37 氷河の(かなり)奥地へ
異世界でお金を稼ごうを書き直しました、
ハンターギルドの会議室は会議の規模に応じて使い分けるように大1・中1・小3の計5部屋がある。
ゲイルは流一とユリアナの二人を小部屋の1つに案内し椅子に座らせると自身は流一の対面の椅子に座った。
「改めて、俺はAランクパーティー『トリプルトライデント』のリーダーをしているゲイル=マクマスターと言う。まずは話を聞いてくれてありがとう」
中々丁寧で紳士的な対応である、流石にランクが上がれば貴族や宗教指導者のような有力者とも付き合いが多くなる分荒くれ者的なハンターは少なくなるのであろう。
「僕はCランクパーティー『デザートイーグル』のリーダーで米村流一と言います、こちらは槍士のユリアナです」
流一も相手に合わせて挨拶とユリアナの紹介をした。
ユリアナは流一の紹介に合わせ軽く会釈しただけだ。
ゲイルがAランクパーティーと言ったのは信用を得るためなのだが、流一はそれを付けるのが正式な挨拶くらいにしか思わなかったようだ、なので自分達の紹介にもCランクパーティーと付けた。
ゲイルからすれば格上を強調して話しの主導権を取りたいところであったが流一には通用しなかった。
運良く(?)流一は鈍感だったので。
「早速だが確認させて欲しい、先日二頭のヘラジカを収納魔法から出したというのは君の事で間違いは無いだろうか?」
流一は初日の大型の鹿をカナダのムースに似ていると思っていたが名前もそのままだったようだ、ただし和名で翻訳されているが。
「はい、間違いありません」
「そうか、それは良かった。実は君の収納魔法を見込んで指名依頼を出したいんだが受けてもらえないだろうか?」
『収納魔法を見込んで』とはえらく直球である。
流一はパーティーへの勧誘や依頼の合同受注で利用しようとする者くらいはいると思っていたが、ここまではっきり言われるとむしろ清々しい。
しかしAランクパーティーのしかもリーダーが直接言ってきたという事が少し引っかかった、なので少し探りを入れてみる。
「それは『デザートイーグル』にですか?それとも僕個人にですか?」
「君個人にだ。しかし誤解しないでほしいんだがパーティーに勧誘しようとか利用しようとか言うつもりはないんだ」
流石にパーティーリーダーである、質問1つで流一の思惑を見抜き予防線を張った。
「ではなぜ『収納魔法』が必要なのですか?」
「実は氷河の奥地、ギリギリ1日で往復出来る所で新種の魔物を発見した。しかしその時は狩らずに発見場所の確認だけして戻って来たんだ」
「新種は解体せず持ち帰らないと認めてもらえないんでしたよね、と言う事はかなり大きい魔物だったと言う事ですか?」
流一は鈍感ではあるが割と優秀なのである、なので直ぐに理解した。
「話しが早くて助かる。重さは分からないが体長は君の倍くらいあった、なので狩ってもその時は持って帰れそうに無かったんだ」
「わかりました、では今回だけ特別と言う事ですね」
「そうだ、報酬は新種の認定料も含めた全収入の5分の1でどうだろうか?」
「パーティーは何人で行くんですか?」
「こちらは6人、それに君を加えて7人だ」
「なぜ僕個人への依頼なんですか?」
「こう言っては失礼だが君たちのパーティーはCランクで氷河は初心者だと聞いている、なので俺たちが目的地まで安全に連れて行けるのは君1人がやっとなんだよ」
話の筋は通っているし報酬も7人パーティーで5分の1と悪く無い、しかも新種認定さえされれば収入は最低でも2000マニが確定するので収入も問題ない。
流一としては今回限りの依頼で勧誘されることも無さそうなので受けても良いかなと考えたが1人で決める訳にも行かない、なのでユリアナと相談する。
ユリアナも流一と同じ事を考えていた、なにせ流一1人で最低2000マニの依頼である、しかも今回限りでパーティー崩壊の危機は無い、ユリアナも何も問題を感じなかった。
「今回限りなら良いと思いますよ、他のみんなには私からも説明しますし」
と言ってくれたので依頼を受ける事にした、ただし、個人への依頼なので通常の指名依頼扱いにはならないと言う事だけは了承させられた。
