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キツネさん、水道橋で楽しむ

 夏休み中の中央競馬開催日。キツネさんを普段行く新宿ではなく、水道橋の馬券場になんとなく連れ出してみた。


「タダシ殿の職場近くにもこのようなところがあったのじゃのう」

「ええ。わりといろんなところにありますよ。じゃ、頑張ってください」

「うむ。稼いでおかんとの」


 短パンTシャツにスリッパみたいなサンダルを履いたキツネさんのウエストバッグの中には、財布と札束が一つ入っている。出かける前に準備しているのを目撃した。今ではベッドの下貯金は両手を超えた札束が入っている。年収ベースで考えるとそこそこ大きな会社役員レベルだろう。もう虚しさとか感じなくなった。次元が文字通り違う。

 張り切るキツネさんを手を振って見送り、適当に秋葉原まで歩いてみたりして時間をつぶす。

 暑さで汗だくだくになったので涼もうと思い、友人に勧められて一緒に行ったことのあるメイド喫茶に足を運んでみる。お帰りなさいご主人様とか媚びるタイプのものではなく、ロングスカートで粛々といらっしゃいませと頭を下げられ、席に案内された。

 席に着くと、何故か対面にイケメン風味バージョンのソルさんがいる。


「暑いデスネー」


 ソルさんの着るTシャツには「俺の怒りが有頂天」と書かれている。

 何いきなり話かけて来てるわけ?


「いや、びっくりさせないでください。なんなんです」

「気分転換デス。あ、お嬢さん。アイスティーと日替わりケーキお願いしマス」


 突っ込みきれないままにソルさんが注文をし始めてしまったので、俺も注文し、メイドさんがオーダーをとって遠ざかってから再び話し始めた。


「気分転換に俺を驚かせないでください」

「いやいや、そのような意図はなかったのデス。キツネさんの魔力の移動経路が普段と違うようなので、どうしたのかと思い様子を伺いに来マシテ。そうしたら、この暑いのにタダシさんが一人もくもくと歩いていマシタから、何があるのかと気になったのデス」


 ソルさんはにこにこ微笑みながら理由を語り、周囲を見回して一人のメイドさんに目を向ける。数秒眺め、俺へと視線を戻す。なんかちょっとメイドさんがこちらを見てにこにこしている気がする。気のせいだろうか。これがイケメン効果か。


「ああいった服が好みなのデスか?」

「まあ、好きですね」

「キツネさんに着てもらえばいいデショウに」

「ここに来ることを主目的にしていたわけではないので。それにキツネさんに着てもらいたいわけでもないですし。ちょっと思いだしたから寄ってみただけですよ」


 なんだか言っててどうにも言い訳苦しく思える。本当になんとなく寄っただけなのに。

 というかキツネさんにメイド服を着てもらってもなあ。メイドさんは主人に仕える奉仕の精神を体現するからいいわけであって。キツネさんだと夜のご奉仕に突入するだけのような。

 のらりくらりソルさんの取り調べを否定していると、飲み物とチーズケーキがやって来た。


「美味しいデスネー」

「そういえばお会いするの久しぶりですけど、ソルさんは食事とかどうしてるんです?」

「数ヶ月くらいなら食べなくても大丈夫デスが、一日一食、適当にそこらで買ってマス。本当の姿が痩せているのはその辺の事情もありマスネー。本を読んでいると食べるのを忘れがちになっていけマセン」


 いや骨と皮だけのような姿は痩せているとは言わないだろうに。

 本と聞いて、ふと思いついた。


「そうだ。ちょっと行ったところに古本屋街がありますよ。立ち読みなんかができるとこじゃないですが、行ってみます?」

「おお。それは楽しそうデス。是非」


 ゆっくりと軽食を済ませて電車で水道橋まで戻ることにした。電車に乗る際にソルさんの切符を買おうかと思ったら、とっとと読み取り面にカードをタッチしてソルさんは改札を通って行った。すでにICカードを持っているようだ。使いこなしているのなら是非もない。

 水道橋駅を降りて職場方面とは別方向に足を運ぶと、古本屋や大学などがちらほらと見え始める。


「ここらは学校が集まってて、そこに通う学生が勉強に使っていた本なんかがよく流れているようですね」

「学校デスか」

「あれも学校ですし、確かあそこも学校です」


 夏休みのためか、学生の姿は少ない。学校自体も休みなのだろうから当然ではある。それでもなんでか学校周辺をうろついてたりするからゼロではない。

 ソルさんは俺の指差したあちこちの建物をゆっくりと見回しながら並んで歩く。


「大きな建物が多いデスネー。たくさんの人がたくさん作られた本を安く買って学ぶ。なるほど」


 大学や専門学校向けの教科書類ってのは安くはない。ただ、ソルさんにとっては物の値段を比較すると安く思えるのだろう。

 人気の少ない学校近辺を抜け、すずらん通りに入る。ここは「世界一の本の町」を謳い文句にしている商店街だ。正直なところ、入りづらい雰囲気の店ばっかりである。自分に興味や関係がない専門店ばかりなのだもの。


「この辺りの古本屋は専門性の高い本を取り扱っているところが多いようです。案内しておいてなんですが、俺は詳しくありません。それぞれの店がどんなものを扱っているかも知りません。まあ、こういう書店街があることを知っていれば損はないかなと」

「ありがとうございマス!損なんてとんでもない!」


 ソルさんは大喜びである。ここで別行動をとる旨を提案したらとっととどっかに行ってしまった。

 遅めの昼食をとろうと思って好きなカレーチェーン店があるはずの場所へ向かってみると別の店になっていた。ネットで検索してみたら閉店していたようだ。舌がカレーモードになっていたので仕方なく別の店でカレーを食べて、暇潰しにワンプレイが安いゲームセンターに行ってみると、ここも閉店していた。学生時には友人と遊んだところなんだが。思い出が消えていくなあ。

 悲しみにくれながら歩いていると、成年向け専門の書店が目についた。こっちも学生時に安売りされている本を大量に買って、一人暮らしの友人宅にそのまま爆撃投下したことがある。こちらは消えていない思い出だ。どうしてこう俺はエロ本の思い出が多いのか。変な笑いが出る。

 喫煙所を求めて、とりあえず馬券場近くにはあるだろうとキツネさんのところへ向かってみた。ガッツポーズして、隣にいる細っこいおじいちゃんとハイタッチし、俺に気づいてVサインを突きつけてきた。

 珍しく少々感傷的になっていた気分が、キツネさんの笑顔に霧散した。

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