異世界で一番、愚かもの
突然だが、私は転生者だ。
いや、姿形は変わらないから、もしかしたら転移者なのかもしれないけど。
多分、きっと、転生者だ。
いつの間にか、種族が変更されたらしいし。
自室で眠りについたと思ったら、誰かに「いってらっしゃい」されて、気が付いたら埃臭い古城の天涯付きベッド(何故かこれだけ綺麗)の上で目覚めるとか、なんてファンタジー!
おまけに、ステータス画面開けるし、スキルもあるし、魔物いるし、冒険者も居て、ギルドもある、剣と魔法の異世界とか。
絵に描いたような展開。
ライトノベルか!
……うん、これは夢だな。
私の妄想力マジすげー。
と、思っていた時期が私にもありました、はい。
けど、気付いてしまったのです。
それは魔物との初戦闘時。
古城の近くに居た犬っころ――私のスキル『鑑定』――指定した対象を鑑定するスキル曰く、ヘルハウンドにがぶ付かれまして、その際出血プラス痛みを感じたのです。
めっちゃ痛くて、死ぬかと思ったわ。
で、これは間違いなく、現実で、紛う事なく異世界転生だと思った訳なのですよ。
はっきりと、現実だと自覚した私は、ヘルハウンドを『氷魔法』――名前の通り対象を凍結させたり、生み出した氷を操る魔法スキルで氷の彫像の刑に処し、傷付いた身体は『自己再生(制限あり)』――魔力を消費して自分の中傷程度の怪我を再生出来るスキルで全回復させた。
現実は世知辛いよ!
それから私は、古城から離れ、時にマンティコアの背に乗り、時に馬車に揺られ、時に盗賊に襲われ(返り討ち)、時に飛び立つワイバーンの背に乗り、時にゴブリンの集落を叩き潰し、人間の治める国、その王都へと辿り着いたのだ。
移動中に得た情報などを頼りに、私はギルドに登録、晴れて冒険者になると、スキル『道具箱』――いつでも何処でも、出し入れ可能な自分だけの四次元空間を作るスキルに溜め込んでいた、魔物の素材を売り捌き、観光費と今後の旅費とした。
うーん、そうだな。
後は……聖女様が異世界から召喚されたとか、聖剣に選ばれた勇者が聖女と騎士、それにギルド所属の精鋭達とパーティーを組み、魔王討伐の旅に出たとか、噂で聞きながら、やっぱり観光してたかな?
「ま、観光が目当てだったし。あんまり王都を見て回った事なかったから……のんびりと気ままに、ショッピングとかして過ごしたいと思ったんだよ~」
一週間。
そう、一週間程観光を楽しんだ私は、改めてギルドに向かい、依頼でも受けようとしていた所、とあるでこぼこパーティーに誘われて、そのパーティーに加わった。
パーティー名は夜の明け星。
青年魔導師と、青年騎士、神官少女、女剣士の四人で構成されたパーティーだ。
青年魔導師は何処か取っ付き難い感じのクールな美形で、黒い狼の尻尾と耳のある獣人さん。
青年騎士は逆に軟派な人間のイケメン好青年で、皆大好き王子様みたいな金髪碧眼さん。
神官少女は無表情がデフォルトの敬語美少女で、小さくて色白な人間の女の子。
女剣士はサバサバしていて明るい感じの美人さんで、年齢は内緒のポニーテールなエルフさん。
うはー、美男美女のパーティー。
つるぺたの神官ちゃんもいいけど、ぼんきゅっぼんの剣士さんもいいよねぇ。
勿論、クール系の魔導師さんも、好青年な騎士さんもまとめて目の保養!
本当だったら私が四人と並ぶと浮きそうなんだけど、転生効果か、姿形はさして変わらずも、少し顔を整えて、可愛くして貰えたようで、ギリ(?)通行人に石は投げられないと思われる。
ま、石投げられたら、岩投げ返すだけだけど。
報復は倍返し!
なんちゃって。
因みに、本人達に「美形パーティー!」って言ったら、剣士さんに「おだてても何もでないからね!」と軽くチョップを貰った。
ちょっと照れて赤くなっている剣士さん、プライスレス!
