75 討伐完了!
翌日、軽く朝食を取ると9時過ぎに訓練に出発した、だがその前に道具屋と宝石屋に寄る。
流一達はライヒブルクに着くと、イリア邸に行く前に道具屋に寄りトイレの注文をしていたのだ、もちろん指輪も忘れずに。
これはもちろんイリア用である、イリアだけトイレが無いのは不便と言う事もあるが、今回の作戦には必要だったからという理由の方が大きい。
しかしせっかくイリア専用で作るのだから、ミーシャ達に渡したのと同じように絨毯付きの収納魔法擬きバージョンにした。
さらにアメリア達の希望で、アメリア、ユリアナ、セリーヌのトイレにも絨毯を付けてあげた、これで今までエレンに預けていた自分の荷物を自分で持てるようになった。
そして前回『トリプルトライデント』の魔法使いを鍛えた懐かしの場所でマンモスの魔物討伐訓練を始めた、訓練とは言っても作戦手順を身体に覚えこませるための反復練習のようなものだ。
夕方になり訓練を終えてイリア邸に帰ると、流一は収納からマンモスの魔物の肉を全て取り出してイリア邸の料理長に渡した、そして今夜の食事はそれでカツを作るように指示した。
もちろん『マンモスの魔物に勝つ』という日本人的験担ぎだ、ただ残念な事にこの世界の言語ではそんな語呂合わせにはならないので他の誰にも理解はしてもらえなかった。
それでも貴重な肉であり使用人達の分もあるので感謝はされた、それで良しとするしかない。
夕食時に「マンモスの魔物の素材は全部イリアに渡すと言ったがあれは嘘だ」と言ったら全員から本気で非難された、その後「お肉だけ食べる分を少し頂戴」と可愛く言ったら全員一致で気持ち悪いと言われた、そして笑われた、似合わない事はするものじゃない。
いよいよ討伐隊出発の日だ、騎士団長のマードック、副団長のオットーとは7時に街の北門の前で待ち合わせている。
イリアと『デザートイーグル』は待ち合わせの10分前に北門に着いたがマードックもオットーも既に来ていた、そして意気揚々と氷河へ出発した。
初日は氷河の東側を重点的に探す、マンモスの魔物の目撃情報が最も多いからだ、ただし情報の鮮度はあまり良くない、つまり古い情報が多いのだ。
流一は軍オタという事もあり情報の重要性はかなり理解している、なので古い情報に基づいて決めた今日の捜索範囲にはマンモスの魔物は居ないだろうと予測していた。
そもそも同じ方法でマンモスの魔物を探していたであろう討伐軍がマンモスの魔物を探し当てたのは4日目だったのだ、今回はその辺りから探すべきだと流一は思っていた。
身体強化無しにしては割と広範囲を捜索できたが、案の定初日は空振りに終わった。
しかし魔物には時々襲われていたので、行き掛けの駄賃ではないがサクッと討伐して小遣い程度の収入は得ていた。
2日目、同じ時間から氷河に出発して今度は流一の提案で討伐軍がマンモスの魔物と戦った場所へ行く事にした、場所的にはライヒブルクの真北よりやや東側、最初の目印から約1時間半ほどの場所である。
そこから更に奥地へ向けて捜索する、約2時間ほど奥地に行くと流一の索敵魔法に反応があった・・・氷亀の。
流一はマードックに断ってから身体強化を使いチャチャッと氷亀を捕まえてきた、その数7匹、そろそろ脂の在庫が心許なかったので大喜びだ。
そして帰途に着く、この日も結局マンモスの魔物には会えなかった、しかし前日と違い他の魔物にも遭遇しなかった。
3日目、この日も討伐軍がマンモスの魔物と戦った場所から探し始めた、流一が強く主張したためだ。
流一は2日目に魔物から襲撃されなかったのは『マンモスの魔物のナワバリだから他の魔物が居なかったのではないか』と推測したのだ、そしてその推測は正しかったと証明された、そうようやく見つけたのだ、マンモスの魔物を。
「マンモスの魔物発見、左前方1キロ」
「「「「「了解!」」」」」
流一の言葉に揃って答えるイリアと『デザートイーグル』女性陣、そして流一の後に続く。
マードックとオットーもその後に着いて行く、いや着いて行かせてもらえたと言うべきだろう、流一が身体強化を使わずにマンモスの魔物のところへ向かったから。
「マンモスの魔物視認、戦闘準備」
流一の指示で戦闘態勢に入る、この時流一はヨネ子の言葉を思い出していた。
