29 盗賊に襲われました
一応オークでの練習は終えて先へと進む。
そしてその二日後、今度は別の魔物領域でコボルトを相手に練習した。
コボルトは二足歩行を始めた狼から進化した魔物で、オークと違い体型も人間に近いため防具を身に付けている個体も居る。
なのでオークよりも練習になる。
流一はコボルトも難無く殺す事が出来た。
因みに人型の魔物はオーガ以外通常の魔物のような収入にはならない。
肉にもならなければ素材としても使えないのだ。
しかしそれぞれの討伐証明部位をハンターギルドに持って行けばそれなりの金額で買い取ってもらえる。
もし武器や防具を持っていればそれも換金出来る。
これは討伐しなければ増えすぎて集団暴走、いわゆるスタンピードを起こし周辺の村や町に大きな被害が出るためだ。
なので資金はそれぞれの領主が負担している。
だからといって駆逐まではしない事になっている。
約1000年前に何度か駆逐しようとしたが、その度に逃げ延びた個体が魔物領域外で繁殖してしまい、その駆逐に多大な人的、経済的被害を被ったためにそうなったらしい。
そして討伐証明部位は収納魔法が無くても大量に持ち運べるのでハンターには人気の狩猟対象である。
おかげでここ1000年近くスタンピードが起こっていない。
ただし、人型の魔物は総じて身体能力が高く、わずかとはいえ知恵もあり集団行動が基本なので数の差で対処出来ずに全滅するパーティーも少なくないという現実もある。
しかし『デザートイーグル』は流一の索敵魔法によりそのリスクを回避出来るので人型の魔物で練習が出来たのだ。
コボルトとの練習を終えた一行はさらに北に向かう。
そして四日後、とうとう人間と戦う事になる。
これは別に予定していたわけではない、つまり盗賊に襲われたのだ。
『デザートイーグル』は一目でハンターのパーティーと分かる格好をしているため盗賊に襲われる事は滅多に無い。
それは、盗賊になるような者はハンターとしてもやって行けない半端者がほとんどなので現役のハンターには敵わないという認識がある事と、ハンターは基本的に金目の物を持っていないので危険の割に収入が少ない、つまり割に合わないためだ。
同じハンターと戦うなら商隊の護衛と戦った方が実入りが良いので当然だ。
しかし、危険に見合った収入が見込めればこの限りでは無い。
『デザートイーグル』は客観的に見ても美女が4人もいるパーティーである、つまり今回の盗賊は奴隷商人と繋がりが有り、女性陣を高額で取引出来る見込みがあるので襲ってきたのだ。
人数は8人、人数的に優位にある事と大怪我をさせると商品価値が下がるため奇襲のような事はせず堂々と出てきた。
男1人、女4人の編成のため男8人の自分達の方が強いと舐めている事も堂々と出てきた理由の一つだ。
『デザートイーグル』のみんなはもちろん盗賊の思惑など先刻承知である、なので襲われても全く慌てていない。
しかも囲まれてさえいないので普通に戦闘態勢をとる。
相手は見た感じ魔法使い0、弓士1、剣士7とえらくバランスが悪い、もっとも食い詰め者の寄せ集めなのでバランスなど考えてはいないので当然ではあるが。
それでもハンターを襲おうと言うのだ、それなりに腕に覚えがあるはずなので油断は出来ない。
「大人しく武器を捨てて投降しろ、そうすれば命までは取らん」
盗賊の頭目と思われる男が言ってきた。
もちろんそんな言葉を信じる訳はない。
それどころかアメリアは盗賊を挑発する。
「あなた馬鹿なの?そんなの信じる訳はないでしょ。その程度の頭だから盗賊にしかなれないのよ」
ユリアナとセリーヌは当然と言う顔で盗賊を睨んでいるがエレンと流一はちょっと引き気味である。
「なんだとー、どうやら身体に教えねえとわからねえようだな。野郎どもかかれ」
いかにも小物らしいお決まりの台詞でアメリアの思惑通り(?)に襲ってきた。
頭目以外の剣士6人が向かって来る。
そこへ定石通りエレンがアイスジャベリンを放ち足止めをする。
「なっ、無詠唱だと。剣士と槍士は1人づつで足止めして先に男と魔法使いをやれ」
「「「「「「おう」」」」」」
頭目の言葉に部下達が答える。
そして弓士が次の魔法が打たれないようにエレンに向け矢を放った。
それと同時に頭目も突っ込んで来る。
剣士の6人はそれなりに連携が取れるようで、声もかけずにそれぞれの目標を決めて攻撃して来た。
「ガキーン」
「カキーン」
「ガキーン」
アメリア、ユリアナ、セリーヌがそれぞれ1人づつの剣を止めた。
そして3人の盗賊がその脇を抜けて流一とエレンに迫る。
「エレン!流砂で動きを封じて」
「流砂!」
流一の言葉にエレンがすぐさま反応し魔法を放つと3人の盗賊は砂に足が埋まり動けなくなった。
流一はいくら訓練したといっても、また非殺傷の魔法であっても本当の対人戦闘になって躊躇してしまったのだ。
なので自分では魔法を使わずエレンに指示した。
だがそれと同時にエレンへと放たれた矢は流一が『ブロー』で方向を逸らせた。
