キツネさん、見守られる
キツネさんが陽気にボタンをポコポコ押している後ろで、リュウさんが俺の耳を引っ張ってこそこそと話しかけてくる。
「タダシ。キツネをよろしく頼むぞ」
唐突なうちの娘をよろしく宣言。
「え?いや、どうしてこんな騒がしいところでそんなことをおっしゃるんです」
「キツネに内緒でタダシと話ができそうな時間がなかなかなさそうでな。騒がしいから音もまぎれるし、遊びに注意が向いていて丁度いいかと思ってな」
「はあ、そうですか……」
「なんだ?キツネの伴侶となると決めたのだろう」
よろしく頼むと言われても、俺がキツネさんにできることなど何があるというのか。
「精々が、こちらでの必要な知識を教える程度しかしてません。それ以外を思うと、今のところ生活面では色々とこちらがよろしくされているので、今後何を頼まれたらいいものかと」
金銭面では必要以上に渡されている。通勤が楽なんてもんじゃなくなった。タマとサキのメンテで家事の負担がない。ちょっと夜の生活がしんどかったが、その点も改善してくれそうだし。
「ははは。いやいや、そうした話ではなくてな。心の話よ。この子は儂と同じくまっとうな生き物の枠を超えたモノになってしまっている。異世界ではそうしたモノに寄り添えるただの人は珍しいのだ。枠を超えたモノ同士で新しく寄り添うこともあまりないし、精々が友となる程度でな」
若干しんみりとした優しい口調のリュウさんの言葉を大人しく聞きながら、意味を考える。
まあ権力者というか絶対的な暴力を保持している相手に、格下の者がわざわざ近づくことは普通はない。あるとしたら、何かしら願いや狙いがあるものだろう。キツネさんもそんなようなことを言っていた気がするし。
こっちでもそれは変わらない。大企業や政治家のお偉いさんと知り合いになんて狙ってそうそうなれやしない。そしてそういった人達が新しく一緒に過ごす異性を作るとなると、おそらくは若いツバメ的なものになるか、連れ合いのいない同じ年代の者となるだろう。
それは異世界だと、前者は人柱に近いのかも知れないし。後者は友となるのが精々というのは、価値観の相違とか、パワーバランスとか、いろいろあるのかもしれない。想像にすぎないが。
「家族との絆の持ち方は知っている。儂が多少とも教え、キツネが産んだわけではなくとも血を引いた子がいるからな。ただ、己のすべてを隠さずに女として伴侶の男をどう愛したらいいのか、どう愛されたらいいのかを知らなかったのだ。いや、今知りつつあると言っていいのかもしれないがな。この子は今、タダシと共に過ごすことが楽しくて、嬉しくて、とても貴く思えているのだろう。そうあり続けて欲しいから、頼むのだ」
リュウさんの、娘の幸せを願う曇りない言葉。まっすぐな瞳が俺をとらえる。
さて。別に不真面目でもふざけているわけでもないが、当初、俺はあんまり深いこと考えずに一緒にいると楽しいかなー程度にしか考えていなかったのだが。どう返したらいいものか。
「すいません。幸せにするとか、決して泣かせないとか、そういったことを約束はできません。私が先に死ぬのは間違いないでしょうから。理不尽に不快にさせず、お互い笑っていられるように努力する、くらいしか言えません」
「それでいい。不確かなことを約束するものではない」
俺が見返しながら応ると、リュウさんは不敵な笑みとともに頷く。
「生き死にも気にするな。伴侶として常人の生の半分を貰う代わりに、儂らは半分も渡せんからな。出会い別れは世の常よ。心の整理の仕方を学ばずに、こう長くは生きていられん。何かあっても儂がなんとかする」
嫁の母親が、お前が死んでも大丈夫だ安心しろとか言ってくれる件。
こう言葉にすると酷いことになるが、なんとも頼もしい。
「魔術でなんとかならんこともないが、幸せな結果になるかもわからん。欲しいか?」
「……それは、不老不死を、ということでしょうか」
なんかもっととんでもないことを言われた気がするので恐る恐る確認してみる。
「おう。欲しいか?」
「……今のところはいりません」
「まあ大抵は数百年もせずに狂うだろうからな」
娘の夫に死ぬより酷い目にあってみるかと軽く言わんでください。
こう言葉にすると結婚に反対する頑固オヤジみたいだな。
「大丈夫デス、タダシさん。必要デシたら、私に言ってくだサイ。長持ちの方法知ってマス」
急にソルさんが後ろから声をかけてくる。聞いてたのね。そりゃ聞こえるか。
でもそんな、モヤシは水につけとけみたいに気軽に言われても困る。
困る俺の代わりにリュウさんが反応した。
「なんだ、いい方法でも知っているのか?」
「ええ。ゼウスさんに教わりマシター」
「あの好色男……ろくなことをせん気がするのだが」
「いえいえ、これは割と真っ当デス。あの方のしたこととしては」
なんかまた聞いたことのある名前が出てきた気がする。
ソルさんが珍しく少々辛口だ。ちょっと何をしでかしたのか聞いてみたい。
「ゼウスさん?」
「嫁以外の女に手を出しまくって嫁をしょっちゅう怒らせてる阿呆だ。タダシはそんなことせんでくれよ?」
「しませんよ。キツネさんにはしてもいいって言われましたけど」
「儂がどうかしたかの?」
わりといい話をしてたはずなのに、グダグダし始めたところでキツネさんがプレイを終えて戻ってきた。
「いえ、なんでもないです」
「キツネが楽しそうで結構なことだ、と言っていただけだ」
「おう。このゲームも楽しかったのう」
満足いただけたようなので、場所を移ることにした。