83 戦争です!
流一達がフランドル王国に入国する少し前、フランドル王国の王都では前国王派の騎士や貴族が秘密会議を行っていた。
「エレノア王女様がこの国に入国するとはどう言う事だ?」
「わかりません、ですがどうやらその情報は本当の事のようです」
「うむ、サイラスのやつも兵を動員すると言っておったしのぉ」
「兵を出すだと?ならば間違いは無いようだな」
「エレノア様は現在『デザートイーグル』と言うハンターパーティーの一員と言う事だ。そしてそのメンバー5人だけで入国してくるらしい」
「何だと?ハンター5人だけだと?それでは死にに来るようなものではないか」
「『デザートイーグル』はエムロード大王国とリシュリュー王国の2カ国で叙勲を受けているそうだ。それだけ腕に自信があるのであろうが・・・・・・」
「それで、サイラスはどれだけの兵を動員するつもりだ?」
「それが、全軍7万8000との事です」
「全軍だと?たった5人相手にか?」
「そのようです。どうやらリシュリュー王国で倒したマンモスの魔物が透明の魔石を持っていたようで、ドラゴンに匹敵する力を持っている可能性があるとの事でした」
「「「「「・・・・・」」」」」
会議出席者全員沈黙してしまった。
しばらくして会議のまとめ役的立場の貴族が口を開いた。
「そうか、ではサイラスの軍が出発した後に反抗軍を組織するのは不可能と言う事か」
「そうなりますな。こうなってはもはやエレノア様が生き延びられるよう神に祈る事しか出来ますまい」
「我らの中でエレノア様の救援に駆けつける者はおるか?」
「多少でも兵が居らねば身一つでは何の役にも立ちますまい。ここはエレノア様が生き延びる事を願って雌伏の時であろう」
「そうだな、それだけの兵力差が有ればその場で殺さず生け捕りと言う可能性もある。その時に素早く救出するためにもここはおとなしくしておく方が得策かもしれんな」
こうして前王派の救援は見送られた。
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ライナ平原でフランドル王国軍と対峙した時、流一の頭の中に話しかける声があった。
《中々面白そうな状況だの》
ドラゴンのセラフィムである。
《こちらの状況がわかるんですか?》
流一も念話(?)で話した。
《うむ、お主に渡した魔道具を使ってお主の魔力に同調する事でお主と同じものを見て聞いて感じる事が出来るのじゃ》
《そうなんですか。じゃあマンモスの魔物と戦ったのも知っているんですか?》
《おお、見ておったぞ。お主の妹のマーガレット、あれは凄い・・・いや恐ろしい女子じゃな》
《それも知っているんですか。ところで何か用事でも有るんですか?》
《前にマーガレットからお主たちを頼むと言われておったからの。まずはその魔道具を掲げて見てくれ》
流一は言われるままセラフィムの鱗で出来た魔道具を右手に持ち高く掲げた。
「師匠、いきなりどうしたんですか?」
エレンが不思議そうに聞いてくる、他のメンバーも流一を不思議そうに見ている。
「セラフィムさんがこうしろって」
「セラフィムさんが?」
女性陣が疑問に思っていると魔道具から霧が発生して流一の横で固まりだした、そして流一より一回りくらい大きな塊になったかと思うとすうっと消えた、するとそこには人型のセラフィムが立っていた。
「転移魔法ですか?」
「そうじゃ、便利じゃろう?」
セラフィムはイタズラ小僧のような笑顔で答えた。
それを見ていたのは『デザートイーグル』だけではない、敵軍の兵士も、何より総大将のガリウスも見ていた。
当然兵士たちは騒然となる、しかしすぐに納まった、セラフィムがドラゴンだとは知らないからだ。
見た目は人間5人が6人になっただけだ、自分たちの勝利を全く疑っていない。
セラフィムは早速作戦会議を始める。
「どうやら敵軍は前が約6万 、後ろが約2万のようじゃ。我が後ろの2万を引き受けようと思うがどうじゃ?」
「本当ですか?ではそれでお願いします」
普通ならドラゴンであるセラフィムが6万の方で『デザートイーグル』が2万の方では?と思うところである、それ以前に5人で万単位の兵士と戦う選択をする方がおかしい。
どうやら『デザートイーグル』全員『知恵の魔法』によって完全に常識を壊されてしまったようだ。
作戦会議が終わると流一とエレンはそれぞれアースウォールとウォーターを使った、もちろん『カタストロフ』の準備だ。
「ほぉう、やはりお主たちは面白い」
それを見たセラフィムはそう言ってから後ろの軍に向かって歩き出した。