次に流一の目に飛び込んできたのはアメリアの危機である。
最も前線に居たアメリアに頭目が襲い掛かろうとしていたのだ。
アメリアもそれは分かっていたが相手の剣士1人を相手にするのに手一杯のため何も出来なかった。
「ウィンドカッター」
咄嗟に流一が風魔法を唱える、すると
『ドサリ』
と頭目の首が地面に転がり落ち身体が崩れ落ちた。
「おかしらー!」
後ろに居た為唯一それを見ていた弓士が大声で叫ぶと、全員が音のした方を見た。
「「「「「「なっ!」」」」」」
そして怯む6人の剣士。
もちろんアメリア、ユリアナ、セリーヌの3人はその機を見逃さない、
『ザシュ』
『ドシュ』
『ザシュ』
ほぼ同時にそれぞれの足止めをしていた盗賊を倒した。
そしてエレンの流砂で身動き出来ずにいた3人に向かうと3人共斬り殺した。
それを見ていた弓士は急いで逃げようと背を向けたが、エレンのウィンドカッターにより首を飛ばされた。
通常盗賊は殺さずに済むなら殺さない、それは殺せば賞金首でもなければ収入にならないが、生きていれば犯罪奴隷として売れ、売り上げの5〜6割を報酬として受け取れるからだ。
しかし今回の様なケースでは、連れて帰るまでに逃げられたり襲われたりするリスクが高いため殺したのだ。
戦闘終了後、
「ウゲー、ゲー、ゲエエエエ」
流一は吐いていた。
女性陣4人はそれを静かに見守っている。
馬鹿にする者はいない、何故なら自分達も初めて人を殺した時に同じ状態だったからだ。
その苦しみがわかるからこそ流一が自分から立ち上がるのを待っていた。
この世界の人間でもそうなのだ、いくら練習をしたといってもやはり現代日本人のメンタルでは『人殺し』は耐え難い禁忌なのだ。
結局この日は流一が立ち直ると近場で野営する事にした。
立ち直るといっても今まで通りとはいかない、明らかに憔悴している。
野営の道具が全て流一の収納に入っているので、野営地まで移動し道具を出せるまでは回復したという程度だ。
その日も当然流一は飯が喉を通らない、なので流一には早めに休んでもらい見張りからも外した。
「どうしたの流一?」
夜中、見張り中のセリーヌがテントから出てきた流一に尋ねる。
「ちょっと知恵の魔法を使おうかと思って」
そう言って近くの木の影へと向かった。
セリーヌはただ黙って行かせるしか出来なかった。
「マーガレット、俺、人を殺した。この手で人を殺した。う・う・う・ううう」
声を押し殺すように泣き出した。
【そう、どういう状況だったの?】
ヨネ子の質問に泣きながらも詳しく説明した。
【わかったわ、ならそんなに気にする事はないわ、あなたは正しい事をしたのよ。立派だわ】
「何を言ってるんだ、俺は人を殺したんだぞ。俺は人殺しなんだ」
【確かに人を殺したかもしれないけどそれはそっちの世界では犯罪ではないでしょ。それにあなたは仲間を護ったのよ。それこそが重要なんじゃないの】
「そうだよ、俺は仲間を、アメリアを護ったんだ。でもだからって本当に殺す必要があったのか」
【あなたは自分が神にでもなったとでも思ってるの?】
「なんだよ、どういう意味だよ」
【あなたはさっきから人殺し、人殺しって言ってるけど動物や魔物を殺す事はどう思ってるの?生きているのは人だけじゃ無いのよ、動物も昆虫も植物も、それに魔物だってたった一つの命で生きているのよ。その命を奪う事をどう思ってるの?それらの命と人間の命に差をつけられるほどあなたは優れた存在なの?】
「・・・・・・・・」
流一は何も言えなかった、考えた事など無いのだから当然だ。
【良い?流一、人も動物も皆生きるためには他の命を犠牲にしなければならないの。一つの命は他の沢山の命の犠牲の上に成り立っているの。だからこそ命を奪うという行為には善悪なんて無いの。大切なのは命を無駄にしない事、粗末に扱わない事よ。動物を狩るのは食べるため、魔物を狩るのは生きるのに必要な資金を稼ぐため、決して殺すのが楽しいからでは無いでしょ。今回はたまたま流一と仲間達が生きるのに必要な犠牲が人間だったというだけよ。分かった?動物も植物も魔物も人間も命に差なんて無いの、生きるのに必要なら奪う、必要無いなら奪わないそれだけよ】
「なら自殺すれば良いのか?そうしなければ命を奪い続けると?」
【それは違うわ、自殺こそもっとも命を無駄にした行為よ。だって生きるために奪う命では無いんだから】
「でも・・・苦しいんだ、どうしていいかわからないんだ」
【ならあなた日本人なんだから食事の度に『いただきます』を言うようにしなさい。元々『いただきます』は食材となった命に感謝するものよ、自分のために犠牲になった命に感謝し、無駄にしない事を誓うのには丁度良いわ。そして実際に命を無駄にはしないようにね。贖罪にはならないけど生きるための決意にはなるわ】
「分かった、そうする。確かに俺は人とそれ以外の命を差別してたんだな・・・今日はありがとう」
スッキリしたわけでは無いが、もう暗い顔では無くなっていた。
翌朝、
「いただきます」
早速ヨネ子に言われた事を実践した。




