルソンさんもOSをインストール。
続いて他の先生たちもインストールをしていく。
これでまた世界は一つ進んだ。ゲーム通りなら開戦まで、あと一年半。
戦争を回避できるかはわからない。
リリアナちゃんを救うことだってできるかわからない。
でもまた一つ、たとえ小さな一歩だとしても私は世界を変えることに成功した。




