93 ドゥーフ大聖堂に行ってみた
休日を堪能した後はお仕事である、何時ものように護衛依頼を受けてブレイン王国へと向かった。
やはり何事も無く10日程でブレイン王国王都バルカンに着いた、相変わらず治安が良い。
そして何時ものようにハンターギルドバルカン支部で報酬を受け取ると、ここでもギルドに宿を紹介してもらった、やはり中堅の商人が良く使う宿らしい。
夕食時、周りは殆どが商人かその関係者である、情報収集にはもってこいだ。
流一達は静かに食事をしながら周りの会話に聞き耳を立てていた。
その中で1組の商人が気になる事を話していた。
「今度『ライカ教』の教皇が引退するらしいぞ」
「本当か?だが今の教皇は即位して8年くらいしか経ってないんじゃなかったか?」
「ああ、そうだ。なんでも病気療養とか言ってたぜ」
「そうなのか?確か前の教皇も病気で早い時期に引退したよな」
「ああ、前も即位して6年で引退したな」
「案外病気じゃなくて暗殺されてたりしてな」
「誰にだよ、人に恨まれるような奴が教皇とかなれるかよ」
「人の本性なんて案外わからないものだぜ。それに『ライカ教』は『精霊聖教』と仲が悪いからな、あるいは」
「馬鹿、滅多な事言うな。ここには『精霊聖教』の信者も多いんだぞ、そんな事信者に聞かれたらただじゃ済まんぞ」
「そうだな、すまん」
なにやら物騒な話であるが、今日はこれ以上の話しは無かった。
翌日、『デザートイーグル』は『ライカ教』の総本山であるドゥーフ大聖堂に向かった。
ドゥーフ大聖堂は一般にも解放されているため信者でなくても祈りは捧げられる、ただしキリスト教で言う「懺悔」のようなものは聞いてもらえない、それは信者だけの権利だ。
流一は大聖堂に入ると礼儀として祈りを捧げた、女性陣は他の宗教の信者だからなのか誰も祈りを捧げようとはしなかった。
『ライカ教』は祈りも願いも同じ方法で行う、その方法は『聖印』と呼ばれるシンボル(前に聖地の教会で見た物)に対し一礼して合掌し祈りや願いを心の中で唱え最後にもう一度一礼するというものだ。
元々は『ライカ教』を起こした初代教皇により、雷華の故郷である日本の神道形式の作法「2礼2拍1礼」とされていたものが経年により簡略化されていったのだ。
ドゥーフ大聖堂には信者以外の者も多く参拝するので、数人の聖職者が常に誰からも見える位置に待機している。
これは『ライカ教』やドゥーフ大聖堂の説明や案内、教義の流布、興味を持った者の勧誘等のためだ。
そして大聖堂の外や屋内の見えない位置には聖騎士が控えている、勿論大聖堂内での事件や事故に備えてである。
流一は祈りの後、一番近くにいた聖職者の元へ行き質問をした。
「あの、『ライカ教』の事について聞きたい事が有るんですが良いですか?」
「はい、勿論です。何でもお聞きください。わたくしフェフナーがお答えいたします」
フェフナーと名乗った聖職者は笑顔で応対してくれた。
「では、加藤雷華の遺物などは有りますか?」
さすがに鈍感流一である、いきなり本題に入った。
普通なら興味が無くとも『ライカ教』についてある程度聞いて相手の警戒心を解いてから本題に入るものである。
日本にいる時はオタクであり、あまり人付き合いをしてこなかった事が災いしているとも言える。
「はい、御使い様に関する遺物はこのドゥーフ大聖堂の奥にあります宝物殿に納められております。ただ、これは『ライカ教』の信者の方にしか公開されておりません。あなたは信者の方ですか?」
『ライカ教』の信者にとって雷華は「精帝の御使い様」であり「聖人」なのだ、それを呼び捨てにされた事でフェフナーは少し嫌悪を感じた、しかし信者で無ければそれも仕方ない事なので顔には出さない、ただ信者では無いと思っても確認は必要なので聞いた。
「いえ、信者ではありません」
「そうですか、では申し訳ありませんがお見せする事は出来ません」
ここでフェフナーは信者に勧誘しようかとも考えたが、流一が『ライカ教』では無く雷華の遺物にしか興味を持っていない事で帰依はしないだろうと考え勧誘を思い止まった。
「そうですか、それは残念です。ではその遺物の中に書物やメモのような物は有りますか?」
「申し訳ありません、それも信者以外の方にはお教え出来ません」
