68 調査ですか?
フェルキルト到着から一夜明けると『デザートイーグル』は全員脱力していた。
もちろん原因はこの街・・・いやもしかしたらこの国全体かもしれない自分達の噂を聞いたからだ。
「はーー、噂には尾ひれが付くっていうけどあれは行き過ぎじゃ無い?」
「確かに!あれじゃ尾ひれが付いてさらに手足に進化した感じがするよ」
ユリアナのボヤキに流一が答えた、何せアメリア、セリーヌ、エレンの3人は内容は別にして美人だと噂されているがユリアナだけは美人どころか男として語られているのである、これでは落ち込まないわけがない。
それでも何とか気を取直して全員でハンターギルドへと向かった、そして例により全員で依頼を物色する。
「ねー、これどう思う?」
セリーヌが一枚の依頼書を指差した、それは『ガルガン山の調査依頼』だった。
内容は数ヶ月前からガルガン山の頂上付近が霧に覆われて立ち入り出来なくなった原因の調査をしてほしいというものだ。
因みにランクはB、通常この手の調査依頼はCランクである事が多いので少し気になったのだ。
「これ何でBランクなんでしょうね?普通はCよねー」
ユリアナもそこに疑問を感じた。
「そうなの?だったらCランクのパーティーが何組か失敗したからとかじゃないの?」
流一はこの世界の常識をあまり知らない上に今まで調査依頼は受けた事がない、なのでこの依頼がCランクだろうとBランクだろうとあまり気にならなかった。
なので冗談半分で軽口を叩いたつもりであったが、女性陣には冗談には聞こえなかった。
ハンターギルドでの調査依頼は扱いが少し特殊だ。
基本的にはCランクの扱いだが、通常パーティーなら受けられるワンランク上の依頼が調査依頼に限り制限される。
具体的にはDランクのパーティーは受付不可、CランクやBランクのパーティーなら実績を考慮して受付の可否を支部のギルドマスターが判断する事になる。
これは、もし難易度の高い調査だった場合Dランクでは対応仕切れないし、難易度の低い調査だった場合Bランク以上では過剰戦力と言うか費用対効果が悪すぎる事になるからだ。
なので最初はCランクにして、失敗が続くようならBランク、Aランクと上がって行く事になる。
つまり流一の言葉こそがこの依頼がBランクである理由だと分かっているからだ、つまりかなり危険な依頼だと言うことに。
「とりあえず、この依頼は受けられない事は無いけど今回はパスで」
「そうね、別の依頼を探しましょう」
アメリアとユリアナの意見にセリーヌとエレンも賛成しているので流一も疑問は感じても異論は挟まない。
そして選んだのはマールの毛10頭分の採取。
マールとは羊の魔物の毛である、つまり[羊の魔物のウール⇨魔物ウール⇨魔ール⇨マール]である。
場所は件のガルガン山のあるデカン山脈の高原地帯、ここの魔物領域に生息する羊の魔物の毛が依頼品だ。
羊の魔物自体はDランクと弱いが、その魔物領域はBランクの魔物とのエンカウント率が非常に高いためBランクの扱いとなっている。
しかも運が悪ければAランクのジャコウ牛の魔物に襲われる事もあるらしい。
もっとも『デザートイーグル』にとってはジャコウ牛に襲われるのはボーナスだとは言えるのだが。
流一達はさっそく依頼主である服飾店の店長と打ち合わせをした、依頼は10頭分だがそれ以上でも高値で買い取ってくれるそうだ。
打ち合わせを終えるとすぐに出発、徒歩なら片道2日半から3日の距離だが『デザートイーグル』は翌日には魔物領域の側に到着した。
とりあえずこの日は野営、エレンとセリーヌは狩りに、アメリアとユリアナは食事の準備、そして流一は買い込んだ大量のスパイスで『カレー粉』を作りだした。
エレンとセリーヌはすぐにウサギ1羽とキツネ1頭を狩って帰ってきた。
「何この匂い?」
「なんだか美味しそうな匂いがする」
そう言いながら流一の方へ行くセリーヌとエレン、獲物はもちろんアメリアとユリアナに任せている。
「これは何なの?」
「これは『カレー粉』を作ってるところ。これを作っておけばすぐに『カレー』が作れるし、ほかの料理を『カレー風味』にする事も出来るよ」