【最初はエレンにトルネードで足止めさせて流一がそこにロックバレットを叩きつけなさい。そうすれば一番危険な接近時の反撃を回避できるわ】
マンモスの魔物まで後100メートル程の所で戦闘が開始される。
「トルネード」
エレンのトルネードがマンモスの魔物を包む、前回のマンモスの魔物戦の時とは桁違いの威力だ。
トルネードで動きを封じている間にイリア、アメリア、ユリアナ、セリーヌの4人が突撃位置に到着した。
「ロックバレット」
4人の突撃準備が整ったところでトルネードが解除され、そこに流一のロックバレットが放たれた。
「突撃」
流一の号令の下、エレン以外の5人が身体強化でマンモスの魔物に斬りかかった。
予定通りロックバレットで怯んだお陰で5人とも無事反撃を受ける事なく戦闘に入れた。
エレンはもちろん『エリアマナチャージ』を発動して補助に徹している。
【最初は身体を傷つけて血を流させるだけで良いわ。そもそも序盤はマンモスの魔物も体力があるから深く踏み込んだ斬撃は与えられないしね】
ヨネ子の予想通り鼻と牙の攻撃を警戒しながらの攻撃では踏み込みが甘くなり有効な斬撃は与えられない、それでも身体強化と武器の性能のおかげでジワジワと血塗れにはなって行く。
5人の攻撃開始から約20分、流一は『ソロソロかな?』と思い始めた。
【全身から血を流すようになったら攻撃組は一旦亜空間に避難しなさい。そしてエレンにスプライトを最大魔力で撃たせるのよ】
「攻撃止め!一旦退避」
流一の号令によりイリア、アメリア、ユリアナ、セリーヌが亜空間に退避した、それを確認してから流一が亜空間に退避した。
イリアのトイレはこの時のためにどうしても必要だったのだ、なのでもし1日の休みが無ければ初日はライヒブルクを出発するのが9時過ぎになっていただろう。
「スプライト」
エレンは流一の退避を確認すると最大魔力のスプライトを放った、杖のおかげで気絶する事が無いからこそ出来る戦法だ。
【サンダーのような落雷は大地へ向かうようになっているからいくら傷ついていても体表にしか電流は流れないわ。でもスプライトのような昇雷は通りやすい場所を通って拡散して行くわ、だから血液を通して身体の内部に電流を流す事が出来るのよ。これなら少々電気に対する耐性があっても無傷では居られないわ、特に今のエレンの全力の魔力ならほぼ確実に感電して動けなくなるはずよ】
ブガアアアアァァァァァァ
マンモスの魔物は鼻を大きく持ち上げて悲鳴とも雄叫びともつかぬ声を上げた、そしてヨネ子の予測通り動かなくなった。
スプライトの影響が去ったのを確認してから5人は亜空間から出て来た。
【勝負はここからよ、スプライトの後はマンモスの魔物はほとんど動けないはずだから思い切り踏み込んで倒れるまで切り刻みなさい】
「攻撃再開」
流一の号令で再び戦闘が開始された、身体の内部への電撃は相当に効いているようで、鼻が少し揺れる程度でほとんど動くことがなかった。
鼻の揺れはマンモスの魔物の反撃の意思表示ではあるが既に結果は見えていた。
スプライトからはものの2・3分程で、誰にでもわかる形で結果が見えてきた。
ついにマンモスの魔物が轟音とともにその巨体を横たえたのだ。
【マンモスの魔物が倒れたらトドメはイリアに任せなさい。それなりの実力があるのなら英雄は貴方達外国人では無い方が何かと都合が良いからね。トドメの方法はもう分かっているわね】
「「「「イリア、トドメを」」」」
「ハイ」
マンモスの魔物が倒れると同時に流一、アメリア、ユリアナ、セリーヌからイリアに向け声がかけられた。
それに素早く反応してマンモスの魔物にトドメの剣を突き立てる、そう目から頭蓋骨に邪魔されない角度で脳に剣を突き立てたのだ。
マンモスの魔物は最早悲鳴さえ上げる事が出来なかった。
ビクン・・・ビクン・・・
大きく二回痙攣した後、マンモスの魔物はその活動を止めた、そう生命活動を。
イリアは突き立てていた剣を抜くと天を仰いで静かに涙した、流一達の見た目以上にプレッシャーを感じていたようだ。
「マンモスの魔物討伐完了」
「おめでとう」
「お疲れ様」
「やったわね」
「終わったー」
流一の討伐完了宣言に女性陣がそれぞれ応えた、流石に『デザートイーグル』にとっては2頭目なのでイリア程の感動は無い。
