61 またですか?
「先に紹介しておこう。今回我々と共に狩りに行くギルスバート殿だ」
ここは公爵邸の前庭、これから王都の南西にある魔物領域まで一緒に狩りに行く仲間の紹介である。
流一達は3人と聞いていたので、てっきり前回と同じグリードとミーシャの2人が付いてくると思っていたが、グリードでは無くギルスバートと呼ばれる青年が一緒に行くらしく紹介されたのだ。
金髪碧眼でスリムだがそれなりに鍛えられた身体からは精悍さが伺える、そして公爵から『殿』と付けて呼ばれるからには貴族なのであろう。
「そしてこちらが護衛と狩りの補助をする『デザートイーグル』だ」
公爵から紹介されるとそれぞれ名前を名乗り挨拶した。
「公爵から『デザートイーグル』は収納魔法が使えると聞いているので普段は持たないテントや予備武器なども持って来たけど良かったかな?」
早速ギルスバートから質問が来た、しかしそれに答える前にする事がある。
「その前に、公爵様、これが依頼されていた風呂です」
そう言って風呂のプレートをルビー公爵に渡した。
「おお、もう出来たのか。なら今夜はこれを使って見よう」
ミーシャは今夜も野営で風呂に入れると笑顔である、前回のヘルスコーピオン狩りの時までは、野営の時には風呂どころか水で身体を拭く事も一苦労だったのだから当然だ。
それに対してギルスバートは公爵とミーシャが何を喜んでいるのか見当もつかない顔をしている、もちろん『風呂』と言う言葉は聞こえていたがそれが自分の知る『風呂』と同じだとは思いもしないからだ。
しかし公爵が『今夜使う』と言っているので後でわかるだろうと思い敢えて何も聞かなかった。
「それからこの指輪はトイレです。魔力を流すとトイレに行き、もう一度魔力を流すと戻ってきます」
そう言って今度は3人にそれぞれ指輪を渡した。
「何、トイレとな?そんな物まで持っているのか」
ルビー公爵はそう言うと指輪を嵌めて魔力を流した。
ミーシャとギルスバートも同じく指輪を嵌めて魔力を流す。
3人が戻って来るとウォシュレットの説明をした、この世界には当然ながらウォシュレットなど無いので、説明しなければウォーターの魔方陣を使う事は無いだろうから。
「これは素晴らしいな。ありがとう。ところで、中に絨毯が有ったがあれは何だ?」
「あの絨毯は収納魔法の代わりです。あの絨毯の上に置いた物は指輪と一緒に持ち歩けます。なので、先程ギルスバートさんが言った荷物はその絨毯に乗せて自分で持って下さい」
「本当か?本当に私も収納魔法が使えるのか?」
「いえ、これは収納魔法とは違います。持ち運べるのは絨毯の上の物だけですし、いちいち身体ごと亜空間に行きますから」
興奮気味に質問してきたギルスバートに対し冷静に答える流一。
ルビー公爵とミーシャももちろん喜んでいる。
そしてルビー公爵、ギルスバート、ミーシャの3人がそれぞれ自分の荷物を絨毯の上に置くと魔物領域に向け出発した。
前庭には公爵夫人と3人の子供達が見送りに出ていた。
長男が一緒に行きたそうにしていたのが印象的だったが、それ以上に公爵夫人の機嫌が良かったのが気になった。
狩りに行く話しをしたあの日、あからさまに不機嫌になったので夫婦喧嘩確定と思っていたからだ。
あれから2日しか経っていないのに『嫌々』どころか『しぶしぶ』でも無く『上機嫌』で送り出してくれたのだ、2人の間に何が有ったのか気になるところである。
一行は予定通り2日目の昼過ぎに魔物領域の側に着いた。最初の野営でギルスバートが『風呂』の秘密を知り驚いたのは言うまでも無い、もっとも秘密と言うほどのものでも無かったが。
そしていつも通り馬をアースウォールで囲むと魔物領域へと入って行った。
今回の魔物領域は日本で言う里山のような小さな森が点在する草原だ。
この魔物領域は最高でもBランクの魔物しかいない比較的安全な魔物領域である。
もっとも護衛を『デザートイーグル』だけとして本職を連れて来なかったので、無理をしないようにと選んだ場所ではある。
そのため魔物の素材としてはあまり旨味は無いがこれは公爵や『デザートイーグル』にとってはであり、一般のハンター、特にCランクのハンターにとっては美味しい狩り場となっている。
狩りを始めると直ぐに索敵に反応が有った、今回は公爵一行の狩りの補助と護衛なので反応の場所を公爵に告げた。
「始めての反応なので何の魔物かわかりませんが、あそこの木の側にCランクくらいの魔物がいます。それとそっちの丘(里山の事、里山と言っても通じないと思いこう表現した)の手前にも別のCランクくらいの魔物がいます。後、まばらにウサギの魔物がいますから気を付けて下さい」