『デザートイーグル』の左右、それぞれ100メートルほど離れたところに突如出現した円筒型の建造物、現代の石油コンビナートのオイルタンクのような形状だ。
それを見た敵軍総大将のガリウスは何が起きたか理解は出来なかったが流石に不味いと思い突撃を命じた。
「「「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!」」」」」」」
「「「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!」」」」」」」
前から約6万、後ろから約2万の兵士が一斉に突進を開始した、その直後セラフィムが本来のドラゴンの姿へと戻った。
しかし兵士たちは怯む事なく突っ込んでくる、と言うよりそうするしかないのだ、もし立ち止まれば後ろの兵士から倒され踏みつけられるのが目に見えているから。
ごあああああぁぁぁぁぁ
「「マグマ」」
どがーーーーーーん
どがーーーーーーん
後ろの兵士2万にはセラフィムの『火炎のブレス』が浴びせられた、たった一撃で半数の1万が戦闘不能に陥った。
もちろんこの攻撃で突進が止まったのは言うまでもない。
前の兵士には『カタストロフ』が炸裂した、いつものように戦力を中央に集める作戦も兼ねているため両端の兵士に向けて放たれた。
敵兵士の数が多い事と今までの魔法とは桁違いの威力のため両方で一気に3万人近くを無力化出来た。
もちろんこれにより前からの兵も突進が止まった。
後ろの兵にはセラフィムがゆっくりと近付いていく、すると残っていた約1万の兵士は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
元々兵士の殆どは平民である、ドラゴン相手に戦いたい者などいるはずもない、しかし徴兵され兵士となったからには命令には従わないといけない、だからこそドラゴンの姿を見ても突進し続けたのだ。
しかし最初のブレスでその命令すべき指揮官が全員死んでしまった、なので残された兵士はこれ幸いと我れ先に逃げ出したのだ。
それを確認したセラフィムは『デザートイーグル』の元へと帰って行った、しかしそれ以上の手出しはしない、ここからは『デザートイーグル』の戦闘を見守るのだ。
カタストロフで半数以上が戦闘不能になったとは言え前方にはまだ2万5000の兵士が残っている、総大将のガリウスは最後尾の所定の位置に戻ったが、そこにはまだ3000人の騎士達が無傷で残っている。
まだまだ勝利には程遠い。
流一とエレンは残った中央寄りの兵士に対して『テンペスト』を使う事にした。
「サンダーストーム」
エレンが局地的な雷雨を降らせる、まさに現代のゲリラ豪雨そのものだ。
そこへ流一がスプライトを放つ。
「スプライト」
ドガガガガーーーーーン
残った兵士を轟音とともに真っ赤な閃光が包んだ。
これで倒した兵士は1万人にも満たなかったが、残った兵士は完全に戦意を失いこちらも我れ先にと逃げ出した。
「ななな、何なのだこれは」
動揺する総大将のガリウス、それも当然だろう、5人対7万8000人の絶対に負けるはずのない戦いだったはずが蓋を開けてみれば『デザートイーグル』にはドラゴンが味方し、ほんの僅かな時間で味方は騎士が3000人だけになったのだから。
しかしそれでもガリウスは総大将だ、戦況を分析しある事に気付いた、そう、ドラゴンが戦闘に加わっていない事に。
このままドラゴンがおとなしくしている保証は無いが、だからと言ってこのまま引き下がるわけにも行かない。
ガリウスはドラゴンが手を出さないと言う希望的観測に縋って騎士たちに突撃を命令した。
残された騎士達は近衛騎士の最精鋭50人を残し全員突撃して行った、ただし騎馬ではなく徒で。
馬は全て『カタストロフ』と『テンペスト』の轟音に驚き暴れて逃げ出したのだ。
騎士の騎乗する馬はみな音や殺気に怯まないよう訓練されている、それでも逃げ出すほどの轟音だったと言う事だ。
騎士達の後方が200メートルほどまで近づいたところで流一が命令を出す。
「エレン、100メートル!」
「「トルネード」」
そうトルネードブレイクだ、騎士達が近づくのを待っていたのは倒れた兵士が邪魔な事と、倒れているのに変に追い打ちをかけるようになる事を回避したからだ。
ドガーーーン
ブシュシュシュ、バシュバシュバシュ、ズババババ
倒れて行く騎士達、流石に無傷の者は居ないが軽傷で戦えるものは100人ちょっとといったところだ。
