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キツネさん、抗う

 自分自身のことは景色になるようないい男ではないと思っているが、曖昧に笑って話を変える。


「ところで、これって抱っこする必要ないですよね?」

「ははは、ないのう。手を握る程度でよい。やろうと思えば握らなくともできるがの」


 キツネさんから小さな火を出す魔術を教わったときは、背中に手を当てられただけだったのだ。少し落ち着いてみて、なんで今お姫様抱っこしているのだろうと思ったのだが。


「タダシ殿は違うのじゃろうが、儂からすると三日ぶりにあったのじゃ。少しくらい甘えてもよかろう?」

「いえ、構いません。お姫様だっこというのも、漫画か何かで知ったことですか?」

「そう名付けられているのを知ったのは漫画からじゃな。今まで抱き上げられたいと思ったことはなかったんじゃが。ふふ、いいものじゃの」


 まあ甘えさせろというのであれば、精一杯甘やかす所存ではありますが。

 現状ってキツネさんを抱えた俺ごとキツネさんが魔術で浮かせているってことで、なんだか色々とちぐはぐな気がする。まあ細かいことはうっちゃっていいか。

 ゆっくりと落ちている最中にビルの窓ガラスの中に人が見えるが、こちらに注視することもない。地上を見ても道行く人達に混乱は見られない。俺が何を言うまでもなく、気配は見事に隠蔽されているようだ。

 キツネさんに頭をぐりぐり押し付けられたりされながら景色を堪能しているうちに、あと数秒で地面に足がつくところまで近づいてきた。

 降りた先ではリュウさんとソルさんがすでに待っていて、手を振りながら迎えてくれる。


「とても楽しかったです、キツネさん」

「それはよかった」

「しかし、空を飛ぶ魔術は難しいようです。何をやっているのかよくわかりませんでした」

「そうじゃろうのう。まあ一度経験しておくのもよいかと思った程度じゃからな」


 指先に火を出すのがようやくの俺だ。何をすればこの魔術を再現できるのか全くわからん。ようやくパス回しがよたよた出来るようになったバスケ初心者がNBAのプレイを経験させられているレベル。差がありすぎて差がわからない。


「自分で空を飛べばさぞかし気持ちいいんでしょうが、習得できるかどうか到底自信が持てません」

「ただ空を飛びたいのであれば、いつでも儂が叶えるのじゃがの」

「空を飛ぶ魔術はかなり高度デス。覚えるのは難しいデスネー。普通の人なら才能か、生まれたときから魔術に人生をかけるくらいの努力が必要デス」


 俺に隠された魔術の才能でもなければ、まず一人で飛ぶのは無理だということだろう。才能を持った普通の人ってところに突っ込みたいんだが、生き物として普通に人間ってことなんだろう。発言してるソルさん本人みたいにミイラ姿でうろつく魔王様じゃなく。


「こう、儂みたいに気合いでなんとかならんのか」

「できるのは母くらいじゃ。どんな魔術も力技でやりおってからに」

「魔術が心のありかたで変わるのは当然デスが、気合いで飛んでいたんデスか。道理で魔力の流れが荒々しいと……」


 続けてリュウさんがまた無茶なことを言い、キツネさんとソルさんが呆れたような顔をする。

 気合いなんてもんは十年くらい出してない気がする俺にはどうにも無理っぽい方法論である。

 しかし、そこでキツネさんが閃いたとばかりに別の案を出す。


「何か飛ぶのにふさわしい歌を歌ってみたらどうじゃろうかの。タダシ殿の歌は、魔力の影響で儂の心まで直接に響くものじゃった。あの時は機械によって増幅されて儂に届いたが、魔力の制御を覚えたタダシ殿が歌によって自身の心を奮わせれば、タダシ殿の魔術に影響が出るやもしれん」

「ああ、歌がどうのと、さっきそんなことも言っていたな」


 空を飛ぶ魔術のために、魔術化した歌で自分を強化もしくは飛翔できないかということか。

 しかしこれまた随分と無茶な気がするのだが。


「制御できるかわからない魔術を試せってことですか?危ないんじゃないですかね」

「歌の影響が悪い方へ向いたならば、儂が側で助ければよいことじゃ」

「そもそも、タダシさんの歌がキツネさんの心にどう届いたのが知りたいのデスが。そのときに問題が無かったのなら、そこから調べたほうがよいかと」


 俺の疑念を軽く流すキツネさんに、ソルさんが待ったをかける。

 確かに、よくわからないものを試すより成功サンプルの検証からはじめるべきだとは思う。

 しかし、だ。


「それってつまり、俺が以前キツネさんに歌った曲を歌っているところを検証するってことですよね?」

「そうデスね。よければ聞かせてもらいたいデス」

「ほほう、それは聞いてみたいものだな」


 ソルさんは魔術的な興味しかないようだが、リュウさんは明らかに茶化す雰囲気で面白がっている。義理の母親の前で恋の歌を歌えとか、どんな辱めだそれは。


「前は聞いてる人がキツネさんだけだったからいいものの、他にも人がいたりしたら同じ心持ちで歌えませんよ」

「なるほど。状況を全く同じにしないと魔術としては変わってしまうかもしれないと。それでは調べられないデスね。それでは、前に歌ったときにはどのような効果があったのデス?」


 キツネさんが俺に歌ってくれた時の効果ならば多少は説明できるが、俺が歌ったときの効果はキツネさんじゃないと説明できない。魔術的な効果も含めてならば尚更だ。

 どうしたものかとキツネさんの様子を伺ってみる。数秒見ているとキツネさんの顔が茹だってきた。


「……細かいことはいいから、空を飛ぶのにふさわしいような歌を歌ってみてくれんかの、タダシ殿」

「顔を赤くしながら、何を誤摩化そうとしているのだ。ふふ。ほれ、母が聞いてやろうではないか」


 何を思いだしたか恥ずかしがっているキツネさんに、リュウさんが笑いながらにじり寄っていく。


「ほれ、水臭いではないかキツネ!」

「……なんでもない!聞かせることもない!ええい、近よるな!」


 二人は立ったままじゃれつき、次第に相撲の取り組みみたいになり、最後は投げられては受身もとらず着地し投げ返すというのを互いに繰り返しはじめる。


「タダシさんが歌って、何があったのデス?」

「キツネさんから聞いて下さい」

「はっはっは。タダシさんはすごいデスネー」


 何がどうすごいのか聞く気になれない。

 どうしたものかと考えていたら、観光の外人さんがオゥジュードーとかなんとか言いながら二人の写真を撮ったりしていた。

 地上についたら気配の隠蔽は切っていたらしい。本当にどうしたものか。

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