62 やっと護衛らしくなりました
『デザートイーグル』とルビー公爵一家が到着する10日前の王都サフィーア。
ルビー公爵からの報せを受けたエムロード王は直ちにシュレイン男爵の処遇を決めると捕縛の軍を出した。
そしてルビー公爵への返信の中に王太子ギルスバートからの依頼も入っていた、もちろん『デザートイーグル』を伴った狩りの打診である。
それをいち早く察知した人物がいる、カーレム・ザールクリフ独立派のシャイア公爵である。
シャイア公爵は同じ独立派のロデム公爵と相談し、この狩りを利用した王太子と政敵であるルビー公爵の暗殺を計画する。
両公爵はそれぞれ3組のAランクハンターパーティーを雇ってAランクのトラの魔物の生け捕りを依頼した。そして捕まった二頭のトラの魔物。
次にトラの魔物に人間の味を覚えさせる、魔法使いに人間の肉を美味しいと感じさせる魔法を使わせて(実際は催眠術だが、魔力を使い催眠術をかける相手の周りに暗示にかかりやすい空間を作るのでこの世界では魔法扱いとなる)
こうする事で人間を選択的に襲うようにするのだ。
食べさせる人間も誘拐などしては後が面倒だ、なので処刑されるシュレイン男爵一家の遺体をこっそり手に入れて食べさせた。
公爵という身分はこのような時、実に都合が良い。
そしてルビー公爵一行が狩りに行く日に合わせてトラの魔物を魔物領域へと持って行った。
トラの魔物は薬で眠らせてある、だからこそ『連れて行った』ではなく『持って行った』だ。
もちろんそうしなければ持って行った者達が襲われるから仕方ないという事もあるが。
公爵の家来が去ってしばらくするとそのトラの魔物が目を覚ました、そして獲物を探して魔物領域を彷徨い始める。
しばらくして美味しそうな匂いがトラの魔物の鼻孔をくすぐる、そう、人間の匂いだ。
二頭のトラの魔物はゆっくりとその匂いの方向へと歩き出した。
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流一達はゾンビスネークを収納に収めると体制を変えた、今までは流一もエレンも半径300メートルで索敵していたが、今度は流一が半径1キロで大まかに索敵して、エレンは今まで通り半径300メートルで詳細に索敵するようにしたのだ。
これで強い魔物をさらに早く発見出来る。
体制を変えて進み始めると何故か魔物の反応が減っていった、正確に言うなら前方の魔物が減り後方の魔物は変化なしだ。
索敵半径を1キロにした事で精度が落ちたためではない、それなら後方の魔物の反応もなくなるからだ。
不思議に思っているとその答えがわかる時がやってきた。
1キロ前方やや右寄りに強力な魔物の反応を感知した、しかも2つ。
「また始めての反応ですが今度は強いです。多分Aランクの魔物、しかも二頭」
「馬鹿な、何かの間違いでは無いか?この魔物領域にはBランクまでの魔物しかいないはずだ」
流一の言葉を受けてルビー公爵が答える。
元々あまり無理をしないようにとBランクまでの魔物しかいないこの魔物領域を選んだのだ、選んだ身としてはそうそう信じられない。
「でもこの反応は間違いありません、とりあえず進路を変えましょう」
「わかった、ここはお前たちに任せよう」
半信半疑ではあるが無理をする事も無い、ここは流一の言葉に従う事にした。
「おかしい、向こうも進路を変えたようです。もう一度変えます」
そう言うと流一は再び進路を変えたが、魔物の反応もそれに合わせて再び進路を変えた。
ここではっきりと自分達が狙われていると確信した。
ただ、魔物も僅かな匂いだけを頼りに付いて来ているのでスピードはそう早くない、なので作戦会議を始める。
「どうやら魔物は僕たちが目当てのようです」
「何?どういう事だ?まさか魔物が他の獲物に目もくれず俺たちを目指しているというのか?そんな事があり得るのか?」
魔物がいくら好戦的であるとはいえ野生生物である、近くに手頃な獲物がいれば人間より優先して狩るのが普通だ。
それがわざわざ他の獲物を無視して人間を目指して来るなど考えられなかった。
「あり得るんでしょう。さっきからこちらの行動に合わせて方向を変えてますから。そして距離ももう大分近付きました」
事実流一の索敵では500メートル近くまで近づいていた。
