04話 初めてのお食事
服屋さんで服を購入してもらい、私はご主人様の後を追う。
ご主人様は一軒の食事をするお店の前で足を止めた。今度は、普通のお店。高級なお店じゃない事に安堵する私。一般的な食堂に私達は入った。
「いらっしゃいませ~!」
店員の女性に案内されて、ご主人様は席に付く。
私の視界には、床に座っている一人の女性が目に入る。ボロな服を来て、髪もぼさぼさだ。床に座り、椅子に座っている男から食べ残しをもらっている。
彼女も奴隷か……
普通、奴隷は主人と同じテーブルには付けない。奴隷の彼女の様に床に座り、食事も食べ残しを頂く。それが奴隷とご主人様の関係。前の領主の屋敷でも、奴隷商でもそう教えられてきた。
だから奴隷は綺麗な服なんか着せてもらえないのだ。椅子に座る事は許されず、床に直に座らないといけないのだから。
私も、ご主人様の座る椅子の横で床に座ると、頭上から少し怒った口調の声が降りかかる。
「何してるの?」
「え?」
「そんな所に座ったら、せっかく買った服が汚れるじゃないか」
「ごめんなさいっ!」
私は慌てて立ち上がった。
失敗! せっかく買ってもらった高級な服を汚しちゃう。あたりまえの様に床に座ってしまったが、高価な服を着せてもらっているのをすっかり失念していた。
怒らせちゃったかな?……どうしよう。
私はご主人様を怒らせた恐怖で、恐る恐る顔を見る。彼の顔は怒っていた。初めて見るご主人様の怒った顔。
「そこに座りなさい」
ご主人様は、自分の向かいにある椅子を指さした。
戸惑っている私に、もう一度ご主人様の声が響く。
「早く座りなさい!」
「はいっ!」
これ以上ご主人様の機嫌を損ねる訳にはいかない。
私は慌てて椅子にすわった。
ご主人様の正面に座ると、なんとも気まずい……奴隷の身分でご主人様と同じテーブルに着くなんて、どんな顔をして良いかわからない。
席に着いた私を見て、ご主人様はニッコリと笑うと、メニューを見ながら私に質問してきた。
「クレアは、嫌いな食べ物とかある?」
「い、いえ……特には」
「お、ブラックバッファローの肉があるな、それは食べれる?」
「……たぶん」
ご主人様は、メニューを見ながらそんな事を聞いてくる。ブラックなんちゃら? なにそれ? 知らない。そんな高級な食べ物、きっと食べた事無いからわからない。
ご主人様は店員さんを呼ぶと、注文を始めた。
料理を二人前注文するご主人様。奴隷に食べ残しを与える為に、メニューには1人前、1.5人前、2人前が注文できる様になっている。
2人前注文したと言う事は……
やった! 少し多めに頂けるかもっ! 私は初めて食べる料理に期待が膨らむ。
「俺は果実酒を、クレアは何を飲む?」
「へ?」
「飲み物、何を飲む?」
「わ、私?? いえ、私は何も……」
「じゃあ、水で良い?」
「は、はい」
なんだろう? なんで私に飲み物なんて聞くんだろうか? 首を傾げている私に、ご主人様が話しかけてくる。
「クレア?」
「はい」
「今後、僕と一緒に食事をする時は床に座る必要はない、ちゃんとこうやって椅子に座るんだ」
「え? でも……それは……」
「これは主人としての命令だ、いいね?」
「わ、わかりました」
嘘? 椅子に座れるのは嬉しいけど、目の前でご主人様が食べ終わるの見てるのって、結構キツイのよね。 床に座ってると、食べるところ見なくて済むから、ご主人様の食べ残し貰えるまで我慢できるんだけど……
ハァ……これも綺麗な服を買ってもらった代償なのかな。
まさかっ?! ひょっとして私が食べたそうにしているのを、見ながら楽しむ嫌な性格じゃないわよね?
私達の席に店員さんが、果実酒とお水を運んできた。
ご主人様の前には果実酒。私の前には、お水の入ったグラスを置かれる。
さて……これは困った……
私は目の前のグラスを、じぃぃぃぃっと見つめる。
きっとあの店員さんは、私が綺麗な服を着て居るから、奴隷だと気が付いてない。普通、奴隷に水なんて出さない。黙ってグラスを見つめている私に、ご主人様が声をかける。
「飲んでいいよ」
「え? よろしいのですか?」
「うん、料理が来るまで、それを飲んでて」
「ありがとうございます」
なるほど、ご主人様の食事が終わるまで、このお水で空腹を紛らわせろと、そういう事ね!
「ところでクレアはどうして奴隷になったんだ? 差し障りがなければ教えて欲しい」
「あ、わかりました……」
食事が来るまでの間、私は自分が奴隷になったっと言うか、売られた経緯を話した。
「なるほどね、生まれながらの奴隷って訳だ」
「はい……」
話し終えると、丁度料理が運ばれて来る。 美味しそうな匂い!!
ご主人様の前に並べられた料理を見て、思わずお腹が鳴ってしまう。
あれ? まただ……
私の前にも料理を並べられてしまった……ご主人様は二人前を注文した。
店員さんは、ご主人様が二人前を食べるのではなく、私とご主人様の二人分を注文されたと勘違いしたのだ。うぅぅ、目の前に料理を並べられて、流石にこれはキツイな……
水よ! だからご主人様は水を注文してくれたのね!!