夜の明星に置いて、私のポジションは紙装甲の魔法剣士。
なんか、魔力への極振りがやばくて、物理低いんだよなぁ、私のステータス。
『魔力操作』――名前の通り魔力を自在に操るスキルと『付与魔法』――任意の対象にデバフやバフを付与出来る魔法スキルで、武器を強化すれば物理攻撃は凄い尖るから、攻撃力に文句はない。
あるのは、防御かぁ。
もう、あれだよね。
速度上げて、敵の攻撃は全回避するしかないでしょ、これは。
パーティーに所属してから、レベル上げとお金稼ぎの為に、ダンジョンの攻略やギルドの依頼を熟していった。
ゴーレム討伐とか、行商人の護衛、素材採取とかだね。
野営の際、皆で料理をローテーションしていたんだけど、魔導師さんの料理が一番美味しくて、ビックリ仰天である。
「何これ、うま!」
「……」
「もう魔導師辞めて料理人目差し、っいたぁ?!!」
「黙って食え」
チョップされた。
それはもう、嫌そうなお顔で。
褒めただけなのに、解せぬ。
ゴーレムの上位種、アイアンゴーレム討伐の際は、『魔力操作』と『付与魔法』による強化剣が猛威を振るい、私は自分と剣士さん、騎士さんの剣を強化し、圧勝した。
「秘儀! 魔剣!」
「凄い! これ、アイアンゴーレムがまるでスライスチーズみたい!」
「その例えは流石に可哀想じゃない……?」
剣士さんに喜んで貰えて、恐悦至極。
騎士さんは、スライスチーズと呼ばれたアイアンゴーレムに、ちょっと同情的な眼差しを向けつつ斬ってたけど。
そういや、この世界にもスライスチーズあるんだね。
で、魔剣で遊び過ぎて、やっぱりチョップ貰った。
今回はね、大穴の神官ちゃんだよ?
「アイアンゴーレムを粉々に切り刻んでどうするんですか。何処を売るんですか、貴女は」
激おこの彼女は恐かった。
普段あんまり怒らない人が、怒ると怖いって本当だ。
いつもより表情筋が動いております。
騎士さんはにっこり笑顔で「ふふ、お転婆も程々にね?」て、助ける気ゼロ。
私は神官ちゃんのお説教の餌食である。
がくり。
そうやって、潜って、戦って、探して、剥ぎ取って、着々とレベルを上げ、お金を稼いで、次の街では新たな仲間も出来た。
盾役の男性だ。
顔に傷があってね、見た目は怖そうなんだけど、ぶっきらぼうで意外と優しい。
丁度、その街の付近で魔物の群れ――リザードキング率いるリザードの大群が街に向かって、大移動して来る事件が起こり、私達夜の明星は街の冒険者達と共闘して街を防衛、その時に一緒に戦ったのが縁だ。
結論から言うと、盾さん強ーっす、はい。
「うおらー!!」
「えー、盾でリザード吹っ飛ばしたよ、あの人!」
「真面目に戦ってください」
「真面目に戦ってるよ?」
「うるせぇぞ! 喋っている暇があったら手ぇ動かせや!」
神官ちゃんに怒られ、盾さんに怒られ、しょぼんとして私は大人しく『氷魔法』で生み出した氷の塊を、リザード達にぶつけたり、『風魔法』――名前の通り風を操る魔法スキルでリザード達を吹き飛ばしたり、例の魔剣(笑)でリザード達の武器と身体をスライスして行った。
最後は、盾さんと騎士さんと共闘で、リザードキングを討伐。
盾さんがリザードキングの攻撃を防いで、私と騎士さんでリザードキングに斬り掛かる。
勿論、斬撃は『付与魔法』をフル活用しているので、鋼鉄もスライス可能!
「その首貰ったああああああっっ!!!」
「そこ首じゃないよっっ、と!!!」
騎士さんと私による、止めの十文字斬りが華麗に決まり、リザードキングは倒れ伏した。
「いや、今のはね、決め台詞みたいなもんだから気にしないで頂戴!」
「そう?」
「おい、てめぇ等。てめぇ等には真面目のまの字もねぇのか!」
結局、真面目にリザードキングを討伐したのに、盾さんからチョップ……ではなく、拳骨を貰った。
リザードキングの討伐や戦闘は真面目にやってたつもりだったが、リザードキング討伐直後にふざけたのが良ろしくなかったらしい。
痛かった。
そりゃもう、脳細胞死滅して、頭陥没するくらい!
