4 異世界だけど地球?
流一は周りの川や森を見てもあまり異世界に居る実感が湧かない、よく見れば地球とは微妙に違うのだがヨネ子とは違い植物や動物についての知識が無いためだ。
とはいえ、これから流一がこの世界で生きて行くためにはどうするべきかを考えないといけない。
唯一の救いはウォーターとファイヤーの魔法が使えるのでサバイバルでは必須の水の確保と火起こしが必要無いことだ。
しかし人間それだけでは生きていけない。
それに現状の把握もまだ出来ていない、この森にどんな生き物が居るのか、危険生物は居るのか、森の外はどうなっているのか、そして最も重要な人間若しくは人間に代わる知的生命体は居るのか等知りたい事は山のようにある。
普通なら絶望に打ちひしがれてもおかしくない所だが、幸か不幸か流一は鈍感であった、不安はあっても異世界に行くという誰も経験出来ないことを経験している自分にワクワクが止まらない。
そこへヨネ子からメールが来た
【流一は野営とか出来るの】
「もちろんできるさ。なにせ昔、お前に会うためにわざわざアメリカくんだりまで行ったのにいきなりボーイスカウトに放り込まれて鍛えられたからな」
流一には嫌な思い出ではあったが今となっては有難い経験だった。
【だって流一は本当の英語の勉強がしたいって言ってたでしょ。だから身体も精神も鍛えられて一石三鳥だったでしょ】
ヨネ子には当然悪気があった、しかしこうして言い訳もしっかり考えているところがヨネ子らしい。
しかし確かにこの時の経験で英語力が一気に上がったのは事実なのでこれ以上は何も言えない、なので話題を変える。
「そういえば、もう夕方だし腹も減ったからさっきの魚でも焼いて食べるよ」
やはり得体が知れなくても食べるつもりだ。
何が流一をそこまでチャレンジャーに駆り立てるのかは分からないがサバイバーとしては正しい判断とも言える。
【分かったわ、でも一応鑑定の魔法で食べられるのを確認するのよ】
ヨネ子はサバイバルも当然プロ級なので自分ならどうするかを基準に考える、そしてそれを基にアドバイスする。
「了解、また何かあったらメールするよ」
素っ気なく返事を返してメールを終えたが、心の中では
『そうか、鑑定の魔法を使えば食べられる物と食べられない物が分かるのか』
とヨネ子のアドバイスに感謝していた。
そして森の中へと枯れ木を集めにいった。
流一の持っていたバックパックには上着・下着の変え以外に銃の予備弾倉と弾が約100発、A4のノートにボールペン2本とシャープペン1本、小さなメモ帳と鉛筆のセット1つ、コンパスと定規のセット、携帯の裁縫セット、切り出しナイフ、寝袋、後はスマホの付属品、そして非常食としてビーフジャーキー・クッキー・チョコレート・飴が入れてある。そしてバックの横にコップを吊るしている。
これは今回の旅行用に用意したのではなく、普段から入れているものばかりだ。
そして非常食はあくまでも非常用なので釣った魚を食べるのである。
さすがに包丁までは持っていないので切り出しナイフでイワナ擬きを捌く、とは言え串を刺して焼き魚にするにはウロコさえ取らず腹を裂いて内臓を取り出すだけなのでそれで十分だ。
調味料も何も無いため塩味さえ付いていないが贅沢が言える状況ではない。
しかしだからこそ気が付いた、塩が無ければ終わりだと。
ただ、運良くというか備えあれば憂いなしというべきか、流一は汗を大量にかいた時用にと普段から塩飴を携行している。
それだけでどれ程持つかは分からないが、少なくとも心には少しばかりの余裕が出来た。
あまり豪華とは言えない食事も終わり一休みした後、ふいに思い付いたようにヨネ子にメールする。
「マーガレット、魔法がもっと使えるようになるにはどうしたら良い?」
流一はまだ使えなかった魔法陣の魔法も使えるようになりたいと思ったのだ、もちろん魔法の使える世界だからという事もあるが、これからの為にもなるべく強くなるべきだと考えたのだ。
すると、少し時間が経った後、
【多分魔力量を上げると良いはず。有効性はわからないけど、先ずは魔力を感じるためには瞑想しなさい。それから魔力量を上げる為には魔力が切れるまで使うのは基本ね。そして魔力操作はイメージ力を鍛えて実践すると良いはずよ】
とアドバイスして来た。
「瞑想と魔力枯渇まで使うのは分かるけど、イメージ力を鍛えて実践て何?って言うか具体的にはどうやるの?」
【例えば『ファイヤー』で火を大きくしたり小さくしたりあちこち移動させたりとか、『アースウォール』で人型みたいな複雑な形の壁を作ったりといったりよ】
「ああ成る程、魔法をイメージ通りに発現させる訓練ってそうやるんだ。ありがとう、早速今からやってみるよ」
