キツネさん、ご機嫌に叫ぶ
リュウさんがウーロン茶の氷をストローでカラコロ音を立てて回しながら言う。
「キツネが言っていたような、飛べるような歌はあるのか?」
「えーと、ちょっと考えてみます」
飛べるような歌って。字面だけ考えたらアッパー系の薬きめてハイになれそうな曲みたいに感じる。
薬でアレになったミュージシャンを連想して、そこから思いついたのはニルヴァーナだが、あれはダウン系だなあ。多分。
いやそうじゃない。薬関係ない。空を飛ぶのをイメージした曲のことを考えなければ。
すぐ思いついたのは「翼をください」。ただ、なんていうか、爽快に空を飛ぶイメージじゃないな。
次に思いついたのは「ROCKET DIVE」。歌詞だけ深く考えずにみれば妥当だと思う。でもこの曲を最初に入手したのはアルバムCDからで、後になってシングルCDジャケットを知ったんだが、描かれたロケットのデザインがどう見ても男性器なんだよなあ。それを知ってからは性的な歌詞にしか思えなくなった。
他にもいくつか頭に浮かぶ中で、アニメの主題歌となった一曲を選んで入力する。
情報を送信すると受信側が即座に処理し、画面に曲のタイトルが写し出され、イントロが流れ出す。
「おおっ!?なんだなんだ!?」
「これは、楽器の演奏も流れるのデスネ」
言ってなかったっけか?ソルさん達には言ってなかったか。
「太陽の真ん中へ……?」
キツネさんがタイトルを呟く。
イントロから歌に入るタイミングになっていたので、反応せずに歌い始める。
太陽の真ん中へ。
交響詩篇エウレカセブンの三期オープニングテーマ。
学生時代に友人達と徹夜で麻雀して、朝方になって疲れてテレビをつけるとこのアニメの主題歌が流れていて、ボケッと見ていたらそのまま意識が落ちるということがよくあった。だからアニメの内容はほとんど覚えていない。スパロボでちょっと内容を知った程度だ。
このアニメの主題歌のうち、一番よくカラオケで歌う曲だ。短く、勢いがあり、覚えやすかった。
歌詞の内容としては、飛ぶという言葉は前に進むという意味合いで遣われている。日本語的に飛ぶという言葉自体がそういう意味で遣われることが多い。上手くいかずに失敗した経験を糧に、前へ、上へと飛び進む。そういう歌だ。
リュウさんとキツネさんの言う、飛べるような歌という指定にふさわしい曲だろう。人は努力し続ければきっと空も飛べるのだと。俺であれば、キツネさんが横にいるのだから必ず飛べるようになるのだろうと。キツネさんとどこまでも行けるのだろうと。
歌い終わってコーラを一口飲んで伴奏の余韻に浸っていたら、キツネさんとリュウさんに片腕ずつ抱えられた。
「行こう、タダシ殿!」
「行くぞ、タダシ!」
どこに。
そう言おうとしたら、またいつの間にか空の上にいた。
「……なんで!?」
「歌を聞いていたら、すっ飛びたくなった!」
「タダシ殿も一緒に飛びながら、飛べるか試してみるといい!」
「ちょっ、ま、ああああああああ!!」
地面が遠ざかり、雲の中へ突入する。魔術的なカバーがされているのか、空気の抵抗は感じず体温が奪われることもない。
「ふあっふぅー!!」
「いぃやっはー!!」
両隣からご機嫌な叫び声が聞こえながら、斜め何度かわからないが滑り落ちるようにしてどこかの海岸に着地。
波の音がする。さきほどまで聞こえていたハイテンションボイスは鳴りをひそめた。
「……ふうむ。何故あれほど飛ぶのが楽しかったのだろうか」
「タダシ殿の歌に感化されたのじゃろうがのう。我を見失いがちであった」
親子二人クールダウンして会話しているさなか、俺はグロッキーになって砂浜にへたり込み放心していた。
生身で覚悟のないままジェットコースターのごとくダイブしたせいで頭が真っ白である。
「ソルを一人置いたままじゃし、金も払わんまま店を飛び出してしまった。時間にはまだ余裕があるからいいが」
「ところでタダシがほうけているが、放っておいていいのか?」
「……とりあえず戻るとするかの。タダシ殿、すまんが立ち上がってはくれんか」
言われるがままに立ち上がってキツネさんの肩を借り、キツネさんの前に開かれたワープの穴をふらふらと通ってカラオケの一室に戻ると、ソルさんがのんきに鼻歌まじりにメロンソーダを飲んでいた。
「儂等はタダシ殿の歌に影響を受けて高揚しとったのに、ソルはなんともなかったのか」
「歌の効力を遮ってマシタからネー。タダシさんの歌が魔術的にどのようなものか観察してマシター」
コーラを飲んで休んでいると、思考が徐々に復帰してくる。
人が大変な目にあっていたというのに何を暢気なことをのたまっていやがる。と一瞬思ったが、最初からソルさんは魔術的なものに目をつけていたことを思いだす。よく考えれば冷静に検証してくれているのだ。ありがたいことなのだが、どうにもどこか納得できないというか腑に落ちないというか。
キツネさんがソルさんに観察結果を尋ねる。
「ソルから見て、どのようなものじゃった?」
「タダシさん本人への影響は少なめデスネ。独力で飛べるほど魔力を操れるようにならないと、歌の効果はあまり発揮できないようデス。でも、キツネさんとリュウさんには効果があったはずデスよ。いつもよりも飛びやすかったはずデス」
「うーむ……?飛びやすかったかと言われてみれば、そうだったような、そうでもないような……」
「はっはっは!気持ちが昂ってそんなことは気にしてはいなかったな!いやあ、空を飛ぶのがやけに気持ちよくてな!」
どうも飛べる前提があって、飛びやすさや爽快感とかが強化されていたようだ。歌った俺自身は爽快感など感じている余裕もなかった。飛べるかどうか試すひまもなかった。
何にせよ、歌って地力で飛ぶというのはどうにも難しそうだ。
スパロボで見てもいないアニメのストーリーの概要だけ知るのはよくあること。
見たことあるアニメのユニットの性能や参戦時期が微妙でモニョるのもよくあること。