106 裏取引所
セブンピラーズに戻ってきた『デザートイーグル』を待っていたのは町中を揺るがす喧騒だった。
「なんだか騒がしいわね」
「そうですね、警備兵もいつもより多いみたいですし」
前回より明らかに町中をうろつく警備兵が多い、それを見てのセリーヌとエレンの会話だが相変わらず緊張感が無い。
慌ただしい警備兵を横目にエルバー商会に向かう『デザートイーグル』、もちろん副会長のハルトに会うためだ。
エルバー商会に着くと直ぐにVIP用の応接室に通された、店員達が『デザートイーグル』の事を覚えていたのでスムーズにいった。
もっとも顔を覚えていた訳では無い、ゾルタンに連れられてやって来た男1人女4人のハンターパーティーだから覚えられていたに過ぎない。
待つ事数分、ハルトがすぐにやって来た。
「皆さんお疲れ様です。皆さんを護衛にして正解でした」
開口一番ハルトが『デザートイーグル』を労ってくれた、ハルトはエルバー商会の副会長として迎賓館に来ていた、なので迎賓館での活躍を直に見ていただけにその思いはひとしおだ。
「いえいえ、それが仕事ですから」
謙遜する流一、しかしこの後は衝撃の事実を告げられる。
「ですが申し訳ありません。実はせっかく皆さんの協力で捉えた『闇梟』の首領に逃げられたようなのです。そのため今街では警備兵が全力で捜索しておりますが未だ行方がわかっておりません」
「ああ、それであんなに騒がしかったんですね」
「そうです。それで皆さんは捕縛に直接関わった方々ですので仕返しをされるかもしれません、十分お気をつけ下さい」
「わかりました。ああ、それはそうとウーノス公爵からハルトさんに手紙を預かってます。どうぞ」
流一はウーノス公爵からの手紙をハルトに渡した。
「おお、それは有難うございます。では失礼して」
ハルトは手紙を両手で恭しく受け取ると直ぐに開封して読み始めた。
手紙には帰路での襲撃の事と、『デザートイーグル』には最大限の便宜を図るようにと書かれていた。
「どうやら帰りも活躍されたようですね、ありがとうございます」
ハルトは再び礼を言うと深々と頭を下げた。
「ところで皆さんは裏取引所へ行きたいとの事でしたが何か目的があるのですか?」
ハルトは手紙に「最大限の便宜を図るように」とあったことから、早速何か役に立つことは無いかと思い聞いてみた。
「はい、『長命丹』と言う薬を手に入れたいと思いまして」
「ほほう、『長命丹』ですか。しかしあれは少々いかがわしい薬だと噂されておりますが、何か求める理由でもお有りですかな?」
「ハルトさんは『ライカ教』の教皇が『長命丹』を飲んでいたのを知っていますか?」
「ええ、知っております。あまり公にはなっておりませんが裏取引所の管理はこの国の中心七商会の副会長を中心に行なっているのです。主に税金徴収のためですが、その関係で裏取引所の全ての取引は私どもで把握出来ます。流石に全てを覚えている訳ではありませんが『長命丹』のような特殊な商品の行方は記憶に残るんです」
「そうなんですね、僕たちも『長命丹』は毒薬だと思っています。だからそれを手に入れて教皇を治療する方法を考えようと思っているんです」
「それはまた・・・何故『長命丹』が毒薬だと思うんですか?実はもう20年近く前ですが『長命丹』を飲んでいた貴族の方がやはり病気になりまして、その時に毒ではないかと言う事で何人もの治癒魔法師を呼んで解毒の魔法を使いましたが回復しませんでした。それ以来『長命丹』は使う者こそ減りましたが毒では無いとされて来たんです」
「そんな事があったんですか。ですが解毒の魔法は気体や液体の毒物にしか効かないんです、僕は『長命丹』は鉱物系の毒で作られていると思ってます」
「そうなんですか?私は魔法にも毒物にもそれほど詳しいわけではありませんのでわかりませんが、あなたがそう言うのならそうかもしれませんね。わかりました、それでは裏取引所の「ブランツ商会」と言う店に行くと良いでしょう、そこなら『長命丹』が手に入るはずです」
ハルトは解毒の方法も聞きたかったが止めた、これ以上の深入りは危険だと思ったからだ、何より解毒の方法を聞いたところで『デザートイーグル』の手助けになる事は何も無いのだから。
「わかりました、ありがとうございます」
流一達はハルトに礼を言うとエルバー商会を後にした、次に行くのはフロット商会である、取り敢えず護衛依頼を完遂するためだ。
フロット商会でもスムーズに応接室に通されゾルタンに依頼完了証明書をもらった、ハンターギルドには変更した内容と追加の依頼料も納めていると言う事だった。