つれなくあしらわれた事で気落ちする流一、そこへ今度はエレンが質問をした。
「では聖地について教えてもらえませんか?聖地はここ以外にはどこに有るんですか?」
「それならお教え出来ます。ここ以外の聖地でわかっているのはハイド公国に『契約の地』、エテリアフィルマ協商国に『奇跡の泉』があります」
「わかっていない所も有るんですか?」
「はい、文献により存在だけは確実視されている聖地が二箇所あります」
「それも教えてもらえますか」
「構いませんよ、それは『絆の地』と『追憶の塔』と呼ばれています」
「その場所を探すヒントのような物は有りませんか?」
「ありますがそれも信者の方にしかお教え出来ません」
「なぜですか?沢山の人が知った方が探しやすいと思いますが」
「確かに探すだけならその方がいいでしょう。しかし信者以外の者が見つけた場合聖地を荒らされたり、権利を主張されて手に入れるのに苦労させられたりする可能性の方が高いのです。ですから簡単にはお教え出来ないのです」
フェフナーの言う事は理にかなっている、ここは引き下がるしか無かった。
「わかりました、また出直します。ありがとうございました」
流一がお礼を言ってドゥーフ大聖堂を後にすると、女性陣もその後に続いてドゥーフ大聖堂を出た。
「当然と言えば当然なんでしょうけど、肝心なところは聞けなかったわね」
宿に帰るとアメリアが残念そうに言った。
「どうするの流一?『ライカ教』の信者にでもなる?」
「いや、止めとく。他に何か方法が無いか考えよう」
セリーヌの質問には否定で返した、日本の高校生として中世ヨーロッパの魔女狩りや宗教戦争は勉強しているのだ、同レベルの文明しかないこの世界で宗教の信者になるのはリスクが高すぎる。
「とりあえず一度『奇跡の泉』に行ってみる?それとも『絆の地』と『追憶の塔』について調べる?」
「『奇跡の泉』に行っても又戻る事になるからね、先に『絆の地』と『追憶の塔』について調べよう」
「でもどうやって調べるんですか師匠?。『ライカ教』の聖職者か信者しか知らない見たいですけど」
「そこはほら、ハンターギルドで聞くのが良いと思うんだけど」
「ハンターギルドでわかりますか?」
「もしかしたら昔聖地探索の依頼があったかもしれないだろ?それがダメでも『ライカ教』の聖職者や信者がよく行くお店とか教えて貰えるかもしれないし」
「なるほど、それは考え付きませんでした。じゃあ行ってみましょう」
話しが決まると直ぐにハンターギルドに向かった、そして全員で受付へと向かった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢がにこやかに聞いてきた。
「ちょっと聞きたい事が有るんですが、過去に『ライカ教』の関係者から聖地探索の依頼が出てたりしませんか?」
「申し訳ありません、私はここに勤めだして四年目ですがその間にはございませんでした。それ以前に関しては私ではわかりかねます」
「そうですか。では『ライカ教』の聖職者や信者がよく行く宿や食堂とか知っていれば教えて欲しいんですが」
「それも私ではわかりかねます。ただ王城に続く大通り沿いに有る『白うさぎ亭』と『金の麦畑亭』は経営者が『ライカ教』の信者ですのでもしかしたらお探しの方々が良く行かれるかもしれません」
「そうですか、貴重な情報をありがとうございました」
流一が丁寧にお礼を言うと早速その店を探しに向かった。
大通り沿いだけにどちらの店もすぐに見つける事が出来た、その内今日は『白うさぎ亭』で食事をしながら情報収集する事にした。
夕食時、お客さんは結構いる、しかし一見して聖職者と思えるものは来ていなかった、もっとも教会を離れてまで聖職者らしい服装をしているとも思えないのでそれは仕方ない。
しかし一般のお客さんも日常的な話ばかりしていて信者かどうか判断がつかない。
「うーん、信者ってどうやって見分けたらいいんだろう」
「師匠、別にお客さんから探さなくても店の主人に聞けば良いんじゃないですか?」
流一が悩んでいるとエレンから鋭い突っ込みを食らった。
「あっ、それもそうだね」
経営者が信者だと言う事をすっかり忘れていた流一であった。
結局その日は店の閉店間際まで粘り店の主人に話しを聞いた。
