10 今日は魚釣り
翌日、前日よりかなり早く起きて朝食を摂った、メニューは昨晩のホロホロ鳥の残りだ、朝からガッツリ系だが育ち盛りの高校生には問題ない。
食後は魔法の訓練、早く魔力量を上げて沢山の魔法を使えるようになりたい流一には朝と寝る前の訓練は欠かす事の出来ない日課だ。
まだそれほど多くない魔力量でも使い切るにはそれなりの時間がかかる、なので魔力が尽きた頃にはかなり疲れる。
もっとも既に流一の魔力量はこの世界で中級と呼ばれる魔法使いと同程度まである上にドンドン増えている、だからこそ使い切るまでに時間がかかるのだ。
しかしこの世界の魔法使いを知らない流一は使える魔法陣が少ない事から自身を初級の中間くらいの魔法使いと思っている。
魔力も尽きたので一休みしているとアメリアとユリアナがやって来たのでさっそく狩りに出かける。
ただし今日の流一は前日と違い魔力が回復するまで魔法が使えない、なので一つの提案をする。
「今日の狩場は池か川の近くにしない?俺は狩りの代わりに魚を釣ろうと思ってるんだけど」
アメリアとユリアナの二人は、昨日の狩りで流一が獲物を狩れなかった事を考慮してその提案を受け入れた。
実際はホロホロ鳥を1羽狩ったとも言えるが、売り物にならなかった事で忘れられていた。
そして今日からは川の近くの狩場で二人は狩りを、流一は釣りをする事にした。
ただアメリアとユリアナの2人は流一が魔力切れしている事には気が付いていない、単純に狩りより釣りの方が得意だから提案して来たと思っている。
何故ならこの世界の人間は全員量の多少はあれど魔力を持っており、魔力切れになると死なないまでもある程度魔力が回復するまで昏倒してしまうからだ。
しかし流一は元々魔法の無い世界の住人であり魔力の無い状態が当たり前の中で生活していたので、この世界に来たからと言って体質が変わるわけではない。
転生なら身体はこの世界の仕様であろうが転移なので元の世界の仕様のまま魔法が使えるようになったのだ。
「じゃあ今日は川の近くで狩りをしましょう」
「そうね、ところで流一くん釣りって言ってたけど釣り道具は持ってるんですか?」
「ああそれは大丈夫ちゃんと持ってる、この世界に来て最初にしたのが釣りでね、結構釣れてたんだよね」
「そうなんですか、では時間も勿体無いしさっそく行きましょう」
ユリアナは何か釈然としないものがある雰囲気だが時間がもったい無いと思ったのでそう言って小屋を出た。
実はこの世界では釣りはあまり一般的では無い、そのため知っている人間も少ない。
それは釣り道具が洗練されていないのが原因だが、中でも釣り糸の性能が現代とは格段に劣るからだ。
この世界の釣り糸は強度と靭性が高い蚕の魔物の繭から取れる絹糸を縒り合わせて作るのだが現代の釣り糸と比べると性能は10分の1程度しかない。
そのため釣り糸は対象魚の大きさに比べて太くなるのであまり釣果が良くない事から、海や大きな湖で大物を狙う時くらいしか使われない。
更に釣り糸は材料で分かる通り高級品である事も普及しない理由の一つだ。
なのでアメリアは知らなかったので釣りと聞いても漁の一種くらいにしか思わなかったため疑問に思わなかったが、ユリアナはさすが商人の娘らしく釣りの存在を知っていたため川で釣りと言う行為に釈然としていなかったのだ。
着いた狩場は流一とアメリアが最初に出会った場所だった、流一は『道を知っていればかなり早く小屋に着けたんだ』と少し悔しそうだ。
「じゃあ流一はこの川で釣りね、帰りは狩りが終わったら私たちが流一を呼びに来るって事で良い?」
「ああ、じゃあまた後で」
アメリアの問いかけに軽く答えて2人を見送る流一。
そして右手を顎に当てしばし考える、釣った魚をどうするか?
