51 Aランクって・・・
時間朝5時、天気快晴、気温マイナス2度、北の風0.7メートル、絶好の狩猟日和である。
『デザートイーグル』+イリアの期間限定特別編成のパーティーが狩りへと出陣する。
向かう先はギルドでもらった地図の中で最も西に位置する目印だ。
理由は前日の会議(にかこつけた談笑)で決まったからだ、流一達が氷河人の街に行く前に起こった新種ブームが未だに続いているため『トリプルトライデント』がほとんど行った事の無い西の端の目印にはハンターがほとんど寄り付いていないという事だったので。
移動時間は通常6時間〜6時間半だが特別編成パーティーは3時間ちょっとで着いた。
イリアは基本的に身体強化が使えないのだが、流一が『身体強化の魔道具』と偽って小袋に入れたスマホを持たせて少しレクチャーする事で身体強化が使えたお陰だ。
『透視』で見るとイリアの戦闘力はセリーヌと同程度だったが魔力量はアメリアやユリアナの2倍ほどあった、尤も魔力量が少ない2人の2倍では大した事はないがそれでも訓練次第では30分以上は身体強化を使って戦えるようになるはずだ。
なので、今まで秘密にしていたがイリアにも魔法が使える事を教える事にして『透視』の結果を伝えた、そして剣の訓練を兼ねて身体強化の訓練もする事にした。
狩りを始めると直ぐにキタキツネの反応があった、見た目はキツネと言うより耳が大きいのでその仲間のフェネックだ・・・首筋にある馬のタテガミのような棘を除けば。
元々敏捷な動物なのに魔物の方なのでさらに動きが早い、しかしだからこそ訓練には丁度良い、なのでさっそくイリアに身体強化で戦ってもらった。
俊敏さが驚異的な為魔物ランクはCだが『デザートイーグル』のメンバーなら1人で瞬殺出来る、イリアも普通なら瞬殺とは行かなくても簡単に勝てる相手だが身体強化の制御がうまく出来ずに苦戦していた。
それでも10分も戦い続ければ慣れてくる、そしてようやく倒した。
「この程度の魔物にこんなに苦戦するとはね」
「身体強化の訓練込みだから初めてにしては良い方だと思うよ」
イリアの反省の弁に流一が答えながらスマホ入りの小袋を返してもらった。
「じゃあこれからが本番だから、エレンよろしく」
流一の言葉でエレンはイリアに『マナチャージ』を使った。
「今日一日しか無いとは言え結構スパルタね」
「愛のムチって言って欲しいな」
「一応愛はあると思って良いのね!そうじゃなきゃ耐えられそうに無いもの」
「家族愛みたいなものだけどね」
「恋愛じゃ無くて残念」
良いムードで話す流一とイリア、だがその時間はすぐに終わった。
「師匠、次来ます。雪狼8」
「取り敢えずいつも通りファイアーウォールで足を止めてくれる?俺は今回日本刀で戦うから援護よろしく」
「了解です」
前は狼6頭でも苦戦したので全員気を引き締めた、が思いの外あっさりと勝てた、武器の性能が上がった事と身体強化を使った成果だ。
もっともイリアだけは少し苦戦した、スマホが無くなったのでキタキツネ戦の時ほど身体強化を使いこなせなかったからだ。
しかし流一からすればたったの2戦で曲がりなりにも身体強化を使いこなしている事に感心している。
「そろそろ12時だけどお昼ご飯にしない?」
「そうね、ところでメニューは?」
「それは、このメンバーの時にしか食べられない物!」
「「「いいわねー」」」
「?」
アメリアの質問に勿体ぶって答える流一、しかしイリア以外にはすぐにわかった、マンモスの魔物の肉だと。
「みんな何かわかったんですか?」
「他の人に知られたらいけない食べ物なんてマンモスの魔物の肉しか無いわよ」
「そう言えば持ってるって言ってたわよね、忘れてたわ。それを私も食べさせてもらえるの?」