なのでその足でハンターギルドに行き報酬を受け取るとその日は宿を探した。
裏取引所には宿屋が無い、正確に言うなら販売者用の宿屋は有るが購買者用の宿屋が無い。
販売側は色々と準備が必要だが購買側には必要ないからだ、高額商品や怪しい商品を取り扱う以上それくらいは用心しておかないと犯罪が絶えなくなる。
それが裏取引所に行く前に宿を探した理由だ。
翌朝早速商業ギルドに向かった、商業ギルドで通行証を見せると途端に対応が物凄く丁寧になった、ハルトのくれた通行証はVIP用なのかもしれない。
裏取引所の中は一つの町の様な雰囲気だった、なので住民もいるし怪しく無い商品の店舗や食堂等も充実している。
異世界小説で良くある地下都市や違法取引所の様な雰囲気は微塵もない、あくまでも建前は珍しい商品も扱う会員制商店街なのだ。
因みに住人や固定店舗の商店主は商業ギルドとは別の専用の入り口がいくつかある。
流一達はせっかくなのでいきなり「ブランツ商会」に向かうのではなく色々な商店を見て回っていた。
「裏取引所って言うからもっといかがわしい雰囲気を想像してたけど全然違うね」
「そうね、私ももっと怖そうな雰囲気かと思ってたわ」
「そうですね、なんだか普通の町みたいです」
「でも売ってる商品はそうでも無いものが多いわよ。ほら」
固定店舗の商品は店の中に入らないと見れないが屋台か出店の様な店舗は歩きながらでも眺められる、そんな店の商品をユリアナが指差した。
そこには「蛇の神獣の剥製(奇形と思われる双頭の蛇にしか見えない)」「全ての毒に効く毒消し(ただのサソリのワイン漬けにしか見えない)」「幸運をもたらす神の石(何の変哲も無い水晶にしか見えない)」など怪しさ抜群だった。
「あれって本当に売れるんでしょうか?」
エレンの疑問は全員の疑問と同じものだ、それに対して流一が答えた。
「売れるかどうかはわからないけど確かに普通の町では売ってないだろうね」
良く見ると飲食店以外は半数が詐欺まがいの商品で残りの半数は見るからに怪しい商品だ、もっとも高額商品や違法奴隷、殺し屋の仲介の様な契約商品は目に見えるところに置いている訳が無いので実態はよくわからない。
『デザートイーグル』はある程度見て回った後昼食を食べようと適当な料理屋に入った、が、あまりに適当すぎた。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
店員がテーブルに案内してくれる。
「ご注文が決まりました頃お伺いします」
そう言って店員はメニューを渡すと目の前から消えた。
先にメニューに目を通す流一、料理名を見ただけで固まって行った。
「どうしたの流一?」
「どうしたんですか、師匠?」
アメリアとエレンが心配そうに聞いてきた、それほど流一の変化はわかりやすかった。
「ここ、ゲテモノ料理屋だった」
「「「「えっ?」」」」
女性陣が驚いて流一からメニューを奪い全員で確認する。
「赤蝙蝠の姿焼き?狼の胎盤スープ?大ミミズの干物?角ウサギの内臓のワイン蒸し?なにこれ?」
「オススメは虎の子宮と野菜のシチュー〔夜の女性をワイルドに〕ですってー!?」
小声だが料理名を声に出して読むユリアナとアメリア、女性陣も全員固まった。
「流石に店を出るとも言えないし・・・・・」
結局メニューの中でも比較的まともそうな「ブラックグリズリーの臀部ステーキ」を全員注文した、平たく言えば「熊のお尻」である。
流石に美味しいとは感じなかったが、食べられない様な不味さは無かったので一安心だった。
店を出た後は急いで喫茶店の様な店を探して入った、今度はまともな店かちゃんと確認してから。
「ちょっと、誰よあんな店に入ったの」
「全員で適当に入ったんだから自己責任でしょ」
「でもさすが裏取引所ですね、普通の町にはあんな料理屋ありませんよ」
口直しの紅茶を飲みながら全員で反省会だ、もう二度と適当に店に入ったりしないだろう。
一息ついた後目的の「ブランツ商会」に向かった、そこは固定店舗の薬屋のようだった。
「こんにちわ、誰か居ますか?」
店の中は薄暗い、雰囲気は怪しいが置いてある商品は意外に普通だった。
「はいよ、お客かね?」
誰も居ないのかと思うほど静かな店内の奥の方から返事をしたのは60歳くらいの老婆だった、もっとも平均寿命の短いこの世界では60歳でも日本の90歳くらいの見た目になる。
「ここで『長命丹』を売っていると聞いて来たんですが」
「お前さん、それを誰に聞きなさった?」
