03話 新しい主人
「100枚だ! 金貨100枚っ!」
オークション会場に響いたその声。誰もが呆気にとられて、黙って声の主を見ていた。
『おっと! なんと金貨100枚の大台が出ましたぁ!! さあ金貨100枚です!』
司会者の声で、茫然としていた人達が我を取り戻す。
「なんじゃと? 獣人の娘に100枚じゃと? 本当に払えるのか若造っ!」
「ふざけんなっ! 何が100枚だ!」
私を争っていた二人が、新たに参戦した人物に罵声を浴びせる。
金貨100枚って……なにそれ? 金貨100枚と言った人を見ると……若い。
まだ20代なんじゃないだろうか? 本当に金貨100枚も払えるの? 私でさえ疑問に思う。
あっ、でもなんか、優しそうな感じでちょっと良いかも。茶髪で碧目、身長は180センチぐらい。痩せていて優しそうな顔。格好は冒険者風な恰好をしている。
少なくとも、先ほどまで私を争っていた二人よりは全然マシ。
『さあ! 他に居ませんか? 金貨100枚です!……居ない様なので10番の娘は金貨100枚で落札です! 落札者は控室にどうぞ』
司会者の声で、私は落札された。
私も服を着て控室へと連れて行かれた。
控室には、他の子の姿はもう無かった。既に落札者に連れていかれたのだろう。一人で控室で待っていると、別部屋では落札者と奴隷商人が契約を結んでいた。
あの人、大丈夫だろうか? 何か勘違いしてないかな?
金貨100枚の値段が付く奴隷って、普通は没落した貴族のお姫様とかだ。以前聞いたことがある。お家が取り潰しになったりした貴族の家の娘は、金貨100枚以上で取引されるって。
貴族の血は魔法が使える。
冒険者でも魔法を使える人はたくさん居るけど、貴族の魔力は桁が違うそうだ。なので、宮廷魔術師だとか、魔法騎士団とかは貴族が多い。
「実は間違えました」とか言って、返品されないよね?
そんな事を考えて居ると、別室に私も呼ばれた。
奴隷商人の顔はすごく嬉しそう。そりゃそうだよね、金貨30枚程度の私が100枚で売れたんだもん。落札者の血を私の首輪に付けて、奴隷件の譲渡を行う。
くっ……体が痛い……私の所有権が落札者に移り、魔法の拘束力が発揮したのだ。
これで私はこの人の所有物になった。
「紹介しよう、お前をお買い上げして下さったレイ様だ」
奴隷商人が偉そうに私に新しい主人を紹介した。
「レイだ、これから宜しく」
「よろしくお願いします。ご主人様」
「君の名前は~ そうだなぁ、何にしようか……」
彼は私の所有者になったので、私に新しい名前を付ける権利がある。私は黙って彼の言葉を待った。
「奴隷って言っても、元の名前あるよね?」
コクンと頷く私。
「なんて名前だい?」
「クレアです」
「じゃあ、君はクレアのままで」
「へ? わ、わかりました、よろしくお願いします」
「うん、よろしくねクレア」
私は深く頭を下げる。ちょっと驚いちゃった。自分の所有物だと示す為に、名前を付けるのは大切な行為だけど…
それをこの人は省略した……決して考えるのが面倒だったとか、そうじゃないよね?
「じゃあ行くよクレア、付いて来て」
私はレイと名乗った青年の後を付いて、オークション会場を出た。会場で出て、少し通りを歩くと、彼が足を止めて振り返り私を見る。
「ところでクレア? 今更だけど、荷物無いの? 靴とか、服とか……」
私は裸足。服は布に穴の開いたのを一枚着ているだけ。荷物は何一つ持っていない。私の荷物なんて、汚れた下着と服ぐらい。それもオークション会場へ来る前に取り上げられた。
私は首を横に振って何も無い意思を示した。
「そうか……じゃあ、まずは買い物か」
ご主人様はそう言うと、また歩き出した。 ひょっとして私の服買ってくれるのかな? ちょっと嬉しい。
正直、この全裸に布一枚の恰好で歩くのは辛い。風が吹くと、大切な場所が見えてしまう。
暫く通りを歩くと、ご主人様は一軒のお店の前で足を止めた。
「ここで良いか」
彼は店の扉を開けて中に入って行く。
へ? ちょっと待って? ここって新品の服を売っているお店じゃないの? しかも高そう……
私は店に入るのを躊躇した。私はこの恰好で店の中に入る訳にも行かず、店の扉の前で立ち尽くしていた。店の扉が開き、ご主人様が顔を出す。
「何してるの? 早く入って」
「え? でも……」
「いいから早くっ!」
彼は私の手を取ると、強引に店の中へ引きいれた。
あぁぁ、やっぱり……
お見せの中は、高級な服ばかり置いてある。普通、奴隷に新品の服など買わない。中古の服を着せられる。それでも十分にありがたいんだけどね。
このお店に、そんな服は売っていない。しかも一般市民が着る服よりも、上等な品物が並んでいる。
ご主人様、きっと入る店を間違えてる……
「いらっしゃいま……」
店員の女性が出てきて、ご主人様と私を見て、言葉が止まった。特に私を見た顔が、物凄く嫌そうな顔だ。
確かに獣人の奴隷だもんね、こんな高級なお店に入っただけで衛兵に突き出されそう。
「あの……お客様? こちらはお客様の奴隷ですか?」
店員の怒ったような顔が私を睨む。
「そうだよ、今日は彼女の服を買いに来たんだ、彼女に似合う服を適当に見繕ってくれないかな?」
「申し訳ありませんが、当店には奴隷に着せる服など扱っておりません! しかも獣人なんてっ!」
かなり怒った口調で、店員さんはそう言い切った。そうだよね、奴隷の服を買いに来たなんて、この店に喧嘩売ってる様なものだもんね。
それに、獣人を嫌う人も結構いる。露骨に嫌がる人は結構多い。別に尻尾と耳が違うだけなのにね。
店員さんの言葉に、ご主人様はちょっとムッとしたみたいだ。
「ああ、お金なら大丈夫だから、僕は奴隷でも普通に、綺麗な格好をしてもらいたいんだよ、わかるだろ?」
「し、しかし……」
渋る店員の前に、懐から袋を取り出すご主人様。カウンターの上に、金貨を積み始めた。
いち、にい、さん……って 何考えてるのこの人???