「当然じゃないの、パーティーのメンバーじゃ無くてもイリアは私達の仲間なんだから」
セリーヌの言葉に他のメンバーもウンウンと頷いている。
話しも終わりさっそくバーベキューを始める、『デザートイーグル』にとっては2度目の、イリアにとっては初のマンモスの魔物の肉である。
味は牛肉と馬肉の中間くらいで美味しい、特に牛肉でサシと呼ばれる脂部分が赤みの肉と交わると絶妙な味わいとなる。
「すごく美味しい。前にも鹿のハーフ魔獣を食べさせてもらったけどそれに匹敵する味ね」
「そうね、私たちちょっと贅沢し過ぎかも」
セリーヌが冗談気味に言ったが、側から見れば本当に贅沢だろう。
昼食も終わり狩りを再開する、すぐにグリズリーの反応があった、今回はブラックではないし一頭なのでイリアに譲る事にした。
イリアは身体強化3戦目にして既にかなり使いこなしている、なので危なげなく討伐した。
グリズリーの解体が終わった時北西方向から十数頭のヘラジカが全速力で向かって来た、索敵の反応が緑色なので向かって来ているのでは無く何かから逃げているようだ。
ヘラジカを狩るのも悪くないが、今はそれよりもヘラジカを追っていると思われる何かの方が気掛かりだ。
そう思い流一が索敵の範囲を広げて見るとかなり強そうな反応の魔物が1頭向かって来ていた、しかもかなり早い。
「何か俺の知らない強い魔物が向かって来てる」
「じゃあ逃げる?」
「そうしたいけど多分無理、かなり早いから逃げたら背中から襲われる」
「勝てそう?」
「わからない」
流一とアメリアが言い交わしている内に既に視認出来る距離まで接近された。
「あれは、雪豹」
イリアの言葉に戦慄が走る、雪豹はランクAの魔物だからだ、魔物の雪豹は現代の虎くらいの大きさで額に大きな角があり爪が異常に大きく硬くなっている、まだCランクの『デザートイーグル』には荷が重い相手である。
「不味い、急いで戦闘態勢」
急いで戦闘態勢を整える、今回は付け焼き刃だが右前衛をセリーヌとユリアナ、左前衛をアメリアとイリア、中央やや後方に流一、後衛にエレンの布陣で臨んだ。
普通なら戦闘態勢が整う前に雪豹が襲って来る所だが、今回は運良く雪豹が視認出来る距離で1度止まったために間に合った。
もっとも雪豹にしてみれば眼前に予想外に魔力の大きな存在が二つも有ったので用心のために立ち止まったのだ、なので本当は運良くなどでは無い。
しかし相手が非力な人間だとわかると再び全速で向かって来た。
「エレン、足を止めて」
流一の言葉に直ぐに反応するエレン。
「ファイアーウォール」
普段より大きな火の壁が出来たが雪豹の足は止まらない、索敵を使っている流一とエレンだけにはそれがわかった。
「不味い、止まらない。ユリアナ避けて!」
雪豹がユリアナの方へ向かっているとわかった流一が支持を出す、しかし雪豹が見えないユリアナにはどの方向に逃げるべきか分からず躊躇してしまった。
そこへ雪豹が火の壁を物ともせず突き破りユリアナ目掛け飛び掛った。
「ブロー」
流一はすかさず風魔法の『ブロー』を斜め上から雪豹に叩きつけた、地面に足が着いていなければどんなに強い魔物でも踏ん張れないので風の圧力で方向を変えられたら抵抗出来ない。
さらに下向きにも圧力がかかっているので着地のタイミングがズレる、これにより階段を踏み外した時と同じ状況を作り出したのだ、そのお陰で読み通り態勢を立て直すのに時間がかかっているしユリアナも無事だ。
そこへアメリア、ユリアナ、セリーヌ、イリアの4人が一斉に斬りかかるが全てかわされた上に反撃までされた。