それによると『絆の地』は雷華とドラゴンが友人として時々会っていた場所でブレイン王国の南方に有るらしい、『追憶の塔』はかつて「ファティマ」と呼ばれる街に有ったが、現在はその街自体が何処に有ったか不明だとの事だった。
『白うさぎ亭』の主人から有益な情報が聞けた流一達は喜んで宿へと帰って行った。
そして何時ものようにヨネ子に今日の出来事をメールした後呼び出した。
「マーガレット、それなりに進展はあったんだけど、これからどうするのが良いと思う?」
【そんなの決まってるでしょ。聖地の情報と引き換えに雷華の遺品の全てを見せてもらえるように交渉するのよ】
「確かに『絆の地』は確実にセラフィムさんが知ってるだろうけど、信じてもらえるかな」
【当然最初は信じないでしょうね。でも『ライカ教』の誰かに確認に行かせれば良いだけよ。流石に聖地の情報を聞いて信用できないから調査もしないって事は無いわよ】
「それもそうだね、誰かが調査に向かってから帰るまで結構時間がかかりそうだけど待つしか無いか」
【その通りよ。それよりどうせ聞くなら今からセラフィムさんに聞いて見なさい】
「そうだね、マーガレットも一緒に聞いてる方が良いよね」
そう言うと流一は又魔道具を取り出してセラフィムを呼び出した、第2回三者会談の始まりである。
「セラフィムさん、ちょっと聞きたい事が有るんだけど」
《うむ、聞いておったぞ》
「いつも聞いてるんですか?」
《いや、たまにじゃ。今回は我の名が出たのでさっき聞き始めたんじゃ》
「そうなんですね、じゃあ場所はわかりますか?」
《勿論じゃ。その場所はベルトロン王国とその西のテュルク王国の国境に跨がる地での、古代の火山が噴火して出来た巨大な窪地の中にドラゴン連山と呼ばれる3つの火山が有るのじゃ。その内真ん中の火山の麓に我と雷華の友情を刻んだ大きな岩が有る。もう2000年近く前のものじゃがまだ残っておるじゃろう》
【『追憶の塔』については知ってますか?】
《いや、それは知らぬな》
「では「ファティマ」という街については?」
《それも知らぬ、そもそも雷華とは魔法やお主達の世界の事ばかり話しておったのでな。街や建物の話しはほとんどしておらん。すまんな》
【まあ『絆の地』の場所がわかっただけで十分だわ、ありがとう】
《ああそうじゃ、ついでじゃから流一、いやエレンに伝える事が有るのじゃが》
「エレンに?なんですか?」
《実はフランドル王国の事じゃが。騎士と兵士が激減した影響でドメル王国以外の3国から戦争を仕掛けられようとしておる》
「えっ?それってリシュリュー王国とアルバート王国とガベン王国が手を組んでるって事ですか?」
《フランドル王国に残した鱗を介しての情報じゃから手を組んでおるかどうかまではわからん。ただフランドル王国の人間が「隣国が戦争準備を始めた」と騒いでおったのじゃ》
「どうしようマーガレット。直ぐにフランドル王国に行く方法ってある?」
流石の流一も動揺しだした。
【落ち着きなさい流一。ではセラフィムさん、あなたの転移魔法で流一達5人をフランドル王国に転移させる事は出来ますか?】
《うむ、出来るぞ》
【なら流一、まずエレンの意思を確認しなさい】
「わかった、明日早速聞くよ。そして助けに行くようならセラフィムさんにお願いする」
【相変わらず動揺すると焦るわね、気を付けなさい。エレンの意思を聞いた後はまずドゥーフ大聖堂に行って聖地の情報と雷華の遺品の閲覧を交渉するのよ】
「そうか、『ライカ教』の人間が調査している間にフランドル王国に行くんだね」
【そうよ、どうせ又戻るんだから馬は何処かの宿にでも預けておきなさい】
「わかった、そうする」
【そういう事で協力をお願いしますねセラフィムさん】
「お願いします」
《あいわかった、では準備が出来たら呼び出すが良い》
翌日になり、昨夜の三者会談を又セラフィムとの話しとしてエレンに伝えた。
エレンは少し動揺したそぶりを見せたが、力強く救助に行くと宣言した。
表には出していなかったが長い付き合いで有る、『デザートイーグル』全員エレンの怒りがわかっていた。
エレンとセリーヌにとっては故郷である、だからこそサイラスだけを殺しその息子に国を託したのだ。
その想いがいま他国によって踏みにじられようとしている、当然それが許せる2人ではなかった。