それくらいはランクアップの査定が少し変動するかどうかだけなので気にする必要は無い。
「ありがとう、では早速明日の朝出発で良いだろうか?」
「構いません」
「では明日朝5時に北門の前で合流しよう」
朝5時は『トリプルトライデント』にとっても早い出発だが往復で丸1日かかる場所で戦闘時間も考慮すれば早すぎると言う事も無い時間である。
「わかりました、明日はよろしくお願いします」
流一達は『雪花亭』に帰ると皆んなに事の顛末を報告した。
やはりユリアナと同じ感想を持ったようで喜んで了解してくれた、そして良い機会なので翌日はセリーヌが3人をイリア邸へと連れて行く事になった。
翌朝4時、流一だけ起き出して準備する、パーティーを組んでから始めてのソロ行動である。
しかしあまり緊張はしていない、準備は万端だからだ。
5時ちょっと前に北門に行くと『トリプルトライデント』のメンバーは既に全員揃っていた。
メンバーはリーダーで剣士のゲイル、サブリーダーで魔法使いのクリストフ、剣士のダレス、剣士のエリカ、槍士のクロード、弓士兼回復魔法使いのサブリナの6人だ。
7人は早速出発する、目的地は氷河のかなり奥地なので時間が勿体無い。
とは言え挨拶や情報交換は必要である、なので道中でお互いの自己紹介や情報交換をする。
一通り自己紹介が終わるとクリストフが聞いてきた、
「ところで流一君は武器は何を使っているのかな?収納魔法が使えるからって戦わない訳じゃ無いんだろ」
「僕はナイフを使う事も有りますが基本的には魔法使いです」
「「「「「「えっ?その格好で?」」」」」」
やはり格好で魔法使いでは無いと判断されていたようだ、収納魔法を使っているのだから魔法使いでも不思議は無いと思うのだがそうでは無いらしい。
少し微妙な空気になりながらも一行は順調に進み最初の目印をやり過ごし休憩無しで次の目印を目指す。
ライヒブルクから3時間ちょっと、2つ目の目印の所まで来た所で最初の休憩を取る。
ここの目印は二本の大木で高さ6〜7メートルくらいの所の枝がくっ付いていた、いわゆる連理と呼ばれる現象の木だ、そのくっ付いた枝をやはり目立つように赤く塗装している。
流一はその目印の根元に一等級の低級魔石をそっと隠した。
『トリプルトライデント』は全員カップを持っている、喉が渇いた時周りの雪を溶かして飲むためだ、衛生上良いとは思わないが荷物を少なくするためには仕方ない、何より水は持っていても凍って飲めなくなるからだ。
なので『トリプルトライデント』には2人の火魔法使いがいるのだ、その内の1人がクリストフである。
そして休憩の時に全員がそのカップで水を飲もうとしたので流一が止めた、そして収納から生姜と蟻蜜を出し全員のカップにウォーターでお湯を注ぎ生姜湯をご馳走した。
『トリプルトライデント』の面々はかなり驚いているが流石にAランクパーティーである、その事を詮索はしても聞いて来たりするものはいない。
ハンターの情報はその能力や戦闘力等命に直結するので人に話す事はもちろん聞く事もタブーだからだ。
流一はそれを知っていて能力を披露したと言うこともあるが、行動を共にする仲間がなるべく能力を全開出来るようにしておくのは自身の身の安全のためでもある。
ましてや今日は全く知らない氷河の奥地へと行くのである、なるべくリスクは避けたかったのだ。
休憩の後また1時間ほど歩くと3つ目の目印が見えてきた、ここは大きな柱のような岩だ。
高さは5メートルほどだが他の目印と同じように上半分が赤く塗装されている。
流一はここでも岩の根元付近に魔石を忍ばせたが休憩はせず次の目印を目指した。
4つ目の目印には30分ほどで着いた、ここは先端が鋭く尖った二本の岩と先端が崩れた同じような岩が一つあった、やはり同じように上半分が赤く塗装されている。
ここも流一が魔石を忍ばせるだけで通り過ぎた。
さらに1時間ほどで5つ目の目印に着いた、そこには周りより一回り大きな木があった。
ただし周りの木とは明らかに種類が違う、この木だけ幹がまるで軍隊の迷彩服のような模様で色も赤、緑、黄色の三色あった。
なのでこの目印には赤い塗装はされていない、十分目立つので必要無いからだろう。
