キツネさん、ラブソングを探す
休みが明けた後、キツネさんとソルさんの情報交換は俺が仕事中に行っているようで、俺の生活には表面上変化は無く、二人と二匹というか二体というかそんな感じのままに平和に日々は過ぎて行く。
六月。この時期は梅雨と、国民の休日がないのと、最近はさらに夏が前倒ししてやって来てるんじゃないのかと思うような暑い日もあって、色々とストレスが溜る。俺個人の事情を加えると、仕事上の大きな取引先の決算時期があったりして、連鎖的に俺の勤める会社も年度末ほどではないが忙しくなるので残業が増える。
そんなこんなでキツネさんへの帰宅連絡が遅くなる上に、家に帰っても体力的なところはともかく精神的に疲れ気味でダラダラしてしまう。
月の中頃の月曜。夕食後、ベッドに転がってサキ式全身マッサージを受けながら溜め息をついた。
「大変そうじゃのう」
「キツネさんのおかげで通勤時間がほぼゼロになってますし、サキとタマのおかげで掃除なんかの手間もなくて以前よりかなり楽ではあるんですけどね」
「無理はせんようにの」
「大丈夫です。ありがとうございます」
送り迎えなど物理的時間的な助けもさることながら、気遣いの言葉をかけてくれることもありがたい。一人暮らしはそのあたりで心が削られていたように思う。
「何故復活の呪文を入力するときだけ妙に軽快な音楽なんじゃろうのう」
当の本人はテレビ画面とスマホを交互に見ながらの発言でこちらを見てはいないが。
ドラクエ1をクリアし、そのままキツネさんはドラクエ2にも手を出した。1も2も前回遊んだ状態から続けるためのパスワードである復活の呪文が必要なゲームだ。キツネさんは画面を見たまま、鼻歌でテレビから流れる音楽をなぞりながら復活の呪文を入力していく。
夕食後に腰を落ち着けて時間をかけて取り組みたいジャンルのゲームで遊び始めるのは、暗に体力を使う夜のレスリングに突入しない意思表示なのだろう。
「この曲、歌をつけて発売されてるんですよ。レコード会社と合わせての企画だったかと」
知識として知っているだけで、歌手だかアイドルだかが歌った方の曲は原盤で聞いたことはない。動画サイトで一部流用されていたのを聞いた程度だ。
「レコード会社?」
「歌を何かしらに記録して販売する会社です」
「あー。そういえば中古レコードショップなんてものがドーナツ屋の近くにあったのう。あれのことか」
「かなり前はレコード、ちょっと前からはCDですね」
俺の回答に興味をそそられなかったのかどうかわからないが、キツネさんは画面を見たまま「CDかあ」と気のぬけた返事をしつつ、入力を終えてゲームを再開する。
「タダシ殿、曲名はわかるかの?」
「『Love Song 探して』ですね。」
「ふうむ。データ販売で探してみて、無ければ中古店を探してみるかぁ」
キツネさんにはスマホのデータ販売システムを説明してある。充分に理解しているようで、コンビニで手に入れた決済用のプリペイドカードをつかって音楽や電子書籍などを買っているようだ。ファミコン実機で遊びながらデータ販売がどうのと話していると、なんだかちぐはぐな構図で面白い。
純粋な意味でのファミコンの楽しみというと、発売当時それが最新の流行た技術を追っかける楽しみだったというのも含まれるだろう。友人と一緒に盛り上がれなくても、キツネさんにとっては何もかも目新しいだろうから、それを楽しめているのかもしれない。
「ふぐっ。また猿が!」
黒い画面に浮かぶ姿はマンドリル。ローレシアの「きつね」、サマルトリアの「トンヌラ」、ムーンブルクの「あきな」がまだ戦闘一回目なのにあっさりとズタボロにされて全滅する。
無言で押されるリセットボタン。始まるオープニングテーマを無視してさっさと選択されるコンティニュー。
「また復活の呪文からですか」
「蘇生する金なぞないからの」
「現実には俺より金持ちなのに」
「……なんでゲームでまで金稼ぎにあくせくしとるんじゃろうなぁ?」
虚を突かれたのか、キツネさんは数秒かたまったあとくすくす笑い、俺も一緒に笑う。日々過ごすなかにゲームがある自然さというか、システムを把握するとかじゃない意味でゲームに手慣れてきた感じがある。
こうして他人がゲームをプレイしているところを見るのは好きだ。学生時代に気心のしれた男友達の家で意味もなく連泊して、ぼけっと友人が遊んでいるゲーム画面を眺めながら茶々を入れていたことを思い出す。なんだか懐かしい。
ああ。あれこれ煩わしいことを言わず言われず、一緒にいて堅苦しくない、同じ部屋にいて同じ時を過ごしているのにお互いがやりたいことをとりとめもなくやっている感覚。男友達と集まってだらけている感じに似ているんだ。
そう考えてみると、キツネさんの気質はどこかステレオタイプな意味で男性っぽい。狐という生き物はイヌ科なのに群れを作らず、猫に近い性質を持つと聞いたことがある。自由気ままな奔放さからそう感じるのだろうか。
まあ共同生活をしていてギスギスしない一番の原因は、掃除洗濯を引き受けてくれるサキとタマの貢献があるからだろう。感謝しています。マッサージさせているけど感謝はしているんです。別に頼んだわけではないんだけど、気持ちいいのでされるがままだけど、感謝しています。
「また猿っ!相手していられるか!」
脱力している俺の横で、きつね達は必死に逃げ出していた。