攻撃は受けていないが一旦全員離れると今度はエレンがアイスバインドで動きを塞ごうとした、しかし氷の呪縛など雪豹には何の戒めにもならない。
雪豹は今度はエレンの方に向かおうとしたので流一が立ちはだかる、するとすぐさま方向を変えてアメリアの方に向かった、フェイントを使われたのだ。
さすがに魔物がフェイントを使うなど誰も考えてもいなかったので防げなかった、しかしアメリアの戦いのカンと身体強化のお陰で咄嗟に急所を外す事は出来たので致命傷は避けられた。
「イリアさん、アメリアをエレンの所へ。セリーヌとユリアナも運ぶのを手伝って」
流一が支持を出す、そしてその目には覚悟が宿っていた。
流一は単身雪豹に斬りかかった、切る為ではなくアメリアから遠ざけるために。
目論見通り雪豹はアメリアとイリアから離れた、そこへエレンの方へ行かないようセリーヌとユリアナが牽制しながらアメリアの方に移動する。
そして3人でアメリアをエレンの所まで運ぶ、3人なのは運び役1人と護衛2人だからだ、流一が雪豹の相手をするとしても油断すれば弱い所から襲われるのは常識だ。
かといってエレンを呼べば魔物の側で治療する事になりそれも危険だ、なのでアメリアの方を運び流一が雪豹とソロで戦うしかない。
覚悟を決めた流一は静かに闘志を燃やしている、雪豹もそれに気づいたようで、目に見えて流一を警戒しだした。
中学まで心と身体を鍛えて来た剣道、全国大会で強豪と渡り合う実力もあった、それを思い出しながら雪豹を見据えて基本である中段に構えた。
流一は『後の先』が得意だった、つまり相手に先に仕掛けさせて技を繰り出すいわゆる『カウンター』のようなものだ。
なので微動だにせず雪豹の動きを注視する、雪豹もそれがわかったのか動かない。
それでも雪豹が焦れたのか飛びかかるべく足を踏ん張った、その瞬間流一は日本刀を振りかぶると左から右へ斜めに振り下ろした、既に止まれ無い雪豹は前足を少し斬られながらも何とか避けた、再びフェイントをかけようと右に飛ぼうとしたのを流一に読まれたのだ。
雪豹は態勢を崩しながらも直ぐに立て直して今度は正面から飛びかかろうとするが流一が既に元の中段の構えで待ち構えていたのを見て思い止まった。
そしてそのまま真正面から走り込んで来た、流一の中段の構えは綺麗なため左右どちらにも隙が無い、なので切るために振りかぶった隙を着くつもりだったが流一はそれも読んでおり振りかぶらずに鋒を下げた。
さすがに自ら刺さりに来る訳も無く身体を捻って直前で止まった。
「突きー」
雪豹が静止した瞬間を逃さず突きを放った、さすがにこれは避けきれずに雪豹の横腹に傷を負わせた、が浅い。
大型の魔物とは言え四足歩行である、なので体高は1.5メートルほどしか無いので通常の突きと異なり下向きである、なので上向きの突きと違い体重が乗らない、加えて日本刀の特徴であるソリも上向きなら威力が上がるが下向きだと逆に威力が下がる、だからこそ良い攻撃ではあったが傷は浅かったのだ。
ここで初めて流一から動いた、追撃をすべく日本刀を振りかぶったのだ、しかし雪豹もすぐさま日本刀の間合いから離れた。
それを見た流一が再び中段に構えると雪豹はまた正面から向かって来た、同じ攻撃の繰り返しだ、流一は再び鋒を下げたが、今度はその日本刀の峰部分を前足で押さえにかかって来た。
さすがに同じ攻撃だと油断していた流一は日本刀を引き後ずさったが、もう片方の前足で左腕の上部に大きく引っ掻き傷をつけられた。
流一は一旦雪豹と距離を取る、雪豹も焦って追撃したりはしなかった、流一を警戒していればこそだ。
しかしそれが流一には幸いした、その間に傷をヒールで治したのだ。
流一、何気にチートになって来たようだ。
