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キツネさん、靴を買う

 タマの補助がなくなってキツネさんは歩きにくそうではあるが、ゆっくりと見物しながら歩いているためか負担はあまりなさそうだ。


 思い出横丁、いわゆるションベン横丁を通り、よくわからない雑貨屋などを横目に、歩行者用の短いトンネルを通った先には大型ビジョンがある。

 老若男女、様々な人達が待ち合わせる。歩く人を眺めてみれば、子ども連れの家族、友人とはしゃぐ学生らしき連中、スーツ姿のサラリーマンにホストくずれに観光客。


 キツネさんは一言断り、歩行者の邪魔にならないあたりで立ち止まり大型ビジョンを眺める。

 

「こんなものを前にして、大抵の者は一瞥くれると通り過ぎて行く。その場で留まっておる者はなにやら光る板を触っておる。見る者が居らんわけではないが、どうでもいいものを見る目をしておる。のうタダシ殿、これは珍しい景色ではないのじゃろう?」


 キツネさんがくつくつと笑いながら問いかけてくる。


「まあ、今は大したものは流れてないみたいですしね」

「ふふ、あれだけ大掛かりなものを使っておるのに、人々の興味を引くものはほとんどないという。このような無駄が許される世の中なのじゃなあ」

「無駄、ですか」


 確かに流されている映像は何かしらの広告みたいだが、誰がどれくらい影響を受けるかよくわからないものではある。


「この大型ビジョンが設置された当初は、東口出口のすぐそばで待ち合わせする人々の目を引くという意味では、とても価値があったでしょう。いや、今もある程度の価値はあると思います。でもキツネさんの言う通り、光る板、小さいやつはスマートフォン、大きいやつはタブレット型PCですね、それらによって情報収集出来るようになってあまり間もないですが、価値が下がってきていると言えるでしょうね」

「ふふ、興味深い、興味深いの。さて行こうかの、タダシ殿」


 興味深い、か。

 ただの風景の一つでしかなかった大型ビジョンも、在り方を考えるだけで俺だって軽く一時間くらい経ってしまうのではと気付かされた。

 キツネさんにとってはいかほどのことか。

 いろいろと教えてあげたいが毎日付きっきりではいられない。キツネさん自身に行動してもらい、学んでもらうほかない。

 そのために、靴である。


 靴かー。

 靴ねー。

 ワンピースに合う靴って何かしら。

 先ほど靴を買うと決めてから道行く女性の足元に注目し始めたわけだが、スカートを履いている女性はタイツとかレギンスとかストッキングとかその手のものを履いて、靴はブーツだったりスニーカーだったりヒールの高いものもあれば低いものもあり。見てても何が無難かよくわからない。

 そんなこんな悩みながら歩いていたら、もう目の前には靴専門のチェーン店である。


「なんとまあ、先ほどの服屋に劣らずいろいろあるのうタダシ殿、どれがいいのかの」


 ですよね、俺が選ぶんですよね。


「ヒール、かかとが高くなっているものはファッション性……えー、背や足を長く見せるための見た目を重視したもので、低いものの方が当然動きやすいはずです」

「ふむ、低い方がよいの」


 ですよね。なんとなくキツネさんは実をとると思ってましたよ。


「では、その中でスカートやワンピースに合うものですが、正直服以上にわからないので、もう動きやすさ歩きやすさを基準にしようと思います。これとか」


 選んだのは、紐で結ぶカジュアルなスポーツタイプっぽいもの。黒とグレーをベースにしたありふれたものだ。


「試しに試着してみましょう。サイズは……この辺かな」


 店員さんを呼んで試着の意思を伝えると、小さい丸型のイスを用意してある場所へと案内される。

 簡易的にサイズを測ってもらい、俺が選んだ商品の中で合いそうな大きさのものを引っ張り出してもらう。

 キツネさんに片方の靴を脱いでもらい、試着。

 立ち上がったキツネさんは試着した足を持ち上げてプラプラさせ、なにかを軽く一回蹴るように動き、トントンと床を踏んだ。悪くないようだ。

 一旦脱いで、あらかじめ店員さんが用意してくれていたワンサイズ小さいものを試す。

 ちょっと窮屈なようで、一つ目を買うことにした。これも服と同じように、ここで履いて今まで履いていたものをもらった袋に突っ込み、会計を済ませて店を出る。


「底は厚く、覆いは柔らかく、歩きやすいの。ふむ、これまで見知ったものの値段や、他の履物の値段と比べると、新品にしては随分と安かったのう。良いものを買えた」

「決算セールってのもあったんでしょうけど」


 満足そうに歩きながら語るキツネさんに時期的な要因を告げると、決算セール?とオウム返しされる。


「えっと、帳簿は分かりますかね。その締めの大きなものを決算と言うのかな、半年や一年単位のものだったかと。残り少ないものやら売れ線でないものを値下げしたりして売り払い、現金化しようということなんですが」

「帳簿なら分かる。確かに決算なんたらと書かれた紙が貼ってあるのう」


 キツネさんは遠ざかる靴屋を振り返って確認し、また180度回転する。


「大きな締め日に銭がいかほどあるかしっかりと把握し、大まかな動きを定めるためということかの。そのために銭の量を増やすと。ふむ」

「よくご存じで」

「商売や政治の基礎じゃそうな。儂も見聞きした程度じゃがの」


 帳簿はあるのか。まあ、リアル狸とはいえ家康の居る時代がこちらとリンクしているならば、帳簿くらいはあるか。名のしれた狸が帳簿を付けているのか、いや、部下に付けさせているのだろうか。

 なんともファンタジーというかファンシーというか。


 さておき、靴屋から大型ビジョン方面に戻り、向かうのは男性が入ってはいけない雰囲気の店である。


「次は下着です、かね」

「ふむ。下着のう。褌をそう呼んでおったな。胸にも付けると言っておったが……はて、昨日読んだ漫画とやらで女子が着ていたものかの」

「あー、あっちでは見たことないですか、やっぱり」

「ないのう」


 やはり異世界ではパンティーとブラジャーの概念はないようだ。

 これは、店に入る前に解説した方がいいのかな。性的な意味で。

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