どうやら目印はここが最後らしい、そしてここで2度目の休憩を取る。
流一はまた生姜湯を飲ませた、そのお陰かはわからないが全員調子は良いようだ。
そしてここからが重要である、この先は少し行くと何も無い氷原が広がっていて、その先の林が始まる手前に新種が居たそうだ。
距離は約30〜40分くらい、流一の感覚では2〜3キロというところだ。
短い休憩も終わり出発する、長ければ身体が冷えて動きが悪くなるので大して疲れは取れないが仕方ない。
全員それは承知の上でここまで来ているので何も問題無い。
5つ目の目印を出発してからは目印は何も無いので流一はおよそ10分おきに魔石を一個づつ落としていった。
魔石を落としていった理由はもう一つある、どうも天候が怪しくなったように感じたからだ、天気が荒れて視界が悪くなると帰れない危険が増えるので念のためである。
「なんだか天候が荒れそうですよ、急ぎましょう」
流一が注意を促した。
「そうだな、荒れると帰りが面倒だ急ぐとしよう」
ゲイルも同じことを思っていたのだろう、そう答えると皆に戦闘準備を支持して進み始めた。
通常天気が荒れそうな場合は引き返すものだ、氷河でのその手の判断ミスは命に関わる、事実『トリプルトライデント』も今まではそうして来た。
しかし今回ゲイルは、流一を雇っている事と、1度行ったことのある場所なので大丈夫だろうとの判断から強行を決定した。
そうこうしている内に目的地が見えてきた、氷原のため遠くからでも良く見える。
どうやら何かいるのだけは確認出来たので7人はそこからは慎重に歩き始めた。
目視でおよそ50メートルほどまで近付いたところで魔物がおもむろに突進してきた、魔物の方もこちらに気が付いていて近付くのを待っていたのだ。
魔物は現代のセイウチのようである、アザラシのような体に大きく立派な牙が生えている。
こちらの世界との違いは色が白い事くらいだろうか、何も無い氷原にいるので当然と言えば当然の進化だ。
しかし大きさはかなり大きい、ゲイルが流一の倍くらいの体長と言っていたがその通りで3メートルはゆうに超えている。
流一は輸送要員のためと連携が取れない関係で戦闘には参加していない、なので『トリプルトライデント』の戦闘をじっくり観察する。
魔物は予想以上に強いようだ、Aランクのパーティーがかなり苦戦している。
新種のために戦闘スタイルや防御力、弱点など全く分からない状況での戦闘という事もあるがそれを差し引いてもやはり強い。
ゲイルは急ぐとは言っていたがどうやら短期での決着は無理そうだ、なので流一は急遽ヨネ子にメールする事にした。
もし仮に天候が荒れて帰れなくなった場合の対処法を聞いておきたかったのだ。
最悪7人でビバークもあり得ると思っていた。
ヨネ子とのメールが終わっても戦闘はまだ続いている、しかし決着は近そうだ、魔物の動きが目に見えて悪くなっている。
それから約5分ほど、ようやく魔物の動きが止まった、と同時に6人から勝鬨があがった。
「やったー!倒したぞー」
「予想通り新種だー」
「「「「「「うおーーーー」」」」」」
流一は素早く『トリプルトライデント』の元に駆け寄り魔物を収納魔法で収めた。
「余韻に浸っている時間はありません、早く帰りましょう」
と流一が帰りを急かしたが既に遅かった、空は雲が厚くなり急激に気温が下がり始めたのだ。
6人は戦闘の疲れもそのままに5つ目の目印をめがけ歩き始める、流一もそれに続くが直ぐに吹雪で視界が塞がれた。
なので流一は収納からロープを出した、仲間とはぐれないようにだ。
『トリプルトライデント』のみんなは流一の機転に感謝してロープを掴み歩き始める。
しばらくして流一は向かっている方向が違う事に気付いた、先頭のゲイルは方向を確認して歩き始めたが強風に煽られて方向が狂っていたのだ。
流一だけは索敵魔法で置いてきた魔石を確認していたのでそれに気付いた。
「ゲイルさん、方向が違います!そっちではありません」
「何?どうして違うとわかるんだ、何も見えないのに」
当然の疑問だ、そして無闇に流一を信じる事も出来ない、なにせ全員の命がかかっているのだから。
「僕は来る時目印を残して来ました、その方向と違うんです」