やめて、私の防御力は紙なのよ?!
こうして、劣勢と思われたリザードキング討伐戦は幕を引く。
結果的に、大勝利と言っていい戦いだったと思う。
街の被害はゼロ。
死亡者ゼロ。
怪我人は中傷程度で、神官ちゃんとその他の神官さん達が治療に駆けていた。
一時はどうなるかと思ったが、見事一件落着である。
相手の数的にもう少し被害が出るかと思われていたが、共闘者達がそれなりにレベルの高い人達だったらしく、杞憂に終わった。
皆強くて良かったわぁ。
死人なんて出たら、目覚めが悪い所の話じゃない。
やっぱり、痛いのは嫌だよね。
盾さんが加わり、私達――夜の明星は六人のパーティーになった。
私へのチョップ要因は今の所、騎士さん以外で拳骨してくるのが盾さん。
あれ? 騎士さん以外、私に優しくない?
旅の道中、様々な話を聞いた。
主に、勇者の近況情報や、魔王の話が大半だったけど。
勇者は寄り道と言う名のレベル上げをしながらも、着実に魔王の居る古城に向かっているらしい。
魔王は顔を見せる事なく、勇者を返り討ちにしてやろうと、城で待ちつつ、各地に魔物を放っているとか。
魔族が魔王の御旗の元、集っているとか。
噂の大半は、そんな感じなのだ。
後は、勇者パーティーが魔王を倒すべく、魔族軍や魔物の群れに対抗するべく、立ち寄った各地で、魔王の城から一番近い国の王都に集まるように触れ回っているらしい。
曰く、「富と名声が欲しくば、俺と来い!」。
曰く、「守りたい何かの為に、俺と共に戦わないか!」。
曰く、「魔王殺しの英雄になりたくはないか!」。
そんな言葉で冒険者をつり上げて、対魔王軍の勢力を募っているらしい。
多勢に無勢で、勝機を減らさない為に。
少しでも、自分達の優位性を高くする為に。
まあ、背後には国王陛下が居るし、集合場所の国も勇者を支援するらしいから、反乱分子認定は受けないし、国軍に入らずに、名誉を得られるチャンスだから、そこそこ腕に覚えのある人は行きたがるんじゃないだろうか。
それから、時は流れて、早三か月、私達は大森林を抜けて、渓谷を行き、山を登り、国境を越え、ある国に来ていた。
観光、て訳ではないし、私は何故ここに来たかを知らされていない。
この国を目指そうと言ったのは、騎士さんだから。
嫌な予感はしていたんだ。
目的地がさ、勇者パーティーの向かう国に決まった時から。
勇者パーティーはもう同志を募り、集合した、と街中で聞いた。
魔王はもう魔族を指揮し、他国を侵略する為に動いたとも。
王都が魔族から、襲撃を受けたとも。
それにより、兵士達や冒険者が前以上に対魔王、魔族に奮起しているのだとか。
これから、私は騎士さんから……きっと真意が聞ける。
聞きたくない話。
でも、聞かないといけない気がするから、私は言われるがままにここまで来た。
本当は、聞きたくないけどさ。
聞きたいんだよ。
人間って、面倒臭いね。
「国王陛下から密命を受けていた」
国に着いて、宿を取って、休憩をしていた。
その夜、私達は騎士さんの部屋に全員集まった。
重苦しい空気の中、騎士さんが徐にそう口を開く。
それがきっと、悲劇の始まり。
騎士さん曰く。
騎士さんは本当は、侯爵家の嫡子であり副騎士団長さんだったとか。
それで、王様の命令を受け、腕の立つ者を探して冒険者になって居たのだと言う。
魔導師さんも実は、獣人国、公爵家の嫡子であり、宮廷魔導師で、王様の密命を知っていたらしい。
知らされていなかったのは、神官ちゃんと剣士さん、それに私と盾さん。
でも、誰も怒る人はおらず、薄々気付いていた、と騎士さんの話を黙って聞いた。
「騙していたようでごめんね。でも、君達の強さを知るまでは、このパーティーが魔王と対峙出来るだけの、いや魔王の操る魔族や魔物を倒せるだけのパーティーになれるか、それが分かるまでは伝えられなかったんだ」
「……あんた達の強さは分かった。不在だった盾役も加わった」
「今なら、この話をしてもいいと思ったんだ。丁度、勇者も動く頃合いだしね」
騎士さんと、魔導師さんが語る。
国王陛下の密命――勇者の指示下ではなく、国王の指示下に居る騎士さんを王国の騎士の代表として、魔王に対抗出来るような仲間を探し、勇者の助力をする事。
少しでも、魔王の勝率を下げられるようにと。
少しでも、勇者が敗北するような最悪の未来が訪れないようにと。
魔導師さんは、自国の国王様から、そんな騎士さんを助力するように命じられて、ここに居るんだって。
その話を聞いて、暫し皆無言だった。
けど、皆、騎士さんの話に乗ると答える。
盾さんは少々反発気味だったけど、「魔王討伐だなんて、面白そうじゃねぇか」て、結局は騎士さんと共に、勇者の助力をするって。
そうして、このパーティーの目的が魔王討伐と言う名の勇者への助力になってしまったの。
そんなのさ、望んでないのに。
私は反対。
勇者への助力?