「相変わらず良くわかるな。では木の側から行ってみようか」
ルビー公爵がそう言いミーシャと共に木の方に向かった。
「なら僕は丘の方に行きます」
ギルスバートは公爵とは別にもう一方の方へ向かった。
流一達は仕方ないのでエレンとセリーヌがルビー公爵の方へ、流一とアメリアとユリアナの3人がギルスバートの方へと付いて行った。
これならどちらも4人パーティーになるし、どちらにも索敵魔法が使えるからだ。
ルビー公爵の方はムカデの魔物だった、体調1.5メートルほどの大型だがルビー公爵達には大した脅威では無い。
瞬殺とまでは行かないが危なげなく倒した。
ギルスバートの方は穴熊だ、ギルスバートも精悍な見た目通り鍛えられているが、流石にCランクの魔物相手にソロは骨が折れる。
実力的には問題ないが、あまり一頭に時間をかけるのもあれなのでユリアナが槍で牽制して短時間で倒した。
それぞれ倒し終わると、一度合流して次は3人で狩るようにした。
そしてそれに付いていくのはアメリア、ユリアナ、エレンの3人、流一とセリーヌは魔物領域の外に出て夕食用の動物を狩りに行くようにした。
食料は持っているが流一達は現地調達が基本なのだ、そしてそれは公爵一行も望むところだ。
流一とセリーヌは魔物領域から出ると絶影とブーケファロスに跨り索敵しながら魔物領域から遠ざかる。
反応は多いが食用になる動物では無い、それでも15分程でホロホロ鳥を見つけた。
流一がこの世界に来て最初に狩った獲物なので感慨深い、もっとも売り物にならずに自分で食べた苦い思い出ではあるが。
それをセリーヌが弓で仕留めた。
さらに探していると鹿を見つけた、ここの鹿はやはり森の鹿とは少し違う、地球で言うガゼルのような草原を高速で駆ける鹿だ。
なので森の鹿より小柄で肉質が硬く味も落ちるが不味いと言うほどでも無いので問題無い。
これもセリーヌが弓で仕留めてくれた。
取り敢えずの獲物はゲット出来たので野営地に戻って解体しながら公爵一行の帰りを待つ。
ここで流一は少し後悔した、連れて行くのをアメリアにするべきだったと。
セリーヌでは解体はともかく、料理が出来ないからだ。
アメリアならホロホロ鳥は半分唐揚げにしてから半分は香草焼きとかにするか白湯スープのような料理を作っただろうし、鹿は肉質を柔らかくしてから調理しただろう。
しかし今ここにいるのは流一とセリーヌである、流一は料理が出来なくは無い程度だしセリーヌに至っては(あえて言うが)させない方が良い。
かくして今日の料理はホロホロ鳥を全て唐揚げに、鹿は焼き肉にする事にした、いやそれしか出来なかったと言うべきだろう。
夕方、太陽が沈み始める前に公爵一行が帰ってきた。
あの後、Cランクのムカデをもう1匹狩った他はDランク以下の魔物しか狩れなかったそうだ。
夕食後、いつものようにティータイムを楽しんでいる。
「ルビー公爵、ちょっと良いか?」
「どうかされましたか?ギルスバート殿」
「明日の狩りだが、もっと奥の方に行った方が良いと思うのだがどうだろう。今日のようだと手応えが無さすぎて面白く無いのだが」
「そうですな、私もそれが良いと思います」
何気無い会話だが流一には少し違和感があった、ルビー公爵はギルスバートに『殿』と付けている、これは通常身分が同格以下の者に対して付けるものである。
しかしギルスバートが『ルビー公爵』と呼ぶ以上同格の公爵であれば『ギルスバート公爵』と呼ぶはずだ、そうしないと言う事は侯爵以下の身分だと思っていた。
そう思っていたが、先程の会話ではギルスバートは同格の者に対する喋り方、いわゆる『タメ口』で話していたがルビー公爵の方が丁寧な口調だった。
そんな事を考えていると前日のカタリーナ夫人の事を思い出した、何故か上機嫌だったと。
さらにルビー公爵との出会いの時を思い出した事で1つの結論を出した、そしてそれを口にする。
「ギルスバートさんは王族の方ですか?」
キョトンとした顔で流一を見るルビー公爵とギルスバートの2人、驚いた顔の『デザートイーグル』女性陣、それに何故かミーシャも驚いている。
そしてまたもや簡単に認めるルビー公爵。
「またバレたのか?今度はなんでだ?」
そして流一の感じた疑問から推測までを丁寧に説明した。
「流石にまた同じ事をするとは思いませんでしたけどね」
最後に呆れた感じで言った。
「同じじゃないぞ、今回はフルネームを言わなかっただけで偽名は使って無い」