「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」」
「まさか、本当に倒してしまうとは」
「なんなんだアイツら」
イリアと『デザートイーグル』とは対照的に、マードックとオットーは驚愕の歓声をあげて驚いている。
元々失敗した時の救助要員のつもりでついて来ていたのだ、討伐出来るとは思っていなかったのでその驚き様は尋常では無い。
暫く感動を味わっていたイリアが再起動したところで、流一がマンモスの魔物を収納に入れた。
「さあ、ライヒブルクに凱旋よ」
「「「「「了解!」」」」」
イリアの号令に『デザートイーグル』全員ハモって応えた、そしてマードックとオットーの元に向かう。
「討伐完了です、帰還しましょう」
驚きのあまり暫く固まっていたマードックとオットーはイリアに声を掛けられて正気に戻った、そして8人揃って帰途に着いた。
帰途の女性陣は饒舌であった、しかし流一は相変わらずガールズトークには参加出来ないようだ。
それに対してマードックとオットーは無言でイリアと『デザートイーグル』の後に付いて歩いている、折角マンモスの魔物を倒したと言うのに表情が暗い、2人にとってはよほど衝撃的だったのだろう。
マンモスの魔物との戦いは正味3・40分だったので夕方前にライヒブルクに帰還した、そして向かったのはラインハルト辺境伯邸だ。
「ご苦労、本当にマンモスの魔物を倒したのだな?」
「ハイ。イリア=フォン=ローランド、ただ今マンモスの魔物討伐に成功、無事帰還いたしました」
イリアが討伐成功の報告をした。
「つきましてはこれからハンターギルドに報告と解体依頼のため向かいたいと思いますが辺境伯様もいらっしゃいませんか?」
流一が慣れない丁寧語でラインハルト辺境伯に共にハンターギルドへ行く事を勧めた、ラインハルト辺境伯も解体前のマンモスの魔物を見たいのではないかと考えて。
「勿論儂も行くぞ、マンモスの魔物の本物を見る機会などそうそうあるものではないからな」
話も決まり早速屋敷を出ようとした時、ラインハルト辺境伯家の使用人がやって来た。
「ただ今リシュリュー王様の使いの者が参りまして、本日ライヒブルクに到着致しましたので至急お越しくださいとの事でございます」
「あい分かった、至急向かうよう返答しておけ」
「ははっ」
此処は王都ベイルーンではないため向かうのは王宮では無い、リシュリュー王家の保有する別荘『ブランコット城』だ。
リシュリュー王は前回の秘密会議の後直ぐに『デザートイーグル』についての情報を集め始めた、そしてエムロード大王国の情報をかなり正確に得たため『デザートイーグル』ならマンモスの魔物の討伐に成功するのではと考えるようになっていたのだ。
そのため、『デザートイーグル』がライヒブルクに現れると直ぐに王宮に向け早馬による知らせが出発した、その知らせを受けたリシュリュー王はすぐに高速の馬車を使ってライヒブルクにやって来たのだ。
勿論直ぐに出発出来たのは早くから準備していたからだ。
因みにリシュリュー王がエムロード大王国での『デザートイーグル』の情報をかなり詳しく知る事が出来た理由は、リシュリュー王家とエムロード王家の仲が非常に良好なためだ。
そのため最も『デザートイーグル』の事を知っているルビー公爵と王太子殿下が情報提供してくれたのだ。
この世界でも『遠交近攻』は常識であり隣国同士というのはあまり仲が良くない、なので婚姻や条約で平和を保つのが普通であった、しかしリシュリュー王国とエムロード大王国だけは例外的に仲が良かった。
とりあえず形式的に平和条約的なものは結ばれてはいるが本当にただの形式だけであった。
この二国が仲がいいのは、どちらも覇権主義的な考えを持っていない事と、リシュリュー王国は氷河、エムロード大王国はカーレムとザールクリフと言う2つの属国を持っている事で経済が安定しているからであると思われる。
「少し予定が変わったようだ。ローランド準男爵、そして『デザートイーグル』の皆よ、これから儂と共にリシュリュー王の元へ向かってもらうぞ」
「ははっ」
「わかりました」
流一達は「何故王様がライヒブルクに来たんだ?」と不思議に思っていた、リシュリュー王が流一達の想像以上に『デザートイーグル』に対し関心を持っている事を知らないので。




