102 なぜか首都へ
「バルカンの宿屋で聞いた話しは本当だったようね」
管理人が管理棟に帰った後セリーヌがそう切り出した。
「そうね。でも『長命丹』って本当に効くのかしら?」
「多分『長命丹』って毒だと思うよ」
アメリアの質問に流一が答えた。
「なんでそう思うの?」
「俺の世界でも昔、不老長寿を求めた権力者が多くいてね、その権力者達が飲んでいた薬が『仙薬』とか『金丹』とか呼ばれてたんだけど本当は毒薬だったんだ。それと同じような気がする」
「その権力者達は毒だってわからなかったの?」
「こういう毒って効果がすぐに現れるわけじゃ無いからね。昔は飲んで直ぐに効果が現れない薬は毒とは思えなかったんだよ」
「それで、どうして『長命丹』がそれと同じだと思ったの?」
「『長命丹』を飲み始めた先代と先先代の教皇は「病気引退」って言ってただろ?それまでは病没か事故死だったのに。俺の世界も同じでその権力者達はみんな老人になる前に病気になった」
「そうなの。流一の世界もここも権力者の考えることは同じなのね。それよりこれからどうするの?」
「うーん、どうするかなー」
流一は腕組みをして目を閉じた、いつに無く真剣に悩んでいる、この世界に来てから悩みは全てヨネ子が解決していたのだから仕方ない。
「『長命丹』が本当に毒薬か調べてみませんか?もし本当ならそれでカールトン司教枢機卿と取り引き出来ませんか?」
エレンが提案して来た。
「それは考えたんだけど、本当に毒薬だったとしてもそれを証明する方法が無いんだよ。証明出来なければ聖遺物を見たいから嘘を吐いてるって言われてしまうと思うんだ」
「確かにそうですね。・・・・・証明か」
「いっその事神聖文字が読めるってバラしちゃう?」
「それはダメ!特に俺が雷華と同じ世界から来たって知られるとどんな目にあわされるかわからないから」
相変わらずのアメリアの軽口には全力で拒否した。
「わかった、とりあえずまた知恵の魔法で調べるよ」
結局今回もヨネ子に頼る事が決定した、そして流一は自分の泊まる小屋へと入っていった。
女性陣も椅子やテーブルをエレンの収納に収めると小屋へと入っていった。
「マーガレット、浄水場は聖地に出来なかった」
【みたいね、それで?今度は『長命丹』を使ってどうにかしたいってこと?】
「よくわかったね?無理かな?」
【取り敢えず『長命丹』が本当に『仙薬』や『金丹』と同じか調べるのが先ね】
「そうだね、『長命丹』を手に入れて鑑定の魔法で出来るかな?」
【ちょっと聞くけど、流一は水銀とか砒素がどんな物か知ってるの?】
「水銀は知ってるけど砒素は名前だけかな」
【水銀は使ってあるとしても成分的には辰砂よ、本当に知ってる?】
「え?水銀って昔体温計に使われていたあれじゃないの?」
【薬として使ってるなら違うわ。それじゃあ鑑定の魔法を使ってもわからないわね】
「え?そうなの?なんで?」
【あなたは今まで見たことの無いものを目の前に出されてそれが何かわかる?】
「いや、わかるわけないよそんなの」
【でしょ、だからよ。鑑定の魔法で成分がわかったとしても知識が無ければそれがどんな成分かわからないのよ】
「ああ、そう言う事か。じゃあ辰砂だったっけ?それに砒素も知らない俺じゃあ鑑定しても無駄なのか」
【そう言うことね。だから作ってる人か売ってる人を捕まえて何を使っているか聞くことね】
「それで?そのあとは?」
【後はカールトンとの交渉ね。でも『長命丹』の情報は取引材料にはならないから・・・そうね、引退した教皇の治療を取引材料にしなさい】
「なんで『長命丹』の情報じゃダメなんだ?」
【そんなの最初から飲む気は無かったって言われて終わりでしょ】
「ああ、それもそうか。でも治療って出来るの?解毒の魔法が効く?」
【解毒の魔法は気体や液体の毒にしか効かないわ。だからこの前作った『転移』の魔法を使うの。水銀や砒素を体外に転移させるのよ】
「それって魔力が膨大で使えないんじゃ無かった?」
【それは複雑な物を転移させるからよ。今回は少量の単一成分だから魔力は少なくて済むわ、それでもかなり魔力を使うからエレンにさせなさい】
