72 イリアさん活躍する
『デザートイーグル』がライヒブルクを発ってから1ヶ月と少し、氷河に異変が起きていた。
氷河の狩場にマンモスの魔物が出現した、そしてそのまま居着いてしまったのだ。
もっとも居着いた理由は人間の味を覚えたからではあるが。
マンモスは元々氷河の北東部に動物と魔物が別々に群れで生活している、そして極稀に群れから離れる個体がいる、その個体が人間や氷河人の元に現れるのだ。
群れから離れる理由はいくつかあるが、もっとも多いのが雌の奪い合いに破れた雄だ、『デザートイーグル』が倒したマンモスの魔物も、今回氷河に現れたマンモスの魔物もこれである。
そして今回、運悪く最初にマンモスの魔物に遭遇したハンターパーティーの何人かがその餌食になった。
マンモスにとっては動物であろうと魔物であろうと群れを逸れての食料調達は至難の技だ、何故なら氷河ではマンモスの食べられる植物は少ないし、魔物はもちろん動物もマンモスより俊敏なため単独では狩るのが難しいからだ。
そこで人間である、マンモスにとって人間は氷河の中で唯一自身より動きの遅い生き物なのだ。
しかも全てでは無いが逃げないどころかワザワザ向かって来てくれるものまでいる、食料に人間をと考えるのは当然と言える。
氷河にマンモスが現れてから2週間、犠牲者は死亡(実質マンモスの餌)8人、重症3人、軽傷15人になっていた。
もちろん発見と同時に逃げたために助かった者は数え切れない、そしてそんなハンターが獲物を持ち帰る事など出来はしない、つまりハンターの氷河での収入は激減したのだ。
それはひいてはハンターギルドとライヒブルクの、そしてリシュリュー王国の収入が激減したという事だ。
さらにマンモスの魔物出現から後、ライヒブルクを去るハンターが目に見えて増えてきた。
収入が見込めなければそれも当然だが、その事も収入減を後押ししている。
そしてついにハンターギルドは最優先事項としてマンモスの魔物討伐隊を派遣する、ライヒブルクを拠点にしているAランクパーティー全員に指名依頼を出した。
総勢で8パーティー39人、少ないようだが拓けた場所の少ない氷河ではそれでも全員での総攻撃が出来る場所などほとんど無いので問題ないように見えた。
しかし討伐は失敗、死者こそ出さなかったものの全く手も足も出なかったのだ。
最強戦力での討伐失敗を受けてハンターギルドはリシュリュー王国に討伐要請を出した、そして編成されたのがマンモスの魔物討伐軍だ。
陣容は5小隊200人と総隊長及び各小隊長、援護・支援・遊撃の騎士30人とその団長と副団長の計238人となった、その騎士の一人にイリアが選ばれていた。
通常なら軍の編成には時間がかかるものだが今回は1日で済んだ、その理由はやはり氷河だからだ。
氷河では野営が出来ないため毎日早朝出発、成果如何に関わらず夜帰還となる、そのおかげで野営の装備も輜重隊も要らないからだ。
討伐軍が氷河に入って4日目、遂にマンモスの魔物に遭遇した。
「隊列組め。第一陣攻撃開始」
総隊長の号令でマンモスの魔物に攻撃を開始する小隊長と兵士達。
氷河では総攻撃が出来ないため1小隊毎に攻撃を行う、最初の小隊が疲労すると次の小隊に交代するようにして5小隊が間断なく攻撃する、いわゆる車懸かりの術の応用戦法である。
騎士達は主に周辺警戒を行なっている、マンモスの魔物には小判鮫よろしくそのおこぼれに預かろうと遠巻きについて回る魔物が多数いるため、その魔物の襲撃から兵士達を守るのだ。
しかし兵士達の持つ剣では傷一つ付けられない、逆に負傷者は徐々に増えてきた。
騎士達もけが人は居ないが、戦闘が長引いたため周辺の魔物の多くが集まって来たおかげで疲労がかなり溜まっている。
「撤退ー。撤退ー」
約5時間の攻防ののち総隊長から撤退の命令が下った、結局マンモスの魔物に大したダメージも与えられないまま撤退する事になったのだ。
しかしここで問題が発生した、兵士の疲労が総隊長の予想以上に激しく撤退に時間がかかっているのだ。
これは総隊長が撤退の時期を見誤ったせいだ、軍隊としては氷河の中での戦闘訓練など殆どしていないため、疲労の蓄積具合を通常の戦闘と同じように考えていたからに他ならない。
このままでは後方の兵士は後ろからマンモスの魔物に襲われかねない。
それを知ったイリアは迷わず騎士団長に進言した。