出した結論は『生簀に泳がせる』である、帰りは夕方になるので早い内に釣った魚はそうしないと痛んでしまうと考えたからだ。
方針が決まれば後は実行あるのみ、さっそく平らな石をスコップ代わりにして川の端に穴を掘ると、その周りに小石を積み上げて穴を囲った。
生簀作りが終わると、ようやくこの世界に来た時と同じように虫の幼虫を餌にして釣り始めた。
前と同じように入れ食い状態で良く釣れる、しかしだからと言って根こそぎ釣り上げる訳にもいかない。
なので大きいと思ったもののみ生簀に入れ後はキャッチアンドリリースとした。
流一は現代人らしく『資源保護』を考えたのだ、決して多過ぎるのは帰りが大変と思ったわけではない・・・としておこう。
それでも二人が帰って来そうな時間には生簀の中で22匹の名も知らぬ魚が泳いでいた。
流一は釣り道具を片付けると森の中へ入って行き熊笹のような植物の茎を三本取って来た、森のクマさんのようなイメージで茎を魚のエラから口に通して持って帰ろうと考えたのだ。
三本なのは3人で分けるためでは無い、あまり重いと最初に茎を通した魚が落ちてしまう心配があるから分けるためだ。
しばらくすると二人が帰って来た、そして生簀の中を見て驚く。
「こんなに穫れたの?釣りって凄いのねー」
釣りを知らないアメリアは素直に感心している、がユリアナは釣りを知っているからこそ驚いて聞いた。
「流一くん一体どんな道具を使って釣ったの?」
二人が魚の量に驚いているのに気を良くしたのかサバイバルナイフを取り出して
「これさ」
と得意げに言った。すると、
「なるほどー、釣りとはこのナイフを使った漁の事を言うのか、今度私にも教えてほしいな」
とアメリアは勘違い全開であるが釣りを知らないので仕方ない。
しかしユリアナは顔を赤くして
「あんたバカーーーー???」
と大声で叫んだ、その相手は当然流一の方である、勘違いしたアメリアでは無い。
「あっ、ゴメンゴメンこのナイフじゃ無くて中に入ってる釣り道具だよ」
ユリアナの怒りとは反対に涼しそうな顔でそう言いながらナイフの柄を開けて釣り道具を取り出すと二人に見せた。
声には出さないがナイフが道具入れにもなっている事に驚いている、この世界にはナイフの柄を道具入れとして使うなんて事は技術はもちろん発想さえないからだ。
アメリアはナイフと勘違いして恥ずかしいのか驚いて声も出ないのか分からないがなんだかおとなしい。
ユリアナは商人の娘らしく、あまりに精巧な作りの針と鉛と何より釣り糸に驚いている。
「これ、この糸は何?蜘蛛の魔物だってこんなに強くて細い糸は作れないわ」
ユリアナはこの世界の釣り糸の素材は蚕の魔物の繭だと知ってはいるが、流一の見せてくれた釣り糸の透明感から蚕ではなく蜘蛛の糸が材料かもしれないと思ったようだ。
「これは俺のいた世界の釣り糸だよ、俺のいた世界はこういう物を作る技術が発達してるんだ。でも材料とかは聞かないでよ、俺も良くは知らないから」
当然嘘である、材料くらいは知っているが説明に自信がないから先手を打ったのだ。
するとアメリアから提案が
「釣りって初めて聞いたから良く分からないんだけど、まだ時間もあるしどんなものか見せてくれないかな?」
ハンターを目指しているだけあって効率の良い狩りの方法に興味があるからこその提案だ。
「そうだね、じゃあ見てて」
そう言って川に入り虫の幼虫を捕まえて針に刺す。
現代の女の子ならここで若干引き気味になる者も多い、しかし当然2人はそんな事にはならない。
釣りを始めると直ぐに15センチほどの魚が釣れた、あまりの速さに2人はかなり驚いている。
流一は目見当で20センチ以上の魚を持って帰る事にしていた、なので当然ここはキャッチアンドリリースである。
しかし『資源保護』の概念など全く無い世界の2人にはその行動が理解出来ない。
「「せっかく獲ったのにどうして逃すのよ!」」
ここはハモった、少しの怒気を含めたところまで。
「小さかったからね」
流一は涼しい顔で答える。
「じゃあこの石で囲った中の魚がみんな大きいのはそれでなの?」
ユリアナが生簀を指差しながら聞いて来た。
「そうだよ、沢山獲れるんだから小さいのは大きくなってから獲った方がいいだろ」
実演も済んだので釣り道具を片付けながら言った。
『それもそうか』と納得する2人、そもそも生簀の中には20匹以上の魚がいるのだ、小さい魚まで根こそぎでは持ち帰るのも一苦労になる、しかも普通に考えて小さい魚は安いので大きい魚だけを持って帰る方が効率も良い。
結局『資源保護』という考えは理解されなかったが効率を考えて大きい魚だけを獲る事には賛同してくれた。
3人は翌日からも同じ体制で狩りをすることにして帰って行った、もちろん流一のイメージ通りの格好で。
とはいえ流一は熊の格好をしているわけでは無いのでサマにはなっていないが。