無駄死にするだけだよ?
だってね、魔王はとっても強いんだよ。
『自己再生』のスキルも持ってるし。
魔力激高だし!
勇者に任せたらいいよ。
だって、勇者がもし勝てないような相手なら、端から私達に勝ち目なんてないよ。
国とか、王命とか、大切なのは分かる。
国としても、平民の勇者が率いるパーティーだけに先陣切らせて、魔王に挑ませる訳にもいかないってのも。
だからこそ、勇者パーティーには優秀な人が集まっているんでしょ?
相手の規模が未知数だから、保険として勇士だって募った。
でも、魔王と対峙するのはやっぱり勇者パーティーで、他は待機か、他の魔物の処理とか、魔族を相手にするんでしょ。
私達が行く必要性を感じない。
私達が行っても意味ないよ。
え? 言っている事が可笑しい?
そんなの知ってる。
私が可笑しな事言うの、今に始まった事じゃないでしょ?
「だからさ、私と――――」
必死だったの。
声はね、震えていて、とても聞いていられないものだったかもしれない。
言葉は支離滅裂で、理解しがたくて、矛盾だらけだったと思う。
臆病者、て罵られたって構わなくて、だから、必死に声を上げた。
引き止めたかった。
ただそれだけ。
壊したくなかった。
ただここに、居たかった。
奪われたくなかった。
でも、言葉は…………届かなかった。
♦♦♦♦♦♦
あの居場所は、酷く心地よかった。
ぬるま湯に浸されていた私の身体には、この世界は冷た過ぎた。
丁度良く暖かいあの場所が、好きだった。
ぽっと出の私を仲間に加えて、私の異常な強さにも臆さずに称賛をくれた。
非力だった時も、力が上手く使えなかった時も。
最初の出会いは偶然。
後は、全て私の故意的によるもの。
「ふふふ、現実逃避が過ぎるよ、私」
自嘲気味に笑う。
びゅうびゅうと音を立てる強風が、私の長くなった髪を弄ぶ。
暗くなり始めた空を、私は見上げる。
物悲しく、淋しい夜が訪れるのを私は静かに肌で感じていた。
結局、私は何も出来やしない。
毎回そうだ。
私には何も出来やしない。
どうして、肝心な時には頭が働かないんだろう。
真っ白になった頭は、滅茶苦茶な言葉しか口に出来なかった。
ぐちゃぐちゃな脳内は、正常に思考してくれはくれなかった。
募った勇士が戦うのは魔物か、魔族。
魔王と本当に、戦うのは勇者とのほんの一部。
なら、私達だって魔王を討伐する助力として参加出来る。
その実力があるのは、私も分かっていた。
ただ問題は魔王だ。
魔王は、今の勇者じゃ決して倒せないと、知っていた。
だから、私は――――――。
ああ、今でも脳内に焼き付いて消えやしない。
仲間の顔が、声が、言葉が………………。
「はぁ? 何言ってやがんだ。ここまで来たら、もう後になんざ退ける訳ねぇだろうが! バカ言ってんじゃねぇぞ、能天気娘!! この俺に尻尾巻いて逃げろってのかぁっ?!」
ある、盾役の男は言った。
そうだよ、尻尾巻いて逃げてほしいの。
死んじゃったらさ、何にもならないって、言ってたじゃない?
