第 零 話 ア イ・シ ャ ド ウ
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広がる湾岸都市の廃墟。
雲の切れ間から差し込む数条の日の光が、僅かに湾の海面を照らしている。
湾には、崩れ落ちた巨大な吊り橋。半没した軍艦の残骸。
湾を望む小高い丘に横たわる倒壊したトラス構造のタワー。
タワーの麓に座り、都市の廃墟を見つめる一人の少女。
少女の傍らには、一つの「影」が佇む。
「影」……小さな光を内包した、高さ1m程の漆黒の渦。
深い哀しみを瞳に宿して、呟く少女。
少女「そうね……あたし達、色々と間違えちゃったものね……」
愛おしそうに「影」に触れる少女。
少女「あなたも……沢山、欠けちゃったね……ごめんね……」
答えるように、中心の光を明滅させる「影」。
少女「変わらないな。あなたは……」
再び、廃墟に目をやる少女。
窓ガラスを失ったビル、幹線道路に墜落している旅客機。
脱線したままの列車。乗り捨てられた数々の車両。
目を伏せて、想い沈む少女。寄り添う「影」。
細く途切れ気味に、鳴り始めるサイレン。
少女「……」
やがて、徐に立ち上がり……僅かに躊躇しながら、
タワー中央に向けて、右手を掲げる少女。
タワー中央から少女に向けて光の点滅が3回。
低い唸り音を発し始めるタワーの残骸。
少女「あいつは……三日前に回廊に入ったらしいの……」
「これからは……あなたひとりで……」
目に涙を溜めて「影」を見る少女。
少女「向こうはココと同じ……似ている世界だって」
「……どこかで、あたし達に会ったらよろしくね」
大粒の涙をこぼし「影」に笑いかける少女。
少女「もう悲しい思いを……させないであげて」
中心の光を、何度も強く明滅させる「影」。左手の指輪を抜く少女。
抜いた指輪を、そっと「影」の中に沈める。
少女「さあ……行きなさい……役目を果たすのよ」
「影」から少し遠ざかる少女。
大きく響く唸り音の中、徐々に消えゆく「影」。中心の光も小さくなっていく。
流れる涙を拭おうともせず、消えゆく「影」を少女は見つめる。
少女「さようなら……たった、ひとり残った……私の家族……」
少女の前から消え去る「影」。風に揺れる栗色の柔らかな髪。
少女「クロウ……」
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第 零 話 「 ア イ ・ シ ャ ド ウ 」
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6月。水無月。
満月が照らす東京の夜景。
ライトアップされた東京タワー。
ビルの谷を縫って流れる車列の光。明滅する大量の航空障害灯。
都心から、少し離れた住宅地。
池を擁する公園の近くにある小さな商店街。
3階建て狭小住宅の1階部分を店舗とする洋食食堂「留守食堂」。
閉店時間間際の食堂店内。
若葉「えー!!登ったことないの!?東京タワー!?」
「それって……東京の警察官として、どうなの??」
髪をポニテに結んだ若葉が、明るく笑って仙波をからかう。
オムライスを食べながら若葉に返す私服の仙波。
仙波「いやいや、そんな服務規程は無いし」
「そもそも、アレって普通は登る?遠くから愛でる建造物じゃないすか?」
ヒョイと、厨房から顔を出す哲司。
哲司「俺も39年の生涯で、一度たりとも登った事ないぞ?」
店のカウンターに座り、スマホゲームに勤しんでる快晴。
快晴「僕も12年の生涯で、一度たりとも右に同じ……」
「って言うか、お姉ちゃんだって去年が初登頂でしょ?」
仙波のコップに冷茶を注ぎ足しながら、ドヤ顔をキメる若葉。
若葉「1と0では大違い!何せアタシってば、800段の階段を駆け上がり、大展望台まで到達したガール!」
快晴「盛り過ぎ。――正確には600段」
オムライスを満足そうに食べ終わり、手を合わせる仙波。
仙波「ごちそうさま。そして、今どき自慢にならない体育会系な高校で、お疲れさま」
若葉「うっさいな~。どうせ偏差値微妙ですぅ~」
軽く笑いながら、哲司が缶ビールを両手に厨房から出てくる。
1缶を仙波に薦める哲司。
哲司「ウチの娘が、おバカのお詫び。そして、お得意様サービス」