そして遂にアメリア、ユリアナ、セリーヌの前衛組が騎馬強化を使い発進した、流一も共に行く、エレンは少し後をついて行く、エリアマナチャージを使いながら。
セラフィムはそれを興味深く観察している。
先頭はユリアナと流一、アメリアとセリーヌは弓を放ちながらなので少し遅れているのだ。
いくら騎士とはいえ徒では騎馬に対してかなり不利な戦いとなる、まして今は大怪我した仲間が邪魔で残った騎士同士の連携も出来ない。
しかしこれは『デザートイーグル』の作戦である、数的不利を克服するためにバーニア子爵領での訓練で編み出していたのだ。
そして騎士達は流一達4人に1人、また1人と倒されて行くのだった。
ここまでフランドル王国軍は魔法攻撃を全くしていないが、それは魔法使いが居ないからではない。
流石に兵士には居なかったが騎士には全部で30人程の魔法使いがいた、ただ単にあまりの実力の差に使っても意味が無いと察したため使わなかったのだ。
それを見ていたガリウスは既に勝ちを諦めていた、しかし総大将として、何より武人として一矢報いる事に全精力を傾ける。
「ミスリル騎士団突撃ー」
ミスリル騎士団は最精鋭の近衛騎士と言うだけでは無い、高度な魔法耐性、物理耐性を付与されたミスリル製の防具に身を包んだ騎士達だ。
そのミスリル騎士団が流一達に向かってきた、もちろん徒で。
その時には敵騎士で動けるものは既に10人を切っていたが、ミスリル騎士団が出てきたのを見ると撤退しだした。
流一達はそれを深追いせずミスリル騎士団の方に目をやった。
倒れた兵士達を避ける事もせず、ただ真っ直ぐに『デザートイーグル』に向かい突き進む様は異常とも言える。
その兵士に対し流一とエレンがそれぞれフレイムランスを放った、まだミスリル騎士団が倒れた兵士の中を進んでいるため周りに影響の少ない魔法を使ったのだ。
結果はもちろん魔法を弾かれた、念のためウィンドカッターを使ってみたがやはり同じだった。
この二回の攻撃が通じなかった事でミスリル騎士団は俄然士気が高まり更に勢いを増して近づいてきた。
しかし『デザートイーグル』は全く慌てていない、最後に切り札的に出てきた一団と言う事もあるが、ガリウスの「ミスリル騎士団」と言う言葉が聞こえていたからだ。
なので魔法防御能力があるかもと考えた、だからこそ様子見の魔法攻撃を仕掛けたのである。
そして今までバラけて戦っていた『デザートイーグル』が一カ所に集まった、それを見たミスリル騎士団も徐々に集まりながら尚も近づいてきた。
流一は、当然だがミスリル騎士団を迎え撃つためにみんなを集めた訳ではない、ミスリル騎士団をひと塊りに集めるために仲間を集めたのだ、そしてそれは成功する。
「エレン、インフェルノを」
流一は静かにエレンに言った。
「はい、オイルレイン」
瞬く間にミスリル騎士団は黒い雨に包まれた。
「ふん、雨の色が黒くなったところでこのミスリルの鎧には通じぬわ」
降りしきるオイルの雨の中ミスリル騎士団の団長と思われる先頭の騎士が『デザートイーグル』に向かって吼えた、しかし次のエレンの魔法によって後悔へと変わって行く。
「フレイムランス」
エレンはひと塊りとなったミスリル騎士団の中心に向けフレイムランスを放った、そして炎は一気に燃え上がった。
「「「「「「ぎゃーーーー」」」」」」
「「「「「「ぐわーーーー」」」」」」
ミスリル騎士団は全員炎に包まれ悲鳴をあげだした、インフェルノの炎は魔力の炎ではなく実体の炎だからだ。
いくら魔法防御力が高くても実体の炎は防げない、ミスリルの鎧がどんなに性能が良くても目の周りは隠せない、口や鼻の周りも呼吸のため隠せない、関節も動かすためには隠せない。
そんな場所からオイルの雨に濡れて行く、そしてオイルの雨は火が付けば燃え上がるのは当然だ。
更に言えば実体の炎は酸素を使って燃える、つまりミスリル騎士団の周りの空気からは一気に酸素が無くなり火傷と窒息の二重の苦しみの中で絶命して行ったのだ。
ミスリル騎士団に魔法攻撃が通じないとわかって歓喜していたガリウスだが、次の瞬間燃え上がり悲鳴をあげるミスリル騎士団を目の当たりにしてやっと『デザートイーグル』にはどんな事をしても勝てないと悟った。
「みんな、すまん」
その一言を残しガリウスは自らの剣で喉を貫いた。
生き残って後退していた騎士達もミスリル騎士団の末路を見てガリウスの元に帰ろうとしたが、ガリウスが自害して果てた姿を確認すると一目散に逃げ出した。
戦闘が終わり『デザートイーグル』とセラフィムはガリウスの元へとやって来た、そこでやっと勝利を確信した。




