11 魔法陣について調べよう
それから2日、流一は釣り、アメリアとユリアナは狩りをして順調に資金を貯めていた。
釣り場から村までは徒歩で約1時間半ほどかかる、なので初日の魚は持ち帰る間に味が落ちていた。
この世界の人には新鮮な魚自体が珍しいため分からなかったが、晩御飯として2匹の魚を食べた流一は味の劣化に気が付いた、さすが日本人の舌というべきか。
なので2日目からは生簀からあげるとエラのところを切り頭を付け根の部分を支点に折り上げるようにして殺す、いわゆる『活け〆』をして持ち帰るようにした。
そのおかげかは分からないが、流一の釣った魚は新鮮なのはもちろん痛みも少なく味も最高と評判になり高く売れているとユリアナがご機嫌だった。
3日目は雨のため休む事になった、というよりアメリアとユリアナが来ないので休むしかなかった。
休みになったとは言っても小屋と森しか知らない流一には何かする事があるわけではない、なのでとりあえず魔法の訓練だけはすると珍しく朝からヨネ子にメールした。
「マーガレット、今日は雨で狩りが中止になったから近況報告するよ」
【そう、私はしばらく返事出来ないけどちゃんと見とくからメールだけしててちょうだい】
「わかった」
『やっぱり朝は忙しいのかな?』とは思ったが当然ヨネ子にも都合があるのは理解できるので仕方なく独り言のようにメールした。
確かに現代世界とこの世界では時間経過は同じだ、しかし時間が同じとは限らない。
流一にとって今いる場所は朝であるが日本は夜中である、さらにこの時ヨネ子はイタリアにいたので時間は夕方だった。
流一は時間経過ばかり気にして場所による時間の違いを完全に忘れているのだ。
結局その後は安静→魔力回復→使える魔法陣の研究→安静→魔力回復→使える魔法陣の研究のループで過ごした。
しかしそのおかげで目標の収納魔法が使えるようになった事がわかった。
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その頃ヨネ子はイタリアはローマに居た、魔法と魔法陣について調べるためだ。
魔法はヨーロッパが本場である事が一番の理由だがそれだけではない、過去の大航海時代に世界中の魔法に関する資料や遺物などがヨーロッパに集められたからだ。
そしてそれらは当然当時の世界を席捲していたキリスト教の教義を脅かすものばかりである、なのでそれらのほとんどは密かにキリスト教の教皇や枢機卿達により蒐集され厳重に保管、管理そして研究されているという事が裏の世界では常識となっていた。
そしてその場所も教皇や枢機卿が中心である事からバチカン市国である事まで分かっている。
ヨネ子はその場所通称『裏のバチカン図書館』の正確な場所と警備状況を知るため、師匠のモルスも使っていたローマ下町の情報屋と会っている。
「これはこれはマーガレット様、お久しぶりです。あなた様は今仕事を受けていらっしゃらないと伺っていたのですが再開したのですかな?」
情報屋のコードネームは『ダゴン』、クトゥルフ神話の神として有名だが元はフェニキアの神であったらしい。
表の顔は有名な紳士服店の店主であるが裏の世界では知らない者がいない程の有名人である。
ダゴンに限らず開店休業状態の一流暗殺者の動向は情報屋にとっては第一級の情報である、今まで全く動きが無かった『暗殺者マーガレット』が動いたという事はそれだけで巨大な価値を持つ情報なのだ、それ故の質問である。
「仕事は受けていないわ、今日は私用で来たの」
お互い一流である、情報の価値は良く分かっているのでヨネ子は必要最低限しか喋らないがダゴンも額面通りには受け取らない。
「それはそれは、で今日はどのような御用件で?」
「バチカン図書館についてよ、モチロン裏のね」
バチカン図書館とはバチカン市国のローマ教皇庁にある世界最古級の図書館である、当然ながらここにはキリスト教の教義を脅かす書物は無い、だからこそ裏が必要とも言える。
そしてこれほど確実にそして詳しく魔法と魔方陣について調べられる場所は他には無いであろう、そう考えたからこそやって来たのだ。
「なるほど、ではどの程度の情報をご所望で?」
「場所と警備体制だけで良いわ」
情報屋は少し拍子抜けした、あまりに知りたい情報が少なすぎるのだ。
通常なら『裏のバチカン図書館』の情報と言われればそれは暗殺の実行場所若しくは目的物の保管場所である。