仙波「あざっす」
店の手伝いは終わりとばかりに、髪をおろす若葉。柔らかく揺れる栗色の髪。
若葉「仙波さんより、まず無償労働のアタシにサービスしてよ?」
「父さん?」
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留守食堂 店先。
店のシャッターを下ろした哲司が、満月を見上げる。
哲司「明日も晴れか……」
「朝一に登れば、ランチ営業に間に合うな……」
子供達の部屋の明かりを、穏やかな表情で見る哲司。
若葉の部屋の窓を見て、思わず苦笑する。
哲司「今時、せめてツリーだろ?」
「まぁ、タワー嫌いじゃないけど」
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留守家(留守食堂 3階)若葉自室。
割と女子っぽい雰囲気の部屋。多少……物多め。
パジャマな若葉が、机に向かい明日の授業の準備をしている。
教科書を手に取り、諦めの呪文を口にする。
若葉「うへぇ~また古文かぁ~」
「まず、寝るな。きっと寝る。寝れば寝るとき……」
部屋の隅に立てかけてるテニスラケットを一瞥し、教科書を鞄に入れる。
机に置いてある写真立てに目を留めて語りかける若葉。
写真立ての中で笑う母の環。
若葉「快晴、明日は学校が休みなの。
親子揃って、東京タワーに登ってくるんだってさ?」
「どう思う?あの男子2人?アタシに張り合うなって」
椅子をクルリと回転させながら、写真の母に軽めのクレームを並べる。
若葉「中学生になっても、快晴はゲームばっかやってる子供だし」
「父さんに至っては、39歳の次男状態よ??」
「哲司くん、本当に手がかかっ……」
環の写真を見て、笑う若葉。
若葉「はい……止めま~す……お母さんって、父さん大好きだったもんね~」
椅子から立ち上がる若葉。もう一度、環の写真を見る。
若葉「……まっ、アタシも嫌いじゃないけど」
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翌日。晴天。
普段と変わらない東京の朝風景。
駅に向け、足早に通勤する人々。すれ違う外/内回り山手線。
公園をランニングする人。犬を散歩する人。
クロスバイクで通勤する人。すし詰め電車で登校する若葉。
工事で渋滞する一般道。普通に渋滞する首都高速道路。
羽田空港に離着陸する旅客機。管制塔で業務に勤しむ管制官。
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東京タワー。
平日の午前中にもかかわらず、大勢の観光客で混んでいる大展望台。
大きな窓から一望できる東京の風景。
並んで腕を組み、眼下の東京を眺める留守親子。
快晴「凄いね。父さん。東京が、パノラマだよ」<棒
哲司「凄いな。快晴。横浜どころか、富士山も見えるぞ」<棒
快晴・哲司「……」
留守親子の周囲を、駆け回る子供達。
小さくため息をつく哲司。
哲司「概ね、想像通りの風景が広がる世界……」
「アラフォーになると、感動する心が薄くなるのかね?」
「やだやだ……」
快晴「いっそ、特別展望台でもチャレンジする?」
哲司「いいね。何か意地になってきた」
「ここで、若葉に差を……」
周囲に響き始める低い唸りで、言葉を切る哲司。
大展望台のガラスが、細かく振動を始める。
哲司「?」
快晴「地震?」
即、スマホの速報を確認する快晴。
展望台内部を見渡す哲司。
哲司「揺れては……いないんだよ?」
一段と強くなる振動と唸り。
哲司「外工事なんかしてたっけ?」
突然、大展望台の窓4面全てが、白い閃光に包まれる。
快晴「―――――!!!」
直後、ガラスが割れたような音が、大展望台全体に大きく響く。
思わず、姿勢を低くする二人。いや、展望台の他全員も。
哲司「雷っ!?」
大展望台の窓に手を着き、下を確認する快晴。
快晴「家の前に落ちた時と……同じ音が……」
「……」
「父さん?」
快晴の横で下を覗き込む哲司。
哲司「何処?焦げてるか??」
快晴が、下を凝視したまま呟く。
快晴「風……?」
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東京タワー。フットタウン。