セリーヌの質問に答える流一、ちょっとドヤ顔なのがウザいのは秘密だ。
「では今日はその『カレー』ですか?」
「いや、今日はちょっと量が多いから『カレー粉』を作るだけ。まー『カレー』は次の機会にね」
「残念です。ちょっと期待したのに」
本当に残念そうなエレン、随分楽しみにしているようだ。
翌日、朝食を簡単に済ませると魔物領域へ、索敵魔法を使っているので効率良く探せる。
そしてこの魔物領域名物、Bランクの魔物の襲撃があった。
と言うより受けた、索敵魔法を使っているので回避出来るのだが、折角なので少し討伐してハンターギルドで売ろうと考えたからだ。
とはいえ少しやり過ぎた、結局初日は羊の魔物そっちのけで魔物の狩りをしてしまった。
成果は、ジャコウ牛(Aランク)×3・灰色狼(Bランク)×7・鎧熊(Bランク)×2・グレイイーグル(Bランク)×2・大跳狐(Cランク)×4・大角カモシカ(Cランク)×1正に収納魔法万歳である。
夕方、野営地へ戻ると女性陣は全員で魔物の解体をする事に、食事は流一が作る事になった。
当然女性陣全員『カレー』を楽しみにしている。
流一は前日のウサギ肉とたっぷりの野菜を使った『ウサギ肉カレー』と『手作りナン』を作った。
まだお米を見つけ出していないのでヨネ子にレシピを送ってもらっていたのだ。
魔物の解体は数が多いためかなり時間がかかったが4人掛かりなので予想よりは早く終わった。
そして待望の流一特製『ウサギ肉カレー』の実食。
「「「「美味しーい」」」」
女性陣の笑顔が眩しい。
その顔を見て流一も満足気だ。
食後のティータイムはいつもなら狩りの話しになるが、今日は『カレー』の話しに終始した。
翌日は流石に魔物狩りはやめて真面目に羊の魔物を探した。
結果昼前、14頭の群れを発見したので依頼は達成した。
この日はこれで狩りを終了して野営地へ戻り解体する事にした。
羊の魔物はマールと魔石以外に角も素材として売れるが、魔石と角はハンターの好きにして良いそうなので前日の素材と一緒にギルドに買い取ってもらう事にする。
そして夕食はまた『カレー』、とはいえ今日はアメリアとユリアナに作りかたを教えて作らせるのだ。
『手作りナン』と合わせしっかり覚えてもらった、これでアメリアとユリアナの料理のレパートリーに『カレー』が増えた。
流一の思惑通りすっかり『カレー』の虜になった女性陣であった。
翌日、フェルキルトに戻るとすぐに依頼主の元へ納品に向かった。
馬移動の事を知らなかった服飾店の店長はあまりの早さに驚いたが、大喜びで依頼完了証明書を書いてくれた。
それを受け取るとすぐハンターギルドへと向かう『デザートイーグル』、依頼料の受け取りと素材の買取りである。
時間は夕方、多数のハンターが帰ってきてギルドの食堂で食事をしていた。
流一達は受付に依頼完了証明書を渡して料金をもらうと、次に素材買取窓口へと向かった。
ライヒブルクでは流一とユリアナだけが向かう事が多かった買取窓口ではあるが、最近は全員で行く事が多い。
やはりハンターとしては、持ち帰った素材が高値で売れるところを確認して代金を手にする醍醐味を味わいたいのだ。
「買取をお願いします」
「ん?何も持って無えじゃ無えか」
流一の言葉に怪訝そうに答える買取人、ここもやはり元ハンターの強面の男が買取を担当している。
「今収納から出します」
ドサドサドサドサ
買取人の目の前にうず高く積まれる魔物の素材や魔石、解体はしているがとても普通の5人パーティーで持てる量では無い、収納魔法の便利さを改めて知る瞬間だ。
「なっ!なんじゃこりゃーーーー」
大声で叫ぶ買取人、思わず食堂にいたハンターやギルド職員全員が買取窓口の方を向いた。
「灰色狼に鎧熊にグレイイーグルだと!それにこっ、これはジャコウ牛、しかも3頭分だと!お前たちはAランクのハンターだったのか?」
驚いてギルド中に響く声で聞いてきた。
「いえ、Cランクです」
「何?Cランクだと。そんな訳あるかー!いっいやもしかして」
さらに大きな声で怒鳴ろうとしたが、何かを思い出したように流一のタグを確認した。
すると声は相変わらず大きいが冷静に言った。