「私が殿を努めますのでその間に兵士の撤退をお願いします」
「何だと、お前一人でだと。それは無茶だ」
「大丈夫です、この友から貰った剣と身体強化の魔法を使えば時間稼ぎ位は出来ます」
「えっ?身体強化だって?お前そんな事・・・」
「話しは後です。さあ早く」
「わかった、ここはお前を信じよう。頼んだぞ」
「では」
イリアはそう言うとマンモスの魔物に向け突撃して行った。
「殿は騎士イリアが務める。兵士は至急現場を離脱、速やかに撤退しろー。騎士達は兵士の撤退を補助するんだ、急げー、全員生きて帰るぞー」
騎士団長の檄が飛び、兵士達の撤退が始まった。
イリアは『デザートイーグル』と別れてからは独力で身体強化の訓練をしていた、流一からは30分位は使えるようになると聞いていたからだ。
しかしイリアは発動時間を短縮し移動や斬撃の瞬間だけ身体強化を行う事で使用時間を伸ばす工夫を独自に行なっていた。
今、その訓練の成果が発揮されている。
マンモスの魔物と戦い始めて30分、まだ魔力は半分近く残っている。
その間マンモスの魔物は後退こそしていないが、かなり傷つきながらもその場から一歩も動けずにいた。
兵士200人が5時間近くかけても殆ど無傷だったその身体には、致命傷には程遠くはあるが無数の傷痕がつけられかなり出血もしている。
そこへ騎士団長が戻ってきた、イリアへの撤退指示のためだ、そしてその光景を見て驚くと共に感動していた。
「騎士イリアよ、兵士は全て安全圏まで撤退した。お前も撤退するんだ」
もう少し見ていたくはあったが団長としての務めを優先させた。
「了解しました」
イリアはすぐさま返事をすると騎士団長の方へ向かった、そして騎士団長と共に撤退を開始した。
さすがのマンモスの魔物も疲労したのか、少しイリアに向かって前進はしたが直ぐに追うのをやめた。
時間は20時、途中松明を持って迎えに来てくれた騎士達と一緒にライヒブルクに帰還した。
イリアは兵士全員から感謝された、しかしマンモスの魔物討伐に失敗した事は国全体に暗い影を落とす事になった。
場所が氷河だけに人海戦術は使えない、つまり今回の軍が討伐に失敗した事により打つ手が無くなってしまったからだ。
それはつまりマンモスの魔物がどこかへ行くまで氷河での狩りは出来なくなった事を意味するのだ。
それから2週間、氷河の極浅い場所での狩りは続いていたがハンターの数は益々減っていった、もちろんそれに伴い商人も減って行った。
そんな折、イリアが領主であるラインハルト辺境伯から呼び出しを受けた。
「よく来てくれた騎士イリアよ」
「はっ。イリア=フォン=ローランドお呼びにより参上致しました」
ラインハルト辺境伯への挨拶もそこそこに、ライヒブルク内にあるとある城の会議室へと連れて行かれた。
会議室に居たのはラインハルト辺境伯の他、マンモスの魔物討伐軍の総隊長、騎士団長、騎士団副団長、一部の有力貴族に加えリシュリュー国王と王太子もいた。
そしてその国王から声をかけられた。
「この度のマンモスの魔物討伐において、失敗したとはいえ其方が尋常ならざる活躍をした事は聞き及んでおる。大義であった」
「勿体ないお言葉です」
伯爵家の娘ではあるが自身は準貴族の騎士爵である、さすがに国王直々の言葉には恐縮してしまった。
「そこで、そなたを見込んで尋ねたい、マンモスの魔物を討伐する方法はあるか?」
さすがにこの質問には返事に窮してしまった、そして暫く考え込んでから答えた。
「あるとは言えません。しかし我が友『デザートイーグル』なら或いは討伐の可能性があるやも知れません」
「ほほう、でその『デザートイーグル』とは何者じゃ?」
「私の友人でCランクのハンターパーティーです」
「何じゃと、Aランクパーティーが束になっても敵わぬのにCランクのハンターパーティー一つで勝てるかも知れぬじゃと?馬鹿を申すな」
リシュリュー王は怒鳴り返した、他の出席者も顔が不機嫌になってきた。
そこへ騎士団長が助け舟を出してくれた。
「お待ちください。『デザートイーグル』は隣国エムロード大王国で叙勲されたハンター達です。あながち間違っているとも言えぬのではございますまいか」
騎士団長はマンモスの魔物に傷を付ける事の出来た唯一の剣と、それをイリアに与えた友が気になり調べていたのだ。