同じ位置で舞い続ける旋風。倒れたゴミ箱から飛ぶチラシ。
不安げに、旋風から距離を取る人々。
急速に成長していく旋風。中心に向けて流れ込む強い風。
漆黒の布を巻き取る様に、旋風の外側から徐々に「影」が形成されていく。
巨大な「影」の塊となっていく旋風を、唖然と見上げる人々。
大展望台に迫る大きさに成長した「影」。
徐々に両手、両脚、頭の様な形状が形成されていく。
東京タワー。大展望台。
快晴達の目の前で、形成されつつある「影」の頭部。
烏帽子の様でもあり、カラスの嘴のようでもある。
完全に巨大な人型となった「影」。
やがて「影」の身体の中で、瞬きだす無数の光。
大展望台の人々の多くは、逃げるのも忘れて光に見入っている。
光に見入る快晴に、声を掛ける哲司。
哲司「おい……快……」
その瞬間、「影」の頭部中央に真一文字の光が走り、上下に大きく開く。
現れる極彩色に光る巨大な単眼。
一斉に悲鳴を上げて、エレベーター方向に逃げ出す人々。
併設されたカフェでは食器の割れる音。
左右に大きく動く「影」の単眼。
大展望台最前面に立つ留守親子の前で、単眼が動きを止める。
その場を動けない哲司達。留守親子……特に快晴を、凝視する単眼。
ゆっくりと「影」が、大展望台の窓に顔を近づける。
訳もわからないまま、「影」を見つめる快晴。
そっと、快晴に手を差し伸べる「影」。
間に窓ガラスが有ることも忘れ、その手に触れようとする快晴。
突然、単眼にノイズの様な乱れが走り「影」の動きが止まる。
快晴に手を差し伸べたまま、微動だにしなくなる「影」。
我に返った哲司が、呆然としている快晴の肩を掴む。
哲司「快晴っ!!逃げるぞ!!」
快晴「え?……あっ……うん」
最終のエレベーターに乗り込み、大展望台を後にする快晴と哲司。
満員状態で下降するエレベーター内。
非常時にもかかわらず、ゆっくりとした口調の通常アナウンスが流れる。
哲司「……流石に、階段はゴメンだよな」
快晴の肩を優しく叩く哲司。
哲司「大丈夫だ。泣くなよ……」
「家に帰るぞ」
快晴が、意外そうに哲司を見る。
快晴「え?」
目元に指をやり、涙を拭う快晴。
快晴「……何で……涙?」
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東京タワー。フットタウン。
エレベーターから走り出る人々。
フットタウンの外では、多くの観光客が停止した「影」を見上げている。
駐車場の自家用車(留守食堂キッチンカー)の側で、
初めて「影」を振り返る快晴。
尖った頭頂部が、大展望台とほぼ同じ高さ。
頭部の形状と単眼以外は、人間に近い姿をしている「影」。
細身の身体の肩、肘、膝にヒレの様な形状の突起が確認できる。
「影」を撮影しようとする観光客から、やがて困惑の声が上がり始める。
「あれ?カメラ壊れた?」
「巨人どこ?居ないよ?……居た……居ない」
「本当だって!お母ちゃん!そこに立ってるの!」
「何や?これ?どういうこと?」
観光客の反応が気になり、快晴もスマホを取り出して「影」を撮影する。
哲司「快晴っ!早く乗れ!!」
快晴を、半ば強引にキッチンカー助手席に押し込む哲司。
駐車場から急発進し、まだ交通規制が実施されていない桜田通りを飛ばす。
哲司「呑気に、撮ってる場合かよ?」
助手席でスマホを操作する快晴。
快晴「……父さん?」
哲司「何?」
逃げ惑う人々で沿道は大混乱……
と思いきや、「影」にスマホを向けている人が多数。
交差点に、警察官の姿が増えてくる。
この状況下で、律儀に信号を守る国民性。
ご多分に漏れず、赤信号で止まる留守食堂キッチンカー。
運転席の哲司に、スマホの画面を見せる快晴。
快晴「撮影できないんだ……」
「写ってない……」
快晴のスマホに表示された撮影画像。
有るべき場所に「影」の姿はなく、東京タワーが写っているのみ。
都心上空を舞い始める報道ヘリコプター。
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東京都江東区。若葉が通う東雲高校の教室。
古文の授業中。
窓際の自席で、余計な事柄を思案中な若葉。
若葉(まさか、調子ぶっこいて特別展望台なんか奮発してないでしょうね?)
