124 帰還に向けて
「さて、今後の予定なんだけど」
タペヤラの宿屋に戻ると流一が今後の予定について話し出した。
「どうしたの?もう結婚して元の世界に帰る事にしたんだから次はドメル王国じゃ無いの?」
アメリアが不思議そうに聞いて来た。
「まあ、そうなんだけど。その前に、場所はドメル王国って言うのは伝えたよね」
「ええ、聞いたわ」
「それで、ドメル王国のどこかって事なんだけど、ウーラル山脈南端の山の中腹辺りらしいんだ」
「へー、エルフの長老達からきいたの?」
「いや、エルフの長老達の話しから推測した」
「それって流一が?」
「いや、もちろん知恵の魔法で」
「じゃあ間違い無いでしょうね」
相変わらず「知恵の魔法」の信頼度は高い、ただエレンだけは「知恵の魔法」の真実を聞いたので信頼というより驚愕していた。
「それで、そこは魔物領域の奥地にあるらしい」
「ふーん、それで?」
「だから、今回は「絶影」達に乗っては行けないんだ」
今回、馬で行ってもいつものようにアースウォールで馬場を作る訳には行かない、流一とエレンが居なければ解除して連れて帰る事が出来ないからだ。
だからと言って魔物領域の側で馬場無しでは魔物の餌にするようなものだ、それは許容出来ない。
「そうか、そうよね。じゃあどうするの?」
「出来れば出発の前に誰か大切にしてくれる人に引き取ってもらいたいと思ってる」
「それは良いと思うけど、馬って結構お金がかかるでしょ。そう簡単に見つかるかしら」
「そう言えば、3人は俺たちが帰った後はどうするの?」
「そうね、考えて無かったわ。でも今まで通りとは行かないわね。護衛ならまだしも魔物領域の狩りには乗って行けないと思うし」
考え込むアメリア、ユリアナ、セリーヌの3人、そして結論は・・・。
「ねえ流一、「知恵の魔法」でどうにかならない?」
「えっ?3人の事なのにそれで良いの?」
「3人の事じゃ無いでしょ!全員の(馬の)事でしょ!」
「わかった、聞いてみる」
流一はその場を離れた。
「マーガレット、ちょっと相談があるんだけど」
【何?】
返信は直ぐに来た、なので早速相談する。
【そんなの自分達で飼わせれば良いでしょ。どうせ流一が居なくなったら旅はしなくて済むんだから何処かに拠点を作って邸でも買わせれば良いのよ】
「邸を買っても世話が出来ないよ」
【馬鹿ね、そんなの人を雇えば良いじゃ無いの。貴方達が持ってるドラゴンの魔石1個売るだけでも邸を買って馬子どころかメイドまで雇ってもお釣りがくるでしょ】
「ああ、それもそうか」
【もし邸を買わないんならイリアかルビー公爵にでも預けなさい、馬5頭を引き受ける事が出来て信頼出来る人間はその2人くらいでしょ】
「確かにね、でも出来れば人に迷惑はかけたく無いし。わかった、それで提案してみる」
ヨネ子との相談も終わり仲間の元へ戻る流一。
「アメリア達は俺とエレンが居なくなったら何処かに拠点を作ろうとか思ってないの?」
先ずは結果を伝える前に3人の方針を聞いた、それによって伝える内容を変えるつもりで。
「そっか、考えて無かったけどそれも選択肢の1つね。どうする?」
アメリアがユリアナとセリーヌに急遽相談を持ちかけた、しかしユリアナが相談の前に流一に質問した。
「流一さん、それを聞くってことは拠点を持つかどうかで答えが変わるって事?」
「まあそうだね。先に言うと拠点を持つなら邸を買ってみんなで5頭全部を飼ってほしい。持たないなら馬5頭を引き受けることの出来る人で信用できる人、例えばイリアとかルビー公爵とかに引き取りを頼んでみるのはどうかなって思ってる」
「人に頼むのはちょっと・・・でも邸を買うのもねー。ちょっと贅沢過ぎじゃない?」
「そうでも無いと思うよ。俺の世界にはこの世界の素材を持って行けないからね、今持ってる素材は全部3人にあげるから。多分透明の魔石1個売るだけでも馬の世話をする人まで雇っても余裕だと思うよ。それに今日もらった素材代もあるしね」
「え?本当に素材を全部残していくの?」
