08話 主人と奴隷
深夜に目が覚めると、私はご主人様の腕枕で、ご主人様に抱きついて寝ていた。
(え? 何? 何がどうなってるの??)
今の状況が理解できない私。
「ん? 気が付いた?」
私が動いた事で、ご主人様も目を覚ましたみたいだ。
(うぅ 顔が近い!!)
慌てて離れようとする私をガッチリと捕まえるご主人様。そのまま、彼に抱きしめられた。
「ごめんね、ちょっと調子に乗って触り過ぎちゃったかな?」
「……っ!!!」
(そうだ! 膝枕で尻尾触られて……触られて…… きゃぁぁぁぁぁ!!!!)
思い出したくない事実……あまりにも恥ずかしくて、まともにご主人様の顔を見れない。抱きしめられているので、そのままご主人様の胸に顔を埋めた。
「クレア?」
「うぅ、ひどいです、獣人の尻尾をあんな風に扱うなんて……」
「うん、ごめん、まさかあんなになるなんて……」
(え? 今なんと仰いました? あんなになる?? どうなったの私?)
なんとなく覚えているけど、思い出したくない記憶。聞きたいけど、恥ずかしくて聞けないよぉ。途中から、記憶が曖昧になっている。
ご主人様は、私を抱きしめながら、頭を優しく撫でてくれる。
(あ、これ心地良いかも……クンクン、ご主人様の匂いだ……)
ご主人様に抱きしめられて、優しく撫でられ、匂いを嗅ぎながら、なんか幸せ。でも、ご主人様の匂いと同時に、布団の中から嫌な臭いが……
(これ、私のだ……)
発情した匂い……せっかく買ってもらった下着が酷い事になっている。その事実に、顔がどんどん赤くなっていくのが自覚できる。
(うぅぅぅ、見られたぁ~ きっとすっごく恥ずかしい声だして、すごい事になっていたの、見られちゃったぁ……うぅぅ)
「うぅぅぅ」
「クレア??」
「もう、ダメです……尻尾は絶対にダメです」
「えぇぇぇ? 今度は優しくするからさ、また尻尾……」
「ダメっ!!」
いけない、思わず声を荒げてしまった。
「ねえクレア? ちょっとだけ。ちょっとだけだからさ、また触らせてよ~」
「ひゃっ? ご、ご主人……んっ!! ダメっ……あんっ」
失敗した。ダメと言ったら、ご主人様は尻尾を優しく触り出した。体がまだ敏感のままだ……
「イヤ……お願い……」
「ね? こんな感じで優しくするからさ?」
「あぁぁ、そんな、んっ……」
微妙に優しく尻尾を撫でるご主人様。
「わっ、わかりましたから……また触っても良いですから……お願い、今日はもうダメ」
「良かった、クレアの尻尾の触り心地、最高だから」
そう言って、尻尾から手を離してくれた。負けた……完全にご主人様の言いなりになってしまった。
顔を上げると、にっこり笑顔のご主人様。その笑顔にドキっとしてしまう。
ダメだ、私落とされてる……うぅ、やっぱり私ってチョロイのね……恥ずかしい姿を見られて、抱きしめられて、それが心地良いって思ってしまう。
「うぅぅ、ご主人様は意地悪です」
「うん、知ってる。自覚はあるよ」
「嫌いです」
「そっか、僕はクレアの事、好きなのに残念だな」
「えっ?!」(ドキッ!!)
ご主人様に好きと言われて、ドキっと心臓が飛び跳ねた。思わずご主人様の顔を見上げる。
ドキドキドキドキ!!
ご主人様の笑顔に、ドキドキが止まらない。この笑顔は反則よ……たった一日で、私の心を掴んでしまったご主人様。
「僕の事、嫌い?」
「い、いえ……好きです……」
「良かった」
ご主人様の顔が近づいて来る……
『ちゅっ』
軽く唇を重ねて、ギュっと抱きしめられる。あぁぁ、完全に私はご主人様の奴隷に落ちた、身も心も全てをこの人に捧げたい。
そう思ってしまった……
結局、昨夜はご主人様に抱きしめられながら、眠ってしまった。
朝目が覚めると、ご主人様に抱きついて寝ている私。
(どうしよう、なんか、すっごく幸せなんですけど)
男性の腕での中で眠る事が、こんなに幸せを感じるなんて、ちょっと不思議な感覚だ。奴隷だって、ちょっとぐらい幸せ感じても良いよね?
それに夜のご奉仕だって、嫌々するよりもご主人様の事を好きな方が、きっと上手に出来るはず。
うん、きっとそうに違いない!
あれ? 夜のご奉仕?? あれ?
(ハッ! 私は性奴隷なのに、結局ご主人様にご奉仕できなかった!!)
思わず自分の仕事を思い出してしまった。
ご主人様を喜ばせるどころか、自分が幸せ感じて寝ちゃうなんて……私奴隷失格だわ。ご主人様の寝顔を見ながら、自己嫌悪の私。
(どうしよう? ご主人様に呆れられて、捨てられちゃうかな? 昨日あんなに良くしてくれたのに、怒ってるかな?)
一人頭を抱えて悩んでいると、ご主人様が目を覚ました。
「おはようクレア、どうしたの?」
「あ! おはようございますご主人様……その、昨日はご奉仕出来ずに寝てしまって、申し訳ありません」
「……いや、昨日は僕が……」
そこまで言うと、ご主人様は、ちょっと意地悪な顔をした。
「うん、そうだね、じゃあ罰を与えよう」
(え?罰???)