私も、店員さんも、驚愕の表情で積み上げられた金貨を見つめていた。キッチリ、金貨10枚を積み上げたご主人様。
「これで普段着を何セットかと、あとは下着と靴も頼む」
「か、かしこまりました……」
流石に10枚の金貨を積まれたら、店員さんも文句は言えないらしく、私の腕を掴むと奥へ連れて行く。
奥の試着室に連れ込まれた私。店員さんは、物凄い形相で詰め寄ってきた。
「あの人は何者ですか? 貴族様には見えませんが?」
「いや、実は私も、さっきオークションで買われたばかりなので……」
「そうなの?」
「私も彼が何者なのか、知らないのです」
じっと私を見る店員さん。
「ひょっとして、あなた、その……性……」
言い難そうな顔で私を見る店員さん。言いたい事はわかる、なので私が先に言ってあげた。
「そうです、私は彼の性奴隷として買われました」
「なるほど、そういう事ね」
なにやら店員さんは納得顔をした。
「きっと貴族のお忍びね、性奴隷なんて体裁悪いから、変装してるのよ」
「え? そうなんですか?」
「この街の奴隷オークションは有名だから、他の街の貴族がこっそり来る事は聞いた事あるわ」
「はぁ……」
「そういう事なら、任せなさい!」
何か一人で納得した店員さんは、やる気を出してしまった。
「性奴隷って事は、下着はやっぱりアレね」
次々も持ってくる品は、それは下着として意味をなしているのか? って品物ばかり。穴の開いたのや、紐でしかない物、ひらひらしたのや、スケスケしたの、それはそれは人様にお見せ出来ない様な下着ばかり。
「あ、あの……普通のって無いですか?」
「何言ってるの? これがあなたのお仕事でしょ? 普通のなんて、二、三枚あれば十分よ」
すごい剣幕でそう言われてしまった。
確かに、私は性奴隷として買われた。なのでそういう下着が必須なのだろう。でも、あの優しそうなご主人様も……そういう事したんだね、しかも大金積んで私を買ったのだ……
あれ? ひょっとして、私物凄く頑張らないとダメ? 今夜からの事を考えると、目まいがしそうだ。
着替える時に鏡で自分の姿を見て、赤面してしまう。今付けている下着はスケスケの生地で出来ている下着。でも、こういうの着ると、私でもそこそこ行ける? そう思えてしまう。
下着と一緒に着るベビードールってスケスケの服も合わせてくれた。
「これを着て、夜はご主人様に奉仕するのよ!」って親切に下着とセットごとに袋に詰めてくれる。夜のお勤め用下着多数と、普通の下着少々で下着の選定は終わり。
普通の下着は尻尾が邪魔になるんだけどね、店員さんが選んだのはお尻の上が見えるような腰の浅い下着ばかり、だから問題ないんだけど、なんか複雑だ……
次は可愛らしいワンピースの服を数枚試着。
初めて着る高級な服。購入を決めた服は、ちゃんと尻尾が出る様に穴をあけて、その場で他の店員さんがお直しをしていく。実際に試着したのをご主人様に見てもらい、決めてもらった。
ワンピースを着た私を見たご主人様は、似合うと言って凄く褒めてくれた。生まれて初めての経験で、嬉しいやら、恥ずかしいやらで私の顔は真っ赤だ。
結果的に下着とベビードール、服と靴を数セット買う事になった。
購入した金額は金貨8枚分。とんでもない金額だ。こんなに高い服を買ってもらった私は、変な汗が出る。だって、私にこんなにお金をかけるって事は、それだけ期待しているって事よね?
どんどん私の夜のご奉仕のハードルが上がる気がする……
セクシー下着と、購入したワンピースを着てお店を出る私達。最初の剣幕はどこへやら、店員さんは物凄い笑顔でお見送りしてくれた。
買った服は、届けてもらうように手配してるので、手ぶらでお店を出た。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「宜しかったのですか? こんなに高い服を……」
「あはは、実はさ、本当はここまで高い服を買うつもりじゃ無かったんだけどさ、店員の態度に頭来て、ちょっと見栄張っちゃった」
頭を掻きながらそう言うご主人様を見て、思わず笑ってしまった。なんだ、そういう事か。
私に笑われたので、バツの悪そうな顔をする彼。おっといけない、ご主人様を笑うなんて、奴隷として失格だわ。
「ご、ごめんなさい……その、ありがとうございました」
「まあ、似合ってるし、結果的に良かったかな。さて、お腹すいたね、何処かに入ろうか」
そう言ってご主人様は歩き出す。その後ろを付いていく私。
なんか不思議な人、いったい何者だろうか? 店員さんの言うような、貴族には見えないし。
そんな事を考えながら、私は新しく自分のご主人様になった彼の後を追った。