「そうだよ、俺の世界だと使い道はないからね。持ってたら勿体ないでしょ」
「エレンはそれで良いの?」
「良いも何も、持ってても無駄になるなら皆さんに使ってもらいたいです」
相談の結果拠点を作って邸を買う事で意見が一致した、しかし今度は拠点をどこにするかで悩む。
理想は護衛依頼より魔物領域での素材採取メイン、街道が整備されていて移動が便利、そこそこ大きな町で買い物にも不自由しない等の条件を満たす町だ。
基本的にはアメリアとユリアナの出身国アルバート王国かセリーヌの出身国フランドル王国かイリアのいるリシュリュー王国が望ましいがそのどこも王都には行きたくない、全ての王都で色々とやらかしているので住み辛いからだ。
それら全てを満たす町として候補に上がったのはアルバート王国北西にあるコウェンバーグ侯爵領の領都コルムステルだ。
ここは人口15万人程と侯爵領の領都にしては比較的小さい、しかしその分近隣に人口が多めの村が多数あり街道が整備されているので経済規模でみるなら侯爵領としては上位に来る。
フランドル王国、リシュリュー王国にも近くアメリアとユリアナの故郷メルモネイルにも子爵領1つ挟んだだけと近い。
魔物領域も馬なら往復5日以内の範囲に4つほどある、まさに理想的な町だ。
もっとも3人になった後は魔物領域に馬で行く予定は無いのだが。
「じゃあ今後はコルムステルを拠点にするって事で良い?」
「良いわ」
「もちろん」
「理想的な町よね」
「じゃあ次はコルムステルに行こう、そこで3人の邸を買ってから帰還を目指すよ。エレンもそれで良い?」
「もちろん、どんな家が買えるのか楽しみね」
翌日、『デザートイーグル』はコルムステルに向け旅立った。
道中は何事もなく『デザートイーグル』はコルムステルに到着した、そしていつものように宿屋を探す。
その日は宿でゆっくりする事にした、ここでは依頼を受けたりするわけでは無いので焦る必要が無いからだ。
翌日、全員で商業ギルドに向かった。
「すいません、家、と言うか邸を購入したいんですが不動産屋を紹介してくれませんか?」
今回はセリーヌが交渉をする、3人で活動するようになったらリーダーはセリーヌが担う事になったからだ。
これにはセリーヌが一番年上と言う事もあるが、それ以上に大きな理由がある、それは戦闘時の指揮だ。
3人での魔物領域での狩りで気が付いた事がある、それは指揮をする人間が居ないと言う事だ。
これまではずっと流一が支持を出していた、それが3人で狩りに行った時獲物を前に度々お見合いをしてしまったのだ。
なので3人の時のリーダーを決める必要を感じて決めたのだが、その時元騎士の経験からセリーヌが適任だろうとして決められたのだ。
「はい、邸と言うと、どのような物件をお探しですか?」
「そうですね、貴族で言うなら男爵か子爵の邸くらいの大きさが良いですね」
「は?あのどなたがお住まいになるのでしょうか?」
商業ギルドの職員は少し困った、どう見ても年若いハンターとしか思えない男女がやって来て貴族の邸と同じ物が欲しいと言う、本気かどうか疑っても仕方ないだろう。
「私たち3人です」
「あのー、失礼ですがこれまで家や邸を購入した経験がございますか?」
疑ってはいても商業ギルドの職員の対応は丁寧だった、よほど教育が行き届いているのだろう、それでも顔は胡散臭げなのがどうもいただけないが。
「ありません、初めてです」
「それではあのー、ご予算はいかほどをお考えですか?」
「考えてません、私たちは相場がわかりませんのでそちらの示す金額が妥当かどうかで判断します」
「そうですか、それでも邸となると最低でも100万マニは必要ですが宜しいですか?」
「はい、構いません」
「わかりました、それではこの町で1番大きな不動産屋をご紹介します。このギルド前の道を北にしばらく行くとエミット商会と言う看板が見えてきます。そこならお探しの物件が見つかると思います」
商業ギルドの職員は、胡散臭いと思っても怪しさや後ろ暗さは感じなかったので素直に最適と思える商会を紹介した。
