君の背中に最後の乾杯
俺は、今日仕事の先輩と飲みに来ていた。
お酒のにおいが飾る、小さなバー。
そこのテーブル席で、俺、臼井健斗は入社したときから一目置いていた先輩、鈴木冴と隣り合って座っていた。
こんなにも有意義な時間があるだろうか。
昔から俺は失敗してばっかり、恋愛も上手くいかず、結婚なんて諦めてる独身貴族だ。
会社に入り、8時に出勤、10時に退社というブラァァァァックな企業様に就職しなければ、もしかしたら俺にも彼女ができて、結婚していたかもしれない。
そんなブラックな会社でも、俺は仕事に追われながら恋をしていた。
「ねぇ健斗君、大事な話があるの」
「は、はいッ!?」
あーやっべ裏返った、恥ずかしい……。
先輩の大事な話ってなんだろうか、いや待てよ?この雰囲気ってもしかして!?
ってなると男は勘違いして痛い目にあるんだよねぇ知ってる。
ここはしんみりと話を聞くとしようか。
「私ね、転勤になったんだぁ」
酒を煽ると、先輩は寂しそうに呟いた。
え?今転勤って……。
「ど、どこに転勤になったんですか?近場ですか?
そ、それともどこか遠いところ……ですかね?」
「海外だって。
私の英語が喋れるっていう能力が、会社のお偉いさん方に評価されたみたい」
「そ、そうなんですか!
ある意味の出世じゃないですか!」
正直嬉しくない。
先輩がいなきゃ俺は、何を見ながら仕事を頑張ればいいんだ?
上司のケツ眺めて仕事するより、想いを寄せている人の足とか見るほうがいいじゃん?
つまりだ。今、俺の中で人生最大級の問題が起きているってことだ。
「正直寂しいです。
先輩がいないと、職場の雰囲気とか変わるんじゃないですかね」
「そんなことないわ。
健斗君が、いつもみんなに話しかけているじゃない」
「そ、それは眠気覚ましといいますかなんと言いますか……」
「ふふふ、こんな可愛い後輩を持てて私は、楽しかったわ。
んじゃ、そろそろ明日の準備するから帰るね」
心なしか、先輩は寂しそうにグラスを置くと立ち上がった。
俺は何も言えず、先輩の背中を眺めていた。
今日は先輩にとって成功を掴んだ日だ。
俺が、止める権利もない。
だから、せめて先輩の成功を祈って。
「冴さんに乾杯ッ!!!」
俺はグラスを上げ、最後の言葉を先輩に送った。