そして国王も思い出した。
「そういえば、我が国もその叙勲式に使節を送っていたのう、失念しておった。しかし弱くは無いかも知れぬがそれ程なのか」
「お願いがございます。今からする話しは決して他言せぬようお願い出来ますまいか。ここにおられる方々の胸の内だけに留めると約束頂きたいのです」
「お前は何を申しておる、不敬であろう」
出席していた貴族の一人が怒り出した、しかし王は冷静に其れを止めた。
「良い、そこまで言うと言うことは余程の秘密なのであろう。許す、このリシュリュー王国国王の名にかけて他言させぬと誓おう」
「ありがとうございます。ではお話ししますが『デザートイーグル』は1度マンモスの魔物を倒した事がございます」
「あり得ぬ、もしそんな事があれば国中の噂になっておるはずじゃ。それにその素材も見たことも無い」
「狩った場所は氷河の奥地のさらに数日先、氷河人の地です」
「何じゃと、氷河人じゃと、そんなものが居るのか?いや証拠は、其れを示す証拠はあるのか?」
「この剣です、この友人に貰った剣の素材はこちらの国には無いミスリル・ドラゴナイト合金という素材で出来ています。さらに斬れ味を上げる超振動と自己修復の魔法陣が付与された魔剣です。ちなみに鍛えたのはドワーフだそうです」
会議場内が静まり返ってしまった、とは言え帯剣していたからでは無い。
通常上級貴族や王族と会う場合は帯剣出来ないが、今回は事情が違う。
今回は国の命運がかかった極秘会議である、このような場合、兵士や騎士は通常装備での会議参加が義務付けられる。
なぜなら兵士や騎士が通常装備では無い場合上級貴族や王族と会うことがバレてしまう、それはひいては極秘会議があった事を知られる事になるからである。
そのため討伐軍総隊長、騎士団長、騎士団副団長も通常装備で帯剣して会議に参加している。
「それが本当なら確かに決して他言は出来ぬ・・・」
「しかしその剣は本当にそれほどの物なのか?」
「ではお見せしましょう、どなたか折れても良い剣をお持ちでは有りませんか?」
「では私の持つ予備の剣で良いかな?」
そう言って騎士団の副団長が進み出た、そして予備の剣を抜いてイリアの前で構えた。
イリアはそれに正対する。
「では行きます」
ギャキーン
ボト
言葉と同時に剣に魔力を流し身体強化で一閃すると副団長の剣が切り飛ばされ、その剣先が床に落ちた。
もちろん折れても良い剣と言うだけで折れやすいとか壊れているとかいう訳では無い、それどころか主剣が折れたりしたときのための武器なのだ、なまくらの筈はない。
それがたったの一振りで『折れた』ではなく『切り飛ばされた』のだ、これ以上のデモンストレーションもないだろう。
それを見て騎士団長も納得した、何故イリアの剣だけがマンモスの魔物に傷を付ける事が出来たかを。
「なるほど、実際目にすると凄まじいな。ではもしかして『デザートイーグル』の武器は・・・」
「そうです、これと同等以上の武器ばかりです」
「それだけの武器を人数分揃える事が出来たと言う事は、やはりマンモスの魔物の代金でと言う事か」
納得せざるを得ない状況であった。
「わかった、ではマンモスの魔物の討伐の全権をイリアに与える。すぐに『デザートイーグル』と連絡を取りマンモスの魔物の討伐に向かえ。資金は必要なだけ王国が負担する」
「ははっ!」
しかしここでラインハルト辺境伯からもの言いが付いた。
「お待ちください陛下、マンモスの魔物の討伐の全権を与えられたのが準貴族である騎士爵では問題があると思いますが」
「なるほど、では名目上そなたに全権を渡すようにした方が良いか?」
「いえ、軍や騎士団とも交渉をしておりましたが、この際イリア殿を貴族に陞爵されてはどうかと」
「お前達はそんな相談をしておったのか?」
「陞爵という事ではありませんが、討伐に失敗したとはいえ多数の兵士の命を救ったイリア殿の功績に対しては何か報いねばと相談していたのであります」
「なるほど、それは一理あるのう。わかった、では今からイリア=フォン=ローランドを準男爵に任ずる。なお、マンモスの魔物の討伐に成功したあかつきには子爵へと陞爵することをここに宣する。これでどうじゃ?」
「素晴らしいご英断かと存じます」
こうしてハンターギルドを通して『デザートイーグル』の招聘が計られた。