(するかも……するな……確実に……)
(まずい……アタシの家庭内における優位性がクライシス……)
授業を無視して、隣の席の燈を凝視する若葉。
若葉(お~い!あかり~?今度~スカイツリーに……)
若葉の視線を感じ取り、戸惑う燈。
燈 「???」
教室のドアが開き、学年主任が顔を出す。
古文の先生を、廊下に連れ出す学年主任。
ここぞと欠伸をする生徒達。
若葉に話しかける燈。
燈 「若ちゃん?……どうしたの?」
若葉「テレパスで、勧誘してた……」
教室に戻ってくる古文の先生。
先生「喜べ。自習だ」
歓声が上がる教室。
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誰かの回想– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
やわらかな日差しの中、雲がゆっくりと流れる穏やかな日。
誰かの目線近くまで、タワーの階段を登ってきた少年。
屈託のない笑顔で、手を差し伸べる。
少年「姉ちゃんを……助けてくれてありがとう」
「ついでに、俺と友達になろうぜ?」
差し伸べた自分の手と、誰かの手を見比べて笑う。
少年「うーん。やっぱ、サイズ的に握手は無理かな?」
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「影」の単眼に極彩色の光が戻り、体内の光も輝きを増す。
空気が震えるほどの低音を発し、単眼を動かす「影」。
――まるで再起動。
東京タワー・フットタウンから、大きく足を踏み出す「影」。
何かをトレースするように一歩一歩、確実に歩みを進める。
進路上のオフィスビルに衝突する「影」。周囲から悲鳴が上がる。
幽霊の如く「影」が、オフィスビルを透過する。
無傷のオフィスビル。
逃げるのも忘れて、呆然と「影」の後ろ姿を見つめる人々。
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霞ヶ関。
国土交通省から、1台の黒セダンが六本木通りに出る。
後部座席に座る、蓼丸香津美と部下の茅真日歌。
蓼丸「一方的に飛行計画のみ押しつけやがって。
万が一にも威力偵察など、やられてたまるか!」
蓼丸の巨体に圧迫され、窮屈そうな日歌。
日歌「羽田管制に直接通告というのも前例が無い。
やはり、在日米軍も混乱しているのだろうか?」
「……」
「混乱しているのでしょうか?」
蓼丸「横田も遠いからな。目視するまで納得せんだろうよ」
「いやまず、大使館職員の目撃談くらい信用してやれんものかね?」
日歌「私達も、他国の事を言えないがな……首都高速は無理の様ですね」
巨体を前席に割り込ませ、ドライバーに話しかける蓼丸。
蓼丸の身体に潰されそうになる日歌。
日歌「うげっ」
蓼丸「新木場まで、最短で頼む」
車窓に立派なオデコを押し付けられながら、蓼丸に問う日歌。
日歌「ヘリで羽田まで?この状況下で使用出来るのか?」
後席に身体を戻す蓼丸。
蓼丸「使うさ!」
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TVの映像。お昼のワイドショー。
興奮の現地リポーターが、捲し立てる。
リポーター「ですから!私の目の前を、歩いているわけでして!」
「スタジオ!見えてますか!?……聞こえてます!?」
機嫌が悪いスタジオの司会者が、リポーターに答える。
司会者 「見えないけど、聞こえてますよ……
コメントのしようがないだけで……」
「正直……何をおっしゃっているのかサッパリ……」
リポーター「だーかーらーっ!!首都高目黒線の高架橋に、
暗黒闇巨人がズボッと!!」
司会者 「何?その病的な名前?」
「それが、どうしたの?高速道路を壊したの?」
「中継で見る限り、何も壊れてませんけど??」
リポーター「ご覧の通り無傷です!先程、踏まれた人も元気でしたっ!!」
留守家(留守食堂)居間。
無事に自宅に到着した哲司と快晴が、TVのワイドショーを凝視している。
哲司 「報道は駄目だな……」
快晴 「放置しておこう……」
少し微笑みながら、スマホで情報を集める快晴。
快晴 (……アイツ……動けたんだ……)
TV中継が、別の場所に切り替わる。
アナ 「中継変わりまして大田区の古内リポーター?」
リポーター「はい……古内です……現在、巨大な影の人は都心から……」
「……中原街道を下って、大田区の長原を通過しました……」
古内の名前を耳にして、TVをチラ見する快晴。
快晴 「あれっ!?お天気お姉さんまで駆り出されてる!?」
「可愛そうに……涙目だよ?」
お天気お姉さんに同情を禁じ得ない快晴に、話しかける哲司。