「エルバー商会のハルトさんです」
「ああ、あの若造か。チッ、仕方ないね」
見た目はハルトよりこの老婆の方が年上なので小僧呼ばわりは気にならなかったが、あからさまに舌打ちされたのはちょっと驚いた。
「ちょっと待っときな」
そう言うとゴソゴソと店の奥に消えて行った、そして成人男性の拳大くらいの大きさのツボを持って現れた。
「ほらよ、一粒100マニだ、いくら欲しいんだい?」
「できれば『長命丹』そのものじゃなくてその材料を買いたいんですが」
「はあ?材料だって?あんたら『長命丹』を自分で作るつもりなのかい」
「いえ、そんなつもりは無いですよ。ただ材料が気になるだけです」
「あんたら何者だい?」
最初はハルトの紹介と言う事で普通に接していたが、流一達が普通の客と違うとわかり警戒してきた。
「僕たちはハンターパーティー『デザートイーグル』です」
「そのハンターがなんで『長命丹』の材料なんて知りたがるのさ?」
流一も自分が元々怪しい事を言っているのはわかっている、なのでここは変に駆け引きをするのは良くないと思った。
「正直に言うと『ライカ教』の教皇様がこれを飲んで病気になりましたよね。それでその原因を知りたいんです」
「ほう?この薬を飲んで病気になったと言ったね。何の根拠があって言ってるんだい?」
「その根拠を探ってるんです」
「ふざけた事を言ってるんじゃ無いよ。この薬はもう20年も前に安全だって結果が出てるんだよ」
「聞いてます、でもそれは間違ってると思ってます」
「ふん、あんたらがどう思おうと勝手だよ。だがそんな奴らに売る物なんて何も無いね、さあ帰った帰った、商売の邪魔だよ」
「お婆さん『長命丹』が体に悪いってわかって売ってるでしょ」
「な、な、何を言いだすんだい突然。そんな事あるわけないだろ」
いきなりだったせいか一瞬動揺した、だがその一瞬を見逃さずに追撃した。
「もしかして誰かに頼まれた?『ライカ教』の教皇を病気にしてくれって。いや「証拠を残さずに暗殺してくれ」かな?」
流一はヨネ子が「毒薬と知ってて使ってるはず」と言っていたのでカマをかけてみた。
「な、何のことだい?何か証拠でもあるのかい?」
「ふーん、やっぱりそうなんだ。お婆さん嘘が下手だね」
「何を言ってるんだい、何で私が嘘をつかなくっちゃならないんだい?」
流石に少し動揺して来たようだ。
「お婆さん心理学って知ってる?それを使えば嘘を簡単に見抜けるんだよ」
「お前さん何を言ってるんだい」
「例を挙げるならその額、少し汗が滲んでるよ。それから瞳孔、さっきより大きくなってる」
「今日は少し暑いから汗をかいてるだけさ、それに瞳孔なんてそんなにすぐわかるほど変わるわけ無いじゃないか、あんたの勘違いだよ」
「それからさっきの返事、「何か証拠でもあるのかい」ってやつ」
「それがなんだってんだい?」
「人は本当に知らない時は「証拠は?」なんて聞かないんだよ。それは何故バレたか知りたいからこそ出る言葉なんだよね」
「そ、そ、それは・・・ああそうだよ、あんたの言う通り体に悪いって知ってて売ったさ。だからなんだってんだい、ここじゃ別に売るのも使うのも禁止されて無いんだよ、何の問題が有るって言うのさ」
とうとう老婆は開き直った、と言うより逆ギレした。
「そうだよね、売るのは別に悪くはないよね。でもそれが教皇暗殺って事になると話しは変わるんじゃ無い?」
「な、何の証拠があって・・・」
「ほらまた言った。今教えたばっかりなのに」
老婆はあからさまに「しまった」と言う顔をしてしまった、もう流一に対しては言い逃れが出来ないと思ってしまった。
「それで、私を警備兵にでも突き出すのかい?それとも『ライカ教』の元にでも連れて行くかい?」
結局最後は諦めた、ここまで簡単に追い詰められるとは考えてもいなかったのでいっそ清々しいとさえ思っている。
「いや、別にお婆さんをどうこうする気はありませんよ。僕たちは『長命丹』の材料さえ買えれば良いんで」
「本当にそれだけかい?嘘じゃないだろうね」
結局老婆は渋々ながら『長命丹』の材料を分けてくれたので流一はお金を払おうとしたが断られた、口止め料にしたいらしい。
そんな事をしなくても誰にも言う気は無いと言ったが老婆も引き下がらない、最後は「後ろめたい事を隠すのに口約束だけでは不安だ」と言う老婆の言葉に流一が折れてタダで貰った。
次は貰った『長命丹』の材料を調べないといけない、とはいえ流一では調べようがない、結局その材料の写メを撮りヨネ子に教えてもらうのだった。