「私は行きます。逃げたいのであれば、貴女お一人で逃げてください。私は責めたりなんてしません。それが、貴女の選択で、貴女の生きる道ならば。ですが、私は私の守りたいものの為に戦います。後にはもう退けません。保険でもなんでも、魔王を討つ為に必要なら行きます」
ある神官の少女は言った。
守りたいものって何?
その選択の末に、全て壊れてしまうのに?
「君との逃避行は楽しそうだけれど、ダメだよ。騎士として、僕がここから逃げ出す訳にはいかない。任されてしまったからね」
ある青年騎士は言った。
任されたから何?
騎士は誰かの為に死ななくちゃいけないなんて、そんなの馬鹿だよ。
「あたし等は勇者じゃないけどさ、あたし達にも何か出来る事がきっとあって、それが魔王に挑む勇者への助力だと言うなら喜んで手を貸すさ。例えそれが無謀でも」
ある女剣士は言った。
無謀もいい所で、本当は手も足も出ないんだよ?
行く意味なんてなくて、何にも出来ないよ。
「あんたがそれでいいなら、そうすればいい。俺はこのまま進む。一人になったとしても……」
ある青年魔導師は言った。
例え一人でも、例え道がなくても、進み続けるの?
例え仲間が死んでも、貴方は歩けるの?
誰も、疑わない。
誰も疑わなかった。
魔王を倒せばハッピーエンド?
魔物が急激に増えたのは魔王のせい?
魔族が暴れているのは魔王の命令?
違う。
何もかもが違う。
魔王は倒せないし、魔物と魔王との因果関係は立証されていない。
魔族が暴れているのだって、穏健派から離れた過激派が勝手しているだけで、要は人間内の盗賊とか、犯罪者の括りになる一部だ。
世界が救われる保証なんて、全て丸く収まる保証なんて、端から、何処にもありやしない。
魔王は死なない。
魔王は一人じゃない。
魔王に対して、勇者の称号持ちがたった一人だなんてまるで足りない。
届かない。
殺せない。
救えない。
殺意はトリガーだ。
魔王への攻撃は、悪手だ。
魔王の住まうのは古城だった。
誰も居ない淋しい古城の中。
最終決戦のような場面に集まったのは勇者パーティーと、私の所属していたパーティー、それにプラスで、また他のパーティーがちらほらと。
栄誉と、強さと、救済を求めて。
勇者の募った勇士はまだまだ居たが、大方城外の魔物の討伐か、待機なのだろう。
対峙する魔王は、ただ一人で複数のパーティーと向き合っていた。
味方の魔族は居らず、側近も居らず、まして僕と呼ばれるものも魔王の傍には居なかった。
たった一人の魔王は、勇者達に押されて、押されて、遂に聖剣で心臓を刺し貫かれる。
これが始まりの合図で、終わりの合図。
そうして、皆――――――私を置いて逝った。
「だから、逃げようって言ったのになぁ」
ぽたぽたと伝い落ちる、生暖かい液体に気付かないフリをして、私は一人呟く。
「……ぃでよ」
まるで蚊の鳴くような、か細い声が出た。
血の生臭い匂いと、何かが焼ける香りが辺りを包んでいる。
鉛のように重く、溶けた鉄のようにどろどろとした、熱い何か胸に巣食い、酷く吐き気がする。
酷く、気持ち悪い。気持ち悪い。
人間としての器が完全に死んだ事により、目覚めた力。
始祖の魔王の覚醒。
暴発した力は全てを切り裂き、燃え上がらせ、壊した。
全部全部壊した。
殺した。
何もない。
この場に、誰一人として、生きてはいない。
「嘘つき」
死なないと言ったのはどの口だ。
嘘つき。
「私を、倒せる訳ないでしょ? だって、一回じゃ死なないんだから」
魔王を倒すと嘯いたのは、どの口だ。
嘘つき。
「勇者が古城に足を踏み入れると同時に、魔王は何処に居ようとも古城に強制送還される。これは決まり。逃げる事は許されない」
私が知るのは、世界が、崇拝する女神が魔王と勇者を戦わせる事を絶対としている事だけ。
