2 ここってもしかして異世界?
流一はヨネ子に言われた通り川が有ると思われる方へと歩いていた。
右も左もわからない森の中だが取り敢えず水音という手掛かりがあるのは有難い。
その頃ヨネ子は、流一が近くには居ない事が分かったので案内人と護衛の二人にホテルに帰ると告げた。
案内人と護衛の2人はスマホのやり取りを見て流一と話しているのは分かったようだが内容までは分からない、日本語でのやり取りなので当然だ、もし日本語が出来る頭があれば他にいい職はいくらでも有る。
なので流一はまだ近くに居ると思っている。
しかしヨネ子から『もう近くには居ない』と聞かされると3人共に下卑た笑いを浮かべた、何を考えているか丸わかりである。
もちろんそんな顔を見逃すヨネ子ではない、なのでヨネ子もあからさまに不機嫌な顔をした。
そして案内人が言う
「この奥にまだ誰も知らない空間が在るんだが行ってみないか?流一はそこに居るかも」
「だから流一は近くには居ないと言ったでしょ、さっさとホテルに帰るわよ」
不機嫌な顔から無表情へと変わる。
普通の人間ならヨネ子のあからさまな変化に幾分は動揺するものであるが、案内人も護衛の二人もそれが無い。
3人ともヨネ子の年齢と見た目から完全に舐めてかかっている、それでなくても男3対女1である負けると思う方がおかしい。
しかし一番の理由はヨネ子が既に3人共殺すと決めていたからだ。
なので3人を逃がさないために敢えて殺気を抑えている。
いくら有利な状況とはいえ、現役のそれも一流の暗殺者が本気で殺気を放てば雑魚は逃げ出すのが通常であり、ヨネ子もその事は十分分かっているのだから。
そして自分たちが既に虎の尾を踏んでいるとは気付いていない男達は行動をエスカレートさせる。
「そう言うなよ、お前も兄貴が心配だろう?奥に探しに行こうぜ」
護衛の1人が流一の事を心配する言葉を吐くが行動が伴っていない。
銃口をヨネ子に向けトリガーには指が掛けられているのだ。
ヨネ子は仕方ないという感じで案内人に付いて奥まで行く、実際は誰にも気付かれずに殺せるところまで案内してくれてありがたいと思っているのだが。
そして三人がやっと本性を現した、もっともヨネ子には既にバレバレではある。
「兄貴が居なくなって心細いだろう?俺たちがしっかり守ってやるからな。そのかわりに俺たちを楽しませてくれよ」
いやらしい笑いを浮かべながら護衛の一人が言う、もちろん銃口はずっとヨネ子の方に向いたままだ。
「一度だけ警告してあげる。このまま大人しくホテルに帰らないのなら私は一人で帰ることにするわ」
通常暗殺者は警告などしない、と言うより余計なお喋り自体しない、これは暗殺者としては生きないと決めたヨネ子の拘りでしか無い。
もっともただの拘りで言っただけなので、大人しくした所で殺す事には変わりない。
ヨネ子はそっと暗器に手をかけながら無表情で3人に神経を集中させている。
「そうか、ならお楽しみの後は俺たちだけで帰・・・」
言い終わらないうちにヨネ子のワイヤーソーが首を落とした、もちろんヨネ子に銃口を向けていた護衛だ。
ヨネ子の恐ろしさはその腕だけでは無い、殺す前はもちろん殺す瞬間でさえ全く殺気を放たない事も恐ろしいのだ。
何故なら、殺気を感じれば近くに居る者は反射や本能で逃げ出す事も出来るがそれが無いからだ。
「「えっ!!」」
案の定、残りの2人も驚いて呆然としているだけで逃げ出すどころか戦う素ぶりさえない。
案内人は分からないが、護衛は当然ながら軍隊経験者であり戦闘経験もある。
それでありながら危機感を感じていないのだ。
そしてヨネ子はもう一人の護衛にゆっくり近付く、現状認識の出来ていない相手に急接近はしない、すれば反射的に構えたり逃げたりするからだ。
しかし射程内に捉えれば早い、二つ目の首も本人が正気を取り戻す前にワイヤーソーで切り落とされた。
残りは1人。
「ま、待ってくれ。助けてくれ。俺はそこの二人に騙されただけだ。俺は何もする気は無かった」
案内人は既に腰が抜けてその場で尻もちをつき動けなかった。
ヨネ子はもちろんその事に気が付いていたので慌てることは無い。
「私は一人で帰ると言ったはずよ」
最後はそれまでと違い殺気を放ちながら言った。
案内人はその殺気に当てられ声さえ出せない、そして脳内を激しい後悔が占める。
しかしそれも長くは続かない、直ぐに案内人の首も地面へと転がったからだ。
そして宣言どおりヨネ子は一人でホテルへと帰って行った。
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川に着いた流一は早速サバイバルナイフの柄から備え付けの釣り道具を取り出し釣りを始める。
餌は浅瀬の石をひっくり返して捕まえた小さな虫の幼虫。
今まで見たことも無い虫だったが、自分は知らない国に居ると思っているので全く気にしていない。
それよりは餌になる虫がいたことに喜んでいる。