私は目の前にある料理を睨みつけながら、水で空腹を紛らわす。
「クレア?」
「はいご主人様! 大丈夫です、私は水を飲んでいますから、こんな事に負けません!」
「負ける? 何言ってるんだ? 冷める前に頂こう」
「どうぞ、私は大丈夫です、耐えきってみせます」
私は親の仇の様に料理を睨みながらも、空腹に耐える。でも、美味しそうねこれ……
「いや、そうじゃなく、その料理は君の分だ、食べて良いんだよ」
「へ?」
「やっぱり……生まれながらの奴隷ってそういう事か……」
ご主人様は、なにやら納得顔をしている。
「それは君の為に注文した料理だ。だから一緒に食べよう」
「私の? え? ええ??」
「ふぅ、僕は奴隷に自分の食べ残しを与えるのは嫌いなんだ。だから僕の奴隷になったのなら慣れてくれ、それは君の分の料理、だから君が食べて構わない。その代わり、僕は君に食べ残しは渡さない、わかったかな?」
「あの……それじゃ、これを私は食べても良いのですか?」
「さっきから、そう言ってるんだけど……」
「ご、ご、ご主人様ぁ~ ありがとうございます、この御恩は一生忘れません!!」
生まれて初めてだ。お店でまともに食事をするのは。
母と一緒に、領主様の妾さんのお買い物に同行させてもらった時も、母と床に座って食べ残しをもらった。初めて食べた料理屋さんの料理。食べ残しでもとても美味しくて、あの時の感動は今でも忘れない。
それがなんと! 真っ新な誰も手を付けていない料理を食べても良いと言ってくれたのだ。
信じられない奇跡だ。
私は恐る恐る、フォークに肉を刺して口に運んだ……
「……っ!?!?」
なにこれ????? すっごく美味しいっ!!
嘘? 本当に?? これって人間の食べる食べ物なの? あ、私は獣人だけど……感動で涙が溢れる。
私は夢中になって食べた。生まれて初めて食べる美味しい料理。
「美味しいかい?」
ご主人様は、少し呆れ顔でそう聞いてきた。
あっ いけない、はしたなかった……でも無理です。こんなに美味しい物を食べて、マナーなんて気にしていられない。
「ヒック、すごく美味しいです……ヒック」
あれ? おかしいな……美味しくて嬉しいのに、涙が出て来るよ、あれ? 涙が止まらない……私は泣きながら食べた。一生懸命に泣きながら夢中で食べた。
生まれて初めて食べる美味しい料理。しかもテーブルに着いて一人分を好きに食べている。
昨日迄は考えられなかった奇跡。嬉しくて美味しくて、いつのまにかボロボロ涙が溢れて来て、止まらなくなった。
食事が終わり、私が泣き止んだのを見て、ご主人様が声をかけてくれる。
「すごく気に入ってくれたみたいで、良かったよ」
「はいっ! こんなに美味しい物、生まれて初めて食べました! ありがとうございます」
ご主人様は、ニッコリ微笑んでくれた。
やだ、こんなに美味しい物食べさせてくれて、綺麗な服を着せてくれて、あんな笑顔向けられたら……
私は思わず頬を染めて、ご主人様の目を見れなくなってしまった。
うぅ、ルルが見たら「あんたってチョロイわね」って言われそうだ。
「良かった、ずっと緊張してたみたいだから」
ご主人様に言われて気が付いた、そっか、私緊張してたのか……
でもね、そりゃ緊張もしますよ。性奴隷として買われて、いきなりあんな下着を買ったのですから……
でも、これだけ良くしてくれるご主人様なんだから、一生懸命頑張らないと。
私は、正直に話すことにした。
「あの、実は私……」
「ん? どうしたの?」
「実は、今朝まで知らなかったんです」
「知らなかったって? 何を?」
「その……性……」
「せい? ん?」
「その……性奴隷って、何をするのか……知らなくて……」
「へ? 性奴隷???」
「はい、それで今朝、他の子に教えられて……それで、変な人に買われたらどうしようって、ずっと不安だったんです」
「ちょ、ちょっと待って!」
「あっ! ご主人様は変な人じゃ無いです!良かったです。ほんと、私は良かったです。綺麗な服着せてくれて、こんなに美味しい物を食べさせてもらって……さっきのお店で、その……たくさんHな下着も買って頂けたし、わ、私経験ありませんが、一生懸命頑張ります!! 夜のご奉仕! 一生懸命務めさせて頂きます!!」
「……」
あれ? ご主人様がなんか固まってる??
「ひそひそ、嘘? 性奴隷ですって」
「あの子奴隷なの?」
「たくさんHな下着って……どんだけスケベなのかしら、フフフ」
「あんな顔して、お盛んな事ね……ひそひそ」
あっ、思わず一生懸命決意表明したら、声が大きかったみたい。皆な私達を見て、ヒソヒソ言っている。
あれ? ご主人様、今度は頭を抱えだした。
「ク、クレアは……性奴隷なのか?」
へ? 何言ってるの?
「はい、そうですよ」
「そうか、だから裸でオークションだったのか……」
「あっ でも私まだ処女なので……その、あまり期待されても……」
「いやいやいや、ちょっと待った、声が大きい! とにかく店を出よう」
「はいっ! わかりました」
食堂中の注目を集めながら、私とご主人様はお店を後にした。