8 第一種接近遭遇 3
小屋に戻ってきたアメリアとユリアナは隅に置いていた椅子を引っ張り出してきて流一の前に座った。
流一は床に胡座をかいて座っている。
さっきまでは突然だったので顔以外はあまり良く見ていなかったが落ち着いて二人を見ると、アメリアは身長165センチくらいで赤髪のショートヘア、胸は普通くらいで革鎧のような物を着ている。
ユリアナも同じくらいかアメリアよりやや低いくらいの身長だが腰くらいまである青髪に青眼、やはり革鎧を着ているがこちらは胸が大きいためそれに応じたデザインのようだ。
しっかりとどちらの胸もチェックするのはやはり男の性なのだろう。
落ち着いて観察した事でアメリアの赤い髪と瞳を見て前日の事を思い出した。
「あっ!昨日のウサギの!」
突然アメリアを指差して大声を出す流一
「ウサギ?あっ!そう言えばその黒髪!」
アメリアもやっと思い出したようだ、前日川で遭遇していた事に。
流一も鈍感だがアメリアも大概である。
「何、どうしたの?」
事情を知らないユリアナは不思議そうに2人を見る。
「ほら、昨日川で変な男に会ったって」
「ああ、ってあれ流一さんだったの?」
ワンテンポ遅れて驚くユリアナ、もっともユリアナの場合は2人が前日会っていた事よりも、結構長く話していたのに今更思い出した事に驚いているのだが。
「まあ、それはもう良いでしょ。それよりアメリア」
「ああ、そうねごめんなさい。それよりあなたに聞きたい事があるの」
ユリアナに謝った後流一に向かって話しを切り出した。
「あぁ、なんでも聞いて」
流一は余裕である、ヨネ子とも話した事でなんでも素直に答えれば良いと思っているからだ。
変に隠し事をしたり内容に制限を設けないのは楽なのだ。
「あなた他にはどんな魔法が使えるの?」
アメリアはあまり駆け引きが得意では無いようで、いきなりど真ん中に直球が投げ込まれた。
流一は少し考えた、そして数が多いので一々列挙が面倒なので一言で片付けようとした。
「火と水と風と土と聖魔法の簡単なものなら、あっ、後、身体強化も使えるよ」
あまりに雑な説明の上にこの世界の認識とは微妙にズレている。
この世界では属性は精霊王と同じ火、水、風、土、森、の5属性に身体強化等の無属性が有ると信じられている。
しかしその間違いはスルーされたがそれでもそれを聞いた2人は驚きを隠さない。
「「何ですって!」」
よくハモる二人である。
そして今度は二人して顔を見合わせて何やら頷きあっている。
『これはパーティーに誘うしか無い』2人は幼馴染みらしく言葉では無く目で会話したのだ。
「よく聞いて流一さん」
何やらアメリアの口調が急に丁寧になったような気がする。
「普通は魔法が使えても一つの属性なの、たまに二つの属性が使えるダブルの人もいるけど魔法使い百人に一人くらいしかいないし三つ以上なんて物語の中でしか聞いたこと無いわ」
それを聞いて少し動揺する流一、この世界の常識を知らないとは言え少し正直過ぎるのも問題があるのでは?と反省していた。
「正直さっきの魔法を見てダブル位は出来てもおかしくないとは思ってたけど、さすがに全属性とは驚きよ」
既に驚きを通り越して呆れ顔になっている二人。
それに引き換え流一は別の意味で驚いていた、それは『トリプル以上は物語でしか聞かない』と言っていたのにウォーターの魔法しか見ていない時点で全属性使える事を全く疑わないからだ。
嘘は吐いていないが、そう考えるとなんだか心に余裕が出来た気がした。
「いや、でも、まだ簡単な魔法ばかりだし」
少し謙遜気味に言ったのだが2人にはスルーされた。
「それでこれからの事なんだけど、流一さんくらいの実力があればどこの領主も喜んで雇ってくれるわ。さらに国の宮廷魔導官にだってなれるわ。でも流一さんは異世界から来たんだったわよね、だったら元の世界に帰る時のためにもそんな仕事はやりたく無いわよね」