そして第1投、直ぐに大きな引きがあった、そして20センチくらいの魚が釣れた。
流一はその魚を見て少し違和感を覚えた、なぜならその魚は日本のイワナに似た頭と体色だが、背ビレがバショウカジキのような形で尻ビレが2つある上に腹部がスカイブルーと今まで一度も見たことも聞いたこともない魚だったからだ。
それでもこの一匹なら奇形とも考えられるのでもう少し釣ってみることにした。
もう一度浅瀬の石の下から餌となる虫を捕まえると再び釣りを始める。
結局都合三匹釣り上げた、そして釣れた魚はどれも同じ特徴を持っていた。
それにしてもここは魚影が濃い上に魚がスレていない、流一が釣り師だったら魚を釣り尽くすまで居座ったかもしれないと思うほど。
釣り師に目覚めそうな気持ちは一先ず封印して、これは自分の知らない魚なのだろうと勝手に納得して写真を撮りヨネ子にメールした。
「ヨネ子ー、こんな魚が釣れたけどこれで大体の場所がわかる?」
との文を付けて。
しかしいつまでたっても返事が来ない、しばらくして流一は重要なことに気が付き慌てる。
『しまったー!ヨネ子って言ってしまったー!』と。
そして、
「マーガレット、さっきはゴメン。取り乱してて名前を間違えた。もし怒ってたら機嫌を直して俺が今どこにいるか教えてくれ」
と送り直した。
普通に聞いたら絶対に機嫌が良くなるとは思えないデリカシーのかけらも無い言い方だがそれが流一という人物だ。
もっとも流一にとってヨネ子は妹ヨネ子である、何故ヨネ子が『マーガレット』の名前に拘るのかわからないので中々慣れないのだ。
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ヨネ子は暗殺者としてあらゆるジャンルの知識を持っている。
もちろん現在地を知るために既知の生物の大部分、特に地域の固有種はそのほとんどを覚えていたが、それでも見たことも聞いたこともない魚の写真が送られてきて驚いた。
写真を見てヨネ子が最初に思った事、それは『これは地球の魚?』であった。
そして直感的にこれは調べても分からないと思った。
こんな時は原点に立ち返ることが重要である。
ヨネ子は流一からのメールに返信することにした、もちろんマーガレットと言わなかった事に怒ってはいたが。
「名前を間違ったことは許してあげる。でもあの魚は私も初めて見るもので、そこがどこか特定できなかったの。それで、流一が光りに包まれてから森の中で気がつくまでに何があったか知りたいんだけど?」
ヨネ子はヨルダン川西岸から見知らぬ森の中までに一瞬で行ったとは思えなかった、その二地点の距離を移動するには短くてもタイムラグが有ると考えた、その時間に流一が何か見たり聞いたりした物がないか知りたかったのだ。
【えっ、ヨ・・マーガレットでも見たことがない魚だったとは】
ヨネ子と言いかけたことに少しイラっとしたが続きを待っていると。
【あの後、光が消えたら魔法陣と知らない文字の書かれた石柱が沢山ある別の洞窟みたいな場所に飛ばされていたんだ。それで、その石柱の写真を全部撮ったらまた光に包まれて次に森の中に居たんだ】
「えっ!あの後すぐに森の中にいたんじゃなかったの?」
初めて聞く事実に驚いている。
流石に臨死体験者のような花畑やラノベによく出てくる神様的存在はあり得なかったが、別の洞窟というのも予想外であった。
【うん、そういえば聞かれるまで別の洞窟の事忘れてたよゴメンゴメン】
となんとも気の抜ける返事が返ってきた。
「ゴメンゴメンじゃないわよ!じゃあとりあえず流一が撮った石柱の写真を全部送って」
と送ると、しばらくして数十枚の写真が送られて来た。
ヨネ子は石柱の写真では何か参考になる物が写っている可能性は低いがヒントの一つくらいになればと考えていた。
そしてさっそく送られて来た写真を見てすぐに気が付いた、流一は異世界にいると。
しかし一度は否定する、通常ではあり得ないからだ。
それでも石柱の写真をじっくり見れば見るほど確信せざるを得ない、なぜならその石柱に魔法陣と共に刻まれた文字は地球上の既知のものでは無いにも関わらず読めたからだ。
そしてその写真のなかの1つの魔法陣の下の文字はこう書いていた、『超言語:全ての知的生命体との会話及びコミュニケーションが出来る魔法』と。
つまり、会話だけでなく筆談のような文字によるコミュニケーションも可能という事だ、この魔方陣のお陰で石柱の文字も読めるようになったのだ。
ではその仮説が正しいとして、どうして魔法が発動したのか?何故他の魔法は発動しないのか?
そしてヨネ子は一つの仮説を立てる、良く言われる事だが、魔法にはマナという物質が必要という事を前提として。
その仮説とはメールが繋がった事によりスマホを介して異世界のマナが流れて来ている、なので魔法はスマホの所有者の思念に反応して発動する。
つまり文字を読もうとしたからその思念に反応して超言語の魔法が発動し、それ以外はイメージしない限り発動しないという事だ。