35 氷河に挑戦です
第一種接近遭遇1・2・3書き換えました。
翌日、『デザートイーグル』の面々は少し遅めの朝食を食べていた。
少し遅めとは言ってもそれはライヒブルクではであり、流一達にとっては普段とほとんど変わりない時間ではある。
氷河では野営が困難なため、普通のハンターは朝暗い内に出発し夜暗くなる直前に帰ってくるのが常である。
なるべく遠くで狩りをするためには仕方ない、しかしそれに見合った収入があるのが氷河なのである。
それなのに『デザートイーグル』が遅めの朝食にしたのは1番近い目印の近くで狩りをする予定である事と、初めての氷河なので体調万全で臨みたかったからだ。
そして初氷河に立つと遠くに沢山の木が見える。
氷だけで何も無いと思っていた流一、アメリア、ユリアナ、エレンの4人はちょっと驚いた。
「あれ?氷河って何も無いところなんじゃ無かった?あそこに見えるのは林だよね」
と流一が遠くを指差して言った。
「いえ、『何も』無いではなく『目印になるもの』がほとんど無いんです。だから林や大きな岩もあります、ただ何処へ行っても殆ど同じ景色なので目印が無いと方向が分からなくなるんです」
とセリーヌが教えてくれた。
「じゃああの林のところは地面が土って事?」
流一はロシアのツンドラ地帯をイメージした。
そして靴をスパイクのように加工したのは失敗なのでは?と思った、しかしそれは杞憂に終わる。
「いえ、この氷河は今現在知られている範囲の地面は全て氷です。厚さは測った者が居ないのでわかりませんが、木も岩もこの氷を突き抜けて出てきています」
とセリーヌから説明された、やはり元の世界とは違うと言う事だ、それにどうやら昨日のイリアはセリーヌが知っている事は説明しなかったのだろう、流一にもエレンにも初耳である。
とりあえず疑問は解決したのでさっそく目印に向け歩き出す、方向はライヒブルクの真北、距離は徒歩約2時間である。
予定通り約2時間で目印に到着した、そこにあったのはインディアンの作るトーテムポールのような高さ約5メートルほどの巨大な木のオブジェだった。
この目印だけはライヒブルクの場所をよりわかりやすくするために人為的に建てられたものだ、なので正確にライヒブルクの真北にあったのだ。
さっそく林へ入ると、流一達は狩りの前に目印がどの程度見えるか確認した。
すると300メートル程離れても木が邪魔でで見えにくいものの、地面とは違い氷は起伏が少ないためしっかりと確認出来た。
そのためこれからは目印から半径300メートル以内で狩りをする事にした。
そしてさっそく流一が探索魔法を使う。
いくらか反応があるが殆どの反応の側には他のハンターが居る、予想通り1番近い目印だけに人が多い。
もっともハンターは多いが皆流一達と同じように新人か氷河初心者のハンターばかりである、つまり皆氷河に慣れるためにこの場所を選んで来ているのだ。
なのであまり狩れている様子が無い、獲物の反応がハンターの数に比して減らないのだ。
あまり狩れない理由はもう一つある、それはどうやらこの場所は魔物領域では無いらしいという事だ。
相手が魔物であれば殆どの場合向かって来てくれるので慣れてはいなくてももう少し狩れるはずである、しかし獲物の反応を見る限りハンターから逃げようとする物ばかりだからだ。
そうこうしている内にこちらに向かって大型の獲物が走って来る反応があった、他のハンターから逃げて来ているのであろう。
「皆んな、3時の方向、多分大型の鹿が来る。戦闘態勢」
流一が小声で皆んなに伝えると戦闘態勢に入った、するとすぐに流一が言った通り大型の鹿がやって来た。
初めての氷河での戦いではあったが、来ると分かって迎え撃っているので難なく倒す事が出来た。
予想通り魔物では無い、しかしカナダのムースに似た大型の鹿は1頭でも5人パーティーなら十分な収入になる。
普通のパーティーならここでもう帰るところである、これだけで十分な収入になる事もあるが、これだけ大物になるとライヒブルクまで運ぶのが一苦労だからだ。
これが魔物であれば解体して魔石と素材だけにして狩りを続ける事も出来る、しかし動物なのでそのまま持って帰って食肉として売るしか無いので帰らざるを得ないのだ。
だが血抜きはしない、俗に言う血生臭いとは血の匂いが肉に付くのではなく血の中で細菌が繁殖し酸化する事で起こるのだ、なので倒した動物の体温を細菌が繁殖しにくい25度以下まで下げてやれば血抜きの必要が無いが氷河なら何もしなくてもすぐにそれ以外まで体温が下がるため無理にする必要がないのだ。
しかし『デザートイーグル』には収納魔法が有る、なので流一が収納してこのまま狩りを続けることが出来るのだ。
もっとも血抜きは行う、丈夫そうな枝を見つけて鹿を吊るして喉の所を切るのだ。
これは収納魔法が使える事は知られた方が後々面倒が少ないが、その性能は知られるとまずいためだ。
普通の収納魔法は時間経過が同じなので血抜きをしていない場合は血生臭くなる、なのでそれを誤魔化すためには必要だからだ。
流一が鹿を収納した後、今度はエレンが索敵魔法を使う。
流一の場合は半径約500メートルの範囲で索敵可能だが普段からより詳細にわかるよう300メートルほどで使っているため大型の鹿だと特定できた、これは流一の能力というより魔法陣のおかげが大きい。