「わかった、でも俺でも実物を知らないのにエレンに出来るかな?」
【それこそ『長命丹』を売ってる奴から実物を買えば良いでしょ。ただし辰砂は体内では水銀になってるはずだから辰砂を手に入れたら流一が水銀を生成して実物を見せなさい】
「なるほど、了解。でもそこまでするって事はマーガレットも『長命丹』は『仙薬』とかと同じだと考えてるんだよね」
【そうよ。ただ本当に毒薬とは知らないかどうかは疑問だけどね】
「それどう言う事?」
【そっちの世界は文明こそ低いけど人間が発祥してからの時間はそう違って無いように見えるのよ。つまり『長命丹』が発明されたのもこちらの世界とそう時間的には大差無いように思えるのにこれまで使われ続けてるのが不自然なのよ】
「じゃあこれを売ってる奴は毒薬って知ってて売ってるって事?」
【多分ね。知らずに売っているより、知ってて暗殺に使ってるって考えた方がしっくりくるのよ】
流一はバルカンの宿屋で聞いた『精霊正教と仲が悪い』と言う言葉を思い出していた。
「そうか、気を付けておくよ、ありがとう」
翌朝、ヨネ子から『転移』の魔法陣と水銀の精製方法がメールされていた、そして追伸として「鉛も使われている可能性あり」と書かれていた。
一夜明け優雅に朝食をとっていると管理人さんがやって来た。
「おはよう、よく眠れたかな?」
「はい、おかげさまで。管理人さんも一緒にどうですか?」
「良いのかい?じゃあ遠慮なく」
そして朝の交流が始まった、もちろん情報収集の時間である。
管理人さん情報によると『長命丹』の売人はエテリアフィルマ協商国の首都セブンピラーズに居るらしい、この首都が裏取引のメッカなのだ。
もっとも『長命丹』のような怪しい薬物が表で堂々と取引されているとは思えないので当然だが。
裏取引所はセブンピラーズの一画にあり商業ギルドがその入り口になっている、中には会員か会員の紹介した者しか入れない。
管理人さんは会員では無かったので紹介はしてもらえなかった、期待していた訳では無いが残念だ。
因みに会員の事は「VIBC」と呼ぶらしい、現地語では違う言葉だが流一にはそう聞こえる、『ベリー・インポータント・バイヤー&カスタマー』の頭文字らしい。
一通りの情報収集も終わったのでフィラートへ向け出発した、そして馬を受け取るとセブンピラーズへと向かった。
セブンピラーズに到着した『デザートイーグル』は早速宿を探した、そして作戦会議である。
「先ずは会員の紹介だけどどうする?」
「会員の宛てなんて有りませんよ」
「それはそうよね」
エレンの言葉にユリアナが続ける、宛が有ったから来た訳では無いので当然の一言だ。
「私達はハンターなんだからハンターギルドに行ってみない?」
セリーヌが提案した。
「今?どうして?」
「ハンターギルドの受付で会員になっている人の依頼を紹介してもらうの」
「ああ、依頼報酬に紹介してもらうのか。それは良い考えかも」
「本当ね、気が付かなかったわ」
「さすがセリーヌ、冴えてるわね」
「うん、それが良いわ」
全員の意見が一致したが時間が既に17時近かったので翌日ハンターギルドに向かった。
セブンピラーズのハンターギルドは近隣の国より少し大きめだ、巨大商業国家だけあり商隊の護衛依頼が多いのだ。
裏取引が盛んなことも護衛依頼が増える要因の1つでもある、訳ありの人間や高額商品を持っている人間はそれに見合った護衛を必要とするからだ。
たとえ国家の重鎮だとしても無闇に騎士や軍隊を外国に派遣する訳にはいかないので、腕の立つ護衛は引く手数多なのである。
急ぐ必要も無いので受付に少し余裕が出来る10時過ぎ、ハンターの列が途切れた受付に向かった。
「すいません、VIBCからの依頼を受けたいんですが何か有りませんか?」
「はい、皆さんセブンピラーズは初めてですか?」
「そうです、昨日着きました」
「そうですか、ではハンターランクを教えていただけますか?」
「Cランクの『デザートイーグル』です」
「VIBCの依頼を受けたい理由を聞いてもよろしいですか?」
「はい、裏取引所で買いたい商品があるんです」
