クリスマスの由来 ーその日、英雄が生まれたー
今から12年前の冬の安息日。その日は、朝から静かに雪が降っており、王国の宮殿や家、そして道などのすべてを真っ白に染め上げていた。いつもは賑わう露店が並ぶ通りも、その日は数えられるくらいの露店しか出されておらず、たまに買い物用のバスケットを持つ女が歩いてくるくらいで、安息日というには相応しい静かな日であった。
外界の寒さから逃れるために、家々のレンガで造られた暖炉には、見ているだけでも心を温めてくれる火が燃え盛り、夕食で食べるためのスープを入れた鍋が温められていた。
子供たちは、普段は仕事が忙しいがために遊べない父親とはしゃぎ回り、安息日の今日だけはそれを暖かい目で見守りつつ夕食の支度を整えている母親。
王国のすべての者が、こうして幸せで、温かな食事を口にし、翌日からまた頑張ろうとしていたそんなとき……それは起きた。
王国の辺境に住む農民は、後にこう語っている。
突然、窓から蝋燭の光とは比べ物にならない閃光が入ってきた。その光はあまりにも強かったので、一瞬周りが見えなくなってしまうほどだった、と。
王都の近くに居を構えていた貴族は、事件を調査していた憲兵に対して体を震わせながらこう言ったそうだ。
まるで、太陽が地上に落ちてきたかのようだった。目が見えなくなるのではないかと思った光が収まると、その次の瞬間には立っていられないほどの地揺れが起きたのだ。もはや、この世が終わりなのではないかと思ってしまった、と。
王国の住民を震撼させた光と地揺れの原因は、隣国である帝国からの王都の宮殿を直接狙った攻撃による余波であった。王国と敵対している帝国は、長年の王国との戦いに疲弊しきっており、これ以上は持たないと考え、国際条約にも違反している国の都に対する超高熱弾を撃ちこんだのだ。超高熱弾の使用が禁止されているのは、使用された地域はその半径1キロの物も人も関係なしに、高熱で無差別に溶かしてしまう非人道的な武器だからだ。
そんな恐ろしい兵器を打ち込まれた王国の王都ではあったが、今でも存在し続けており、国民は幸せそうに暮らしている。
なぜ、王都は壊滅に追い込まれなかったのか。
それは、1人の若い国王が守ったからだと言い伝えられている。超高熱弾が帝国から打ち込まれたとき、国王は久々の安息日を王妃と共に食事をして寛いでいた。食事はこの日に限って、王妃が腕を奮って作っていたため、国王は最愛の妻に子供のような笑顔を見せて喜んだそうだ。王妃に感謝の言葉を言いつつ、また明日から国父としてはどう振る舞っていくべきかを相談していたそうだ。
国の将来について楽しく語り合う内に、ティーポットの中が空になってしまっていることに気がついた王妃は、話が一段落したところで注ぎ足しに行こうと立ち上がろうとしたときだった。
国王の姿が飛んだかと思うと、王妃を庇うように彼女の体に覆いかぶさった。あとから、国王が加速でまるで飛ぶように移動してきたのだとわかった王妃。慌てて顔を上げた王妃の目の前に飛び込んできたのは、左手で必死に魔法を発動する国王の姿であった。
飛来した超高熱弾に対して、最大出力を出し切った国王の防御魔法は凄まじい光と衝撃波を生んだ。その閃光こそが貴族の見たという太陽であり、遠く離れた辺境の地面をも揺らしていたのだ。
「クリスマス陛下――!!」
今にも押し潰されそうになっているのを全力で止める夫の姿を見て、王妃は必死に夫の名を叫ぶ。だが、奇襲を防ごうとする魔法がより一層、規模が大きくなっていくにつれて、国王の生気が失われて行っているようだった。
「もう、やめてください!陛下が死んでしまいます!!」
必死に自分の国を守ろうとしている国王の気持ちは、痛いほどわかっている。でも、目の前で愛しの夫が死んでしまうことを予想すると、王妃は耐えられそうになかった。
「王妃」
この事態をどうすることもできない無念さに打ち拉がれる王妃に、いつもベッドの中で囁いてくれるような優しい声が微かに、されどはっきりと聞こえた。
「王妃、ここで死ぬことを許してほしい。私はこれまで誰よりも君を愛していたし、これからも永遠に愛し続けていく。だから、最後の我儘を許してくれ」
たった一瞬のその時だけは、国王と王妃はその職務を理解しつつも一組の愛し合う男女であった。
「どうか、ご存分に。そして……私も永遠に愛しております」
短くも、伝えたいすべての思いを凝縮した王妃の言葉を聞いた国王は、そして一度頷くと両手を広げて自身の魔力を爆発させた。再度の衝撃が襲った後には、国王の姿も超高熱弾も、跡形もなく消えていた。それは、国王が自分の命と引き換えにした防御魔法によって、超高熱弾の爆発を相殺していたからだ。
国王が身を挺して守った王国には、皆が願った平和が訪れた。
事件の数日後、王都では新たな国王の即位を祝う盛大な戴冠式が執り行われた。王宮殿の最奥、国王が座るそこには王妃の姿があった。王冠を被った新たな国王は、式典の最後にこう述べた。
「私は今日、新たな国王として即位しました。ただ今日を迎える子が出来たのは、私の夫でもあった前国王が自らの身を賭してこの国を守ったからです。前国王が守ったこの国を、引き継ぐ私もまた今ここに誓います」
ここで、一度言葉を区切った国王は瞳を閉じた。
「私の身は、この国の発展のために捧げ、この国を守るために捧げます。」
新国王の即位表明を聞いた国民は、やがて拍手を送る。そして、一同は声いっぱいにこう叫んだ。
「王国、万歳!!クリスマス国王に、祝福があらんことを」
この年から、王国では前国王の亡くなった日を安息日から祝日とした。毎年その日が来ると、前国王を追悼する思いと王国の繁栄を願って、国民はこう言うのだ。
「メリー・クリスマス!!」
と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
完