「お前たちがあの『デザートイーグル』だったのか」
それを聞いて食堂のハンター達からどよめきが起きた、流一達にはどよめきの理由が何となく想像出来る。
あれだけ間違った噂が流れていたのだ、ギルド職員が目の前で確認しているのを見ても信じられないと言う思いが強いのだろう。
もっともそれは流一達の仕業では無いのでいかんともし難い、『デザートイーグル』全員心の中でため息をついていた。
それでも納得した買取人はテキパキと素材や魔石の査定をし代金を計算してくれた。
全てを終えると『デザートイーグル』はギルドの食堂で夕食を食べようと思っていたが、どうやらそんな雰囲気では無いようだ。
仕方ないので全員で相談し宿に帰ってから夕食をとる事にした。
そしてドアに向かって歩いていると後ろから声をかけられた。
「あの、お兄さん達があの『デザートイーグル』ですか?」
振り向くと6・7歳に見える男の子だった。
「そうだけど、君は?」
「僕はトミーって言います」
「そう、トミー君って言うのね。それでトミー君は私達に何か用があるのかな?」
トミーと名乗った少年にアメリアが優しく語りかける。
「はい、『デザートイーグル』はすごく強いハンターだって聞きました。だからお願いします、僕のお父さんを助けて下さい」
仕方ないので食堂のテーブルに座り話しを聞くと、トミー少年の父親はBランクハンターでありBランクパーティー『鋼鉄の盾』のリーダーでもあるらしい。
その『鋼鉄の盾』が約1ヶ月前にガルガン山の調査依頼を受けて出かけたまま帰ってこないそうだ。
そのためトミー少年はここ2週間ほど、毎日ギルドの食堂に来ては『ガルガン山調査』の依頼を受けて父親を助けてくれるハンターを探していたのだ。
しかしこの依頼はCランクパーティー3組が行方不明になっている上、Bランクに引き上げられたので受けた『鋼鉄の盾』も帰ってこないことから皆敬遠しているのだ。
それでも今日も諦めず依頼を受けてくれるハンターを探しに来たおかげで『デザートイーグル』に出会えたという。
話を聞いて流一はトミー少年に同情はしたが、二つ返事で引き受ける訳には行かなかった。
「話を聞く限り結構危険な依頼みたいだけどどうする?」
当然その場で相談する。
「そうね、まだ何の情報も得られて無いみたいだから、かなり危険な調査にはなるでしょうね」
ユリアナが答えた、ユリアナもやはり同情はしているようで顔が暗い。
「調査なんだから危険なようなら逃げれば良いだけでしょ、良いんじゃ無い?」
あまり物事を深く考えないアメリアの意見である、ある意味幸せな性格だ。
「そうね、困っている人が居れば助けるのが私達のポリシーでしょ」
セリーヌは元でも騎士なので放っては置けないようだ、しかしそんなポリシーはいつできた?
「私も出来れば助けてあげたいです」
エレンは消極的賛成と言うところか。
一同はトミー少年に目を向けた、そこには小刻みに震えながら今にも泣きだしそうになるのを必死に耐える健気な子供の姿があった。
「じゃあ俺たちが行ってくるよ」
流一はトミー少年の頭をポンポンと軽く叩きながら声をかけた。
それを聞いたトミー少年は信じられないという感じで慌てて顔を上げた。
「お姉ちゃん達に任せて」
アメリアも声をかけると抑えてきた感情が一気に吹き出して泣きながらアメリアに抱きついた。
「「「「「「わーーー」」」」」」
それを聞いていた他のハンター達も歓声を上げた。
そして流一はゆっくりと依頼ボードに向かい『ガルガン山の調査依頼』の依頼書を受付へ持って行った。
しかし直ぐには受け付けてもらえない、上位ランクの調査依頼なのでギルドマスターの承認が要るからだ。
受付嬢は直ぐに二階へと消えて行った、しばらくして笑顔で戻ってきた。
その笑顔が物語っている、無事受注出来た事を。
もっとも実績を考慮して判断するのである、他の支部での実績の情報が来ていなかったとしても『叙勲』を受けたパーティーという時点で受付不可になる可能性はほとんど無かったのではあるが。
こうして予定外ではあるが翌日から『ガルガン山』の調査に向かう事になった。