さすがに駆け引きの苦手なアメリアだ、あからさまに雇われ魔導官にはなるなと言っている。
しかも異世界から来たとは本気で思っていないのに使えると思えば平然と言ってのけるしたたかさ(?)もある。
ユリアナはアメリアのあまりに露骨な表現にちょっと、いやかなり引いている。
そして後ろからアメリアの頭めがけてゲンコツを落としたい衝動と戦っていた。
しかし当の流一は『超』の付く鈍感でお人好しである。
しかも『少し正直過ぎたかな?』と考えていたため話しに集中していなかった事もあり、あれだけ露骨でありながらアメリアの思惑にまったく気が付いていない。
「異世界から来たって信じてくれるんだねありがとう。確かに帰る時の事を考えるとそういうのはちょっとしたくないな。でも帰れるまではこの世界でどうやって生活するかを考えないといけないし」
と異世界から来た事を信じてくれたと本気で思っている。
「そうでしょ!だったら元の世界に帰るまで私達とハンターやらない?ハンターだったら世界中出入り自由だから帰る方法を探すのには便利よ、それに辞める時だって私達が了承するだけで簡単だし」
アメリアは今日一番の笑顔で流一に迫った。
もっとも魔法の話を聞くまでは愛想笑いさえしていなかったのだから現金なものだ。
「ハンターって職業なの?よくわからないんだけど」
流一はなんとなく異世界小説の冒険者みたいなものだとは思っていたが、また勘違いしていると悪いので素直に聞いた。
「そうか、流一さんはこの世界のこと何も知らないんだったわね。では魔物は知ってる?」
「ううん知らない、何それ?」
実は魔物と聞いて『やはり異世界小説と同じか』とは思ったがそれがこの世界の物と全く同じとは限らないので知らないで通す事にした。
「魔物っていうのは生き物が魔素の影響で変化したものと言われてて、目が赤くツノや牙や爪が大きく鋭くなって元の生き物より身体能力が強化された凶暴な生き物よ。中には魔法を使う魔物もいるらしいわ。でもその分貴重なレアアイテムや魔石を持ってるの」
「なるほど、その魔物を狩るのがハンターって事で良いの?」
「まぁ基本的にはそんな所。魔物っていうのは通常魔物領域からは出て来ないの。だからその魔物領域に行って狩りや採集をするのがハンターの主な仕事なの」
「なるほど狩りだけじゃ無く採集もね。でも主なって事は他もあるんだよね、それはどんな仕事?」
当然の疑問が浮かんだので直ぐに聞いた。
「他には商隊の護衛とか、魔物じゃない動物の討伐や採集の依頼とかね。あまり大きい声じゃ言えないけど何でも屋的な依頼もあるみたいよ。後、ここ100年程は聞かないけど魔物領域解放のための討伐とかも昔は有ったみたい」
結局流一の知っているハンターと魔物でほぼ間違いないようであった。
それでも2人に聞いたという事に意味がある、流一はこの世界の事を知らない異世界人だと理解してもらうために、なので問題はない。
ただ流一的にはもう信じてもらえたと思っているので『知ってるって言っても良かったかな』と思っている。
本当に鈍感な男だ。
しかしこの時、流一は大事な事を忘れていた、そう商隊の護衛が有るイコール人間同士の殺し合いが有るという事を。
大型のサバイバルナイフや拳銃を持って喜んでいてもそれはミリオタだからである、流一は平均的日本の高校生であり人を殺すというのは耐え難い禁忌なのである。
なので人を殺す道具は使えても、実際に人を殺すことは出来ないのだ・・・今は。
「大体わかった、で、二人はハンターで俺をパーティーに入れてくれるって事で良いのかな?」
結局最後までアメリアの下心が見抜けない超鈍感の流一は優しさでパーティーに誘ってくれたと思っている。
なので笑顔でアメリアに聞いた。
「あー、それはまだなの」
しかし予想に反し言い辛そうに口籠るアメリア
「まだって何が?」
「私達もハンターには今からなるのよ」