「わかりました、ですが申し訳ありません。今こちらで分かっているVIBCの依頼はAランク以上しか有りません」
「そうなんですか。ここでわからないVIBCの方もいるんですか?」
「はい、別に隠すような物でも無いので知っている方は多いのですが、だからと言って言いふらす類のものでも有りませんので確認できていない方も多数いらっしゃいます」
「そうなんですね、ありがとうございます」
流一達は受付を離れ依頼掲示板に向かった。
「Aランク以上かー、まー裏取引所に行くような金持ちなら強いハンターを雇うよね」
「本当そうよね。でも今無いって言われたのに何でここに来たの?」
無いと分かっていて掲示板に来た流一を不思議に思いアメリアが聞いた。
「いや、ここって護衛以外にはどんな依頼があるのか興味があって」
「そうね、魔物領域も無ければ素材を必要とする工房みたいなところも無さそうだし。私もチョット興味が出てきたわ」
掲示板を繁々と見つめる『デザートイーグル』一同、側から見ると新人ハンターが依頼に悩んでいるように見えなくもない。
結果は護衛依頼ばかりだったが1つ気になる依頼が有った。
《依頼内容:男爵令嬢の護衛、人数:女性3人、期間:3日、報酬:1人1000マニ》
怪しい、エテリアフィルマ協商国は貴族制の国では無い、つまり外国の貴族がわざわざエテリアフィルマ協商国まで来て護衛を探しているのだ、気にならない訳が無い。
「これ怪しく無い?」
「怪しいわね、なんでわざわざ外国で護衛を探すのかしら?」
「でも依頼主は書いてないけど多分どこかの男爵だよね。貴族がこの国に来てるって事はVIBCなんじゃないかな?」
アメリアとユリアナが訝しんでいたが流一は依頼主の方が気になった。
「そうか、その可能性はあるわね。じゃあ話しだけでも聞いてみる?」
「それは良いけどもし受けるとしたら誰が行く?」
依頼は女性3人、残るのは流一と女性1人、エレンは自分が残ると言いたかった、しかしここは仕事と割り切って行くことにした。
「師匠が行けないので魔法使いとして私が行きます、後はアメリアとセリーヌの2人で行きましょう」
「何か根拠でもあるの?」
「女性との要望なので室内での護衛もあると思うからです。室内だと主武器が槍のユリアナは不利ですから」
「なるほど確かにそうだね。じゃあもし受けるならそうしよう」
意見もまとまったので受付に詳しい事を聞きに行った。
「すいません、この依頼について聞きたいんですけど」
「ああはい、あら?これは女性3人の依頼ですよ?確かに女性が3人以上居ますけど良いんですか?」
「ハイ、内容に問題が無ければ受けたいと思います」
「そうですか、では何を聞きたいんですか?」
「これいつからですか?」
「次の水曜日からですね」
「依頼主は男爵ですか?」
「いえ、この町に本店を構えるフロット商会という中堅の商会の会長です」
「護衛とは具体的に何をするんですか?」
「申し訳ありません、そこまではわかりかねます。それは依頼を受注した時に依頼主よりお聞き下さい」
「はあ、わかりました」
流一は依頼主が父親と思われる男爵でない事に肩透かしを食らったような気がした、それでも一応の情報は聞けたので再び女性陣と相談する。
「どうする?受ける?」
「まあ受けて良いんじゃ無いですか?依頼主が中堅の商会長ならVIBCかも知れませんし」
「エレンがそう言うなら私は良いわよ」
「なら私も」
エレンの意見に、護衛に行く予定だったセリーヌとアメリアも同意した。
「なんだか私だけ休んで申し訳ないわ」
「俺だって休むんだよ。そのかわり依頼が終わったらまた何か新しい料理を作るよ。もちろんユリアナも一緒に」
本当に申し訳無さそうなユリアナを励ますように流一が言った。
「本当ですか師匠?俄然やる気が出て来ました」
エレンの喜ぶ顔が眩しい、しかしそれに見入っている時ではない、流一はすぐに依頼の受注処理をした。
手続きが終わると次は依頼主への挨拶に行く、依頼を受けるのは3人だけだがハンターパーティー『デザートイーグル』として受けるので全員でフロット商会へと向かった。