結構な時間が経ちアメリアの怪我も無事治療が済んだ、だが女性陣はその後流一の戦いを見守っていた。
というより見惚れていた、女性陣から見た流一の印象は『かっこいい』では無く『綺麗』だった。
人の感覚は左右対称を美しいと感じるように出来ている。
西洋剣の構えは流れの中の一部と考えられているため静止状態でも半身になっている、それに比べ剣道の構えは背筋を伸ばし敵と正対し剣を中心に構える、そのため左右対称に近いため初めて見た者が『美しい』とか『綺麗』と言う感想を持っても仕方ない。
どちらにしても自分達の置かれた状況も忘れ邪魔をしたく無かったのだ。
傷を癒した流一は構えを脇構えに変えた、脇構えとは右足を引き日本刀を右腰に持っていき剣先を背中の方に隠す構えだ。
本来は刀の長さを隠して間合いを見誤らせるものだが散々戦った相手には今更である、それでもこの構えにしたのは先程のように日本刀を押さえ込まれないようにする事と斬撃の威力を上げるためだ。
振りかぶってから振り下ろすより、同じ時間で長く振り抜ける方が遠心力が強く働くので。
流一が脇構えにしてから動きが止まっていたが再び雪豹が動いた、今度は正面では無く流一から見て左に大きく跳躍した後そこから飛びかかって来た、日本刀が届く前に流一に届くとの判断だろう。
しかし流一はそれこそを待っていた、確かに雪豹の速さなら普通に薙げば斬る前に届いただろう、がそうはならない。
流一は左足を引き雪豹に正対するとそのまま下から上に斬り上げた、これなら最短で雪豹に斬撃が届く。
雪豹がスピードを重視して飛びかかったのも功を奏した、空中では身体を捩るくらいしか避けるすべがない、結果雪豹は腹部を下から斬り裂かれた。
それでも雪豹は流一の肩に傷を負わせなんとか立った、しかし大きく裂かれた腹部からは内臓が飛び出している。
そして流一が肩の傷をヒールで治している間に絶命した。
雪豹の絶命を確認すると流一も膝をついた、かなり消耗したのだろう。
「「「「「すご〜い」」」」」
女性陣が流一の元へと駆け寄って来た、そして流一に抱きつく。
かなり嬉しい、しかし純情高校生はそれと同じくらい恥ずかしい。
「ちょっ、休憩させて」
「良いわよ、ゆっくり休んでて」
そう言って今度は全員雪豹を見に行った。
全員実物を見るのは初めてだ、なので目を輝かせている。
しばらくして復帰した流一は雪豹を収納に収めた、そして帰途に着く事にした。
雪豹は解体しない、と言うより出来ない。
アメリアとユリアナの持っている本にはAランクの魔物の解体方法が書いてないからだ、Cランクの新米ハンターには必要があるとは思わなかったので仕方ない、なのでそのままをギルドに売る事になる、少し安くなるが変な解体をするよりは高いはずだ。
帰りも最初の目印までは身体強化で、その後は普通に歩く事にした、イリアももう完璧に身体強化を使いこなしている、大したものだ。
そして今回はいつもと違い全員で買い取り窓口へと向かった、しばらく街を離れていたのに『デザートイーグル』を覚えているハンターが多く何度も声をかけられた。
しばらくして『デザートイーグル』の順番が来ると今日の収穫を全部出した、勿論周りが騒ぎ始める。
殆どのハンターにとっては初めて見るAランクの魔物『雪豹』が混ざっていたからだ、それも解体していないのでかなり目立つ。
それでも周りを無視して支払いを受ける、ぜんぶで22550マニになった。
イリア邸に着くと今度は分け前で揉める、6人で山分けと言う『デザートイーグル』に対しイリアは剣を貰ったからいらないと言う、結局イリアが端数の2250マニだけ貰うことで折り合った。
そして夜、流一は初めてヨネ子に自慢した、もっとも反応は薄かったが。