罰と言う言葉に、身を竦める私。昔の嫌な記憶が甦る。奴隷商で、罰を与えられた子は、打たれて悲惨な事になっていた。
私も経験がある……
更に、奴隷の首輪から全身に激しい痛み、耐えられない苦痛が与えられる。領主の館でも、罰を与えられた奴隷は鞭で打たれていた。私は幼かったので鞭では無かったけれど、たくさん叩かれた記憶がある。
思い出して恐怖で体がガタガタと震えだす。
嫌っ!! 罰は嫌っ!!
「え? クレア??」
「ご、ごめんさい!! ごめんなさい!! お許し下さい、ちゃんとご奉仕しますから! 今からでもご奉仕しますので、どうか罰だけはお許し下さい、お願いします!!」
私は必死に謝った。泣きながらご主人様に必死に許しを請うが、ご主人様が私に近づいて来る。
恐怖でご主人様の顔が見れない。きっと叩かれる、私は恐怖で動けなくなった。
「いやぁぁぁ!! 何でもいう事聞きますから、お願いだから打たないでーーー!!」
ご主人様が私に触れたとき、私の意識が途切れた……
◇ ◇ ◇
(失敗した……)
俺はベッドに寝る少女の顔を見ながら、自己嫌悪に陥っていた。軽い冗談のつもりだった。
「罰を与える」と言った言葉に、こんな反応を示すとは……
奴隷の子として生まれ、奴隷として生きてきた少女。そんな彼女に軽々しく罰を与えると言ってしまった。
(くそっ!大失敗だ)
俺は奴隷の扱いに慣れていない。この国の人間では無いので、この国の行き過ぎた奴隷制度に戸惑いを感じていた。しかし、自分が奴隷の所有者になったのだから、もっと気を使うべきだった。
生まれながらの奴隷だ、きっと今まで辛い体罰とかも受けた事があるのだろう。罰と言う言葉が、彼女のトラウマを引き出してしまった。
罰を与えると言った俺の言葉を聞き、彼女は頭を守る様に抱えて、体を丸めて震えていた。俺を見る彼女の目が恐怖に染まっていた。
様子がおかしい事に気が付き、慌てて彼女を安心させようとして、俺が触れた途端に彼女は気を失った。
彼女の俺を見る目が、忘れられない。
少し自惚れていた。
昨日の彼女はずっと緊張していて、俺の機嫌を損ねない様に気を使っていた。性奴隷と言って、好きでも無い俺に奉仕すると言う彼女。
元々侍女のつもりで彼女を購入したが、性奴隷と聞かされ、彼女もそれを受け入れてる。
当然俺も男なので、下心が出た。
若い肉体に、魅力的なスタイル。そして愛らしい顔。でも、彼女を見ていると、義務感でそういう行為をさせるのに、ちょっと戸惑いを感じた。
生まれながらにしての奴隷の影響か、彼女は素直で真っ直ぐな子だ。
ただの食堂のご飯を、泣きながら美味しいと言って食べる彼女。
一生懸命、俺に気を遣う彼女。
俺の気を引こうと、頑張ってあんな下着姿で現れた彼女。
そんな彼女を見て、とても愛しいって思った。
俺だって、それなりに恋愛経験もあるし、女性経験だって豊富だ。
しかし、俺は彼女に魅せられてしまった。
自分でも少し驚いている。俺は彼女の笑顔に落とされた。
だから、義務感でそういう行為はしたくなかった。どうせなら、彼女には俺を好きになってもらいたい。主人と奴隷として、嫌々する行為では無く、恋人の様に彼女と接したかった。
以前、臨時でパーティーを組んだ冒険者仲間に、犬耳族の獣人が居た。酒に酔った勢いで、彼は面白い事を教えてくれた。
「犬耳族のメスを落とすのにはな、尻尾を使うとイチコロだせ」
そう言って、尻尾が一つの性感帯である事を教えてもらった。 普通、尻尾は結婚相手にしか触らせないそうだ。
尻尾を愛撫された彼女は、予想以上の乱れ方をした。
簡単に昇り詰める彼女を見て、調子に乗って何度も触ってしまった……
昼間からの緊張で疲れていたせいか、彼女は数度で気絶してしまった。やり過ぎたと思った時は後の祭り、彼女は寝息を立て始めた。
あんなに乱れる彼女を見て、お預けを食らった昨夜は自分を抑えるのに苦労した。
自業自得とはまさにこの事……
でも、深夜に目を覚ました彼女は、尻尾を愛撫した事は特に怒ってないくて、それどころか俺の事を好きだと言ってくれた。あれは嬉しかった。
俺に心を開いてくれた、そう思った。
そんな自惚れから「罰」と言う言葉を軽々しく使ってしまった。なんの事は無い「罰としておはようのキスをして欲しい」そんなアホな事を言うつもりで、二度と手に入らない掛け替えの無い物を失ってしまった。
(完全に嫌われただろうな……)
せっかく心を開いてくれた彼女に、俺は自分から主人と奴隷の関係を示してしまった。
「罰を与える」とはそういう事だ、対等な関係では無い。一方的にこちらの要求を突き付ける事ができる。
彼女に拒否は許されない。
きっと、彼女はもう二度と、俺に心を開いてはくれないだろう。
彼女にとって、俺は好きな相手では無く、ただの義務で仕えるご主人様、それ以外の何者でもないと自分で思わせてしまった。
「ハァ~……バカだな、俺」