つまり必要な情報は侵入、脱出を考えると最低でも宮殿全体でありローマ全市の情報でもおかしくないほどだからだ。
しかしその疑問をヨネ子に聞くほど愚かでは無い、だからこそ一流の暗殺者が使うとも言えるのだが。
「わかりました、では・・・・・」
ダゴンは直ぐに情報を出してきた、『裏の世界では常識』と言う事は裏を返せば裏の情報網には常に情報があるとも言えるのである。
場所は意外にもローマ教皇庁、バチカン図書館に隣接した隠し部屋だった。
そして警備員や監視カメラ等の情報を受け取って帰って行った。
ダゴンは説明の間もずっとマーガレットが誰の為に動いてるのか?何を目的に動いているのか?を考え続けていたが結局関連すると思われる情報は何も思いつかなかった。
ダゴンが何も思いつかないのは当然である、兄流一の為に魔法と魔方陣について調べるなどヨネ子以外には絶対にわからない、さらにヨネ子が魔法を使える事も本人以外誰も知らないのだから。
ヨネ子は今回ホテルを予約してイタリア入りしていた。
通常ヨネ子は仕事であればホテルの予約などしないしそもそもホテルに泊まらない、良くも悪くも『マーガレット』は裏の世界では有名人である、なので常に自身も暗殺のリスクを孕んでいる。
なので他者に情報を与えて罠や待ち伏せを仕掛けられないようにだ。
しかし今回は観光客として入国するため旅行会社を通して航空券とホテルの予約を行った。
勿論パスポートは偽造だ、日本のパスポートだが名前は偽名でありコードネームでもある『マーガレット』で写真は金髪青瞳。
国際化されていない時代であればバレバレの偽造であるが良い時代になったと言うべきだろうか?
観光客としてイタリア入りしたのは、江戸時代の『入り鉄砲と出女』ではないが未成年の女性が留学でも仕事でもないのに単身で入国する場合は当然入国管理官の厳しいチェックが入るからである。
なぜならそう言うケースは往々にして売春か薬物等の密輸の場合が多いからである。
そして予想通り別室で待たされたがすぐに旅行会社とホテルに確認が取れたためすんなり入国出来た、日本のパスポートということも信用された大きな要因の一つだ。
海外での日本のパスポートの信頼性はかなり高いのである、偽造ではあっても見破られなければ。
ホテルはローマ市内の一流ホテルを予約してある。
ヨネ子はチェックインをすませコンシェルジュの所へ行くと特別な依頼をする。
「夕食を6時に部屋へ持って来て、私はいないけど部屋の明かりは点けておいて。その後10時に食器の回収をして消灯してちょうだい」
「かしこまりました」
かなり胡散臭い依頼だが余計な詮索はしないのがプロのコンシェルジュである、何よりたった今チェックインしたお客様なのである。
そしてヨネ子は部屋・・・ではなく化粧室に行き変装するとホテルから出て行った、もちろん表口からでは無いし誰にも見られないようにである。
ホテルから出たヨネ子は娼婦よろしく年配の男性を誘惑しチェックインしたホテルの側の安っぽいホテルへと入って行く。
そして自分の予約した部屋を見渡せる部屋にチェックインするとさっそく男性と淫らな行為を始め・・・・・ずに鍼麻酔で眠らせた。
なぜならヨネ子は最初から予約したホテルに泊まるつもりはないからである。
そもそも暗殺者はターゲットからのカウンターや暗殺の報復果てはルーキーの売名のためなど常に自身も狙われるリスクをはらんでいる。
ヨネ子は仕事を受けていない為ターゲットからのカウンターは無いし過去の仕事関係での報復も今のところは無かった。
しかし裏の世界でマーガレットの名は『モルスの後継者』として有名ではあったが、休業中で真の実力を知る者がほとんどいないせいで売名目的のルーキーは居るのである。
そしてその手のルーキーは必ずホームタウンではなく出先を狙う、なぜなら敵のホームタウンではどのような安全策を講じているか分からないため返り討ちに合うリスクが格段に跳ね上がるからだ。
そしてヨネ子は常に警戒を怠らないため日本での動きは全く漏れないが、海外に行けばその名前の特殊性から確実に捕捉される。
そのためホテルは安全な入国の為に予約しただけで泊まらないのである。
そしてその夜、ヨネ子はさっそく裏のバチカン図書館に忍び込んだ。
