114 結構高給取りなんです
ここメルモネイルにも当然ながらハンターギルドはある、そしてあまり広くは無いが訓練場も併設されている。
そこでいつものように訓練を始めた、例え実家に帰った時だとしても2日に一度の訓練は休めない、身体を鈍らす事は即命の危険に直結するので休むわけにはいかない。
ただ、今回の訓練だけはいつもとは様子が違う、ギャラリーがいるのだ、アメリアとユリアナの家族と言う名の。
ギャリーン、ガシーン、ガイン、ガガガ、ガシッ、ガイーン
「すごーい」
「早ーい」
「全然見えない」
剣戟の音が飛び交うたびに感嘆の声が漏れる、慣れないせいかやりにくくて仕方ない。
そんな中、黙々と訓練を見学と言うより観察している人物が2人いた、アメリアの父ヘラルドとメルモネイルのギルドマスターベルントの2人だ。
一通り近接戦闘の訓練が終わると今回はこれで訓練を終えた、魔法の訓練はギャラリーのいない時にやりたかったからだ。
これまで数々のハンターや騎士、兵士の前で非常識な魔法を使い続けて来たので今更見られる事に抵抗は無い、だが流石に黄色い(?)声援の中で魔法を使うのは恥ずかしいのだ。
そんなエレンにヘラルドが声をかけた。
「エレンさんだったかな、貴女は訓練しないのかな?」
「はい、私は後で師匠と訓練します」
「やはり見られると困るからかね?」
「いえ、ギャラリーのいる状況に慣れていないので居なくなってからにしようと思いまして」
「なら私とこのベルントだけでも見学させてもらえないかな?」
「ええ、それくらいなら」
ギルマスは当然ながら『デザートイーグル』の事を知っている、何よりフランドル王国の隣国なので数々の情報が入ってきている。
そしてヘラルドも『デザートイーグル』の事を知っていた、ヘラルドは王宮での会見の時主人メルリンド伯爵の護衛として王都入りしていたのだ。
通常は領軍の騎士が職務として王宮に入る事は無いが、王宮の庭での事件(セリーヌが3人の貴族の首を刎ねた件)により護衛のための入場が許されたので戦闘にはならなかったし『デザートイーグル』や貴族達の姿は見えなかったが王宮内にはいた、そのため『デザートイーグル』の名前だけは知っていたのだ。
この2人が『デザートイーグル』の実力を知りたいと思うのも無理は無かった。
訓練後は一度全員で訓練場を出て町のレストランで昼食を食べた、そしてこの日もアメリアの実家で夕食を共にする事にした、アメリアとユリアナが流一の故郷の料理を家族に振る舞うのだ。
昼食が終わるとユリアナの家族は一旦家に帰る事になった、ヘラルド以外のアメリアの家族もアメリア、ユリアナ、セリーヌの3人を連れて帰宅した。
アメリアとユリアナの2人は早速夕食の準備に取り掛かる、セリーヌはお手伝いだ、理由はもう言うまでも無いだろう。
流一とエレンはヘラルドを連れ再びハンターギルドを訪れた、これから2人の魔法の訓練だ。
2人はヘラルドとベルントの見守る中訓練を開始する、内容はもちろん『ゴーレムバトル』だ。
ただ、最近は流一とエレンの魔力の差が更に広がったのでもう魔法陣の補助だけでは流一が勝つ事は無くなっていた、なのでそれを補うために流一だけ魔石を『核』にしてゴーレムを作るようになった。
これによりリシュリュー王国にいた時は8〜9分だった訓練時間が15分近くまで伸びた。
今回のゴーレムは流一がセンザンコウでエレンが走竜だ、流一の中ではアンキロサウルスVSヴェロキラプトルにしか見えないので1人胸を熱くしていた。
結果はエレンの勝ち、流一的には草食恐竜が肉食恐竜に負けるのは仕方がないと変な納得をしていた。
しかしそれを見ていた2人は驚愕していた、そして勘違いした、この世界の人間にありがちな。
「君たちは2人とも土魔法使いだったのか?」
「俺は風魔法使いと聞いていたんだが、もしかしてダブルなのか?」
「いえ、僕たちに属性はありませんよ、全部使えます」
その勘違いを訂正した流一の言葉にベルントは納得しヘラルドは驚愕した。
「ハハ、ハハハハハ、そうか、君たちが娘の仲間なのか。うむ、強さに納得した、そして安心した、これからも娘を頼んだよ」
ヘラルドは愉快そうに笑いながら流一とエレンにそう言うのだった。
訓練が終わった後ヘラルドは家に帰らず仕事に向かった、流一とエレンは宿へと向かった。
「エレン、この世界の秘密を知りたい?」
「えっ?・・・もしかして『始まりの魔法使い』の本ですか?」
流一の突然の質問に一瞬戸惑ったエレンだが、直ぐに何の事か理解した。
「そう、もし知りたいなら読んでも良いよ。ただ、知らない方が良い事が書いてあるかもしれないから慎重に考えて」
流一が心配しているのは『精帝』と『精霊王』が今は全員居ないと言う事実だ。