「仕方ありません、倒します」
「えらく簡単に言うな。Aランクの魔物二頭だろ。大丈夫なのか?」
「まー向かって来てくれてるんだから手はあります」
そして流一の指示が終わった頃、遠くに魔物の姿が目視出来た。
「なっ!トラの魔物だと。この魔物領域には居ないはずだ、それが何故?」
いるはずのない魔物の姿に動揺するルビー公爵と王太子ギルスバート。
もっとも魔物が恐ろしくて動揺しているわけではない、森の魔物領域に住むトラが草原の魔物領域にいたからだ。
これは誰かが事故に見せかけて自分達を暗殺しようとしている事だと推測される、しかしそれは良い、国に派閥がある以上暗殺の危険はいつでもある。
問題は王にさえ内密だった情報が敵対派閥に筒抜けだった事だ、その事に動揺したのだ。
「では作戦通りに」
「「「「了解」」」」
「不本意だが仕方ない」
「お前たちの戦いを見ていよう」
「わかりました」
流一の指示に『デザートイーグル』女性陣はハモって応えたが、ギルスバート、ルビー公爵、ミーシャの3人はバラバラに応えた。
ある意味ハモられた方が気持ち悪いから良いのだが。
そして流一、アメリア、ユリアナ、セリーヌの4人は亜空間へと消えた、要するにトイレに行ったわけだ。
エレンはルビー公爵、ギルスバート、ミーシャを伴って50メートルほど後退した。
トラの魔物も獲物を目視するとそれまでとは違い走り出した、予想通りエレン達4人に一直線に向かう。
もちろんその進路上には亜空間に隠れた4人が待ち伏せている。
そしてトラの魔物が流一達の直前まで来た。
「スプライト 」
ビカッ
バリバリバリ
辺り一面を轟音と共に地から湧き上がったいくつもの赤い稲妻が包み込んだ。
その中心にいた二頭のトラの魔物は、死んではいないが完全に痺れて筋肉が硬直している。
「なっ、なんだこの魔法は」
「これが『デザートイーグル』の戦い」
「すごい・・・・・」
今まで見た事はもちろん聞いたことも無い魔法とその威力に驚きを隠せない3人、それぞれ感想を呟いた、いや感想が漏れたと言う表現の方がしっくりくるだろう。
『スプライト 』の影響が去ると4人は亜空間から出て来た、そしてトラの魔物にトドメを刺す。
ユリアナは自分に近い方のトラの眉間を槍で突き刺した、そしてそのトラの首をセリーヌが刎ねた。
もう一方のトラはアメリアが首を刎ねた、流一は今回アメリアに任せてお休み・・・いや周辺警戒をしていた。
流一がトラの魔物を収納に収めてエレン達と合流する。
「やっと護衛らしい事が出来たわね」
「そう言えばそうだね」
セリーヌの言葉に呑気に応える流一。
もっとも呑気なのは仕方ない、別に危険な戦いだった訳では無いし、この国の派閥争いの事など知らないのでこのトラの魔物が暗殺要員だとは思いもしないからだ。
「あっ、皆さんの狩りなのに僕たちばかり戦ってすみません」
ルビー公爵とギルスバートに向かい、頭を掻きながら申し訳なさそうに言う流一。
「あっ、ああ、そう言えばそうだな。い、いやそうじゃなくて護衛がお前たちで良かった」
トラの魔物が暗殺要員と知っているルビー公爵が動揺から立ち直って応えた。
その後は、上手くオオトカゲとヒョウの魔物も見つけ出して狩る事が出来た、もちろんルビー公爵達がである。
今日はかなり魔物領域の奥まで来ているので早めに狩りを切り上げ野営地へ戻る事にした。
「じゃあエレンとアメリア、今日の晩飯は任せた」
「わかった、期待してて」
流一の指示にアメリアが応えると、エレンとアメリアは身体強化を使い猛烈な速さで帰って行った、もちろん皆が戻るまでに晩御飯用の獲物を狩りに行くのだ。
今日は索敵を二段階にしていたため途中で抜け出せなかったので仕方ない。
「「「・・・・・」」」
ルビー公爵、ギルスバート、ミーシャの3人はもう声も出ない。
「では僕たちはゆっくり帰りましょう」
ただしゆっくりとはスピードの事ではなく気持ちの事だ、普通はいつ魔物が襲ってくるか警戒しながら移動しなければならないので嫌でもスピードは遅くなるのだから。
日の入り直後くらいに流一達が野営地へと戻ってきた。
エレンとアメリアはウサギを二羽とホロホロ鳥を一羽狩って来て調理の真っ最中だった。