「この視界でその目印が分かるのか?」
「大丈夫です、分かります」
普段のゲイルであればそんな言葉は信じない、ゲイルは仮にも氷河に慣れたAランクハンターであり流一は氷河初心者のCランクハンターである、信じろと言う方が無理である。
しかし先導はしていても自信が無い事と流一の言葉は逆に自信に満ちていた事、さらに目印を用意していたという用心深さに賭ける事にした。
「わかった、先頭を代わってくれ」
「はい、交代します」
そう言って流一が先導を始めた、そしてすぐに最初の魔石を見つけ回収した。
その後も順調に魔石を回収し出発から1時間弱で5つ目の目印まで帰って来る事が出来た。
5つ目の目印では方向を確認するだけで直ぐに4つ目の目印を目指した、ここでは休憩する事が出来そうになかったからだ。
そしてそれから約1時間で無事4つ目の目印まで帰り着いた、ここは大きな岩が3つ並んでいるので風を凌げる場所がある。
『トリプルトライデント』は全員かなり疲労している、なので流一はここで長めの休憩を取る事にした。
まずアイスの魔法で氷のブロックを作り四角く囲った、その上に全体に毛皮を貼り付けた板を置いて平らな部分を作りそこへテントを被せた、下からの冷気を遮断し雪を凌ぐためだ。
次に風がテントを飛ばさないように、岩の陰に入りきらない部分をアイスで作った壁でカバーした。
「さあ、ここで少し長めの休憩をしましょう。その前に身体を温めるのでカップを出して下さい」
そう言って三度生姜湯を振る舞った。
長めとは言っても帰りの時間を考えると30分が良いところだ、それでみんながどれほど回復出来るか分からないが氷河でビバークする訳には行かないからだ。
それでも身体を横にして休めた事でかなり回復出来た。
キッチリ30分後、全てを片付けて出発する。
目印の範囲内に来れば慣れた人間が先導する方が良い、なので再び先頭をゲイルが務める事になった。
流一はその後索敵のレンジを300メートルまで下げて警戒していた。
移動中に魔物に襲われる事も多いからだ、事実往路では3度魔物に襲われている、だがAランクのパーティーには大した相手では無かったため進行速度には影響が無かったのだ。
しかし今度は皆疲労している、この天候では魔物も活動していないとは思うが確証は無い、なので襲われた時はなるべく早く魔物の気配を察知して楽に戦闘させてやりたかったのだ。
そして2つ目の目印まで戻って来た時、魔物は襲って来なかったが厚い雲の為に普段より早く周囲が暗くなった。
真っ暗闇の林の中を動き回るのは自殺行為なのだ。
とはいえここでじっとしている訳にも行かない、流一はライトの魔法を使ってゲイルの前を照らした。
「君はダブルだったのか?」
ゲイルが驚いて聞いて来た、もちろん他のハンターの能力を聞くなどマナー違反もいい所だ、ゲイルもそれは重々知っている、しかしそれでもつい聞いてしまうほど驚いたのだ。
巨大な収納魔法の容量に始まり、独自に目印を残す周到さ、荒天になると直ぐにロープを出す機転、いつでも温かい飲み物を出せる魔法の実力、休憩時の知識、そのどれもがAランクと自惚れていた自分を打ちのめした。
そこに追い打ちをかけるように水魔法使いと思っていた流一の火魔法である、思わず聞いてしまったとしても仕方ない。
因みにこの世界では魔法の属性は精霊王と同じ火、水、風、土、森の5つとされライトは火魔法に属すると考えられている。
「まーそんなところです」
流一も流石に全部使えますとは言えなかった、言えば後々問題になりそうだったので。
そしてようやくライヒブルクへと帰り着いた時には『トリプルトライデント』の皆はヘトヘトになっていた。
それでもまだ素材買取所の開いている時間にはギリギリ間に合ったので早速窓口へと向かった。
とは言え今回の獲物は新種である、新種認定はもちろんだが初めての素材なので査定にも時間がかかる。
なので支払いは翌日、その他の素材分と一緒に受け取る事にした。
「今日はお疲れ様、君のお陰で随分助かったよ。支払いは明日受けるから分配も明日になるけどいいかな?」
疲れ切ったゲイルの言葉に了解して流一は『雪花亭』へと帰って行った、道中ずっとヨネ子に感謝して。