そう聞いて、そうかハンターになってたらここじゃ無くて魔物領域とやらに行ってるよなーと今更ながら気付いた。
「えーと、じゃあ2人はどうしてここに居るの?」
森の中でハンター登録が出来るとは思えないので当然の疑問だ。
「実はハンターはレクサス公爵領のレクスブルクか王都のテレイオースでしか登録出来ないの、なので私達はここで狩りをして準備資金を貯めてる所だったの」
「そうだったのか、って事はもし俺がパーティーに入るって事にしたら俺の分の資金も必要になるって事だよね」
「そうね、でももし入ってくれるなら私達も流一さんの資金集めに協力するわよ」
そこまで言われては流一に断る理由は無い、何より元々そうなる事を期待して話をしていたのだから。
「じゃあ皆で一緒にハンターになろう」
「本当に!本当に良いの、ありがとう」
流一の手を取って喜ぶアメリア、もう最初の時の警戒感は微塵も無い。
「ありがとう、これからよろしくね流一くん」
ユリアナもアメリアほどでは無いが喜んでいる。
「改めて自己紹介するわ、私はアメリア=マルス。15歳、貧乏騎士爵家の四女で家からの援助が期待できなくてハンターになるの、武器はロングソードよよろしくね」
いくら何でも『貧乏騎士爵』とか『援助が期待出来ない』とか最初からぶっちゃけ過ぎだろと言いたくなるような自己紹介だがアメリアらしいとも言える。
「私はユリアナ=マーキュリー。同じく15歳でアメリアとは幼なじみなの。家は中堅の商家だけどこのままだとどこかの金持ちの愛人にでもされそうだったからアメリアと一緒にハンターになる事にしたのよ。武器は槍を使うわ、よろしくお願いしますね」
アメリアに感化されたのかユリアナも『金持ちの愛人』とかぶっちゃけてきた。
「俺は米村流一、16歳。異世界の日本っていう国から来た。さっきも言った通り魔法は初歩的なものなら全て使える。後、武器はこのサバイバルナイフで身体強化を使えば近接戦闘も少しは出来ると思う」
一応銃は切り札として内緒にする事にした。
アメリアとユリアナは喜んで聞いている、しかしまだ異世界から来たという事は本気では信じてないので笑顔が微妙だ。
「そういえばユリアナの武器は弓じゃないの?」
ずっと流一に向かって構えていたのは弓だったので聞いてみた。
「ここは小屋の中だから槍だと不便でしょ、それに森の動物は人を見ると逃げるから狩りの時には弓を使ってるの」
納得の答えであった。
「ところで、ハンターになるにはどうしたら良いんだ?」
ユリアナの武器に納得したところで本題に入った。
「ハンターの登録はレクスブルクかテレイオースでしか出来ないってさっき言ったわよね、ここからだとレクスブルクの方が近いわ。そこのハンターギルドで適正試験を受けるの、それによってどのランクから始めるか決まるみたいよ」
アメリアが答える。
「それは試験に落ちる事も有るって事?」
「あるとは言うけど聞いた事は無いわね」
今度はユリアナが自信なさげに答えた。
どうやら二人とも適正試験を受けてハンターになる以外のことはあまり詳しく知らないようだ。
と言うより成れない想定がそもそも無いようだ。
「じゃあみんなでレクスブルクに行こう」
流一は景気付けのつもりで言ったのだが
「だからまだ資金が足りないんだってば!」
とアメリアに本気で言われた。
しかしユリアナには分かってもらえていたようで、
「アメリア、誰も直ぐにとは言ってないでしょ」
と耳打ちされるとアメリアは顔を赤くした。
気を取直して再び流一が
「じゃあさっそくみんなで狩りに行こう、まだハンターじゃないしパーティー名もないけど活動開始だー」
と言うと
「「そうね、行きましょう」」
と2人はハモって答えた。
そして勇んで狩りへと出かける3人、流一は『魔法の訓練をしていないけどまあ良いか』と思っている。
流一は他人に甘いが自分にはより以上に甘いのだ。