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キツネさん、飛ぶ

 エレベーターを降りて景色がよく見えるところまで進む。そのうちに、忘れていたことを思いだした。

 俺、高いところ苦手なんだった。

 実のところ、この都庁の展望台に来たのは初めてだ。案内しておいてなんだが、足が竦む。


「絶景じゃのう」


 キツネさん含め、御三方にはご満足頂けたようで、晴れやかな笑顔で窓のそばまで近寄って行った。

 案内役なんだからと覚悟を決めて、俺も恐る恐る窓へ向かう。

 うひい。


「山の上から見下ろすのとはひと味違うものだのう」

「そうだな!見事なものだ!」

「この国では誰でもこの景色を楽しめるのデスネー。すごいものデス」


 窓の至近距離から下を見下ろしたりしていらっしゃる。

 別にキツネさん達に限ったことではない。他の観光客も下を覗き込んだり、富士山を探したり、写真を撮ったりして楽しんでいる。

 あひい。俺には無理。来て早々だが下りのエレベーターに乗りたい。


「何やら美味そうな匂いがするな」

「……そちらのレストランで、景色を眺めながら食事することもできるようです」


 リュウさんの言葉を受けてレストランを指し示して説明する。

 展望台を二つに分けるようにパーティションで区切られており、その向こう側全てがレストランのようだ。入り口にメニューがあるが、微妙に観光地仕様の値段だ。味が伴えばそれほどでもないか。味の良し悪しの区別がつくかどうか、今の俺には自信がない。


「先ほど食べたばかりじゃろうに」

「いや、食べたいわけではないのだ。しかし、なかなかに楽しそうな趣向ではないか」


 楽しそうですか。私は遠慮しておきます。


「こちらはなんのお店デスかネー」

「土産物のようじゃのう。そしてこれはガチャガチャというものでな……」


 ソルさんが興味を示した先は土産物屋らしきスペースだ。キツネさんが並んでいるガチャガチャを説明していく。なんでこんなところにガチャガチャがあるのかよくわからんが、ちょっとした小銭で買える土産物ということだろうか。観光地では妙な小物が置いてあることはよくあることだが。

 そんなこんな、三人はわいわい会話しながら展望台を楽しめているようだ。

 俺は水をささないように出来るだけ高所だということを意識しないよう大人しくしていると、ふとキツネさんが俺の顔を覗き込んできた。


「タダシ殿。何やら顔色が優れぬが、具合が悪くなったのかの?」


 どうにも心境が顔に出ていたらしい。つまらない意地で嘘をついても面白くない。素直に打ち明ける。


「実は高いところ苦手なんです……」

「わざわざ苦手なものを案内せんでもよかろうに」


 キツネさんが苦笑いしながら俺の背を撫でてくれる。


「高いところが苦手ということは、山に登ったりするのも苦手なのかの?」

「いえ、登った山から見下ろしたりは大丈夫なんです。こういった、縦にほぼ真っ直ぐ伸びたような建物の高いところが、どうにも苦手でして。真下を見下ろしたりすると、吸い込まれるような錯覚がして足が竦むんです」


 山と言えばウィンタースポーツなどは割と好きで、スキー場でリフトに乗るのは怖くない。他にも飛行機なんかも何故か大丈夫だ。微妙に高所恐怖症と言い切っていいのかよくわからん感じ。


「ふうむ。タダシ殿一人だけが楽しめないとなると、残念じゃのう」

「いえ、お」

「ならば克服してしまえばよい!」


 俺のことは気にせずに楽しんで下さい。と言おうとしたところに、リュウさんが横から口を挟んだ。


「いっそのこと空を飛んでみればよかろう!」


 なんか無茶振りが来た。


「そう言えば、タダシ殿は飛行機とやらで空を飛んだことがあるのじゃったな」


 たしかに昨晩、飛行機について多少語ったときにそんなことも言った。


「ええ、まあ」

「ならば体一つで空を飛んでみればよい!行くぞキツネ!」


 魔力の風が凪いだ。


「……え?」




 そらのうえにいる。




「ぅえ!?」


 魔力の風が足元から突き上げるように吹いている。というか足元に何もない。

 膝が笑って崩れ落ちそうになるが、まるでプールの中で脱力するようなかたちで空中でふわふわと浮いている。

 目の前にいるリュウさんが不敵に笑った。


「どうだ!」


 どうだと言われても、何も考えられない。頭がくらくらする。奥歯がカチカチいっている。


「母よ。案としては悪くはないと思うが、タダシ殿の同意を得てから行ってほしいのじゃがの。大丈夫……ではなさそうじゃな」


 いつからか横に並んでいたキツネさんがリュウさんを嗜めると、俺の下に滑り込み両手で俺の顔を包む。

 キツネさんの顔が近づく。お互いの鼻先が触れるか触れないかというところで瞳を覗かれる。


「大の男が泣くでない、というのも酷かの。ほうら」


 キツネさんは微笑みながら、人差し指で頬をなで上げてくる。

 どうやら俺は泣いていたらしい。なで上げられたところが涙の気化熱ですーすーする。


「あのっ、なんとか、して、ほし、いん、ですがっ」

「お姫様だっこするのじゃ」

「は!?」


 今、かなりテンパってるんで冗談とかよくわからないんですけど!?


「儂の体をしっかり抱えるのじゃ。その間、儂がタダシ殿の魔術の手助けをするからの」

「え!?」

「よいしょ、と。ほら、早う」


 キツネさんは俺の首に左手を回し、俺の腹部に尻の左側を押し付けるような姿勢をとる。

 言われるがままに、キツネさんの膝裏と背中に腕を回して体を抱える。


「では、ゆっくりと降りるからの。魔力の流れを感じるがよい」


 体の中を魔力が駆け巡る。俺を通して何かやってるってのはわかる。おそらくは空を飛ぶ魔術の手本を示してくれているんだろうが、よくわからん。

 よくわからんが、空をゆっくりと下っているようだ。

 ガラスを張られたエレベーターのように、地面がゆっくりと近づいて来る。


「先に行ってるぞおおおおおお!」


 そんな俺の正面をリュウさんが滑空して行く。滑空というか、勢い付けて落ちていってる。なんかネジの溝のような軌道でぐるんぐるん回ってるのにやたら速い。


「大丈夫デスカー」


 リュウさんの落ちる先に目をとられていたら、ソルさんが直立姿勢で俺の左前に落ちてきて声をかけてきた。

 大丈夫かと言われても。


「混乱しっぱなしで何が何やら」

「ははは。気を失わないだけでも立派だと思いマス。それではー」


 一度俺の近くで止まったかと思ったら、一声かけて再び速度を上げて降りて行った。すでにゴマ粒のようになっていてよく見えない。

 ボーゲンでゆっくり滑っているところを姉貴兄貴に後ろからぶち抜いて行かれたような気分。


「落ち着いたかの?」

「……多少は」


 右耳に届く囁きに応えて、引きつりながらもキツネさんに笑いかける。

 何も遮るものもなくどこまでも見渡せる、この状況が少し楽しくなってきた。

 富士山が見える。


「いい景色ですね」

「いい景色じゃの」

「俺を見て言われても」

「じゃから、いい景色じゃぞ?」


 俺の右頬に温かくて柔らかいものが触れて、ちゅ、と音がした。

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