残念ながら、まだ意図は分からない。
魔王は人だった。
種族は、人間(覚醒後、魔王転化)。
それがステータスに記載されていたのだから、覚醒するまでは人間で間違いない。
覚醒前の魔王では、勇者に勝てない。
けれど、勇者は覚醒後の魔王には勝てない。
魔王を覚醒させるのは、殺意であり、敵意であり、悪意であり、害意であり、憎悪であり、向けられる負の感情。
そして――――死だ。
殺意に晒されて殺された魔王は、覚醒の際に自分が受けたダメージを、周囲に撒き散らして覚醒する。
それに加えて、覚醒したばかりで制御出来ない魔力まで、撒き散らすのだから堪ったものじゃない。
防御も回復も追いつく前に、殺される。
言い訳を言うとすれば、そこに魔王の意思はなく、魔王は自分に向けられた分の殺意を跳ね返してしまっただけ。
これを、どうやって止めたらいいかは、分からない。
何故、魔王の覚醒がこんなシステムなのかも。
古城の周囲までも、破壊し尽くした覚醒の余波は、待機していた者達すらも殺した。
勇者は疎か、私の仲間達ももう、残っていない。
ああ、遠くに連れて行ければ……。
「長く生きられるんじゃないか、て思ったの」
魔王と勇者から離れれば、あの国から連れ出せれば、皆は死なないって思った。
「馬鹿だね。真実すら言えない。本当の嘘付きは私なのに」
魔王として、この古城に――勇者の前へと、召還陣により連れ戻された私の顔を見た、皆の顔が脳髄に焼き付いていた。
何度も、繰り返し見てきた顔。
消えない。
消せない。
刻みついた記憶達。
驚愕と、困惑と、悲哀と、憤慨。
様々な感情を含んだ表情、瞳。
「どうして」と問う言葉に、答えられなかった。
「何でここに」と問う言葉に、口を閉ざした。
「魔王か」と問う言葉に、無言で答えた。
「争うつもりはない」
「魔物なんて生み出せない」
「魔族を指揮もしてない」
「私はこの城の主」
「この城のたった一人の住人」
「今はまだ、私は人間だ」
何を言っても通じないと、分かっていた。
だから、口を付いて出そうになった言葉を飲み込んでしまった。
分かり合えないなんて、今更。
知ってる
分かってる。
これは、不毛だ。
誰にも私の言葉が届かないのは、理解していたから。
最後まで、私への攻撃に躊躇していたのは剣士さん。
仕事と割り切ったのは騎士さんで、自分の役目だと覚悟したのは神官ちゃん。
怒って思い切り攻撃して来たのは盾さん。
魔導師さんは、私が殺意のある攻撃をしていないのに、唯一気付いて悲しそうだった。
最期に、勇者の攻撃を止めようしたのは剣士さんと魔導師さん。
意外な組み合わせだよね?
「あそこに、帰りたかったなぁ。ずっと、その夢の中に居続けられたら良かったのに」
頬が生暖かい。
雨なんて降っていないのに、地面がびしょ濡れだ。
「もう、世界は終わるよ? 勇者。これが君達が招いた末路だと知ったら、どう思うんだろう」
始祖の魔王の目覚めと同時に、各地で爆炎が巻き起こる。
もう、これで終わり。
何もない。何も残らない。
全部全部、裂いて、砕いて、壊して、壊して、壊して……。
始祖の魔王の覚醒は、世界の終わりを意味する。
何故なら、覚醒と同時に七人の大罪の名を冠する魔王が目覚めるから。
「ふふふ、あはは……もう死んじゃってるから、死人に口なしかぁ」
目覚めた七人の魔王は世界を壊す。
魔族と、魔物と共に。
私が何もせずとも。
「あーあ、覚醒して真っ先に世界樹潰すとか……随分と世界への恨みが深いようで」
乾いた笑いが口から零れ落ちた。
私は何処かもう、壊れているのかもしれない。
「……世知辛いなぁ」
せかいがほろびました。
コンティニューしますか?
はい←
いいえ
「……────」
思い付いたネタをメモっていたら、短編が出来上がりました。