夕食後、いつものティータイムそろそろこの野営らしく無い野営にルビー公爵達も慣れてきたようだ。
「明日はどうしますか?」
流一が唐突に明日の予定を聞いた、明日は狩りに出ても昼までなので魔物領域の奥地までは行けないからだ。
それを受けてギルスバートとルビー公爵は相談する、そして結論は、
「明日は朝食を食べたら帰ろうと思う」
「わかりました」
サッサと帰る事になった、ルビー公爵とギルスバートはトラの魔物を差し向けたのが誰かを早く調べたかったのだ。
「ところで、お前たちは叙勲式の後は何か予定はあるのか?」
「いえ、まだ考えてません」
「だったら叙勲式の12日後に娘のエルトリアのデビュタントボール、まあ社交界デビューのことなんだが、それがあるから出席してもらえんか?」
「えー?それはちょっと。武器持ちの僕たちがそんな貴族だらけの中に居たら問題があるでしょう」
「構わん構わん。叙勲式だって不問にすると言っただろう。此処には王太子だっているんだ、認められるさ。そうですよね、殿下」
話をいきなり王太子ギルスバートに振った。
「そうだな、後で何か言う者が居れば俺が認めたと言ってやるさ」
「じゃあちょっと相談します」
とは言え全員顔を付き合わせてお茶を飲んでいるのであるからルビー公爵も参加しての相談となる・・・・・つまり断りにくいという事だ。
かくして『デザートイーグル』はルビー公爵の娘エルトリアのデビュタントボールに参加する事になった。
ただし半分護衛として、やはり不問にするとは言われても武器を持つ大義名分は欲しい。
そして半分なのは、完全な護衛だと食事も歓談も出来なくなるからだ。
「では叙勲式後も俺の邸にいるという事で良いか?」
「それなんですが、10日以上何もしないのも暇なのでしばらく出かけて来ても良いですか?」
「それは構わんが、予定は無かったのではないのか?」
「はい、今思いついたんです。この国の南は海に面してますよね。そこに行ってみたいなと思って」
流一はこの世界に来てから食事の事で不満が2つあった、それは米が無い事と新鮮な海の幸が無い事だ、日本人としてはやはり新鮮な海の幸が恋しい。
米はどこで栽培されているかわからないので探すのは大変だが、海の幸は港町に行けば良いだけなので簡単だ。
なので叙勲式の後皆んなと相談して港町に行こうと思っていたのだ。
それを今言ったのは、もし反対されてもエルトリアのデビュタントボールに集まるので1人でも行けると思ったからだ。
「えー?海って何があるの?」
アメリアが聞いてきた、他の3人も同じような反応だ。
4人は海とは無縁の内陸でずっと暮らしていたので海の幸と言ってもピンとこない。
「美味しい魚や貝がある・・・はず」
流石に知らない場所なので断定は出来なかった。
「じゃあ私も行ってみたい」
「あら、それじゃあ私も」
「もちろん私も」
「師匠、私もです」
かくして『デザートイーグル』全員で南の港町まで行く事になった。
「はー、俺も一緒に行って海の幸を堪能したいよ」
かなり感情のこもった一言だ、これから娘のデビュタントやトラの魔物を差し向けた相手の捜査等で忙しくなるのが目に見えているから仕方ない。
「王都では食べられないんですか?」
「ん?お前は王都では食べられないと分かっていて港町に行くんじゃ無いのか?」
「単純に現地で食べるのが一番鮮度が良いからですが?」
「なんだ、偶然だったのか。それなら教えるが、王都は一番近い港町からでも馬で4日はかかる。普通は馬車で一週間、足の速い馬車を使っても5日はかかる。なので王都では海の魚は干物でしか手に入らんのだ」
「そうだったんですか、ならやっぱり港町まで行ってこようと思います」
「新鮮な海の幸か、娘のデビュタントで出せればそれだけで成功間違い無しなんだがなー」
「そんな事でですか?」
「そうだ、そんな事でだ。そもそもデビュタントは娘の社交界での今後が決まる大事なイベントと同時に貴族の実力を示す場でもあるからな。そこへ王都では食べる事の出来ない新鮮な海の幸が出てみろ、それこそ不可能を可能にする力や人脈があると示すようなものだからな」
「なるほどねー、貴族ってやっぱり大変ですね」
やはりと言うべきか、思いっきり他人事のような流一の一言を残し夜は更けていくのだった。