この世界の多くの人にとって『精帝』と『精霊王』は元の世界の『神』と同義である、エレンも『精霊聖教』の信者としてシャルト法国で祈りを捧げたのだ、それが今はいないと言う事実を知る事で何を思うのか流一には分からなかったのだ。
エレンも流一との時間をそれなりに過ごしてきたので流一の考えが少しはわかるようになっている、なので『始まりの魔法使い』の本には知らない方が良いかもしれないことが書いてあるのだと直ぐに理解した。
その上で聞いてきたと言う事は他の人、特にアメリア、ユリアナ、セリーヌの3人にも教えて良いのかどうか相談したいのではないかと考えた。
「読みたいです」
好奇心もあるだろうが、流一の気持ちを考えればこう答えるしか無かった。
宿に着くと流一はエレンに雷華のノートを渡した、そしてチョコレート作りを再開する。
コンチングの魔道具は宿に置いたままにしていた、そして魔石の力で既に20時間程すり潰し続けていた。
機械なら12時間以上の行程なので20時間ならもう十分だろう、と言う事で次の行程テンパリングに移る。
テンパリングとはツヤを出し口溶けを良くするための温度調整の行程だ、コレをしなければ一度溶けたチョコレートを冷蔵庫で固めたような出来上がりになる。
流一はボールにカカオ70パーセントの方のチョコレートを移した、そしてユックリと混ぜながら温度を50度まで上げた。
その後28度までユックリ温度を下げると再び31度まで温度を上げた、その間ずっと混ぜ続けているのは言うまでも無いだろう。
温度の変化はもちろん魔法だ、魔法が無ければ湯煎や氷水を用意したり湯気がチョコレートに混ざらないように注意したりともっと大変になってくる。
テンパリングの終わったチョコレートはいよいよ固めて出来上がりである、が、ここでチョコレートを固める型が無い事に気が付いた。
仕方ないので調理用のバットに流し込んで板チョコを三枚作った、冷やすのは自然に任せたので少し時間がかかったが、ある程度固まったところでバットから取り出すともう一つのカカオ60パーセントのチョコレートのテンパリングに取り掛かった。
全ての作業が終わって後は冷えるのを待つだけ、エレンもすでに読み終わっていたが特に変わった様子は無い。
「どうだった?」
「なんだか難しい言葉が多くて良くわかりませんでした」
「そう」
「でも人間以外の種族が別の世界から『精霊王』に連れて来られたって言うのは驚きました。それから今は『精帝』も『精霊王』もいないって事も」
少し沈んだ様子のエレン、流一にはその心持ちはわからない。
「そうだね、俺もそれは驚いた。これはやっぱりほかの人には教えない方が良いよね」
「そうですねー。他の3人はこの本の事知ってるんで教えるしかないかもしれませんけど、それ以外の人には言わない方がいいでしょうねー」
「やっぱりそうだよね。わかった、そうしよう」
「それより師匠、帰るにはファティマに行かないといけないみたいですけど・・・・・」
言葉尻は聞き取れなかった、エレンとしては流一にはこのままこの世界にいて欲しいと言う思いと、あるべき場所へと帰してあげたい思いが葛藤していたからこそ声が小さくなったのだ。
「そう、問題はファティマがどこにあるのかが分からない事なんだよね」
「そうですね、セラフィムさんさえ知らなかった場所ですからねー。どうやったら見つけられるんでしょう」
まだまだ複雑な表情のエレンだが真剣に悩んでいる。
流一は内容を知ってもあまり変わらないエレンを見て安堵していた、そしてこれからの事はまたヨネ子に聞こうと軽く考えていた。
「ファティマの事はいまは置いといて、そろそろアメリアの実家に行かない?」
「そうですね、行きましょう。ところでこれ、すごく甘い匂いがしますけど何ですか?」
「これがフライツェンで言ってたチョコレートだよ」
「ふーん、これがチョコレートですか。早く食べてみたいです」
「俺もエレンに早く食べて欲しいんだけど、これじゃあつまみ食いしたのが直ぐにバレるから食後に皆んなで食べよう」
何せ出来たのは板チョコが3枚ずつ2種類で6枚である、一枚だけ割るのは不自然だし丸々1枚食べるのも2枚と3枚になって不自然だ、1枚づつ2枚食べると食べ過ぎて罪悪感が出て来る、なのでここは我慢するしかない。
「そうですね、それまで我慢します」
流一はチョット残念そうな表情を浮かべるエレンと共にアメリアの実家へと向かった。
アメリアの実家に着いた流一とエレンには今日のメニューが直ぐにわかった、部屋中に微かな匂いが充満していたからだ、そうそれほどの匂いを放つ食べ物『カレー』だ。