今は暗殺者のスキルに加え身体強化まで使えるので何の苦もなく忍び込めた、さらに身体強化魔法の一つ夜目が使えるので灯りの必要なく本や古文書を読める、その上超言語の魔法で知らない文字の本も古文書も理解出来る、トドメに速読の特技により猛スピードで読み続けられる。
正にリアルチートである、しかし魔法と魔方陣に加え魔道具についても調べた為思ったより時間がかかった、結局読み終わるまで二晩かかったのだ。
そしてこの世界と流一の居る世界の魔法陣はほぼ同じものと言って構わないほど類似点が多い事が分かった。
さらに魔法は異世界小説でよく見る物とほぼ同じである事も分かった。
しかし魔道具については魔方陣を使う以外ほとんど分からなかった、だからこそ調べるのに予想外の時間がかかったのだ。
日本に帰り着いたヨネ子はオリジナルの魔方陣を作って流一に使わせようと考えていた、そして魔道具も自作して見ようとも考えていた。
そしてさっそく魔道具から作ってみる、魔道具と言えば魔力を通すと術者のイメージ通りの魔法が発動する道具である。
魔方陣との違いは発動する魔法が魔力を通す術者のイメージか魔道具製作者のイメージかの違いである。
この違いを解決する策としてヨネ子が考えたのは魔方陣に『イメージ記録』を表す図形と文字を書き込むという方法である。
実験なので簡単にハガキを使うようにした。
まずオリジナル魔法として対象物を冷やすコールドの魔方陣を作った、その魔方陣にイメージ記録の図形と文字を書き足して魔道具用のコールドの魔方陣を作った。
その魔方陣をハガキに書き込むと手に持ち、温度10度に冷却するイメージをしながら魔力を込めた。
手に持ったのはそうしないとマナの影響を受けないからである。
そしてそのハガキを軽く折り曲げて腕に置くと、何のイメージもせず魔力だけを通した。
すると上手く腕が冷却されて行く、正にただのハガキが魔道具の湿布になった瞬間である。
MIT卒や『マッド才媛ティスト』の称号(?)は伊達では無い。
その後も色々と実験を重ね、素材によって込められるイメージの具体性が変わる事が分かった。
より自然に近い素材ほど多くのイメージを込められるのだ。
具体例で言えば、大学ノートのような紙で湿布を作るとただ温度が下がるだけで温度設定は出来なかったが、天然素材の高級和紙では温度設定の他にタイマーも設定する事が出来たのだ。
この実験の成功により、その内流一にも作らせようと考えた。
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その日の夕方、流一は収納魔法が使えるようになったのがよほど嬉しかったのか再びヨネ子にメールした。
「マーガレット、収納魔法が使えるようになったよ」
誰も見ていないが得意げである。
【あらそう、おめでとう】
流一は返事は出来ないと言われていたのに速攻でレスが来て驚いた。
流一がメールした時間はヨネ子が裏のバチカン図書館から帰って直ぐの時間だったからなのだが、流一はそんな事など知る由も無いからだ。
「あ、ありがとう。今日は何かしてたの?」
【今日はと言うよりここ数日ね。イタリアで魔法と魔法陣について調べてたの】
「そうなんだ。で、何か分かった?」
【ええ、その世界の魔法陣とこの世界の魔法陣はほぼ同じものだって事がね】
「そうなんだ、それならそっちとこっちで行き来してた可能性があるのかな?」
少し帰れる可能性が見えたような気がしたのか声が弾んでいる、残念ながらメールなのでヨネ子には分からないが。
【そうね、その可能性はあるわよ。あくまで可能性だけどね】
「マーガレットから見てどの位の可能性?」
やはり元の世界に帰りたいのであろう、かなり期待を込めて聞いた。
【単純に言えば50パーセントね、行き来では無く行っただけ若しくは来ただけの可能性もあるから】
流一は絶句した、魔方陣が同じなら行き来していたと思い込んでいたので100パーセントと言ってくれると信じていたのだ。
しかしヨネ子に一方通行の可能性を指摘され納得せざるを得なかったからだ。
ヨネ子は流一からの返信が無い事で流一の気持ちは察したが、だからと言って気を使う事も無い。
なので、ある意味事務的に次のメールを送った。
【とりあえず調べるのは終わったからこれからはちょっと研究してみるわ】
「そっか、わかったまた何か分かったら教えてくれ。それじゃまた」
少し帰る希望は持てたが流一の気持ちは沈んでいた。
勝手に勘違いして勝手に気落ちしているので同情の余地は無いのだが。