しかしエレンの場合は魔力量は流一より大きくなったが魔法陣の力を使えない分威力は流一よりやや弱い、それでも半径約300メートルほどで索敵できる。
すると北の方から一つの反応が有った、今度はゆっくりと近づいて来る。
「12時の方向、何か来ます」
今度は速度が遅かったので戦闘態勢と発しない。
前はこの後流一が索敵魔法で詳細を調べて指示を出していたが最近はそれをしなくなった。
なので今回もエレンに任せたままだ。
「距離300メートル、動きが遅いので100メートル程進んで木の陰で待ち伏せします」
今日は普段通りの弱い北風のため『デザートイーグル』は獲物の風下に居る、なので待ち伏せなら確実に仕留められるとの計算の上での指示だ。
「「「「了解」」」」
皆もそれが分かって居るので反対するものはいない、なので音を立てないよう慎重に前進して木の陰に隠れた。
距離は双方の移動により約170メートルまで縮まった。それから待つ事約10分、思いのほか時間をかけて大型の鹿がやって来た。
「アイスバインド」
エレンが魔法をかける。
『アイスバインド』とは氷で獲物の足を包んで動けなくするエレンのオリジナル魔法である、もっとも氷河での狩りに向けて流一と共に編み出したものなのでオリジナルとは言うが一応流一も使える。
しかしここで思いがけずユリアナが出遅れた、狩りとしてはアメリアとセリーヌの2人で倒したので問題は無かったが何故かユリアナの動きが悪かった。
その原因に流一だけが気が付いた、要するに10分近く氷河の中でじっとしていた為凍えたのだ。
流一以外は当のユリアナ含め全員分からなかった、皆南の国出身で雪や氷河を見るのもセリーヌ以外は初めてである、なので寒さで動きが鈍くなるという経験も知識も無かったのだ。
とりあえず再び血抜きをして流一の収納に収めると、今日は帰る事にした。
1頭でも十分な収入になる鹿を2頭も狩ったのだから皆笑顔だ。
帰りの道中、流一はユリアナが動けなかった理由を皆んなに説明した。
それを聞き、皆は氷河では野営は困難という意味を身をもって体験した気分になった。
そしてエレンには100メートル前進の指示を褒めた、事実その距離を縮めず待ち伏せしていれば他のメンバーも凍えていたかもしれないのだからいい判断だったと言えるだろう。
なので他のメンバーもエレンを褒めた。
ライヒブルクに着くとさっそくハンターギルドへと向かった。
通常ハンターギルドの素材買取所は17時半までだが、ライヒブルクの場合は暗くなってから帰ってくるパーティーも多いので素材買取所は19時まで受け付けている。
流一達は初日という事もあり、無理せず帰ってきたのでまだ時間は16時だ。
ライヒブルクはハンターが多く集まる場所なので素材買取所の窓口は12箇所もある。
それでもかなり並んでおり、流一達も1番少なそうな列に並んだがそれでも前に8人もいる。
なので素材の売り渡しは流一とユリアナが行い後の3人は『雪花亭』に帰って休む事にした、流一だけでも良いのだがユリアナはパーティーの金庫番的な役割なので残る事にしたのだ。
列に並んでいると前後のハンターが不思議そうに見ていたが、その内の1人の男が聞いてきた。
「なあにーちゃん、さっきのねーちゃん達は帰るって言ってなかったかい?」
「はい、今日は初めての氷河での狩りだったんで疲れてると思って帰しました」
「じゃあ獲物はどこにあるんだ?2人とも何も持って無えじゃねーか」
「ああ、獲物は俺が持ってます。俺は収納魔法が使えるので」
「なんだと、収納魔法だと!で今日は何が取れたんだ?」
男は驚きはしたが大声までは出さなかった、とはいえ周りには聞こえていたのでザワザワとしだした。
「はい、大型の鹿が2頭です」
「なっ!大型の鹿が2頭だと!」
男は驚きすぎてもう声が出ない、逆に周りのざわつきは大きくなった。
流一は収納魔法が使える事を隠す気は無かったが、それでもここまであからさまにざわつかれると覚悟はしていても居心地が悪い。
それほどハンターにとって収納魔法持ちとは珍しいと共に羨望の的なのだ。
結局流一達の番が来た時にはかなり人が増えていた、買い取りの終わったハンターも流一の収納魔法が見たくてその場に残っていたからだ。
そして取り出される目見当でも600キロはあろう大型の鹿。
「「「「「「「「おおお」」」」」」」」
周りから感嘆の声が漏れる。
さらに同じくらいの大きさの鹿がもう1頭取り出されると
「「「「「「「「おおおおおおおおお」」」」」」」」」
と一際大きく声が上がった、その後、
「あれ?あの鹿血抜きして無えか?馬鹿じゃ無えの」
外野からそんな声が聞こえた。
「馬鹿はお前だ!収納魔法に入れると冷え無えから血抜きし無えと血生臭くなるんだよ」
「いくら収納魔法が珍しいからってそれくらいは知っとけよ」
と別の外野のハンター達に嗜められると周りが笑い声に満たされた。
しかし流一だけは馬鹿な事を言ったハンターに感謝していた、それが無ければ色々言って来たり勧誘して来たりするハンターがいただろうから。
そして流一とユリアナの2人は売却代金7000マニを受け取って『雪花亭』へと帰って行った、羨ましそうなハンター達の視線を浴びながら。