(((((フルネームを言わなきゃ同じだよ)))))
『デザートイーグル』全員の心のツッコミがシンクロした。
「まーバレたなら仕方ない、この方はギルスバート=ブルーム=フォン=エムロード、この国の王太子だ」
「「「「「「王太子!?」」」」」」
今度は『デザートイーグル』にミーシャも揃ってハモッた。
「王太子って、次期国王様じゃ無いですか!そんな人がこんな所に護衛も連れずに来て良かったんですか?」
「問題無い、王太子がここにいるのは秘密だからな。国王さえ知らない」
「えーーー。でも俺達そんな人に対する礼儀や作法とか知りませんよ」
「わかっている、だからそんな事を気にしないように黙っていたんだ」
流一は『いや、絶対面白がってたろ』と心の中でツッコミを入れていた。
「わかりました、後で不敬罪とか言わないで下さいよ」
「もちろんだ。それよりそろそろ風呂にでも入らないか?」
最後はルビー公爵が話をはぐらかすようにして言った。
明けて翌日、前夜話していた通り魔物領域の奥地を目指す事になった。
流一達の索敵魔法のお陰で無駄な戦闘をしなくて済むので進みが早い。
魔物領域に入ってから約1時間、ついにこの魔物領域最強の魔物の一体と交戦だ、とは言えBランクではあるが。
因みにこの魔物領域ではBランクの魔物は3種類いるらしい。
1種類目はアルバート王国で一度戦った事もあるオオトカゲの魔物だ、ここでも存在感を発揮している。
2種類目はヒョウの魔物、雪豹がAランクだったのでちょっと意外だったがギルドの査定したランクなので間違い無いのだろう。
3種類目はヘビの魔物でゾンビスネークと言う名前が付いている。
名前の由来は再生能力こそ無いが、体を切っても切っても直ぐにくっついて回復してしまうところから来ているらしい、なので倒すには頭を潰すのが手っ取り早いらしい。
ただし魔石以外はヘビ皮しか素材にならない上に、その皮も低品質で安いので出会っても狩らないハンターが多いらしい。
その説明を聞いた上で、出会ったのはゾンビスネークだった。
普通ならルビー公爵達も狩らないが、今回初のBランクの魔物と言う事で狩ってみた。
単に弱い魔物相手に飽きていたと言えなくも無いが。
しかしさすがはBランクの魔物である、頭を潰せば良いとわかっているのに潰せない。
頭を潰されないように避ければ体を切られる、中には完全に真っ二つにした攻撃もあった、それでも聞いていた通り直ぐに傷口は塞がるし離れた体も直ぐにくっ付く、恐ろしいほどの回復力だ。
ただいくら回復力が凄くても疲労はするようで、次第に動きが悪くなり最後にはギルスバートから頭を潰された。
「ハア、ハア、流石にBランク相手だと少し疲れたな。ところで君たちならどれくらいで倒せるんだい?」
激戦に息を切らせながらギルスバートが聞いて来た、どうやら『デザートイーグル』の実力が気になるようだ。
「そうですね、まだ周辺に何匹かいるので、今度は俺達が戦ってみましょうか?」
流一とエレンは索敵魔法で周辺に後3匹のゾンビスネークがいるのを確認していた。
儲けにならないと聞いたので無視して進むつもりだったが、そのゾンビスネークを相手に戦ってみる事にした。
「ああ、君たちの実力を見せてくれ」
「俺も見てみたいな、ヘルスコーピオンの時は結局見ていなかったからな」
ギルスバートとルビー公爵にそう言われた。
まず1匹目、ユリアナが槍の穂先でゾンビスネークの首より少し下くらいを刺した。
身体強化を使っているせいもあるが、簡単に刺す事が出来た、そしてそのまま地面に押さえつける。
剣とは違い、槍は暴れても体が切れ無いので逃げて回復と言う手段が取れない。
結局動きを封じられたところでセリーヌから頭を潰された。
2匹目はエレンがサンダーの魔法を使う、全身痺れるので回復など関係ない、こちらはアメリアがトドメを刺した。
3匹目は流一、ソーンコントロールでゾンビスネークの動きを封じて頭を潰した。
森魔法が使える事は秘密だったが、前回アースソナーを使っていたのでついソーンコントロールを使ってしまった。
流一、痛恨の失敗である。
しかしそこに触れられることは無かった、・・・今だけかもしれないが。
「こんなところですね」
「俺達があんなに苦労したゾンビスネークが」
ルビー公爵とギルスバート、それにミーシャも驚きを通り越して呆れ顔だ。
結局3匹倒すのにかかった時間は最初の1匹の3分の1ほど、それもゾンビスネークまでの移動の時間込みなのでそれも仕方ないかもしれない。
それでも公爵一行は気を取り直して狩りを続けるのだった。




