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キツネさん、カラオケに行く

 お巡りさんに軽く注意された。

 騒ぎをどこからか聞きつけたのか、制服を来た二人組が近づいてくるのが見えたので、キツネさん達にストップをかけて俺が代表として話をした。

 なんで柔道みたいなことをしていたのかと聞かれ、家族でちょっとじゃれてた程度なんですと言ったら、俺より一回りほど歳を重ねていそうなお巡りさんが最後にはリュウさんの肩を叩いて「お姉さんにあんまり迷惑かけちゃだめだぞう」と言って、その場から離れさせられた。


「儂がキツネの妹か。あっはっは!」

「まあ見た目で言ったのじゃろうからの……」


 てくてく歩きながらリュウさんは快活に笑うが、キツネさんは母を妹と言われて何とも言えない表情をしていた。

 ソルさんはソルさんで考えが違う方を向いていた。


「あの程度で警邏がやって来るものなのデスネー」

「まあ人にも物にも害はなかったですが、ちょっと目立つ行為をするとあんなもんですよ」

「旅芸人などはどうするんデス?」


 旅芸人ときたもんだ。まあ世の地力のあるお笑い芸人なりミュージシャンなんかは、地方営業やコンサートで稼ぐもんだろうから、旅芸人っちゃあ旅芸人で間違ってはいないのかもしれんが。


「真っ当な人らは、そういう芸を見せたり聞いたりする場所を借りて演じたり、こういった外でやる場合でも役所の許可を得て演じますね。でないと罰金もあり得ますし」

「そうなると、芸人でないものが街中で歌うのもいけないのデスか?」

「基準は結構曖昧なんです。ああいった公園でちょっと歌を歌ったりくらいならあまり文句も言われないですし」


 都庁前を追い出されて、何処へ向かうでもなく歩いて見えてきた新宿中央公園を指差す。


「先日、花見をしたところじゃな。あのときは花見客が夜まで騒いで歌っていた者もいたと覚えているのじゃが」

「本当はダメなんですよ。花見の時期に多少ハメを外す程度のうるささは黙認されているだけだろうと思います」


 新宿中央公園は商業ビル群からもほど近く、例年桜が咲くあたりは花見をする人々で賑わう。しかし、どこの公園でもうるさくすんなって注意事項が入り口付近の看板に書いてあるのだが、そういうときは軽視されるものだ。


「では、キツネさんがタダシさんの歌を聞いたところはどのような場所なのデス?」

「えー。大きな声を出して歌ったりしても音が漏れにくい場所を借りたんですよ。簡易な歌うための設備もありまして」


 結局、話はそこに戻るのか。ソルさんはどこまでも真面目に生活風習への疑問を尋ねてきているだけだっぽいので、かたくなに口を閉ざす気にもなれない。

 でもラブホテルとは言わない。わざわざ言うこともない。カラオケ屋の説明としても間違ってないし。


「こちらの歌は知らないが、そこも見てみるか。魔術云々はさておき、タダシの歌を聞いてみるのも一興だ」

「そうデスね。芸人でもない人が大声を出すための場所をわざわざ作って商売にする発想も面白いデスし」


 何故かリュウさんが俺の歌にまで興味を示し始めた。


「キツネさん、どうしましょう」

「どうしようのう。タダシ殿の歌を聞けるのはいいのじゃが」


 キツネさんに問いかけるも、リュウさんの行動を制御できるとは思っていないようで生返事気味である。

 リュウさんにたいしたものでもないのにと言っても、いいからいいからと背中を押されて、しょうがないので最寄りのカラオケ屋を適当に探して案内する。見つけたカラオケ屋は部屋の使用料が三十分からでワンドリンクを頼まなければいけないタイプだった。

 というか歌うの俺だけだよな、これ。俺オンステージ三十分。一人で五時間パックで歌っていたこともあるが、カラオケで他人の目の前でひたすら俺だけ歌うってことに何か違うんじゃないかと思わないでもないが、どうしようもない。ああ、別に三十分間ひたすら歌わなきゃいけないってこともないか。

 微妙にせまい室内に備え付けられた電話から四人分のワンドリンクを注文し、飲み物が来るまで設備の説明をするため、まずはマイクを手にとる。


「これはマイクと言って声を拡大するためのものです。あー、あー」

「おお!なんだこれは!」

「わざわざ音を大きくして歌うのデスか?はて、なんのために」

「……なんででしょう」


 リュウさんは単純に面白そうだと笑っているからいいが、ソルさんに投げられた疑問に応えられるものがない。

 確かになんでだろう。別に多くの観衆に聞かせるわけでもないのに。あ、カラオケ屋をベースに考えちゃいかんのか。カラオケ施設そのものは他でも使われるわけだし。


「ここは狭いですが、もっと広い場所でも使われる習慣があるからかもしれません。詳しくはわかりませんけどね」


 キツネさんがこんなのじゃったか、とか言って歌う曲目を選択する機械を観察している横で、もう一つあったのを手にとって説明を続ける。


「この機械で歌いたい曲を選択します。こちらでは何万と作られた曲があるので、曲名や作曲した人の名前などで曲目を探します」

「何万と歌があるのデスか!街中ではそこらで歌が流れていマシタが、それほどにも……」

「ほほう、タダシはどれほどの数の歌を知っているのだ?」


 昔はそらで一曲丸々歌詞を覚えているのはいくつもあったが、最近はどれもちょっと記憶が怪しい。

 しかし知っているだけなら千曲くらいはあるんじゃなかろうか。アルバム一枚十曲として百枚は軽く聞いてると思うし。バンドをやっていた時にコピーした曲だけでも百はいく。

 歌詞が写されるモニターだかテレビだかを指差しながら説明する。


「ええとこういう店だと、選んだ歌の歌詞がこれに表示されるんです。多少覚えがおぼろげでもそれで歌えるんですね。それを前提とすれば、歌えるものは百曲は確実に越えるかと」

「百!?」

「千まで届くかはわからないですが」

「千!?」


 何故かキツネさんまで揃って三人とも驚く。


「いや、キツネさんは百程度じゃ驚くほどのものじゃないでしょう。アニメのオープニングとエンディングだけでも、知っている程度の曲は十は軽く越えてるでしょうに」

「あぁ……言われてみれば確かに……」


 毎週見てるアニメの本数と三ヵ月で番組が入れ替わることを考えれば、知っている程度の曲目なんてゴリゴリ増える。まあ番組に使われている歌はショートバージョンなんで、通して歌えるかと言われれば違うけれども。

 コンコンとドアがノックされ、注文した飲み物が届く。丁度区切りがいい。飲み物を受け取って各人の前に置き、本題に入る。


「で、俺はどんな歌を歌えばいいんでしょう?」

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