代官邸の使用人に連れられダイニングルームに向かうと他のメンバーはすでに席に着いていた、そしてそれぞれの席の前には生野菜サラダと小鉢に盛られたカレーが並んでいる。
テーブルの中央付近には焼きたてのナンが用意してあり子供達が食事の始まりを今か今かと待っている。
流一とエレンが席に着くと家長であるヘラルドが最初に食べて見せた、家長から食べ始めるのがマナーと言う事もあるが『デザートイーグル』以外食べ方がわからないのでそれを教える意味もあるのだ。
流石にカレーは全員に好評だった、日本でもカレーが嫌いと言う人はほとんど聞いた事がないので当然の結果だろう。
食後、アメリアとユリアナもデザートにアップルパイ擬きを用意していた、それを美味しく頂いたあといよいよチョコレートのお披露目だ。
「「これなーに」」
2人の女の子ラニアラとエレメナが特に興味しんしんで聞いてきた。
「これはチョコレート。ガウガオの実から作ったんだよ」
流一が女の子達に優しく答えながら板チョコを適当な大きさに割った、正確に言うならナイフで切ろうとしたが上手く行かず割れた。
「こっちが甘い方でこっちが少し苦い方だよ」
ちゃんと2種類をわかるように分けた、そのチョコレートを全員が思い思い手に取って口に運んだ。
「甘ーい」
「美味しい」
「美味いなこれは」
「甘くて美味しい」
皆それぞれ感想を語ったが概ね好評だ。
「お前達いったいどんな生活しているんだ?この前のケーキも今日のケーキもこのチョコレートだったか?これも砂糖をかなり使ってるんじゃ無いのか?それに今日のカレーはスパイスを大量に使っているらしいじゃないか。ここじゃ砂糖もスパイスも高級品だぞ、お前達はいつもこんなに砂糖やスパイスを使う料理を食べてるのか?」
ヘラルドがアメリアに聞いた、高級品を惜しげもなく使う我が子を心配したのだ、見栄を張っているわけでは無かろうが相当無理をしているのではないかと思って。
「ああ、そう言えば砂糖もスパイスも高級品だったわね、当たり前のように使ってたから忘れてたわ」
この答えを聞いて2人の母親とアメリアの姉が驚いた「高級品を使うのが当たり前」そんな生活が出来ているのだと。
3人の弟、妹は羨ましがった、そして将来ハンターになりたいと思っていた。
しかしヘラルドだけは信じられなかった、ヘラルドもそれなりにハンターと付き合いがありどう言うものか知っている、訓練を見てハンターとしてはかなり強いという事もわかった、それでもCランクのハンターでは贅沢な暮らしが出来るとは思っていなかったのだ。
「お前達は去年ハンターになったんだよな、それならまだCランクじゃ無いのか?」
「そうよ、全員まだCランクよ」
「それで何でそんなに贅沢が出来るんだ?俺の知ってるハンターはBランクだってそんなに贅沢はしてないぞ」
「そうでしょうね、私もハンターになる前はそんなものだと思ってたの。でもメンバーに恵まれたから私達AランクやSランクの魔物を沢山狩ってるのよ」
「はあ?Sランク?お前達だけでか?」
「そうよ、この前も砂漠でサンドワームを狩ったし」
「本当か?本当にSランクの魔物を倒したのか?」
中々信じられないヘラルド、アメリアの父親にしては常識人なのだろう。
「そうだ、これを見てください」
そう言って会話に割り込んだのは流一だ、そしてヘラルドに渡したのは二つの勲章、そうエムロード大王国から貰った勲一等金獅子双貴石勲章とリシュリュー王国から貰った月光雪月花勲章の2つだ。
「こ、これは?」
「エムロード大王国とリシュリュー王国でもらった勲章です」
「勲章だって?一体何をしたんだお前達は」
「エムロード大王国は貴族の悪事を暴いただけよ、その貴族が近隣の国にも迷惑かけてたからって言ってもらったの。リシュリュー王国の方はマンモスの魔物を討伐してもらったの」
アメリアのザックリとした説明だったが、それだけでも凄さがわかる。
「そうか、朝の訓練で全員俺より強いとは思っていたがそんなにか」
やっと納得した、と言うより外国の勲章を2つも貰っているのだ、これ以上の証明は無いだろう。
「そうだ、砂糖もスパイスもそんなに痛む物でも無いからいくらかあげても良いんじゃない?」
アメリアが提案した、流石にこの流れでは他のメンバーも反対し辛い、もっとも全員結構なお人好しなので反対することはほとんどないのだが。
「「「本当?良いの?」」」
真っ先に反応したのは3人の主婦達だ、やはり家庭の台所を預かる身としては高級な砂糖やスパイスは手に入れられる時に手に入れたいのだ。
ヘラルドも遠慮するようなことは言わない、アメリアにとっては全く高級品と言う事は無いとわかったからだ。
この日も初日と同じようにユリアナの実家に寄ってから流一、エレン、セリーヌの3人だけ宿に帰った。