哲司 「――なぁ。快晴?」
快晴 「何?」
哲司 「デカいだけあって、アイツ歩くの速いよな?」
「牛久大仏と全力疾走対決したら、どっちが速いと思う?」
快晴 「アイツじゃない?牛久さんは、衣装がハンデだよ」
哲司 「中原街道を下るって事は……若葉の高校は、影響無さそうか……」
快晴 「だね……お姉ちゃんが、あいつと遭……」
見つめ合う快晴と哲司。
快晴・哲司「――長原って隣町ですよね!?!?」
息を呑んだ後、ダッシュで階段を駆け上がる留守親子。
留守食堂 屋上。
勢いよくドアを開け、屋上に飛び出た2人が揃って上を見上げる。
快晴・哲司「――――――――!!」
声なき叫びを上げる親子。そこには、留守食堂を見下ろす巨大な「影」。
「影」の単眼を見つめる快晴。快晴を見つめる「影」。
「影」が、ゆっくりと快晴に手を差し伸べてくる。
快晴 「……」
そっと「影」の指先に触れる快晴。
快晴 「……!!」
あまりの出鱈目加減に思わず吹き出して、笑い始める快晴。
哲司 「!!」
哲司も笑い出す。大笑いする親子。
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東雲高校 廊下。カウンセリングルーム前。
廊下を走る数名の生徒。
カウンセリングルームから顔を出す、スクールカウンセラーの星乃。
星乃 「こ~ら!一応、待機中なんだから騒がない!走らない~!」
緊張感の無い生徒達が、足を止める。
生徒1「は~い」
職員室の方向を指差す星乃。
星乃 「ねぇ?私、蚊帳の外なんだけど?」
「新しい情報ある?」
スマホを取り出す生徒1。
生徒1「全然。どうなってるんだか?コレ、既に通話制限だし……」
生徒2「俺のキャリアも早々に店じまい。
SNSの噂じゃ港区に怪獣が出たらしいけど」
生徒3「ウケる。映画かよ?」
星乃 「ふ~ん」
「教室に戻りなさいよ。心が辛くなったら、いつでもカモン」
生徒2「はーい。よろしくでーす」
カウンセリングルーム。
椅子に座り、スマホで通話を試みる星乃。
星乃 「ジロ?ジーロー?」
ジロと呼ばれた相手から返答。
ジロ 「……歌留多?」
星乃 「凄い!通じた!繫がった!」
ジロ 「繫がるようにしたんだ。……で?何だ?」
星乃 「怪獣、出たの?」
ジロ 「出るか!!今、調査中。追って連絡する」
星乃 「む~。私としては、リアルタイムな情報が欲しいんですけど?」
ジロ 「無理言うな!それとお前……ココには、当分戻れそうにないぞ」
「都内4区で、全面交通規制をかけるつもりらしい」
星乃 「……ジロ……お願いが……」
ジロ 「今、聞く耳は持たんよ。じゃな」
切れる通話に、憤懣たる表情の星乃。
星乃 「んだよ~。付いてるでしょ!?」
「顔に似合わない可愛い耳が!?」
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留守食堂 屋上。
商店街は、避難を始める人で大混雑。防災スピーカーから流れる自治会長の声。
そんな騒ぎを余所に、一頻り笑い終えた留守親子。
哲司「さて!これからどうしよう!?」
快晴「もう、いっそ仲良くなりたい!」
哲司「だよな……」
「じゃ、YES、NOから教えてみるか?」
「こうやって……」
「YESは、首を縦に1回、NOは、首を左右に1回振る」
「解らない場合は、首をかしげる」
快晴「どっちかって言うと、単語の理解が先の気がするけど?」
哲司「そっか……まぁ、先は長いな」
快晴「うん。根気よく、行こう」
「影」を見上げる快晴。思わず声を掛ける。
快晴「キミも頑張れるよね?」
大きく頷く「影」。
哲司を見て笑う快晴。
快晴「ほら!YESだって!」
驚愕して、口を大きく開けてる哲司。
哲司「…………!?」
事態に気が付き、慌てて「影」を再度、見上げる快晴。
快晴「キミ!?――言葉が?……日本語が解るの!?」
大きく頷く「影」。
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彼 は 私 の 世 界 を 歩 き
私 は 彼 の 世 界 を 想 う
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東雲高校の教室。
窓際に集まり、外を見ている生徒達。
新木場ヘリポートから、都心に向け飛行する数多くのヘリ。
首都高速湾岸線を、列を成し走行する自衛隊の移動通信隊車両。
燈と共に、その風景を不安げに見る若葉。
若葉(……快晴……父さん……)
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