何より100万マニと聞いて眉ひとつ動かさ無かったので、邸を購入するに足る資金は持っているのだろうと判断したからだ。
『デザートイーグル』は商業ギルドを出ると、その足でエミット商会に向かった。
「いらっしゃいませ、エミット商会へようこそ。本日はどの様なご用件でしょうか」
明るく接客してくれたのは可愛いお嬢さん・・・では無く壮年の男性だった。
「邸を探しています。馬が最低5頭飼えるだけの馬小屋付きで、邸の広さは貴族で言うなら男爵の平均的は広さくらいあれば良いです」
「わかりました。それで、ここへはどなたかの紹介で参られたのですか?」
「商業ギルドで聞いてきました」
「そうでしたか、わかりました。申し遅れましたが、私はここエミット商会本店の店長を勤めますスヴェンと申します。それでは条件に見合う物件を探して参りますのでしばらくお待ち下さい」
そう言ってスヴェンが店の奥に引っ込むと、入れ替わりに若い女性が現れ奥の応接室へと案内してくれた、そして全員に紅茶を用意してくれた。
待つ事1時間ほど、スヴェンが2枚の書類を持って現れた、たった2件を探すだけにしては少し待たせ過ぎな気がする。
「先ほどの条件に合う邸となりますと当店ではこの2件が該当します。どうでしょう。ここからそう遠くもありませんし、今から見学に行きませんか?」
「わかりました」
セリーヌは二つ返事でスヴェンの案を受け入れた、そしてエミット商会の馬車に乗り込んだ。
そう遠くないとは言っても徒歩ではそれなりにかかる場所のようだ、そして連れて行かれた1件目はコルムステルの商業区に入る城門の近くだった。
「ここは元中堅の商会が使っていた物件でして、半年ほど前運悪く三回連続で商品を盗賊に襲われまして、そのまま持ち直す事が出来ずに廃業してしまった物です。元は商会ですが中を少し改装すれば十分邸として使えますし、ご希望の馬小屋も6頭分ございます」
「なるほどね、改装が必要って事ね」
「左様でございます。それでは次に参ります」
そう言って今度は富裕層の住宅街と思われる場所にやって来た、ここは王都では無く領都なので富裕層と言っても貴族の屋敷と言うわけではない。
要するに地方の商会主や準貴族、領主の従者家などが住む地区だ。
「この屋敷の元の持ち主は領主様に使える騎士団長でして、副団長の時に住んでいたんですが団長に昇進した事をキッカケにより大きなお屋敷に引っ越しされました」
「ここは希望より少し狭い様に思えますけど?」
「はい、確かにここは先ほどの希望より少し小さめの邸で馬小屋も3頭分しかありません。しかし庭が広いので馬小屋の増築は可能ですし、今なら隣の邸も購入する事が出来ます」
「なるほどね、邸が2つで必要な広さを確保しているわけね」
「左様でございます」
「他はもう無いわけ?」
「はい、やはり馬小屋5頭分となると王都でもない限り普通の住宅にはありません。商会の建物なら馬小屋があるところは多いのですが最初に紹介したところ以外は住宅への改造も難しいというのが現状です」
「そう言われてみればそうかもね。わかりました、一度帰って検討してみます」
そうしてその日は宿へと帰った。
「どうする?どっちかに決める?それとも他の商会に行ってみる?」
帰ると早速相談を始めるセリーヌ。
「でもスヴェンさんの言う通り馬小屋5頭分って言うのがネックになってるなら他の商会に行っても無駄でしょ」
「まあそうよね」
アメリアの意見にユリアナも同意する。
「じゃあどっちにする?」
「私は元騎士団長の屋敷が良いと思うわ」
「どうして?」
ユリアナの意見にアメリアが質問した、アメリア的にはどっちもどっちだったからだ。
「最初の方は買い物には便利かもしれないけど昼間はずっとうるさいと思うの」
「あー、なるほどね。確かにそれはあるかも」
「じゃあ元騎士団長邸とその隣で良い?」
「ええ、良いわ」
セリーヌによるアメリアへの最終確認も終わり、元騎士団長邸とその隣の屋敷を購入する事にした。