そうメールして流一は訓練を開始した。
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流一が魔法が使えるかどうか試している時にヨネ子も魔法について検証していた、そして一部の魔法が使える事が分かった。
そのため次に魔力を上げる為の検証をした。
具体的には先ず瞑想した、その時に魔力を感じる事が出来たが感じただけだった。
次に異世界小説では定番の魔力枯渇をしてみた、小説のように倒れる事は無かったが魔力が上がった実感が無い。
さらに魔力が枯渇した状態なので魔力を集めるイメージをしてみたが何も起こらなかった。
そして再び瞑想すると、魔力が少しずつ回復するのを感じたのでそのままフルに回復するまで瞑想を続けた。
回復が終わると魔力が少し増えたように感じた。
実際のヨネ子の魔力は一度の枯渇でかなり容量が増えている、しかし容量が増えても入れるマナが地球には無い。
スマホから流れてくるマナだけではヨネ子の魔力量を満たせないので、どういう原理か分からないが自然とリミッターのようなものが出来ていた。
そのため魔力が少ししか増えていないように感じたのだ。
もしヨネ子が異世界に行ければリミッターは自然に外れるはずである。
魔力の戻ったヨネ子は、今度は身体強化を使って魔力操作をやってみる、具体的には筋肉をより具体的にピンポイントで強化するようにしてみた。
最初はやはり全体的に大まかな範囲でしか強化出来なかったが、魔力が尽きる直前には筋繊維の束毎に強化出来るまでになっていた。
しかしこれはヨネ子だからである、他の者ではここまで早く操作出来るようにはならない。
そして2回目の魔力枯渇を迎えた頃に流一から『もっといろんな魔法を使いたい』とメールが来たのだ。
なので直ぐにアドバイスする事が出来た。
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アドバイスを受けた流一はその通りに訓練を開始した。
しばらくして魔力が切れる頃には辺りはすっかり暗くなっていて、魚を焼いた後の焚き火だけが煌々と燃えていた。
ふと空を見上げると満月にはチョット早い月が出ていた、月齢で言えば十三夜くらいだろうか。
そして満天の星空にはオリオン座やさそり座が見える。
そして浮かぶ疑問
『あれ?なんで異世界なのに地球と同じ天体が?』
地球の月は、惑星に対しての大きさが大きく自転と公転が同じ為常に同じ面を地球に向けているなどかなり特殊な衛星なので地球以外にあるとは考えられない。
何より日本ではお馴染みの『ウサギの餅つき』模様なのだから違う衛星とは思えない。
さらに地球以外の場所で地球と同じ星座があるなど考えられない。
同じ世界ではあっても地球から見える星座は地球の位置にあるからこそのものだからだ。
それが異世界ならなおさら同じ星座が有るとは思えない。
こんな時はヨネ子である、と言うより既に流一の理解の範疇を超えているので仕方ない。
「マーガレット、ここは本当に異世界なのかな?」
【どうしたの今さら?何があったの?】
「今空を見てるんだけど・・・。月が地球と同じなんだ、それにあんまり星座に詳しく無い俺でも知ってるオリオン座やさそり座があるんだ」
しばらく沈黙が続く、とは言ってもメールなのでヨネ子の返事待ちなだけだが。
およそ10分ほどで返事が来た、ヨネ子にしては長いが質問が質問なので仕方ない。
【もし流一の言った事が本当なら流一は地球に居るわ】
そのメールを見て飛び上がって喜ぶ流一、しかし続けて来た次のメールで希望が打ち砕かれる。
【ただしパラレルワールドの】
「何だよそれ、そんな事があるのかよ」
【私の仮説だと、元々地球にはマナが有ったと思うわ。それが遥か昔に、事件か事故かは分からないけど起きた時にマナの残っている地球と無くなった地球に分岐したのよ】
「で、こっちの世界がマナの有る方でそっちが無い方って事?」
【そうよ、流一が森の中で異世界に気付かなかったのも、進化の過程が同じだからこちらの世界とは微妙な差異しか無くて気付きにくかったからだとすれば納得出来るし】
生物は環境が同じなら同じような形へと変化する、海へと帰った動物がサメとよく似たイルカやクジラへと進化したように、いわゆる適応集中というやつだ。
つまりヨネ子は異世界でも環境は地球と同じなので生物には地球と微妙な差異しか存在しないと考えたのだ。
そしてそれは正しかった。
「はー、見えてる星は同じでも立ってる星は違うって事か」
と溜息交じりに呟くのがやっとの流一だった。
一瞬でも『もしかして帰れるかも』と考えた流一は自分の認識の甘さを反省した。
そして長い長い1日を終え眠りについた。